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3. 助けと痛みと癒し

見た事の無い天井。


東ちあきは戻ってきたのだ。


ちあきを心配して泣きぬれた頬をそのままにベッドにもたれかかって寝てしまった彼を見た時に何を思うのが正解なのか。ちあきは自分自身を替えの効く道具だと思っていた。でもそれはちあきが勝手に思っていた事だったのかもしれない。そしてそんな自己完結は必要がなかった事をやっと受け入れられた。


手には白い花を握っていた。どこかで嗅いだ事のある上品な甘い香りだ。なぜ私がこの花を手にしているのかはわからない。それでも何かそれがとても心の支えになる気がして、郷愁のような焦れるような感情を見た気がするのに、それは何かわからない。昔々、遠い昔に知っていたような気がする。その昔、とても愛されていた、そんな事を心の中でふっと思い出して、その胸に小さな灯火が燈る気がした。その灯火が、郷愁が、今のちあきをふわりと優しく甘く包み込んで、やるべき事へ向き合う小さな勇気を添えてくれている。


私は今何をするべきで、何をしたくて、何から逃げて、何と向き合うべきで、何を考えたいのか。

私が私であるために、今私は何をしたいのだろう。


そうだ。今私はあなたの呪い(のろい)を解きたい。


あなたに尽くさないと捨てられる。他に彼女がいてもいい。全てあなたに合わせるから。言う事を聞くから。


そんな思いをして得られるものなんてなかった。ただ一時、運が良ければ今日のように満たされる事もあるかもしれない。それでもこんな事になってしまうような小さな傷をつけてきた私たちの関係は私にとって正しくない。だから終わりだ。


「来てくれてありがとう。今までで一番嬉しかった。だけど、もう私と別れて。もう二度と連絡して来ないで。私を解放して。私はあなたとは幸せになれないし、私はあなたを幸せには出来ない。私はあなたを好きになるべきではなかった。あなたも今日ここに来るべきではなかった。私たちは私たちでは幸せになれないの。あなたも分かっているんでしょう。もう終わりにしましょう。今までありがとう。そして、さようなら。」


マジナイでノロイを解いた。泣き腫れた目をそのままに、彼はそっと立ち去った。今までで一番優しい言葉を残して。


「わかった。今までありがとう。」


これは私にとっては毒だろう。今までどれだけ焦がれてきたかわからない。そんな相手が今私を心配してここで泣いて寝落ちていたのに。それをそのまま受け入れた方が幸せかもしれないのに。でもそれは多分私を愛す事にはならない。それはもうわかっていた。今ならひとつずつ、私を愛せないものを、私にかかったノロイを解く事が出来る。


白い花がはらりと散った。まるで私の決意を見届けたかのような、そんなタイミングではらりと散って、一瞬で枯れた。枯れた瞬間にふわっと甘い香りがして、キラリと光が溢れた。


あぁ、私は夢から醒めたんだ。色んな意味で。


・・・もうちあきは大丈夫・・・


どこかからそんな声が聞こえた気がした。それが何なのか、誰なのか、それはわからない。わからないけれど、何かが私を見守ってくれている気がして、それはこの枯れてしまった花に関係している気がするけれど、何もわからないけれど、ありがとう。ただそう伝えたかった。


「もう、私は自分を愛せるよ。私は私を愛するから心配しないでね。見守っていて。」


どこの誰に向けた言葉なのかわからないけれど、それでも病室から見上げた夜空に向かってふとつぶやいた。誰に言ってんだろう、とふっと笑いが込み上げたが、それでも想いは届く気がした。


その瞬間にもう一度白い花の香りがふっと蘇る。手に持っていた花はとうに枯れていて、鼻を近づけても特に何も感じない。それでも何かがふっと顔の前を通り過ぎたような、そんな気がした。


涙がつうっと頬を伝う。


私は戻って来れた。もう一度ちゃんとやり直そう。頬に流れた涙はそのままに、溢れる想いは今夜だけはそのままに、明日からの私をちゃんと愛せるように。


「ありがとう。私を助けてくれた人。」


そう言葉が漏れたのは、独り言だったのかわからない。それでもその想いが私の心を強くした。それは確かだった。


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