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トリュフ大作戦

これは東方projectの二次創作になります

 トリュフ。それは外の世界では、三大珍味の一つとして扱われているキノコで、独特の芳香が特徴だ。残念ながら筆者の私も、まだ食べたことも見たこともないが、それはそれは、さぞかし美味しいものなのだろう。ああ、一度でいいから、いや、やっぱり二、三回くらいは味わってみたいものだなあ。


 霧雨魔理沙著『霧雨魔理沙とキノコと』より


 ◆


「……へえ。トリュフ」

「そうよ。姉さん! トリュフなのよ! トリュフが山の林で見つかったのよ! こりゃ取りに行くしかないってもんでしょ! 乗るしかないわよ、このビッグウェーブに!」

「……そうは言うけど、ねえ穣子。トリュフってそんなに美味しいものなの?」

「そんなの美味しいに決まっているでしょ! なんてったって外の世界の三大珍味よ! 不味いわけがないでしょ!」

「へえ、そうなのね……。ふーん、そうなんだ」


 やる気満々な穣子に対して、いかにも興味なさそうな静葉。

 穣子は過去の経験から知っていた。こういう時の姉は、尻をいくら叩こうが、火を付けようが、動いたためしがないことを。

 穣子は、姉のことはひとまず放って、一人で事を進めることにした。

 彼女は、早速トリュフに関する本を使って、情報収集から始める。


「戦たるもの、まずは相手を知らないとね!」

「戦って。どこに攻め入るつもりなの。やっぱり最初は、寺の焼き討ち?」

「違うわよ! なんで寺なんか焼かなきゃいけないの!? 寺焼くくらいなら芋を焼くわよ!? そうじゃなくて例えよ例え! トリュフ狩りを戦に例えたの!」

「ああ、なるほどね。じゃあ、相手って何よ」

「決まってるでしょ。トリュフよ! トリュフ!」

「なんだ。トリュフ……。てっきりタケノコかと思った」

「何でそこでいきなりタケノコが出てくるのよ!?」

「あら、トリュフはキノコでしょ。古今東西、キノコのライバルはタケノコって相場が決まっているのよ。キノコとタケノコは不倶戴天、二人は宿命の好敵手。常に血で血を洗う抗争を日夜続けているのよ」

「はいはい。言っときますけど、キノコもタケノコも血なんて一滴も流れてないからね?」

「そう、つまり彼らは、血も涙もない冷酷非道ってこと……」

「あーもー! キノコとタケノコの抗争はどーでもいいから! 姉さんは少し黙ってて。見てよ! わかる!? 私、今調べ物してるの! 横やりされたら気が散っちゃうでしょ!」

「そんな焼き芋みたいにピーピー怒らなくたっていいじゃない。わかったわ。じゃあ、私はこれから岩になるから。しゃべらざる事、岩のごとしってね」

「……もう、いちいち調子狂うなあ」

「私は岩だからしゃべらないわ」

「言ってる側からしゃべってんじゃん!」

「今からしゃべらないわ」

「ほらやっぱりしゃべってる!」

「今からよ」

「ほらまたしゃべってる!」


 などと二人でギャースカピースカ騒いでいると、誰かが玄関の戸を叩く音が聞こえてくる。


「ほら、姉さん誰か来たわよ。どうせ暇な天狗辺りよ。出迎えに行ってあげなさいよ」

「私は岩だから動けないわ」

「まだやってんのそれ!?」


 仕方がないので穣子が玄関へ行くと、案の定、烏天狗がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。


「何しに来たのよ。悪いけど、ちょっと今取り込み中だからまた後で……」

「急な訪問すいません。実は穣子さんにお願いがありまして。では、ちょっと失礼しますね」


 と、彼女は有無を言わさず、勝手にずかずかと中へ入り込んでいく。


「……どうして私の周りは、こんなのばっかなの」


 思わずぼやきながら穣子は、彼女を追いかけて囲炉裏へ向う。


「……で、何なのよ。お願いって」

「もしかすると穣子さんなら、もう既にご存じかもしれませんけど……」

「あー……。わかった。トリュフが出たって話でしょ」

「ご名答! なら話は早い。実は穣子さんに、トリュフを採ってきてもらえないかという相談なんです」

「まぁ、もとから採りに行くつもりだったけど……。でも、なんであんたがトリュフなんかを。もしかして取材のためとか?」

「もちろん、取材もあるのですが……」


 笑顔だった彼女の顔が暗くなる。


「どうしたの。急に浮かない顔をして」

「……実はですね。うちの上司が、どうしてもトリュフを食べたいと言い出しまして……」


 文は大きなため息をつく。


「……あー上司って、もしかして前言ってた龍ってやつ? 何時も無理難題をふっかけられて参ってるってグチってた……」

「ええ、その通り。なにぶん天狗は縦社会が厳しいものでして……」

「そっかー。何気にあんたも苦労してるのね。わかるわよー。その気持ち。かくいう私も姉さんに、いつも振り回されてるからね。……よーし、わかった。やってやるわ! あんたの分もとってきてあげる!」

「本当ですか! 穣子さん! 流石ですね。助かります!」

「そのかわりと言ってはなんだけどさー……」

「はいはい、なんでしょうか?」

「今度、新聞に私の特集のせてくれないー?」

「そんなのお安いご用ですよ! 季節外れの秋神特集組みましょう!」

「本当? やったー! よーし決まり! そんじゃさっそくトリュフ狩り開始と、いきたいとこなんだけど……」


 今度は穣子の顔が暗くなる。


「どうしたんです? 急に浮かない顔をして」

「いや、それがこのトリュフってやつ。外ではどうも豚を使って探してるみたいでさー」

「あやや、なんと豚ですか。里にいるっちゃいますけど……。なんせ希少ですからね」

「ちょっと借りるってのは無理な話よねー。やっぱ」

「またまたどうして豚なんかを?」

「鼻が利くからって事らしいわ。トリュフって本当、独特の香りがするみたいだし」

「なるほど。鼻が利くですか。それなら、うってつけの者がいます。明日こちらに手配しときますよ」


 文は、にこりと笑みを浮かべる。


「本当!? 助かる! あんたやっぱり頼りになるわ!」

「……で、ときに静葉さんは何やってるんですか……?」

「……あぁ、あれねぇ」


 ふと二人が静葉を見ると「私は岩よ」と書いた紙を、両手で掲げてたたずんでいる。


「……なんかよくはわかんないけど、今日は岩になる日らしいわ。だからしゃべらないし動かないって」

「はぁ、そうなんですか……」


 不敵な笑みを浮かべる彼女の様子に、二人は思わずため息をついた。

 ◆


 そして次の日


「どういうことですか! 穣子さん! 何で私が犬扱いなんですか! 私は狼なんですよ!? 白狼天狗なんですよ!? 大事な任務があるって来てみれば! 一体どういうことですか!」

「どうどうどう。落ち着いて! あいつはあんたの能力を買ったのよ。多分……」

「能力能力っていいますけれど、私の能力は千里眼です! 鼻なんてそんないいわけじゃないのに……。まるで鼻が利く犬みたいに……!」


 文の言っていた「うってつけの者」こと、犬走椛はどうも詳しい話を聞かされないまま来たようで、内容を知らされるなり、この有様だ。


(まったくブン屋の奴ったら。説明くらいしときなさいよ……! 本当、使えないったらありゃしない!)


 昨日の賛辞はどこへやらと、文に内心ぼやきつつ、穣子は彼女をなだめ続ける。

 まあ、あのブン屋のことだ、きっと椛をからかう意味で、あえて伝えてなかったのかもしれない。それはそれで、なおさら迷惑なのだが。

 結局、彼女はおにぎり三つと、干し肉五切れで、任務を受け入れてくれる事になった。

 ちょっと手痛い出費となったが、トリュフのためなら仕方がないと、自分に言い聞かせ穣子は、椛と共にいざ林へ出発する。


「……で、さっそく来たのはいいですけれど……。これはいったい」

「どういうことなの……!?」


 二人が驚くのも無理はない、林はトリュフを探す者たちで、既にワイワイ賑わっていたのだ。

 どうやら噂を聞きつけて、わざわざ探しに来たらしい。「この暇人どもめ」と、穣子は、自分を棚上げにして毒づくと、負けるものかとトリュフを探し始める。


「おや、秋神様もキノコ探しかい?」


 話してきたのはナズーリン。命蓮寺一派のネズミだ。


「フフフ。悪いがトリュフとやらは、先に私が見つけさせてもらうよ。このダウジング能力を使ってね」


 彼女は、両手に持っている、ひん曲がった棒を見せびらかすと、得意そうに去って行く。


「何よ。あいつ偉そうに」

「穣子さん。あいつは、失せ物探しが得意です! 急がないと先を越されちゃいます!」


 慌てた様子の椛に穣子が告げる。


「心配しなくても大丈夫。あんな棒でトリュフのにおいが嗅ぎ分けられるわけないでしょ。せいぜいガラクタ集めが関の山よ」

「なるほど。それも確かにそうですね」


 と、二人がトリュフ探しを再開すると、何やら機械の駆動音が聞こえてくる。

 今度は何よと、穣子が振り向くと、そこにはドヤ顔のにとりと、鉄の犬のような何かの姿があった。


「穣子さーん!みーっけ!」

「何よにとり! あんたもトリュフ探してるの? 河童はキノコなんか食わないでしょうに。何よ。その変な鉄の塊」

「はっはっはー。聞いて驚け、見て騒げ! この『ロボット犬ふれんだあ』の嗅覚力でトリュフとやらを見つけてやるのだ。そんでもって特徴調べて、人口栽培するのさ! 成功すればボロもうけ! さあ、幻想郷に新たなビジネス作ってやるぞー!」


 などと、言いながら、彼女は意気揚々と去って行く。


「穣子さん。あいつトリュフの探し方知ってますよ! 急がないと先を越されちゃいます!」


 慌てた様子の椛に穣子が告げる。


「心配しなくても大丈夫。香りで探すことは知っていても、どんな香りかまでは知らないでしょうよ。せいぜい生ゴミ集めが関の山よ」

「なるほど。それも確かにそうですね。……そういえば穣子さん。どんなにおいなんです? トリュフって」


 思わず穣子の動きが止まる。


「そ、そりゃあ……。勿論いいにおいよ? なんてったってトリュフだもん」

「あの、もう少し具体的に……」

「うーん。そうね。例えるなら……強いキノコのにおいってところ?」

「……あの、もう少し具体的に……」

「そんなの私だって、実際に嗅いだことあるわけじゃないからわからないわよ! とりあえずキノコっぽいにおいしたら、手当たり次第掘りなさい! 下手な鉄砲でも数打ちゃ当たるわ! 口動かす前に鼻を動かすのよ! さあ!さあ!さあ!!」

「えぇー……」


 こんな調子でトリュフが見つかるのかと、思わず椛は不安になってしまう。


 ◆


 その頃、秋姉妹の家では。


「……さて、そろそろ頃合いかしらね」


 誰も居ない家の中で、一人、岩の真似を続けていた静葉は、例の紙を放り投げると、足下にあった本を携える。


「……ではいざ行かん。ごちそうのもとへ」


 彼女は、満を持して登場! と、言わんばかりに家を出ると、例の林とは別の方へと進み出す。

 彼女が向かった先は魔法の森だ。


「キノコと言えば、やっぱりここよね」


 静葉は森をゆっくり進む。あちこちに大きなキノコが生えているが、それには一切目もくれず、たどり着いたのは霧雨魔理沙の家だった。


「おやおや、誰かと思ったら。こりゃまた珍しい奴が来たもんだ」


 そう言いながら、魔理沙は素直に彼女を家の中に招き入れる。


「キノコのスープでいいな?」


 そこは普通、お茶かコーヒーだろうと、静葉は思うが、自分は接待される側、ここは素直に受け入れることにする。

 ほどなく目の前に差し出されたティーカップには、薄琥珀色の液体が、なみなみと注がれている。

 静葉がそれに躊躇なく口を付けると、案の定しょっぱい。しかもまさかの冷製スープだ。だが、不思議と調和が取れていて、決して不味いというわけではない。流石、キノコマイスターと言ったところか。


「……で、一体、今日は何用だ」


 魔理沙が水を向けると、静葉は、手の本を彼女に差し出す。


「お、その本は……!」

「これ書いたのはあなたよね」

「ああ、そうだ。なんだ。わざわざ本の感想を言いに来てくれたのか?」

「いえ、残念ながら、今話題のあの噂についてよ」

「あの噂っていうと……。あぁ、アレか」

「そう、アレよ」

「おまえさんは探しに行かないのか。アレを」

「かわりに妹が探しに行ってるわ。アレを」

「ああ、あの芋の神か。頼りになるのか? あいつは」

「あれでもキノコには詳しいわ。情報も仕入れて行ったしね。この本で」

「そうか。それなら安心だ。なんせそれは幻想郷一、キノコに詳しい私が書いた本だからな」

「そう。その事であなたに聞きに来たのよ。今日は」


 そう言うと、静葉はキノコスープをぐいっと飲み干し、空のカップをテーブルの上に置く。


「さて、単刀直入に言わせてもらうけど、トリュフの噂を広げたのは、他でもない、キノコマイスターさん。あなたでしょう」


 彼女の言葉を聞いた魔理沙は、片眉をピクッとつり上がらせる。


「……ほう、一体どうしてそう思った?」

「今、あなた自身が言った事よ。自分は幻想郷一キノコに詳しい。トリュフの価値なんて普通の人はまず知らない。なのに皆その価値を知っている。それは価値を知る者が言い広めたからに他ならない。そしてそのトリュフの価値を知ってるのは……」

「私……って事か。なるほどな」

「そして更に、もう一つ。あなたはどうしてトリュフを探しに行かないのかしら」


 彼女の問いに魔理沙は、思わず言葉を濁らせてしまう。


「い、いや、どうしてって……。あー。それはだな……」

「おかしいわよね。あなたほどの愛好家なら、食いつかないわけないはずよ。むしろ現場で陣頭に立って他人に指示するくらいのはず。なのに、こうやってのんびりとくつろいでいる。それは一体なぜかしら」


 静葉は魔理沙をじっと見る。思わず魔理沙は目をそらす。


「……本当は見つかってないんでしょ。トリュフなんて」


 魔理沙は視線を下げると、チッと小さく舌打ちをして彼女に告げる。

「……降参だぜ。秋神様。まさかこんな早くバレちまうとは」

「素直で結構。どうしてついたのよ。うそなんて」

「いや、霊夢と話してる時に、ふとキノコの話題になってな。それで、からかってやろうと思って言ったのさ。『そういやトリュフっていう貴重なキノコが、山の林で見つかったんだ。外の世界では黒いダイヤと言われてるんだぜ』ってな」

「そして、それを信じた麓の巫女が、キノコを探しに林に行ったら、どんどん噂が広がった……ってとこかしら」

「いや。違うんだなこれが」

「あら、じゃあどういうこと」

「私が皆に言いふらしたんだ。これで本当に見つかったならばそれはそれで儲けもんだし」


 そう言うと魔理沙は、にっと笑みを浮かべる。静葉は思わずため息をつく。


「……呆れたものね。どうやって収拾つけるつもりよ。この騒動」

「大丈夫。見つからなかったら、皆あきらめて、噂もそのうちなくなるさ。人の噂も七十五日ってな」

「その間、ありもしないのを、皆に探させ続けるつもりなの。馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。今すぐ本当のことを知らせなくちゃ」


 と、言って静葉が立ち上がると、慌てた様子で魔理沙が止める。


「いや、待ってくれ。そんなことしたら私の信用がガタ落ちだ」

「そんなの自業自得じゃない。少なくとも穣子にだけでも本当のこと教えてあげないと」

「いや、それもできれば勘弁願いたい! まさかこんな大事になるとは思わなかったんだよ」


 そう言いながら魔理沙が追いすがってきたので、静葉は思わず腕を組み、少しの間、考えたあと、彼女に向かって言い放つ。


「……まったく往生際が悪いわね。全てはあなたが元凶なのよ。……でもまぁ、確かに私も血も涙もないわけではない。では、ここは一つ、条件を出すとしましょうか」

「その条件とやらをのめば秘密にしといてくれるのか……?」

「ええ、約束しましょう。紅葉神の名において」

「……して、その条件とはなんなんだ?」


 静葉はニヤリと笑みを浮かべて魔理沙に告げる。


「私に居酒屋おごってくれないかしら」

「……は? 居酒屋をおごるって、そんなんでいいのか……?」

「ええ、それで手打ちといたしましょう」

「そうか。よし、わかったぜ! そうと決まれば善は急げだ。早速行くか。居酒屋へ!」


 こうして二人は、ミスティアの居酒屋へと出発する。


 ◆


 一方、林では、依然としてトリュフの大捜索が続けられていた。だが、穣子の言う通り、その大半は物珍しさにつられて探しに来た者ばかりで、トリュフの特徴も知らない様子だ。

 そもそも闇雲に探して見つかるものなら、わざわざ豚を使うまでもない。そうじゃないから希少であり、外の世界で三大珍味に数えられているのだ。


「今更ですけど穣子さん。トリュフってどんな形ですか?」

「あー、ごめん。そういや教えてなかったわね。私も詳しくは知らないけどさ。黒くて小さくて表面にブツブツがついた塊みたいな形って話よ」

「黒くて小さくてブツブツで地面に埋まってる。……確かに見つけづらそうですね」

「とにかくにおいしたら掘ってみなさい。ここ掘れワンワンって奴よ!」

「だから犬扱いしないでって言ってるでしょ!」

「あ、ごめん。ついうっかり言葉に出ちゃった。気にしないで。椛、あなたは立派な白狼天狗よ!」


 どうせ烏天狗の犬なんだから、別に犬でもいいじゃないか。内心そう思いつつも、彼女の気分を害すると、後々面倒なことになりそうなので、穣子は仕方なく彼女の機嫌取りをする。

 と、そのときだ。椛がおもむろに手まねきをする。

 穣子が近づいてみると、彼女は地面に鼻をつけながら尻尾を立てて「これこれ」と、指さす。

 その様子はどう見ても、犬のそれなのだが、その件については、触れないことにして、穣子がよく地面を見てみると、そこには黒い小さな塊があった。

 思わず穣子は目を丸くさせる。


「ねえ、ちょっと、これってひょっとして……」



 ◆


 居酒屋にたどり着くなり静葉は、矢継ぎ早に注文を繰り返し、テーブルはあっという間に料理で埋め尽くされる。

 その様子を魔理沙は、歯がゆそうに見つめるものの、何も言うことは出来なかった。

 料理に舌鼓を打つ静葉は、そんな彼女の心を知ってか知らでか、話しかける。


「あなたも食べたかったら、食べていいのよ? なんせ、こんなに一杯あるんだから」


 そう言って静葉は、たけのこの天ぷらに箸をのばす。


「ああ、いや。私は遠慮しておくぜ。なんか食欲があまりなくてな……」


 自分でまいた種とは言えど、これは手痛い出費になりそうだ。これはしばらく森のキノコで食いつなぐしかない。またカロリーゼロ生活が始まるのかと、彼女が途方に暮れていたそのときだ。

 突然、入り口の戸が豪快に開けられたかと思うと、二つの人影が、まるで鉄砲玉のように飛び込んで来る。そしてそのままカウンターへ駆けつけ、厨房に向かって大声で叫んだ。


「ミスティア!! ミスティア!!! ちょっとこっち来て!!」


 思わずあっけにとられる静葉と魔理沙だったが、よく見てみると、人影の正体は、穣子と椛だった。


「誰かと思えば穣子じゃない。そんなに血相変えてどうしたの。ミスティアは今、調理中よ。すぐには来れないわ」

「あれ? 動かないはずの岩が、なんでこんなところにいるのよ!?」


 すかさず椛が聞き返す。


「岩……? ここにいるのは、どう見ても静葉さんですけど」

「そうなんだけど岩なのよ! 自分で言ったんだから間違いないわ!」

「はぁ、そうなんですか。わかりました。では、岩静葉さんとお呼びすればいいんでしょうか?」

「好きに呼んでもらって構わないわ」


 と、静葉は涼しい顔で、川魚の甘露煮に箸をのばす。


「おまえら、いったいどうしたんだ?」


 それまで傍観していた魔理沙の問いに、穣子は鼻息を荒くしながら答える。


「ああ、そうそう! 聞いてよ。聞いてよ! ついに見つけたのよ! トリュフってやつを!!」

「なんだと!? それは本当か!?」

「どうせ、泥のかたまりとか木の実あたりでしょ」


 静葉はそう言うと、カブの漬物を口に入れる。


「違う!! 岩は黙ってなさい! そうじゃなくて、本当にトリュフを見つけたのよ! ほら、これを見なさいよ!」


 そう言って興奮気味の彼女が、カゴから取り出したのは、黒くて小さくてイボイボのついた、いびつな物体だった。

 魔理沙はそれをまじまじと見ながら尋ねる。


「……こいつをどこで?」

「例の林よ」

「埋まってたのか?」

「外に出てたわ」

「においはどうだ?」

「モノによるわね」


 と、穣子がカゴの中から別個体を取り出すと、辺りは一瞬にしてなんとも形容しがたい芳香に包まれる。

 悪いにおいではないのだが、良いにおいとも言いきれない。食欲そそるかと言えば、そそる方かもしれないが、なにせ癖が強過ぎる。

 あえて例えるとするならば、においかぐわしい岩のりの佃煮のようなものといったところだろうか。

 椛は鼻をくんくんさせて、嬉しそうに尾を振るが、静葉は思わず鼻をつまんで、とっさに顔を背けてしまう。

 穣子は、黒い物体を差し出しながら、魔理沙に告げる。


「ほら、こんな感じにね。中身が溶けかけているほど、においが強いみたいよ!」

「ほうほう。ほほう。なるほどな……」


 魔理沙は、あごに手を当てて、何やら考え事をし始める。静葉が横から問いかける。


「こんな酷いにおいのやつが、トリュフなわけはないでしょう」


 すかさず魔理沙は言い返す。


「いや、恐らくトリュフで間違いない。ただ、私が言ってたものとは違うが……」


 魔理沙はコホンと咳をすると、唖然としている三人へ、丁寧に説明をし始める。


「こいつはイボセイヨウショウロといって、厳密に言うとトリュフじゃない。だが、そもそもの話、トリュフってのは仲間が多くてな。本来のトリュフとは違う種類のやつも、トリュフの一つとされているんだ。だからこいつもトリュフであることは違いないのさ」

「……ええと? それってつまるところ……」

「……本来のトリュフではないけれど、トリュフであることに違いはないっていうことですか?」

「なんだかややこしい話ね。でも残念だけど、私はそのにおい嫌いよ。鼻に突き刺さるって言うか、これなら松茸の方がまだマシね」

「はぁ!? ちょっと! 何言ってんの!? 松茸の香りほどいいものはないでしょ!? 聞き捨てならん! チョットオモテ、デロヤッ!?」


 思わず、ケンカ腰になる穣子を、苦笑しながら魔理沙がなだめる。


「まあまあ、落ち着けって芋神さんよ。松茸だって、いいにおいって言う人もいれば、嫌なにおいって言う人もいる。それこそ中には蒸れた靴下のにおいみたいだって言う人もいるって話だ。現に外の文献によれば、松茸の学名は『吐き気をもよおすキノコ』という意味らしい。松茸だってそうなんだから、トリュフだって同じと言えるだろ。実際、おまえの姉さんは、このにおいがダメなようだが、さっきからそこで尻尾振ってる狼は、相当気に入ったみたいだぞ?」


 ふと、三人の視線が椛へといく。

 彼女はそれにも気付かず、恍惚の表情でにおいをかぎ続けているので、思わず穣子が呼びかける。


「ちょっと! そこの犬! 聞いてるの? ねえってば! ねえ!」


 彼女が何度も呼びかけると、ようやく椛は気がつく。


「……あ!? すいません! あまりにもいいにおいだったのでつい……」

「あんた、随分、夢見心地のようだったけど、そんなにいいにおいだったの?」

「あ、はい。なんていうか、かぐわしいというか、野性的というか……。ちょっとアレな例えなんですが、汗ばんだ時の文様のような……」

「おいおい、ちょっと待てよ。あいつ、こんなにおいするのかよ……?」

「えっ!? あっ……! だから例えですよ!? たとえ……」


 椛は急に恥ずかしくなったのか、口ごもらせてしまう。

 そして場が妙な空気になったその時だ。


「はーい!! 静葉さんおまたせー! 鯉こくでーす!」


 ミスティアが厨房から大皿を抱えてやってくる。


「待ってたわ。あなたの鯉こく美味しいのよね」


 静葉は、さっそく鯉こくに箸をつける。

 ミスティアは芳香に気付いたのか、においをかぎながら、皆に尋ねる。


「なんですか? このにおいは。香水か何かですか?」

「あ、そうだ! 忘れてた! ミスティア! こいつ料理してよ!」


 穣子はそう言って、トリュフをミスティアの前に差し出す。思わず彼女の表情が固まる。


「うわっ!? なんですかこれ!?」

「何って、トリュフよ! トリュフ!」

「トリュフって……。ああ、今噂になってる高級キノコっていう……?」


 どうやら噂は、彼女の耳にまで届いていたらしい。


「……これを私に調理しろと……?」

「そうよ!! どんな味なのかなーって気になるしー!」

「そんな急に言われても……。って、魔理沙さん! あなたキノコ詳しいでしょ。これの調理法とか知らないんですか?」


 ミスティアが困惑気味に尋ねると、魔理沙も困惑気味に返す。


「いや、それが私もよく知らないんだ。外の文献で調べてみても直接的な調理法は書いてなかったんだよ」

「んー。いっそのことテキトーに油で揚げてみるとか? ほら、キノコと油って割と相性いいしー!」

「ふむ。それはたしかに一理あるかもしれないぞ!」

「油で……ですか。なるほどー。じゃ、まあ、やるだけやってみますね」


 ミスティアは、トリュフを持って調理場へ姿を消す。

 静葉は、出来上がりを待つ三人を尻目に、一人で鯉こくに舌鼓をうっている。

 ほどなくして、テーブルの上にはこんがりと揚げられたトリュフが置かれる。


「油加減がわからず手探りでしたが、多分いい感じだと思いますよ」


 どうやらミスティア的には納得いく出来のようだ。


「よし、ここは私からいくぞ……」


 皆が固唾を飲んで見守る中、魔理沙は、小ぶりなトリュフの唐揚げを一口かじる。


「……ん。これは」


 彼女は、まるごと口の中に入れ、味わうようにゆっくりと咀嚼する。

「ほう……。これは」

「ねえねえ、どうなのよ? 美味いの? 不味いの?」

「ふむ……。思ったより風味がすごい。火を通したから全部ふっ飛んだかと思ったが、そんなことはなかったな」

「よっし! 成功! そうなると思って、香りが飛ばない程度にサッと揚げたんですよー」


 そう言ってミスティアは胸を張る。魔理沙は続ける。


「……でだ。歯ごたえがいい。生のままだとちょっとボソボソとしてそうに見えたが、こいつは何というか、果物みたいな感じだ。総じて言うと悪くない。こいつ、美味いぞ……!?」


 彼女の言葉を聞いた穣子や椛、さらにはミスティアも「へーどれどれ」と、トリュフの唐揚げを口にする。


「うほっ!? 確かに何かの果実みたいな歯ごたえね! 香りもあるし。へー! これがトリュフ! 何かすごいわー! 高級品だってのも頷けるっていうかー」

「まったく感動ものだぜ! なんてったって念願のトリュフを食べることが出来たんだからな……!」


 穣子は魔理沙と、二人で興奮しながら賑やかに、


「わっふぅー。これいいですねー……。あー……。いい気持ちになれますぅー……」


 椛はうっとりとした表情で、幸せを噛みしめるように、


「うん。これは他の料理にも使えそう。薄く切って、とろろ芋に混ぜたりとか、焼いた肉の上に乗っけたりとか……」


 ミスティアは、トリュフ料理のアイデアを思い浮かべながら、

 と、まさに各人各様の楽しみ方でトリュフを堪能していた。


 そして


「……別に羨ましくなんかないわよ。私は鯉こくが食べたかったの。別にトリュフなんかいらないんだから。……この鯉こくすっごく美味しいんだから」


 静葉は、楽しそうな四人をちらちら見ながら、一人で鯉こくに舌鼓を打ち続けていた。



 ◆


 その後、穣子は、椛経由でトリュフを無事に文に渡す事ができ、約束通り新聞の記事を作ってもらうことができた。

 記事のタイトルは『衝撃事実!秋の神様はトリュフの神様だった!? 秋穣子改め、トリュフ穣子を独占インタビュー!』

 彼女は「ちょっとなにこれ!? 話と違うじゃない!?」と、言いつつも、新聞の切り抜きを、こっそり自室の壁に貼り付けていた。


 ちなみに文は龍に対し「トリュフはそのまま食べるのが通の食べ方」と、うそぶき、生で食べて七転八倒する上司の様子を、逐一カメラに収めてえびす顔だったという。


 一方、トリュフの美味さに、いたく感動した魔理沙は、さらなるキノコ本の執筆を始めた。

 本のタイトルは『あの素晴らしいトリュフを二度三度』

 なんでもこれを読めば誰でもトリュフを食べた気になれるというコンセプトとのことで、本にトリュフのにおいをしみこませ、開いた瞬間に芳香が広がるという、なんともはた迷惑な仕組みにする予定らしい。


 椛は、あれからすっかり、トリュフのとりことなってしまい、一日一回は、あのにおいをかがないと、満足できない体になってしまったそうだ。


 そして静葉はというと。



「……絶対、トリュフ見つけてやるんだから。見つけたら全部独り占めしてやるんだから……」



 と、林でトリュフを延々探し続けていたという。

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