9話:天使と夕食の時間
食堂に着いたときは日が暮れ、時間でいえばちょうど晩飯時だったためか、食堂内は多くの人でにぎわっていた。
「いらっしゃい――お前アギトじゃねえか! 帰ってきてたのか」
「久しぶりだな、ちょっと用があって帰ってきたんだ。それよりもいつものを三人分お願いできるか?」
「おうよ、後ろの二人は彼女か? アギトも男になったなー!」
「違う違う、二人はちょっとした知り合いでたまたま一緒に来ただけだって」
いつものって頼めるほど常連だったのか。コンビニ店員にすら顔を覚えられていなかった俺とは正反対だな、俺が言うのもなんだかアギトはまあまあイケメンだし。
「すまない、少し話したいことがあるから先に座っていてくれ」
「わかりました、行きましょうシト」
カレンと一緒に空いているテーブルに座る。
それにしても周りで飯を食っている奴の前にある料理はめちゃくちゃ美味そうだ。
ゲームにも現実的な料理はあったが、ポーション替わりの回復アイテムとしか認識してなったから、実際に見るとこんな美味そうだとは思わなかった。
「またせたな」
周りを見ながら流れそうなよだれを我慢していると、アギトが三人分の料理を持って席まで来た。
目の前に置かれたのは大盛りでゴロゴロと肉が入った炒飯のような飯だ。無一文の俺は食えるだけでもありがたいのにこんな飯が食えるなんてありがたい。
「このメニューは俺がまだこの町にいたころに食ってたんだ、ほかにもこの食堂にはいろんな料理があるから好きなだけ食ってくれ」
「ありがとうございます!」
そういえばこいつ、勇者パーティーを抜けてから一人で旅をしてたんだよな。実力もかなりあるみたいだし人気の竜騎士なのに自分でパーティーを作らなかったのか?
「アギトは勇者パーティーを抜けてからずっと一人だったのかい?」
「そうだ、俺にはパーティーで戦うのが合ってなくてな、一人の方が動きやすかった」
前衛職とはいっても魔術師のステータスを持つ竜騎士ならソロプレイは可能……だけど攻撃魔法に特化していて防御や回復はパーティーメンバーに頼っていた方が楽なはず。
そもそもパーティープレイが前提のアセンブルじゃソロプレイヤーはレベルもカンストしていてサブスキルもすべてバランスよくそろえていないとかなり厳しいはずだ。
この世界で一番強い人族が勇者だというのならアギトがそこまでできるとは思えない。
「もったいないな、せっかく再会したのならカレンとパーティーを組めばいいのに。そうすればもれなく僕もついてくるよ?」
「すまないが断っておく、それにシト……お前は俺より強いだろ」
「ありゃ、バレてた?」
「マジックフレイムを生身で食らって無傷な奴なんていない、いるとしたら伝説に残る英雄たちか神話の存在、上位者ぐらいだろう」
上位者、そういえば勇者も俺に向かってそんなこと言ってたな。
ゲームでは聞いたことのない種族だしその意味は分かっていない。
「そのハイロード? っていうのはなんなんだい?」
「天使を名乗ったのに知らないのか? 上位者は世界の意思に生み出されたとされる神話の種族だ。この町にある教会の連中も上位者を信仰してる教会だぞ」
意外とあっさり天使が受け入れていると思えば、この世界にはそんな存在がいるのか。
もし本物に会ったら糾弾されかねないな。
「シトが本当に天使だとするならば、教会の信仰している天使ってのはなんなんだろうな」
「教会が信仰している天使? そんなの僕と全く別の存在なんじゃないかい?」
「そんなはずはない、上位者は種族とまとめられているが種別ごとに単一の存在だ。一つの世界に天使は二人存在しない」
うわっちゃ〜……ということはこの世界のどこかに本物の天使がいるってことじゃないか。まずいな、下手に名乗ってばかりいると本物に目をつけられそうだし今後は気をつけよう。
「ごちそうさまでした、お二人とも何の話をしていたんですか?」
「はやっ!?」
俺たちが話している間にカレンが大盛りの飯を食べ終わっている。
いや待て、話していて気づかなかったが皿がめちゃくちゃ増えている!? もしかして知らないうちに追加の料理を頼んでいたのか。
最初に来た料理だけで大人二人分はあったはずなのに、そんなに腹が減ってたのか? もしかして俺と会うまでまともな飯を食っていなかったんじゃないだろうな。
「ありがとうございますアギトさん、私召喚石を買うために節約していたのでまともなご飯は久しぶりで」
――やっぱりか!
「ごめんねカレン、ちょっと待ってて」
話していて止まっていた食事の手をアギトと同時に動かす。
いくら腹が減っていたとはいえカレンがこんな大食漢だったとは、よく節約生活で生き延びてこられたな。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさま!」
アギトと同時に料理を食べ終わる。
ほかにも好きなだけ頼んでいいと言っていたがこれだけで腹がいっぱいだ。アバターだから体型の変化はなさそうだがこれぐらいにしておこう。
激太りした天使なんて誰も信じないだろうからな。
「それでは宿屋に戻りましょうか、アギトさんはどうします?」
「俺も宿屋で泊まるつもりだ、明日の朝また宿屋の外で落ち合おう」
三人で席を立って勘定を済ましに行く。
まあ俺とカレンは奢りだから財布を出す必要がないんだけどな、人の金で食う飯は家で一人で食ってたコンビニ飯の百倍は美味かったぞ。
「はい勘定ね、えーっと金貨二枚と銀貨六十八枚だよ! 久しぶりだからって食ったなーアギト、また腹が減ったら来な!」
「なっ……!? 金貨二枚に銀貨六十八枚だと!」
……この世界の通貨価値はわからないが、この反応からめちゃくちゃ高額なことがわかる。
マジでめちゃくちゃ食ったんだな、カレン。
「まずい……今日一日の宿代すらなくなった」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私久しぶりのまともなご飯で――!」
財布を開いて呆然とするアギトと必死に謝るカレンを後ろから眺めているが、食ってしまったものはしょうがない。だがアギトを一晩中外に放置するのもあまりよくないな。
宿か……そういえば今日冒険者登録して部屋を増やすつもりだったんだよな、このままじゃ俺もカレンと二人で一部屋だ。
よし、いっそ部屋に男を増やして少しでも落ち着ける空間にするか。
「じゃあアギトも僕たちの部屋に泊まりなよ!」
「えぇー!?」
夜の町に、二人分の驚愕の声が鳴り響いた。
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