29話:天使と勇者の将来設計
ダンジョン三層目、睨みつける勇者を意に介さず立つ俺。勇者相手には二度、一度目は不意打ちだったが二度目は正面から戦って力の差を確認している。
一対一で戦うことに恐怖も何も無い。
アギト達は問題ないだろうし、俺は俺でこいつを倒してゆっくり待っていよう。
「じゃあ始めようか、悪いけど手加減はしないからね」
殺しはしないけどな、しばらく寝ててもらうぐらいに倒そう。
「その前に、お前と僕だけでもう一つ条件を付け足させてもらう」
「君……まだ僕に勝つつもりなのかい?」
「ふふ、僕は勝つさ。この条件さえ飲まれれば僕は今までの何倍もの力を出せるだろう」
数倍も力が上がる条件?
どうせ勝つからなにを言われても容認するつもりだったが、様子を見たほうがいいな。
「この勝負、僕が勝ったら――」
勇者が剣を構えて体勢を整える。
不意打ちか、それとも条件を言った瞬間突っ込んでくるつもりか、とにかくすぐ動けるよう警戒して勇者の話に耳を傾けた。
「結婚してください!」
「けっ!?」
予想通り突っ込んできた勇者の剣をかわして、後ろに下がりながら思考を整理する。
結婚してください? 結婚ってあれか、夫婦になるあれなのか? 病める時も健やかなる時も支え合って生きていくあれだっていうのか!?
「どうしたどうした! 僕との結婚生活に思いを馳せているのか!?」
剣を振り回して突っ込んでくる勇者自体は全く脅威ではないが、とにかく脳内が緊急事態だ。
言葉はわかっているのに認識するのを拒否してしまって落ち着けない。
「魔王を倒したら田舎に帰ろう、勇者の功績で悠々自適に暮らそう、子供は三つ子がいいっ!」
「産むかバカァー!」
最後の言葉のせいで考えたくもない光景が頭の中にの流れてきて、反射的に殴ってしまった。
種族レベルマックスの俺の拳をモロに顔面で受けた勇者が、きりもみ回転をしながら壁まで吹き飛んでいく。
「な……なぜだ!? 勇者の子だぞ、僕の子を産めるなんてこれ以上ない幸福だろう!?」
カンストとは言っても物理攻撃が弱い精霊族、あまりダメージが入っていないのか勇者はすぐ立ち上がった。
「僕にとっては絶望だよ! そもそもなんでいきなりけっ……結婚なんて言い出すんだ!?」
「あの夜、僕はお前と戦って気づいたんだ。僕が求めていた理想の女性は君だと! 君と冒険し、君と勝利し、君に僕の子を生んでほしい! きっと最強の子供が生まれるぞ、なんたって勇者と勇者を倒した者の子だ!」
「だから産まないよっ! 結婚もしない、そもそも君は僕に勝てない!」
「いや、僕は勝つ。ここで君に勝って理想のお嫁さんを手に入れるんだぁ!」
再び突っ込んでくる勇者だが、もしかして何倍も力が出るっていうのは愛の力がどうとかいうつもりだったんだろうか。
むしろ、俺のほうが負けられない気持ちで何倍も力が出せそうだ。
「"赤燐"」
体に火を纏う身体強化魔法で、突っ込んでくる勇者の剣をかわして腹に一撃入れると、勇者の体から力が抜けてそのまま倒れた。
「あ………愛して……る…………」
完全に気を失うまで言い続けるとは、マジで怖いな。
俺が強いからといって結婚まで申し込んでくるなんて、知らないうちにかなりめんどくさい相手になってしまったようだ。
これ、もしアギト達が負けてたらやばいんじゃないか?
とりあえず倒れた勇者を放置してアギト達が帰ってくるのを待っていると、二層目と三層目を繋いでいるの扉が開き、双方のパーティーメンバーが揃って三層目に入ってきた。
すぐにアギト達が俺のところまで駆け寄ってきて、全員の勝敗確認が始まる。
「シト、勇者は――これか……?」
「うん、わかってたけど勝負にならなかったよ。そっちはどうだったんだい?」
「俺は勝った、後これも返す」
アギトが差し出したのは俺が渡しておいた強化魔法の護符だ。
竜騎士としてのプライドか、使わなかったんだな。俺の心配は杞憂だったわけか。
「俺達は引き分けだ、すまないな」
「シャルルさんはとても頑張ったんです、でも私が足手まといで――」
「そんなこと言うなカレン、お前がいなければ負けていた」
こっちの二人は引き分け、でも今まで戦力ではなかったカレンにも転機があったらしく、おどおどしていたカレンの顔が少しだけ凛々しく見える。
それに約束通り傷一つついていないようだ、シャルルに任せてよかった。
「これで二勝一分けだ、君たちにはすぐにダンジョンから出ていってもらおう」
「ぐっ……まだ――」
「ニーナ、ここは引き下がろう」
なにか言い返そうとした魔術師が戦士に止められる。初めて声を聞いたけどかなり渋いな、見た目よりだいぶ年上か?
「そうよニーナ、それにアルトが倒れていてはなにもできないわ。今は帰りましょう」
「……そうね」
悔しそうだが、あっちが仕掛けてきた勝負だし従ってもらわないと困る。
「すまないな、迷惑をかけた。だがうちのバカ勇者にもいい薬になっただろう」
戦士が起きない勇者を抱えて近づいてくる。
話してみると、勇者以外は結構話がわかる奴らなのだろうか。
「早くそれを持ち帰ってよね、僕は今見てるだけで鳥肌が立ちそうだ」
「ああ――アギト、いいパーティーだな」
「……正式に組んだわけじゃない、だが勇者パーティーにいたときよりは幾分マシだよ」
「なっ、あんたどれだけ私達をバカにする気よっ!」
怒る魔術師を、戦士が引きずって戻っていくとかわりに聖職者が走ってきた。
目的は俺とアギトではなく、シャルルの方向だ。
「黒魔導士、名前は?」
「シャ……シャルルだが?」
「そう、シャルルね。忘れないわよ、次会ったときは絶対に射止めてやるんだから」
そう言って聖職者はシャルルの腕に抱きつき、何が起きているのは理解できていないシャルルは発火しそうな顔で今にも気絶しそうになっている。
一体、二層目で何があったんだ……?
すぐに離れた聖職者はパーティーに合流し、なぜか気絶している勇者を雑に運びながら楽しげにダンジョンから出ていった。
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