2話:天使と精霊使い
「うわあああああ!?」
「ひゃあああああ!?」
俺が叫ぶと同時に少女も叫ぶ。
そりゃそうだ、寝て起きたら目の前に美少女、そして胸を鷲掴み。俺の人生はこれで豚箱エンドを迎えることになるだろう。
死の間際でもないのに頭の中に走馬灯が流れてくる。
幼稚園、そして小学校から中学校――今に至るまでの鮮明な記憶が脳内を高速で流れていくが、ろくな記憶がないことが一番悲しい。ゲームどころか人生ソロプレイ、一回泣く時間をいただいてもよろしいでしょうか? 走馬灯を見てまでこんな感想しか出てこないなんて、なんてひどい人生を歩んできたんだ俺は。
「あっそうだ! 早く契約しなきゃ!」
突然我に返った少女が、契約という聞き慣れない言葉を口にしながら、懐からナイフを出して近づいてくる。
マジか!? 護身用でも防犯ブザー、あってもスタンガンぐらいだろ!?
そんなのブスッといかれたら豚箱エンドすら迎えられないぞ、せめてあと一年待って三十歳になったら魔法が使えるようになるのか試させてくれ!
「ちょっ待っ! "来ないでっ"!」
突然の凶器にビビり散らかし、俺は近づいてくる少女を突き飛ばすこともできないまま叫んだ。
恐怖に目を閉じて走馬灯の続きを見始めたが――なにもされない。
おそるおそる目を開けると近づこうと歩み寄っていた少女が一歩たりとも動かず、ナイフを構えたまま静止している。
もしかしてめちゃくちゃ聞き分けのいい子とか……じゃないよな?
「あれ、俺なんかしたか?」
ゆっくり少女に近づこうとすると、近づいた分だけ一定の距離を保って離れていく。
おいおい、近づくなと言ったにしても律儀すぎるだろ。それともあれか、惨めすぎて引いているのか。泣くぞ?
「け、契約……契約しなきゃ……」
さっきから契約契約と呟いているが、それも意味が分からない。
アセンブルの召喚術師とか精霊使いでもなしに、ナイフを持って契約なんて――と考えていると、俺の額から小さな宝石のようなものが落ちていった。
「だ、だめぇ!」
落ちた宝石はカキィンと音を立てて地面と接触した瞬間粉々に砕け散った。そして少女はそれを見ると顔を青ざめさせてその場に膝から崩れ落ち、涙を流し始める。突然の美少女の涙に俺も焦ってしまうがおろおろするだけでなにもできない。
「また失敗しちゃった……」
「あ、あの……えっと……えー」
状況が呑み込めない上に、そもそも女の子に話しかけるなんて俺の人生での激レアイベントをどう攻略すればいいかわからない、しかも難易度超ハード!
どしたん話聞こか? でどうにかなるようなわけがない。
どうする俺……この状況を引きこもり陰キャ廃人ゲーマーが乗り切るにはどうする? 自然に、かつ嫌われないように涙する少女に話しかける……なにか方法はないだろうか。
なんとかしようと脳内を駆け回ってみるが出てくるのはゲームの攻略情報とギャルゲのイベントシーンばかり、くそっ全く役に立たない人生経験しか思い出せない!
まともな答えにたどり着けない自分に落ち込んで下を向くと――いつもの光景と違った。
景色ではなく体、俺は背は高い方だし足元から目線までそれなり距離はあったはずだが、変に地面が近い。
しかもよれた黒いTシャツにジャージ、穴の開いた靴下という陰キャ三点セットを身にまとっていたはずなのに、見えている足は綺麗な靴を履いていて、なにより生足が漆黒のジャングル地帯ではなく細く白い、まるで女性のような足になっている。
「ま、まさか……?」
急いで今いる場所を歩き回って、水溜まりを見つけて覗き込むと、そこに映っていたのは終わっている成人男性の顔面ではなく――俺がアセンブルで使用していた天使として名を馳せていたアバター、シトリーの顔だった。
光が反射するほどの白髪に金色の目、課金アイテムの十字型の瞳孔……毎日のように見ていた俺が間違えるはずがない。
もしかして俺は、アセンブルの世界にアバターの姿で異世界転生したとでもいうのか!?
「落ち着け、俺は毎日アセンブルをやり込んでいた。やりすぎて夢を見てる可能性もある」
あまりに現実的ではない結論を出そうとした自分を落ち着かせ、強めに頬を引っ張ってみるとかなり痛い。古典的だが、たぶん夢じゃないことが判明した。
「よく考えろ、今の姿はむしろ好都合かもしれない」
成人男性がいたいけな少女の胸を鷲掴みにしたうえ恫喝して泣かせたのなら人生は終了だ。スリーアウトチェンジで来世は昆布かよくてもノミだろう。
だが俺の姿が天使のような女の子の姿ならどうだ? ダブルプレイからのビデオ判定ってとこで落ち着くぐらいなはずだ。
――つまりまだ希望はある!
「あとは、どう話しかけるかだな」
俺の姿はいま女性アバターのシトリー、つまり見た目だけなら女の子だ。話し方さえ気をつければ完全に問題ない、だが女の子の話し方という情報フォルダは俺の脳内にギャルゲーしか存在しないから勢いで話せばツンデレ幼馴染とかみんなの前では厳しいけど二人きりの時に優しくなる生徒会長にしかならない。ならば、シトリーとしてゲーム内で使っていたロールプレイにするべきか、ゲーム内だったら男女関係なくゲームプレイヤーに臆さず話しかけていた。
確かこう、中性的な感じで、ふわっとした天使感のある感じを意識していたはず。
そして困っているプレイヤーにはお決まりの第一声があった。
「君、何か困りごとかい?」
覚悟を決めた俺は、いつもチャット欄に打っていた言葉を頭の中で反復し、泣いている女の子に近づいて喋りかけた。
よし、きょどって噛まずに言えた!
あとは相手からの返答を待つのみだ。
「せ、精霊が言葉を喋った!?」
精霊? そうか、シトリーは精霊族のアバターだ。
だが言葉が話せないのは精霊使いが扱う小型の精霊だけであって、俺のようなアバターが喋るのは当然のはずなんだが?
もしかしてだが、契約という言葉もあったしこの世界がアセンブルだと仮定するならばこの場所は――召喚の家だな!
召喚の家は都市アルタイルから東にある廃神殿で、精霊使いや召喚術師が精霊や召喚獣を呼び出して契約をするためのスポットだ。ということは俺は精霊との契約のために召喚されたんだろう。
結局使い魔系の職業は育成コストの高さからベテランプレイヤーの間で評価が下がって誰も使わなくなったからな、完全に忘れていた。
疑問は残るが、黙っていても話は進まない。
ここは天使ロールプレイでなんとかするしかないな。とりあえず人族や亜人族と同じヒト種であることを理解してもらわないと。
「失礼な、僕はただの精霊じゃないぞ?」
「え? でも私は召喚したのは精霊のはずなんですが」
まあ実際シトリーは精霊族のアバターだから合ってるんだけどね。
「僕は天使、異世界からやってきた救済の天使さ!」
ドンと胸を叩いて自己紹介をするが、やろうと思っていたことと違う。ヒト種だと言うつもりだったのにロールプレイに興が乗りすぎて天使と名乗ってしまった。
それに叩いて気づいたけど、このアバターちょっと胸あるんだよな……今までなかった絶妙な柔らかさがあってなんか違和感がすごい。
「天使様……?」
「ああ、困りごとがあったら言ってごらん? 僕が助けてあげよう!」
「えっと、聞いてくれますか?」
名乗った手前引き下がることもできず、少し移動したところのあった石の椅子に座り、少女の話を聞くことになった。
「私、精霊使いなんですけど、いま契約している精霊がいなくて……さっき最後の契約石を使っちゃったんです」
ああ、俺の額から落ちた石はその契約石だったのか。
アセンブルじゃ契約の時、契約石を召喚台に置いて、召喚された後契約者が指から血を滴らせ契約石を赤く染めて契約完了のムービーが流れる。
ってことはナイフを出したのも俺を刺そうとしたんじゃなくて契約のために自分の指を切るためだったのか……そして勘違いで叫んだ俺のせいで契約までの制限時間が尽きて契約失敗。
なんか俺にも結構責任ある話だなこれ。
「ふーん、でも契約石なら町で買えるんじゃないのかい? 買いなおしてもう一度くればいいじゃないか」
「それが、お店にはもう契約石は売ってなくて、このままじゃ冒険者登録もできないんです」
契約石が売ってない?
レアな精霊を呼び出すような高価な召喚石ならまだしも、緊急で必要なら最低級の召喚石なんていくつ買っても品切れになんてならないはずだ。
この世界じゃ無限に購入できるアイテムにも制限があるのか……これは町に行ってみないとわからないな。
「よし、じゃあ町に行こう」
「え、でも町にはもう……」
「いいから! 天使の僕を信じるといい、きっといい結果になるよ!」
立ち上がって自信満々に言い放つ。
実際そんな自信まったくないんだけど、天使ロールプレイのせいで弱気なことが全く言えなくなってしまった……とりあえず町に着くまでに解決法を考えなきゃいけないな。
20時にもう1話投稿されます。
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