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滅びの魔女と楽園の神官  作者: 崎浦和希
第一章 王国滅亡編
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第八話 邂逅の夜

 その日、ヴィンセントは、初めて王都を離れた。

 神殿から出ることさえ久しぶりだった。数名の神官と、ヴィンセントの側仕えのほかは、軍の兵士たちで構成された一行であった。


 まだ十三の子どもだったヴィンセントは、なぜ自分が連れ出されたかを深く考えず、馬車の窓の外を流れる目新しい景色に、気分を高揚させていた。

 「楽園」と呼ばれるにふさわしい、美しい国だと思った。

 空は青く、どこまでも広く、実り豊かな畑、牧草地や、森の緑がよく映えた。

 国民は温厚で、誰もがヴィンセントたちを歓迎してくれた。

 たった数日間の旅だが、ヴィンセントは今でも、そのときの感情を思い出せる。

 その旅の前半では、滅びの予兆を何としてでも消し、この美しい国を守らなければならないとの思いは、強く胸に刻まれた。

 神殿にいて報告を聞くだけでは抱けない鮮烈な感情は、そのときのヴィンセントにとって、ひどく重要なものに思えたのだった。


 数日かけて、ヴィンセントの乗る馬車は、国の南の山岳地帯にたどり着いた。山の麓には小さな村があって、わずかな人々が、細々と暮らしをいとなんでいた。


『殿下、お気をつけなさいませ』


 神殿から付いてきたヴィンセントの側仕えは、馬車を降りるヴィンセントにささやいた。そのときのヴィンセントは、彼が何を示しているのかわからなかった。

 夜半、軍が張った天幕で眠りについていたヴィンセントは、神殿の者ではない、ひとりの将校に起こされて、寝ぼけ眼で外へ出た。

 思えば、もっと危機感を抱くべきだったのだ。


『何があるのです?』


 眠気を引きずりながら尋ねたヴィンセントに、その将校が何を言ったか憶えていない。

 だが彼がヴィンセントを振り返った直後、ヴィンセントの頭の横を、空気を裂いて矢が通り抜けた。ヴィンセントは何が起こったのかわかっていなかったが、将校はニヤリと笑って、夜の村中に響くほどの大声を上げた。


『殿下のお命を狙う者がいるぞ!』


 各々の天幕から飛び出してきた兵士たちが松明に火を灯し、辺りはぱっと明るくなった。、

 そうして驚いて表に出てきた村人を、兵たちは躊躇無く斬った。血飛沫が炎を受けて、ぬらぬらと輝いて見えた。

 ヴィンセントは驚き、同時に、自分か利用されたことを悟った。自分のそばにいた将校も、護衛のはずの兵士たちも恐ろしくなり、思わずその場を駆けだした。

 がむしゃらに走って、気づけば誰もいない森に迷い込んでいた。村からの怒号や、炎の明かりは見聞きできていたが、そこへ戻りたくはなかった。

 けれど、ヴィンセントがひとりで、どこに行くこともできはしない。

 途方に暮れて立ち尽くしていたところ、目の前に突然、ひとりの少女が現れた。


『……っ』


 森に駆け込んできたらしいヴィンセントと同じ年頃の少女は、こちらに気づいて息を呑んだが、ヴィンセントがぼうっと突っ立っているだけなのを見て取ると、心配そうにささやいた。


『あなた、ここに居たらいけないひとでしょう』

『僕は……、いや、あなたは……』


 森の木々からこぼれる月明かりを受けた色の薄い金髪が淡く輝き、少女は頭から肩にかけて神秘的な光をまとっていた。


『わたしは行かないと。でも、あなたは戻らなければ』

『…………』


 このときのヴィンセントは、衝撃で頭がぼんやりしていた。

 殺されかけたのだというのはわかった。矢を射かけたのは村人ではなく、軍の者だろう。ヴィンセントを口実に村を襲うつもりで、自分を連れてきたのだ。

 矢を逸らしたことを考えれば、殺すつもりではなかったかもしれないが、たぶん、死んでもいいとは思われていた。

 ヴィンセントは村のあるほうへ顔を向け、震える息を吐き出した。


『戻ったら、僕は殺されてしまうかもしれません』


 怖かった。妾腹に生まれたヴィンセントは、王妃に疎まれ、彼女の息子である第二王子の王位継承の妨げならないため、神殿へ追いやられた。それでも、命を狙われはしなかったのだ。

 ヴィンセントが王妃にとって完全に無価値ではなかったからだが、己の立場を、これほどまで頼りなく感じたことはなかった。


『ここにいるほうが殺されるわ。だって、誰もあなたを見ていないもの』


 ヴィンセントははっとして背後を振り返った。誰の姿も見えないものの、暗がりへと続く森の闇は不気味で、ぞっとさせられる。少女の言うとおり、ここには、ヴィンセントの味方をしてくれる側仕えもいないのだ。

 そのとき、村の方角がいっそう明るくなった。焦げ臭いにおいも漂い始める。軍は村を焼いたのか、炎がこの森の木々に燃え移ったようだった。


『なぜ、軍は村を襲ったのでしょう』

『国に対する反逆者とみなしたのよ』


 少女の声が震えているように聞こえ、ヴィンセントは彼女へと視線を向けた。少女は村のほうへ顔を向け、胸元を握りしめていた。


『わたしたちは国に刃向かったりしないわ。ただ、真実を記録するだけなのに』


 少女の瞳から、ひとすじの涙がこぼれる。

 それを見て、ヴィンセントはようやく、この少女が村の子どもで、ここに逃げてきたのだと気がついた。

 同時に、彼女にとって、自分が憎むべき相手であることも、やっとわかった。

 けれど少女は、ヴィンセントを憎しみの目で見ていない。それどころか、ヴィンセントの命の心配をしている。


『あなたにとって、僕は敵ではないのですか。なぜ、僕の身を案じてくださったのです?』


 少女はヴィンセントを見つめた。涙に濡れた瞳に、頼りなさは欠片もなかった。


『あなたが何も知らないこと、すぐにわかったわ。もし、憎むべき相手がいたとしても、それはあなたじゃない。憎しみは、新たな憎しみを生むの。だから、わたしはむやみに人を憎まない』


 少女のまなざしの強さに、ヴィンセントは圧倒された。

 パチパチと、木が燃える音が迫ってきた。このままここにいては、火事に巻き込まれてしまう。


『……逃げないと……。あなたにとって安全な場所はありますか?』


 視線を動かしても、暗い森ではろくに何も見えない。土地勘もないヴィンセントでは、彼女を導いてやることも難しい。


『殿下! どちらにいらっしゃいますか!?』


 ヴィンセントを呼ぶ側仕えの声が聞こえた。少女がヴィンセントと、声の聞こえた方角を見比べ、視線でヴィンセントへ行くよう促す。

 その直後、すぐそばで枝を踏む音が聞こえた。

 少女がそちらへ顔を向け、さっと身を翻す。

 ヴィンセントは少女に遅れて音のしたほうを見、眩しい炎に目を細めた。


『あれは……おい、こっちにひとり逃げたぞ!』


 将校はヴィンセントを一瞥したものの、すぐに少女の姿を捉え、声を上げた。その隙に、ヴィンセントは従者の声がしたほうへと駆け出した。


『殿下!』


 側仕えの者は、思ったよりすぐ近くにいた。彼に連れられ、あっという間に広がる炎を避けて森を出たヴィンセントは、炎が村を燃やし尽くしているのを目にした。


 あの少女は無事だろうか。

 最後に見た彼女は、将校の持っていた松明の炎に照らされ、淡い金の髪も、薄灰の瞳も、濃くまばゆい色に染まっていた。それは苛烈な美しさで、ヴィンセントと対峙したときの、彼女のしなやかな優しさには、似合わないと思った。


 どうか逃げ延びてほしい。


 ヴィンセントの祈りが通じたのかどうか、ほどなくして将校が不機嫌そうに戻ってきた。

 そしてヴィンセントは、将校が挙げた『魔女』の特徴を、わずかも否定しなかった。

 そのことが、多くの無辜の民を、犠牲にしている。

 けれどあの少女を生贄に差し出すのも、悪魔の所行に思えた。彼女ひとりに、いったい何の罪があるというのだろう。


 罪を捏造して躊躇いなく村を焼き、ひとりの少女から家族を奪ったあの将校こそ、『魔女』にふさわしい者ではないか。

 国のための仕事だったのだ、といくら考えても、疑念は消えはしなかった。




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