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滅びの魔女と楽園の神官  作者: 崎浦和希
第一章 王国滅亡編
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第十六話 ここにいる意味

 それから数ヶ月。


 王国は相変わらずの様子だった。

 滅びの予兆が消えたという話は聞かず、魔女狩りも行われている。

 大きな街に行けば活気はあり、人々にはさほど不安も見えない。

 今まで以上の不穏な噂も無ければ、今まで以上に活発になった何かもなくて、不安定と安定の狭間をぎりぎり進むような、変わらない日々が続いていた。

 ノインは、始めは何にも気づかないふりをして、自分の思考を騙していた。

 状況に違和感を覚えるほうがおかしい。

 だって、何も知らないのだから。

 それでも、旅路がじわりじわりと王都へ近づいてゆき、次の目的地を決めるのに、王都方面を選んでしまう自分を自覚するに至って、ついに、知らないふりをするのを諦めた。


「ヴィンセント……」


 彼が王都でどう行動したのかはわからない。

 だが、数ヶ月も経って、何ひとつ変わらない、何かの噂ひとつないことが、すでに異常なのだ。

 ヴィンセントは、今の国を救いたいと考えていた。

 それで何も変化がないなら、彼が無事でいる可能性は低い。


「…………」


 最悪の事態さえ簡単に想定でき、くらりと目眩がした。

 どうか無事でいてほしい。

 急く気持ちを抑えながら、ノインは夜を徹して街道を急いだ。






 ノインは、王都を訪れるのは初めてだった。

 そして圧倒された。

 単に人や物が多いだけでなく、特に店の多い賑わいの中心地では、通りに並ぶ建物が大きい。そして道も広い。

 庶民の生活用品のみならず、ドレスや宝石、装飾品などの、いっそう華やかな品物を取り扱う店などは、洗練されすぎて気が引けるほど。

 さらに、貴族や大富豪の住む屋敷が立ち並ぶエリアは、妙な威圧感さえ放っている。

 一方で、狭苦しい細い道に痩せこけた子どもが飢える貧民街もあった。


 この国の縮図のような街だ。


 ノインは宿を取るより何より、街のあちこちを歩きながら、ヴィンセントにかかわる噂を拾えないかと探って回った。だが、もともと旅装に動きやすい服しか持たないせいで、華やかな王都では悪目立ちし、人々の視線が気になって自由には動けない。特に、上流階級の噂話の集まりそうな品の良い店に近寄れず、ヴィンセントの遠さが身に染みるようだった。

 路銀としては余裕のあった懐具合でも、貴族が着るようなドレスはとても賄えない。せめて小綺麗な街娘の衣装を調え、安宿に荷物を置いて、ようやく街の雰囲気に馴染んだ。

 なるべくもの慣れない様子を見せないように歩き、そうしながら、人々のお喋りに耳を澄ませる。

 聞こえてくるのは、どれも他愛のない日常の会話だ。ほかの街で聞くものと大差なく、ようやく、王都だからといって人々のあり方が大きく変わるわけでないと気づき、少し落ち着いた。

 たまに、貴族の噂話も混じったが、ご令嬢の縁談や、出入りする使用人から得た贅沢のことなど、庶民の娯楽にすぎない話ばかりだった。

 ヴィンセントの名前は、一度も聞こえてこない。


 五年前、彼は『殿下』と呼ばれていた。

 王族にしか使われないその敬称で、何かがあれば耳目を集めやすい身分だろう彼の話が一切出ないのは何故か。

 王都に戻ったヴィンセントが、何も事を起こさず、元の居場所、おそらくは神殿で元通りの生活をしているというなら、確かに話題にはならないかもしれない。

 けれど、最後に見た彼の微笑みが、そんなはずはないと確信させる。

 嫌な予感ばかりがふくらんでいく。

 ノインは王城を見上げた。

 石造りの城は高台にあって、街のどこからでも見える。城のすぐ横には、白亜の大神殿もある。


(ヴィンセント……)


 彼は、そのどちらかにいるはずだ。いてほしい。

 引き寄せられるように、気づけば王城への道を歩いていた。衛兵に目をつけられでもしたら、という恐怖心より、ヴィンセントへの不安が上回った。

 王城の門前は噴水つきの広場になっていて、人々が植え込みのふちや、噴水を囲む石段に腰掛けて、平和そうにくつろいでいた。のどかな光景にも、今のノインの心はいっそうざわついた。

 誰も彼もが幸せそうに見えるのを、どうして、と思ってしまう。


 この国は、そんな場合ではないはずなのに。


 もどかしさに手を握りしめる。

 国のゆく末に、ノインは手を出すつもりはない。人々に不幸になってほしいとは思わないが、一国の繁栄や衰退など、歴史にいくらでもあるし、そういうものなのだとみなしている。

 ノインは正義をおこなう者ではないのだ。目の前の出来事を記録し、未来へと遺してゆくだけ。


『わたしたちは星の光。過去を、未来へ繋ぐもの。わたしたちの記録はね、いつか誰かが過去を知りたいと思ったときに、夜空を見上げたら見つけられる星のようであればいい』


 幼いノインに、母はそう言った。

 ノインは、国を救わない。隆盛も滅亡も記録して、遠い未来の誰かへ、その存在を教える。それがノインの役目だ。

 ノインが水晶の母石を通して過去のことを知るように、未来の誰かもそうするだろう。


(でも、それが何になるの?)


 人々に紛れるように、ノインは広場の隅に寄り、花壇を作る煉瓦の端に軽く腰かけた。そこから王城を眺める。

 楽園と呼ばれた国の城は開放的で、門のすぐ前で人々がめいめいに過ごすことを許している。城の天辺には王国の紋章を染め抜いた旗がひらめき、王の在城を示していた。

 街のどこからでも、王が城にいることがわかる。滅びの予言がなされてさえ、それくらい平和なのだ。

 ノインはため息をついた。

 過去にいくつもの国が興り、滅びてきたことを知っている。平和に思われていても、突然の陰謀で滅びた国だって、いくつもあった。

 それらを、知っている、だけ。

 ヴィンセントなら、星を見上げて知り得たことを、人々のために使おうとする。彼であればきっと、『記録』も有用に使える。

 今、ヴィンセントがどういう状況にあるかもわからないが、もしも彼に『記録』を見ることができたなら、何かの助けになったかもしれない。


『もしもを考えてしまうのは、人のさがなのだと思います。自分のおこないに、絶対の自信なんてないから』


 ヴィンセントの言葉が、ふっとよみがえる。でもそのときの彼の声がどういう音だったかは、もう思い出せない。彼は穏やかで柔らかい声をしている。それが話をするとき、感情に合わせて少し高い音になったり、いっそう柔くなったりするのが、好きだった。


「憶えているだけじゃ、だめだわ……」


 彼の声が聞きたい。

 ノインは泣きそうになる目元に力を入れて、涙をこらえた。こんなところで泣いたら目立ってしまう。

 国に関わらないと決めて、ヴィンセントについて行かなかったのは、果たして正しかったのだろうか。

 どれほど王城を見上げてみても、ヴィンセントの安否は知れない。こんな場所から無事を祈ったって、何にもならない。

 ノインには役目がある。自分の気持ちを優先して、一族が負ってきたものを捨てるなんてできなかった。

 今までは役目のためなら、憎しみだろうと愛情だろうと、捨ててしまえると思っていたし、捨ててきた。

 なのに今、どうしても胸が苦しい。

 胸に手を添え、服の上から、水晶板の感触を探る。けれどそこに答えがあるわけではなく、ノインはすぐに手を離した。

 過去は未来に知恵を与えてくれるけれど、正解を知らせはしない。

 ノインの感情や、これからどうすべきかは、ノインしか決められないのだ。


「……」


 膝の上に両手を広げ、何も持たないからっぽの手のひらを見下ろす。

 その指先を緩く丸めると、そこに絡んでいたヴィンセントの手の感触を、少しだけ思い出せるような気がする。


「……わたし、ここまで来たわ。ヴィンセント、あなたのいるところの、こんなに近くに」


 小さくつぶやいた。

 きっとそうだと、今は信じるしかない。

 門前の広場を離れがたく、目立ちすぎないようときどき場所を変えながら、ノインは日が落ちてくるまでずっと広場にいた。

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