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滅びの魔女と楽園の神官  作者: 崎浦和希
第一章 王国滅亡編
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第十一話 世界の記録者

 ノインとヴィンセントが訪れた街は、国の東寄りにあって、東西南北の街道が交差する交通の要衝となる場所だ。それを示すように、とても賑わっていた。


「人が多いですね」

「来るのは初めて?」

「いいえ。去年も立ち寄りました。去年より賑やかなようにも思います」


 何かに気を取られて視線を外したヴィンセントの袖を、はぐれないよう引っ張って歩く。そうしてから、よく考えたら、自分たちははぐれてもかまわないのだと気づく。

 だが、ヴィンセントも何も言わないので、ノインはそのまま宿を目指した。


「ずいぶん活気がありますね」

「国が滅ぶと言われていても、暮らしが終わるわけじゃない。みんな、今まで通り生活しているのよね」


 ノインは、胸元の水晶板に服の上から手を添え、目に見える光景をそこへ記録していった。


「ここって侯爵領だったかしら。羽振りがよさそう」

「特産品と言えるものはありませんが、気候が安定していて実りがよく、こういった大きな街もいくつかある領地なので、税収がよいのでしょう」

「へえ。恵まれた土地なのね」

「こういう土地が多いのが、この国が『楽園』と呼ばれる所以です」

「恵まれない土地は?」

「豊かな領地から、国の差配で食糧などが分け与えられます。僕たちが通ってきたブレン子爵領は、そうした措置によって、人々は飢えることなく暮らせます」


 確かに、国の端にあって土地が豊かでないわりに、宿で振る舞われる食事の量は十分で、村の人々も衣食に困ってはいなさそうだった。


「隣の辺境伯領は石炭の産出で豊かなのに、子爵領は少し可哀想ね」

「それでも、その差配のおかげで、この国は内乱もなく、長く平穏でした」


 よくできた『楽園』だ。人々も平穏に慣れて、この街からは、危機感すら感じられない。子爵領では、暮らしの保証はあっても、魔女狩りでどこか荒んだ空気が漂っていたのに対し、この街は大きく余所者も多いためか、開放的で華やかだった。


「滅びの予言さえ、無ければ……」


 街の様子を見回して、ヴィンセントがため息をついた。

 ノインは記録を続けながら、水晶板を握りしめる。


 水晶に特別な魔法を封じ込めて作られた水晶板は、切り出される前の巨大な母石とその魔法により繋がっていて、ノインの記録したものは、すべてその母石に蓄積される。ノインと同じ力を持つ者たちは世界中に散らばり、それぞれの水晶板を通して、母石へ記録を送っているはずだ。

 記録のやりとりは一方通行ではなく、水晶板から、母石に貯められた記録を見ることもできた。

 ノインの水晶板は、父から譲られた、彼の形見だった。


「この街を見ていると、このまま何事もなくこの光景が続いてゆくように思えます」

「案外、国が滅びても、この街はこのままかもしれないわ」

「滅びというのが、王国民が死に絶えることを指すのでなければ、そうかもしれませんね」


 今までのヴィンセントからすると、いくらかは前向きな発言だ。

 ノインは水晶板へ魔力を送り、いくつかの『記録』を覗いてみる。三百年ほど昔、まだ今の国が支配する前のこの街は、服装や街並みは違えども、やはり賑やかだった。


「それでも、国が荒めば、少なくない人々を苦しめるでしょう。僕は、『楽園』と呼ばれていた、平和なこの国が好きです」


 でも、その『楽園』は、わたしから家族や仲間を奪ったのよ。

 ヴィンセントから目を逸らし、心の中でつぶやく。

 ノインの一族は、もともと『記録』のために旅暮らしをする者が多い。国にとっては都合の悪い情報を得てしまうこともあり、過去にも国や権力者から危険視されたらしい。不幸な目に遭った『記録』も残されている。

 滅びの予兆が出たことにより、ノインの家族が、真っ先に狙われたように。


「……好き、でした」


 かすれた小さな声で、ヴィンセントは言い直した。

 前を向いていなければゆきかう人々にぶつかってしまう道で、彼のほうを見ることはできない。でも、美しい顔をまた憂いに曇らせているのだと容易に想像できた。

 美人に憂い顔は映える。人の多いこの街で、妙な輩に目をつけられないかしら、と、つい心配してしまう。


 宿に着いて、部屋を取るとき、ノインはまた夫婦と偽った。

 もうその必要はなかったけれど、もう少しばかり、ヴィンセントと過ごしてみたいと思ったのだ。


「何か食べる? この街でなら、甘いものも新鮮な果物も、いろいろ手に入るわ」


 顔色の冴えないヴィンセントをベッドに座らせる。彼はしおれかけの花のような風情で、首を横に振った。


「おなかが空いているわけではありませんよ」

「わかっているわよ」


 ヴィンセントの言いようが子どものようだったので、ノインは少し拍子抜けした。


「疲れているなら、少し横になったら?」

「それほどでは……いえ、そうします」


 ヴィンセントは、はじめ否定しかけたが、ノインの顔を見てうなずいた。

 靴を脱いで、後頭部で縛った髪をほどき、ベッドに横向きに寝そべる。ノインはつい、彼をじっと見てしまった。高貴な身分を持つ者らしく、常に優雅な身のこなしをする彼が気を抜くさまを、初めて目にした。

 アッシュグレイの髪がしどけなく肩や頬にこぼれ、伏せられた月色の瞳の神秘性と相まって、画家に描かせれば麗人の絵として売れそうだった。

 ヴィンセントは深く息を吐き、ノインの視線に気づいて目を上げた。


「どうかしましたか?」

「いいえ、何でも」


 俗っぽい欲望と遠いところにいそうなひとである。実際はそうでないのにしても、ひとりで旅をして、よく今まで無事だったものだ。

 滅びの予言を重く受け止めても、己のゆくすえを憂うでもなく、彼は国と人々を想う。

 純粋で、清い心の持ち主だった。

 ノインはヴィンセントから目を離し、手のひらほどの大きさの冊子を持って、書き物机に向かった。


「……ノイン、それは?」

「あなたのこと、そういえば何も記録していなかったと思って」


 開いたノートには、何も書かれていない。ページが破られた痕があり、そうして全体の半分ほどのページが無くなっていた。

 そこに、インクに浸したペンで、ヴィンセントや彼との旅路のことを書き記してゆく。


「あなたの言う、それが『記録』ですか?」

「いいえ、これはまだ、違う」


 書くのに集中するノインに遠慮してか、ヴィンセントの声が途切れる。

 細かな文字で、ノインはヴィンセントとの出会いから旅路、会話を思い起こし、できるだけ詳細に綴っていった。


 次にノインが顔を上げたとき、気づけば日が暮れかけて、部屋はすっかり薄暗くなっていた。光の玉を浮かべつつ、壁掛けの燭台に火を灯す。

 ノインの気配にか、明るくなった部屋にか、微睡んでいたヴィンセントが身じろいで目を覚ました。


「僕のことと言っていましたが、何を書いたのですか?」


 体を起こし、何度か瞬きをして意識をはっきりさせたヴィンセントは、ノインが持っていた冊子に目を止めた。目覚めて一番に尋ねるくらい、気になっていたのだろう。


「忘れたくないことよ」


 少し迷ったのち、ノインはベッドに座るヴィンセントの隣に腰掛けた。数ページにわたって書き込んだ部分を、綴り目から破り取る。

 そして、首からかけた水晶板を互いの顔のあいだにぶら下げて、ヴィンセントに見せた。


「これが、わたしたちの『記録』、そのみなもと」


 光の玉を寄せると、親指の先ほどの大きさの水晶板は、きらりと光った。その輝きがヴィンセントの月色の瞳にも反射する。彼は目を見開き、じっと水晶板と、そしてノインを見つめていた。


「古い魔法を感じます」

「そうね。この水晶が削り出された母石と、繋がっているの。わたしたちはこれを通じて、見たものを母石に記録として蓄えてゆく」


 ノインは水晶板を手のひらに握り込み、水晶に魔力を通して、己が書いた文字を読んでいった。ノインの目と水晶を結ぶ魔力が、情報を吸い上げ、母石へと送る。

 ものの数分でことを終え、ノインは用の済んだ紙を魔法で燃やした。ヴィンセントが驚いた顔をする。


「大丈夫。こうして『記録』されたものは、この水晶板を通じて、いつでも呼び出せるわ」


 母石の在処を知る者はごくわずかだ。ノインたちが世界中から送る情報、その記録は、母石が損なわれない限り、失われない。


「魔力が尽きないなら、ずっと『記録』を続けて、目にするものをいつでもすべて、記録し続けられるんだけど」


 人々の暮らしや、流行や、祭事。彼らの歓びや悲しみ。

 ノインの一族が『記録』するのは、歴史書には載らないほどの、歴史家にかえりみられない物事も多い。それは、ノインたちが、暮らしをいとなむ人々と同じ場所に立って、同じものを見て、『記録』とするからだ。

 ノインたちが残さなければ、失われてしまうものたち。

 けれど、ノインも自分の魔力の限界から、どうしたってすべてを残すことはできないのだと、思い知らざるをえない。

 世界は未来へ進むごとに、少なくないものを失ってゆく。

 代わりに新たなものを得る。


 それが変化だ。


「何もかもすべては無理だから、人々や、街、国の様子を記録するほかに、わたしにとって、忘れたくないものを選んで、こうして記録しているの」


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