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滅びの魔女と楽園の神官  作者: 崎浦和希
第一章 王国滅亡編
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第一話 滅びの魔女

 楽園を滅ぼすものが天の定めであったなら、どれほどの人が救われただろうか。

 滅びの魔女――予言から生まれた『魔女が国を滅ぼす』との噂は、楽園から多くを奪い去っていった。

 平穏な暮らし、人々の良心、数多の命。

 それらを奪ったのは、運命ではなく、人間だった。

 多くのものを失い、滅びかけた楽園を救ったのは、幽閉されていた妾腹の王子だという。

 後年、賢王と讃えられる彼には、聡明な妃がいた。

 彼女が『滅びの魔女』と呼ばれていたことは、国の歴史には無い。

 王を支える傍らで、その妃が記した記録にのみ、その他多くの出来事に紛れながら、ひっそりと書き残されている。



  ◆◆



「だから明日を待てって言ってんだろ!」


 ヴィンセントは、日の出とともに近くの村を出て、昼前に街に着いたところだった。ただ事ではなさそうな怒鳴り声が聞こえ、声のしたほうへと足を向けた。

 街道沿いにある宿場街の、小さめの宿のひとつ、その前で、宿屋の主人が肩をいからせている。彼と向かい合っているのは、旅装を纏った少女だった。


 歳は十七、八くらいか、少女は、柔らかそうな色素の薄い髪を肩に流し、旅装の上からでもほっそりとした体つきがうかがえる。だが、その儚げなさまから想像するか弱さを感じさせない、芯のある声音で、きっぱりと言った。


「ご心配には及びません。これでも旅慣れていますから。少しでも早く、次の街に着きたいのです」

「だから、明日になれば郵便馬車が来る。それに乗せてもらえばいいじゃねぇか」

「馬車が街を出るのは、昼過ぎでしょう。今からわたしがこの街を出たほうが、コレルには早く着きます」


 双方譲らぬ言い合いを、街の人々がぐるりと取り囲んで見ている。

 宿を出て出発しようとする少女を、宿屋の主人が引き留めているらしかった。

 少女にどのような事情があるのかはわからないが、彼女の言うとおり、急ぎなら明日の郵便馬車を待つより、徒歩でも今出たほうが早い。

 一方で、コレルという街へ行くのに、この街から森を抜けねばならず、少女がひとりで向かうには、賊にしろ魔物にしろ、危険が多いのも確かだった。

 宿屋の主人の心配もわかる。けれど、少女には譲る気がなさそうだ。


 埒が明かないと思ったのか、少女は主人に背を向けて、周囲を囲む人垣も気にせず、迷いのない足取りで歩き出した。だが、街の人々は、道を開けようとしない。


「お嬢ちゃん、やめときな」


 どこからかかけられた声にも、少女は首を振った。


「わたしは、大丈夫ですから」


 頑なな少女の態度に、街の人々がやや気色ばむのを見て、ヴィンセントは思わず人垣をかきわけ、少女のもとへ近寄った。人々の注意が、少女からヴィンセントへと向く。


「それならば、僕がともにゆきます」


 人々は、ヴィンセントを見て胡乱な顔をした。

 ヴィンセントは、自分でもわかってはいたが、武器らしいものも持たない、線の細い青年だ。彼ひとり加わったところで、少女が安全に旅をできるものか、と、思われているようだった。


「今から出れば、日没前には森を抜けることができます。森の向こうの街道沿いにも、宿がありますから」

「だがねえ兄ちゃん、最近は何かと物騒だし」

「大丈夫よ。あなたがたが思うより、わたしは自分の身を守れます。心配してくださるのは嬉しいけれど、わたしは、無理矢理ここに留められるすじあいはないわ」


 少女は、ヴィンセントを迷惑に思っているのか、それとも有り難く思っているのかわからない、静かな視線でヴィンセントを見上げた。それもほんの一瞬だ。すぐにまっすぐ前を見て、歩みを止めないことで、わずかにできる人の隙間を通り抜けた。

 思わず見送ってしまったヴィンセントは、慌てて彼女のあとを追う。


「一緒に行きますよ」


 拒まれるかと思ったが、少女は何も言わなかった。ヴィンセントが横に並んでも、気にしないふうに歩いている。

 止めても無駄だと悟ったのか、街の人々も、それ以上追ってはこなかった。

 城門など無い、小さな宿場町である。しばらく歩けば建物も途切れ、あとはひたすら街道が続く。

 周囲にひと気も無くなったところで、ヴィンセントは改めて少女に声をかけた。


「魔女狩りですか」


 少女は足を止めないまま、隣のヴィンセントにちらと顔を向け、うなずいた。


「今夜あたり、軍の魔女狩りが来ると、どこからか情報が漏れているのでしょう」

「それであなたを引き留めて、魔女として引き渡すつもりだったのですね」

「おそらくは」


 短く答え、少女は口を閉ざす。

 ヴィンセントがどこの誰かも、何を目的に少女を助けたのかも、彼女は訊いてこなかった。

 少女の色素の薄い金髪が、風を受けてさらりと舞う。瞳も、薄い灰色だった。

 その淡い輝きはまるで、夜空に散らばる星のようだ。

 星読みの予言によって舵取りがなされるこの国では、星は、何より尊ばれている。

 それなのに、星のような輝きを纏う少女が、魔女狩りの生贄にされかけるとは。

 ヴィンセントはため息をついて、少女の歩幅に合わせ、彼にとっては少しゆっくりした速度で並んで歩いた。


 太陽の位置がやや低くなり、遠目に森が見えてくるころなってようやく、ヴィンセントは少女の名を尋ねる気になった。ここまで一緒に来て拒まれなかったから、そばにいることを少女に許されたと考えたのである。


「僕は、ヴィンセント。あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「ノイン」


 ヴィンセントは、自身の姓を名乗らず、だから、少女にも尋ねなかった。

 姓は出自を示唆する。実のところ、ヴィンセントには姓が無く、そこから推測される身分を彼女に明かせない事情もあった。


「ノイン嬢」

「敬称はいりません。敬語も」

「では、僕のこともヴィンセント、と。僕のこの口調は素のものです。ノインこそ、どうぞ楽に話してください」


 ノインは、しばし探るような目でヴィンセントを見上げた。ヴィンセントが黙ってその視線を受け止めていると、警戒を解いたのか、彼女のまなざしが優しくなる。


「それなら、お言葉に甘えて」


 そう言いつつ、ノインに、雑談と呼べるような話を始める気配はなかった。

 彼女の隣を歩きながら、ヴィンセントは憂いに心を曇らせていた。


 魔女狩り。


 ここ数年、国はこの忌まわしい取り締まりでざわついている。

 この国の中にいる何者かが、やがて国を滅ぼす。

 大神殿の神官が、星の瞬きに、滅びの予兆を読んだ。一報を受けた王宮には激震が走り、国王は即座に、大臣、神殿、軍、貴族などへ原因を突き止めるよう命じた。一介の村人でさえも、怪しまれたらただちに捕らえられて尋問を受け、書物や新聞は検閲が強化され、動揺はたちまち国のすみずみまで広がっていった。


 平和で実りも豊か、人々が幸福に暮らす国。数年前まで、確かにこの国は「楽園」だった。だが、いまやひどく乱れている。

 とりわけ苛烈なのが魔女狩りだ。


 国は不穏分子とみなしたものを片端から始末していたが、あるとき、根絶やしにするはずだった一族の子どもをひとり、とり逃がしてしまった。

 燃えるような金髪と金の目を持つその子どもを捕らえんと始まったのが魔女狩りで、魔女と言いつつ男子も含む。粛正の指揮を執った将校が、その子が逃げるのを目撃し、性別は確かではないと証言したからである。

 その子は当時、十をいくつか過ぎた程度だったという。


 それから五年過ぎた今、『魔女』は十代後半と考えられている。

 濃い金髪に金の目を持つその年頃の者なら、我が子だと主張しても、他人を庇っているのだと疑われて、親子ともども引っ立てられた。


(……それでも、星の予兆はいまだ消えない)


 ヴィンセントは目を伏せ、隣を歩く少女を見下ろした。

 色素の薄いノインは、濃い金髪に金の目という条件には当てはまらない。

 だが、躍起になった国は、少しでも怪しい者なら魔女と見なすようになり、人々を震え上がらせている。ノインのようなよそ者は、魔女がいると疑われた街の人々にとって、格好の生贄だ。

 もしくは、魔女を突きだした際の報奨金が目当てだったかもしれない。


「ヴィンセント、具合が悪いの?」


 もの思いに耽っていたヴィンセントは、はっとして我に返った。ノインが、相変わらず静かなまなざしでヴィンセントを見上げている。


「いいえ。魔女狩りについて、考えていたのです」


 ヴィンセントが憂うつにいため息をつくと、ノインは、つい先ほど自身が犠牲にされかけたとは思えないほどの冷静さで、「国王は愚かね」とうなずいた。



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