時間旅行
「ついにか……」
博士がそう呟き、手で軽く撫でたのはタイムマシン。
とは言え、なんとも不格好で表面はツギハギだらけ。
しかし博士はその感触さえ愛おしく感じていた。
……と、そうのんびりしてはいられないと博士は頭を振った。
タイムマシンと言っても、それで博士が若返るわけではない。
人には寿命というものがある。
それに最近、この研究所の周りに怪しい奴がちらほら見える。
どうやら噂を聞きつけてタイムマシンを我が物にしようと企んでいる奴らがいるようだ。
過去に行き、今、邪魔な者を殺す。あるいは未来へ行き、競馬や宝くじの結果を知る。
パッと思いつくだけでこれだ。悪人ならさらに欲に塗れた使い方を考え付くことだろう。
浅ましい連中だ。こと、悪知恵働かせることに関しては感心すらする。
と嘆いた博士の目的の場所はというと、遠い過去。
人間すらいない、そう、恐竜が支配していた時代。
無論、博士は過去を変えるつもりもない。純粋な夢。子供の頃からの願い。
現代に影響が及ぶかもわからないが慎重に、虫をも踏まないように
周りに気を配り、楽しむつもりであった。
博士はタイムマシンに乗り込むと、レバーを引き、起動させた。
凄まじい音と振動で研究室内の壁にかかっていた
レンチやら電動ドリルなど工具が床に落ちる。
――きっと連れ去られたか、失踪したとでも思われるだろうな。
博士はふとそう思った。
一応、現在地の座標はセットしてあるが無事に戻れるとは限らない。
いや、可能性はかなり低いだろう。しかし、どうでも良かった。
溢れる才能。かつては称えられ、勲章をもらったこともあったが
今は奇人変人過去の人呼ばわり。
取材やら何やらやかましく思い、スイッチが切れない懐中電灯の光を
シーツで隠すように人を避け、隠れ忍んで研究の日々を送った結果だ。
まったく寂しくないというと嘘になるが、それも全てはこの時のため。
いや、この先にある過去のため。
博士は一人、笑ったのだった。
やがて、フッと、博士は自分の体が宙に浮いた感覚がした。
いよいよか。時空間に入ったのだ。博士は成功を確信した。
油断はできないが、何かできることもない。ただただ祈るのみ。
誰に? 神に? いるのなら会いに行くのもいいかもしれない。
そう、地球ができて間もない頃に。
浮遊感が長く続いた。博士は宙に漂う塵になったような気分に少々ゾクッとしながらも
明るい未来、いや過去の事を考えた。
その時だった。ガクンと機体が傾き、そして揺れ。
まるで磁石か何かに引っ張られる感覚。何かトラブルが起きたのだろうか。
博士は身構え、目を閉じた。
「ここは……」
揺れが止まり、静止したタイムマシン。外からは木々のさざめき、鳥の声。
しかし、そのどちらも遠くの方から。それも大きいと感じた。
来た。ついに来た。間違いない。成功したのだ!
満面の笑み。高鳴る胸。震える手で博士はドアを開け、外に出た。
「お、おお! ……おおお?」
博士が目にしたのは広い空。雄大な自然。
そして……駐車場。
テーマパークやショッピングモールを想起するような
大きな駐車場にタイムマシンは到着した。
四方には何かの装置らしきものがある。
博士は科学者らしく、それが何か気になったが
さらに目を引いたのは駐車スペースらしきところに停められている物。
車というよりかは宇宙船。様々な形の乗り物。
いや、博士は決して察しが悪いほうではない。
あれらはまさか……と思ったところで声を掛けられたので、調べる機を逃した。
「あー、お客さん? そこ大型車のスペースなんで
小型の方に移動してもらっても……って何これ? 岩?」
「いや、あの、タイムマシンだが……」
「まあ、そうだよねぇ、ここにいるんだもの。え? でもどこ製?
長いこと、この仕事してるけど見たことないなぁ」
「仕事……とは?」
「うん? 見てわかるでしょ。整理員だよ。おたくら時間旅行者の」
「時間、旅行……者」
「あ! ちょっとこれステッカー貼ってないじゃん! ちゃんと許可取ったの!?」
「あ、え、きょ、許可?」
「あーあ、もう面倒だなぁ。おたくも観光でしょ? パスポートはある?」
「いや、それは、その」
「ほい、身分証。出して……はいっと、ん? 紙?
はははっ、おたく、何時代の人間よ……ってええ?
いや、冗談でしょ? 偽造じゃないのこれ!? 嘘、え?
いやいやいや初めてタイムマシンできた年より遥かに前じゃん! ……おたく、何者?」
整理員の男の声に、なんだなんだとゾロゾロと人が集まり始めた。
家族連れ、カップル。老人会のようなグループ。
博士の時代でも見たことあるような雰囲気だが、その服装はまるでバラバラ。
博士の頭に先程、整理員の男が言った『時間旅行者』という言葉がよぎる。
そうか、遥か未来ではタイムマシンでの観光が当たり前。
それもやはり恐竜時代が定番なのだろう。
なので、悪影響を及ぼさないように法やら何やら制定した。
先程の揺れはここへ誘導する仕組みか何か。
密入国者のような自分はこの先どうなるのだろうか……。
いや、そんなことよりもせっかく来たというのに
ワクワク感も一番乗りも何もあったものじゃない……。
博士はそう考え、肩を落としたが
集まって来た人々にその肩を、背を叩かれ言われた。
「すげー! すげーよ!」
「アンタが正真正銘の最初のタイムマシンの開発者だよ!」
「写真頼むよ!」
「すごーい! ペラポってるじゃん!」
「まさにドゥッツクツゥツーだな」
「はーい、この棒の先を見てー。はい、マスカルポーネ!」
「俺も写真頼むよ! その骨董品の前で!」
誰も彼も恐竜を忘れ、博士に夢中。
タイムマシンの開発を内緒にし、その栄誉も称賛も全て捨て
恐竜を見に来た博士だったが褒め称えられ、そう悪い気がしないのであった。