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幼馴染に告白した。「10年経ってもあんたを好きになんてならないわよ」と言われたので、11年後の同窓会でもう一度告白してみることにした

作者: 墨江夢

 俺・目黒薫(めぐろかおる)には、高校時代に苦い失恋をした経験がある。


 当時の俺はクラス内でも影の薄い生徒で、休み時間は誰とも会話することなくいつも勉強ばかりしていた。

 どうせ高校時代の友達なんて10年……いや、5年経ったらその関係性も途絶えているだろうし、そんな将来の投資にすらならない関係を紡ぐくらいなら一つでも多くの英単語を覚えた方が遥かに実用的だ。本気でそう考えていた。


 クラスの連中は休み時間すら勉強に励んでいる俺を見て、「ガリ勉」だの「ぼっち」だの好き勝手言ってくる。

 ……言いたい奴には、言わせておけ。「あの時勉強しておけば良かった」と後悔するのは、彼らの方なのだから。


 しかしある時、一人の女子生徒が俺に話しかけてきた。


「目黒、あんたまた勉強してんの?」


 ぼっちである俺に話しかけてくる生徒など、一人しかいない。幼馴染でクラスメイトの旭野茉希(あさひのまき)だ。


「茉……」


 俺が名前を呼ぼうとすると、キッと睨まれる。

「馴れ馴れしくしたの名前で呼ぶな」。暗にそう言っているのだ。


 小さい頃の俺たちは、互いを名前で呼び合うくらい仲が良かった。

 時間がある時はいつも一緒に遊んでいたし、将来結婚しようと誓い合ったりもした。多分茉希は覚えていないだろうけど。


 いつからだろうか? 彼女が俺を苗字で呼ぶようになったのは。

 いつからだろうか? 彼女が俺に対して、よそよそしくなったのは。


 クラスメイトたちは、俺と茉希が幼馴染だと知らない。俺はともかく、茉希も知られたくないと思っている。

 だから俺は幼馴染ではなくただのクラスメイトとして、彼女に応えた。


「……何の用だ、旭野?」

「進路希望調査。出してないの目黒だけなんだけど」


 ……そういえば、今日が提出期限だったっけ。


 俺は机の中から半ばくしゃくしゃになった進路希望調査を取り出すと、ある程度シワを引き伸ばす。

 そして第一志望欄に某国立大学の名前を書いて、茉希に手渡した。


「……第二志望と第三志望は?」

「要らない。なぜなら俺は必ず受かるからな」

「そういう俺勉強出来ますアピール、やめた方が良いわよ。友達がいなくなるだけだから」


 友達なんて元々いないし、欲しいとも思っていない。


 俺に話しかけた理由は本当に進路希望調査だけだったらしく、目的を達した茉希は俺に背を向けた。挨拶もせずに。


 ……何だよ、それ? こっちは何年も前から、お前に幼馴染以上の感情を抱いているっていうのによ。


 茉希と話している時と、去り行く茉希の背中を見ている時。その時だけ、勉強している俺の手は止まる。


 輝かしい将来に向かって必死で勉強している一方で、茉希と仲の良かったあの頃に戻りたいと考えてしまう自分がいた。





 その日の放課後、俺が教室に残って一人勉強していると、茉希が室内に入ってきた。


「こんな時間まで残って勉強しているの? 勉強なら、家に帰ってすれば良いじゃない」

「家だと誘惑が沢山あって、集中出来ないからな。ゲームに漫画にDVDに……お前も知ってんだろ?」

「はあ? 私が知るわけないでしょ」


 そんな筈はない。小さい頃はよく一緒にゲームをしていた。

 それでも知らぬ存ぜぬを一貫するのは、ひとえに俺との関係を知られたくないからだ。


 だけど今この教室には、誰もいない。誰も俺たちの会話を聞いていない。

 折角の機会なので、茉希が俺と距離を取り始めた理由を聞いてみることにした。


「なぁ、茉希」

「だから、下の名前で呼ばないでって言ってるでしょ」

「……茉希」


 俺は頑として名前呼びをやめない。

 これ以上言っても無駄だと判断したのか、茉希は一つため息を吐いた。


「何かしら、薫?」

「どうしてお前は、俺を避け始めたんだ?」

「どうしてって……別に深い理由なんてないわよ」

「深い理由じゃないなら、話せるだろ?」


「面倒くさいわね」と、茉希は舌打ちをする。

 面倒だとしても、答えて貰うぞ。俺にとっては、次の試験範囲より重要なことなんだ。


「私は今、クラスの中心人物だと思われているの。おしゃれで協調性のある人気者。それがこのクラスでの、旭野茉希という人間。……わかる?」


 周囲に興味がないからといって、周囲のことを何も知らないわけじゃない。茉希が人気者だということは、俺もわかっていた。


「でもあんたと一緒にいると、そのポジションが危うくなるの。だから関わりたくない」

「そんなの……あんまりじゃねーか! 俺がお前に何かしたか!? 迷惑をかけたか!?」

「それは……何もされてないし、迷惑をかけられてもないわね」

「だったら何で、俺との過去をなかったことにしようとするんだよ! 俺との関係を勝手に解消するんだよ!」


 俺との思い出より、クラスメイトたちからの評価の方が大切だ。そう言われているような気がして、俺は我慢ならなかった。


 声を荒げて反論する俺に、流石の茉希もカチンときたようだ。彼女も俺と同じくらい声を張り上げる。


「あんたこそ、どうしてそんなに私に執着するの!? 幼馴染だから!?」

「違う! 幼馴染だからお前と関わりたいんじゃない! 好きだから、お前と関わりたいんだ!」

「……えっ?」


 売り言葉に買い言葉。胸に秘めておくつもりの恋心を、つい口にしてしまった。

 予期せぬ告白で、俺も茉希も冷静さを取り戻す。


 ……一度口に出してしまった言葉は、撤回出来ない。

 思い出はなかったことにしたくないけど、今の告白はなかったことにして欲しいなんて、都合が良すぎるだろ。


 俺は覚悟を決める。


「ずっと前から、茉希のことが好きだった。好きだから、茉希との関係を失いたくなかった。……茉希は、どうだ? 俺に好かれるのは、迷惑か?」


 茉希は暫くの間、無言で考え込んでいた。

 全く脈がないのなら、「迷惑だ」と即答する筈だ。つまり彼女は俺のことを――。

 淡い期待が、俺の脳裏にチラつく。


 やがて茉希は口を開いた。


「私は――」


 茉希が返事をしようとしたその時、教室に二人の女子生徒が入ってくる。

 彼女たちは確か……茉希の友達だったよな?


「それで先輩がさー……って、茉希? まだ残ってたの?」


 尋ねてから、女子生徒の視線は俺に移る。そして全てを察したように、「ははーん」とニヤついた。


「茉希、告白されてるんだね? しかも相手が目黒とか、ウケるんだけど」


 いや、ウケねーよ。こっちは真剣に告白してるんだよ。

 しかし彼女たちにとって、俺の告白などネタにしかならない。今日の夜にはグループチャットで面白おかしく語られていることだろう。


「目黒って、バカで身の程知らずなんだね。あんたみたいな男が茉希と付き合えるわけないじゃん。ていうかもしOKしたら、茉希と友達やめるっての」

「そうそう。今の時代、誰と付き合っているかも大事なステータスなんだよ。目黒くんとなんか付き合ったら、茉希の株が駄々下がりだって。最早元本割れ!」


「アハハハハハ!」と、彼女たちは腹を抱えて大笑いする。

 ……笑いたければ、好きなだけ笑うが良いさ。俺が好かれたいのは茉希だけで、他の誰にどう思われようがこれっぽっちも気にしない。


 そう思っていたわけだけど、どうやら彼女たちの存在は無関係とはいかなかったようだ。


「……そういうことだから」


 茉希は蚊の鳴くような声で呟く。


「そういうことって、どういうことだよ?」

「私はあんたと付き合わないって言ってるの。もし恋愛は告白してからが勝負だと思っているんなら、無駄だから。10年が経ったとしても、私があんたを好きになることなんてないから」

 

 こうして俺の初恋は、バッドエンドを迎えたのだった。





 11年後。

 高校卒業後は第一志望の大学に進学し、その大学も卒業した俺は、IT会社を起こしていた。


 会社は予想以上に急成長を遂げており、博打だった起業は成功したと言えるだろう。

 年収はまさかの1億円。青春を棒に振って勉強ばかりしていた甲斐があったというものだ。


 仕事が軌道に乗り始めた数年前から、俺は都内のタワマンの一室を借りて一人暮らしを始めていた。

 ある日仕事が終わり自宅に帰ると、実家から手紙が送られていた。


 手紙は高校の同窓会の招待状だった。実家に郵送されていたので、母さんがわざわざこっちに送ってくれたらしい。


 高校時代か……。

 友達なんていなかったし、辛うじて会話をする仲だった茉希とも、フラれて以降話していないからな。

 正直顔を合わせ辛いというのが本音だ。


 ――10年が経ったとしても、私があんたを好きになることなんてないから。


 11年前に茉希に言われた一言が、今でも忘れられない。

 あの時失恋したから俺は一層がむしゃらに勉強するようになり、その結果今の生活がある。だけどもし、あの時茉希が俺の想いを受け入れてくれて、その結果志望校に落ちていたとしたら――茉希と幸せになれるのなら、それはそれで良かったのかもしれない。

 少なくとも、そう思えるくらい好きだった。


 いや、その表現では若干語弊があるな。

 だって俺は、今でも茉希を忘れられずにいるんだもの。


「あれから11年……早いものだな」


 光陰矢のごとし。本当、月日はあっという間に過ぎていく。

 10年経っても好きにならないと宣言された時は、「10年なんて長過ぎだろ」と思っていたけど、今にして思えば実に短かった。


 ……ん?


 ここで俺は、ある事実に気がつく。

 茉希は「10年経っても好きになることなんてない」と言った。そして茉希がそのセリフを発してから、既に11年が経過している。

 つまり宣言にあった10年は過ぎ去っているのだ。


 もしかしたら、茉希はもう結婚しているかもしれない。結婚はしていなくても、特定の相手がいるかもしれない。

 その可能性が大いにあることは理解しているけれど、こうして同窓会が開かれるのも何かの縁だ。俺は最後にもう一度だけ、茉希に気持ちを伝えてみることにした。



 


 同窓会当日。持っている中で一番良いスーツに身を包んで、俺は同窓会の会場たる地元の居酒屋に向かった。


 仕事終わり風を装うのは、茉希に良いところを見せたいから。あとは……11年前散々俺をバカにしていたクラスメイトを見返したいという気持ちも、うん、ちょっとだけあった。


 同窓会には、ほとんどのクラスメイトが出席していた。だけど俺は彼らの名前を知らない。……あんな奴、同じクラスにいたっけ?


 身なりを整えて、金持ち感丸出しの俺を、当然女性陣は放っておかない。

 学生時代は顔と成績と運動神経がモテる男の必須事項だったけど、大人社会は違う。金がものを言う世界だ。


 当時野球部のエースと交際していた女性が、ここぞとばかりに俺に擦り寄ってくる。


「ねぇ、目白(めじろ)くん。目白くんはさ、私に何か言いたいこととかなーい?」


 ありますよ。俺の名前は目白ではなく目黒です。


 高校時代より成長し、大人の美貌を兼ね揃えた同級生たちに言い寄られても、俺の心はまるで動かなかった。

 それは彼女たちに興味がないからなのか、それとも俺の目には茉希しか映っていないからなのか。


 女性陣が俺を囲む一方で、男性陣は茉希の周りに群がっていた。

 茉希の隣に座る男性が、突然大きな声で叫ぶ。


「えー! 旭野さん、彼氏いないの!?」

「ちょっ! 声が大きい!」


 茉希が窘めるも、時既に遅し。彼女がフリーであることを、ここにいる全員が知ってしまった。


 勿論俺も例外ではない。

 ワンチャン残されていると知った俺は、心の中でガッツポーズをする。


「何で? 旭野さんくらい綺麗なら、男たちが放っておかないでしょ? 同僚とかに、ご飯誘われたりしないの?」

「それは、まぁ。食事に誘われたことも、告白されたことも何回かあるけど……」

「けど?」

「全部お断りしていたの。どうしても忘れられない人がいて」


 天国から地獄に突き落とされたような気分になった。

 旦那や恋人がいなくても、好きな人がいるんじゃ告白したところで結果は目に見えている。

 11年間密かに抱き続けてきた想いも、どうやら報われないみたいだ。


「その人と付き合わないの?」

「無理よ。彼が私を好きでいるなんて、そんなのあり得ない」

「もしかして……許されざる恋とか?」

「さあ、どうでしょうね」


 茉希ははぐらかして、それ以上何も答えようとしなかった。


 同窓会は、日付が変わったあたりで終了した。

 解散後二次会に行く奴らもいたけれど、そこまで付き合う必要はないと考えた俺は、「明日も仕事で早いから」と言ってみんなと別れた。


 しかし、疲れたな。

 タダ飯にありつける程度の気持ちで考えていたが、蓋を開けてみれば随分と飲まされ食わされ質問攻めにあったものだ。

 

 俺が帰路に立つと、前を茉希が歩いていた。

 かなりの千鳥足になっている。良い大人が、あと先考えず飲みすぎだ。


 酔いのあまり転びそうになる茉希を、俺は慌てて支えた。


「おい、大丈夫か?」

「薫……」


 俺は茉希の肩を担ぐ。


「今日は実家に帰る予定だから、送ってく」


 それから俺と茉希は二人三脚で、夜道を歩いていく。

 

 俺は茉希を一瞥する。

 失恋は確定している。だけどここで告白しなかったら、わざわざ同窓会に出席した意味がなくなるじゃないか。

 

 泥酔しているんだ。何を言っても、どうせ明日の朝には忘れているだろう。

 ダメ元で、あと一回だけ告白してみることにした。


「好きだ」

「……え?」


 茉希が立ち止まる。

 こちらに向けられた視線は、真っ直ぐ俺を見つめていた。


「お前、酔ってたんじゃないのかよ!?」

「「好き」とか言われたら、酔いも覚めるわよ!」


「嘘でしょ……」と、茉希は呟く。


「嘘じゃない。この11年、ずっとお前を想っていた。最後にもう一度だけ告白しようと考えたんだが……迷惑だったろ?」

「そんなことない!」


 茉希は間髪入れずに否定する。

 あの時のように、また「10年経っても好きにならない」と言われると思っていた。


「迷惑じゃない! 寧ろ嬉しいんだけど……私はあんたの気持ちに応えられない!」

「それは……さっき言ってた忘れられない人がいるからか?」

「……鈍いわね。その忘れられない人っていうのは、あんたのことよ」


 ……どういうことだ? 俺の理解は、まるで追いついていなかった。


「薫に告白された時、私はあんたに酷いことを言った。酷いことをした。なのに……今更どのツラ下げて、あんたを「好き」って言えるのよ!」


 どうやら11年前のあの時から、茉希は俺に好意を抱いてくれていたらしい。

 だけど自分の立場を失わない為に、周囲の評価を優先して俺を拒絶したのだ。


 茉希はそのことをずっと後悔していた。同時に、罪悪感を抱いていた。

 だから今まで誰とも付き合わず、誰の好意も受け入れず、それでいて自身の恋心は胸に秘め続けていたのだ。


 ……もう11年も経ったんだ。仮に茉希が当時のことで罪の意識に苛まれているのだとしても、既に時効だろ。

 確かにあの時は、茉希を恨んだ。でもそんな恨みなんてすぐに忘れてしまうくらい、俺は今でも彼女が好きなのだ。


「少なくとも、後悔に押しつぶされて、泣きそうな顔で言うべきじゃないな。もし「好き」と言ってくれるなら、笑顔で言って欲しい」


 だって俺は、茉希の笑顔に惚れたのだから。


 今度は俺から、茉希に言うとしよう。

「10年経っても20年経っても、お前を嫌いになることなんて絶対にない」、と。

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