『夢』
少しショッキングな描写があります。
これほど集まれば騒がしくならないはずがないだろう。
そう思わせるほどの群衆は、だが誰一人として口を開かず、そろって目前の光景に息を飲んでいた。
多くの恐怖と、少しの興味。
彼等の表情からは複雑な感情が読み取れる。
「罪分を読み上げる」
男の声が響いた。
「この者たちは反体制派を組織し、我が国に甚大な被害をもたらした。度重なる抗争では多くの犠牲を生み、治安を酷く不安定な状況に陥れた」
群衆の見つめる先にある即席的な台の上で、騎士は書面を淡々と読み上げる。
「これは断じて許されることではない。よって死刑は即座に決定していたが反乱勢力の指導者という立場であることを踏まえ、ここで公開処刑を執り行うこととする」
途端に広がるのは確信を得た民衆のどよめき。
その中で一つ、崩れ落ちる小さな影があった。
「なんで。おかあさん、おとうさん……!」
その声の主は茶色の髪の少女だった。
悲痛に嘆く彼女の顔は、とても年相応とは思えないほど絶望が色濃く表れていた。次には一点を鮮明に映し出すことすら困難なほどの眩暈が押し寄せ、少女の顔は次第に俯いていく。
一方断頭台では、二人の男女が騎士によって強引に組み伏せられると、まず先に男がギロチンの刃下へと固定された。
晴天の下に輝くそれは騎士による場所の調整の弾みで、乾いた金属音を発する。
当然、少女の耳にもそれは届いた。
「いやだ……いやだよぉ……っ」
ぼろぼろと涙の粒が彼女の頬を伝い、それは雨のように煉瓦の地面へ降り注いだ。
彼女は首を振る。現実を否定するように。
悪夢から必死に目覚めようとするように。
けれど――。
――キインと、無情な音がその空間を走りぬけた。
水滴が落ちた水面の波よりも速く、街中にそれは広がる。もしかすれば、遥か彼方に生きる人間にも空耳を覚えさせていたかも知れない。
それほどに直線的な音色だった。
そして。ゴロゴロと転がる音と共に、少女の元に何かが辿り着いた。
少女は咄嗟に目を開けてしまう。
「あ……ああ……」
少女が愛してやまない父親の顔が、そこにはあった。
群衆が避けたことでできた道を辿ったその顔は蒼白で、目は力なく開かれている。
首の断面からは血が濁流のように流れていたが、少女が呆然としている最中で一瞬、勢いよく噴出したかと思うと次には出血事態が止まった。
「おと、おとう、さん……」
彼女はそれを手繰り寄せ、それを力無く抱きしめる。
半ば放心状態のまま行っていた少女だが、まだ悲劇は続くことを思い出した。
「っ……! おかあさんっ!」
群衆の視線など気にも留めず、父親を抱いたまま顔を上げる。
そして、目が合った。
紅の瞳をした美しい女性――少女の母親と。
母親は自分の娘を認めると、安心させるような優しい微笑みを返す。
間もなくして、血に染まったギロチンが再び振り落とされた。またも聞くことになった肉と骨を立つ音。
それは、気の毒なほどうなされていたハンナを、睡眠から叩き起こした。