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『それぞれの決断』②

 外を一望できる廊下の窓辺。

 そこに立つ柱に背を預け窓に映る自分を見ていたセリシアは、音もなく一人の世界に映りこんだ侵入者を認識した。


「その様子を見るに、説得は無事に失敗したようだな」


 そして投げかけられるのは、力強くもどこか含んだような男性の声だ。


「なにが無事ですか、ルヴァン」


 セリシアは先程の儚げな表情はどこかへ追い払って、億劫そうな雰囲気を全面に出して抗議した。

だが、反して彼女の口調には安堵を覚えたように少々の柔らかさが窺える。


「公王陛下も随分と頑固なものだな。お前が根を上げるほどだ」


「ええ。お手上げですよ。分かり切ってはいましたが、あそこまで父上が大馬鹿だったなんて。いいえ。大馬鹿なんてものじゃない。愚者です」


 セリシアは僅かに首を動かし彼に向くと、父親に対する本音を容赦なく吐露した。


「ごもっともだ」


 彼もまた、腐っても君主である存在に対して容赦がないようだ。

 その迷いのない肯定を受けて僅かに眉を歪ませたセリシアは、そこでようやくルヴァンの方へ向く。

 身長はやや平均を上回る程度だが、頑強そうな恵まれた肉体。

 その体を纏うのは、青を基調とした丈夫な布と軽金属を混合させたような風変わりな防具だ。

 規律を重んじた古臭い風習の根付くアドレア公国において、その風貌はまず許されるものではない。


 そんな異質の限りである彼は。

 異質であると同時に最終兵器でもあるからこそ、特例として身に馴染む自前の装備を認められていた。

 また騎士という役職を持ってはいるものの、その実態は彼の我が儘でセリシアのみの護衛という極めて限定的な条件の元で成立していた。


「あら、人の親に随分な物言いですね?」


「良いだろうこのくらい。俺は奴に人間として扱われたことなどなかったぞ」


「そうでしたね。傀儡やら兵器やらとおっしゃっていました」


 お気の毒に。と、嘲笑して仕返しを試みるセリシア。

 対してルヴァンは、美貌を持つ彼女であれば些か品性に欠ける振る舞いだろうと絵になってしまうという事実を目の当たりにし、残念そうに嘆息した。


 それをどう受け取ったのか、彼女は珍しく瞠目すると気遣うように言葉を付け加える。


「まあ、私は傀儡とは思っていませんし、貴方をそういわれて少し腹を立てたことは否めません」


 本当は随分、いや全力で憤慨していたが彼女はその事実を少しばかり改変して告白した。


「む。そうか……」


 ルヴァンも調子が狂ったのか、そう言って目を泳がせた。

 以降、しばしの沈黙。そして両者を襲うのは、表現し難い居心地の悪さである。


「……おほん」


 先に根を上げたのはセリシアだった。


「それで、きのう捕縛した侵入者については?」


 空気を入れ替えるように小さな咳払いをし、彼が自分の元に来た目的に耳を傾けることにしたようだ。


「ああ」


 短く返答したルヴァンは「そのことだが」と前置きする。


「やはり彼等には協力的な意思があるようだ。質問の返答からして、こちらの事情も概ね把握していた」


「それは好都合ですね。というか、まさか反体制派の方々ではなく、ここにきて革命派との接触が実現するとは思いもしませんでした」


「それに彼等の目的は深い部分まで俺たちと共通している。権力に固執する奴ら反体制派よりもよっぽど信頼を寄せられそうだ」


「なるほど。直接言葉を交わしたわけではありませんでしたが、気迫が真剣そのもののといった感じでしたしね」


「それだけ彼等は水面下で行われている《選定の儀》に重要な意味を見出しているといことだろう」


 選定の儀。


 それはアドレア公国において伝統的な選王儀式である。

 その意味は政府の官僚や有力な役人、そして国民の人気や実績などを基準に考慮することで、より優秀な指導者を誕生させようという純粋な理由から生まれたものだ。


「こんな現状……だからこそ、ですか」


 しかし、その伝統は今や骨格だけを残した皮膚に等しかった。

 国力低下の一途を辿り焦った前公王。彼によって選定の儀は国民の意思を汲まず、結果を自由に曲げられるような仕組まれた催し物として生まれ変わってしまったのである。


 そしてそれは、国を正しく導く者ではなく前任の意思を疑いもなく後継するような者を好んだ。

故に、今回の第一王女のセリシアと第一公子との王座争いの結果など、このままでは火を見るより明らかなのである。


「そうなると、いまいち信用に欠ける反体制派よりも、彼等との関係を築いた方が賢明でしょうね」


 どんな犠牲を払ってでもこの悪循環に終止符を打ち、かつての公国を取り戻す。その使命に駆られるセリシアがどう足掻いても正式な方法で公位を告げない今、残された手段は公女である彼女自身が武力をもって国を生まれ変わらせること。もはやこれ一択だった。


 当然のように、血は流れるだろう。


 死体の山はあちこちに形成され、負の歴史として永劫語り継がれる未来だって十分考えられることだ。

 しかしそれすら構わないと、セリシアは覚悟を決めている。

彼女はそれだけ、この国を心の底から愛しているからだ。


「承知した。では俺たちの意思として、共闘を持ち掛けることで方針を固めようか」


 彼もまた、アドレア公国に同じ感情を抱く者である。だからこそセリシアとルヴァンは互いに絶大な信頼を寄せていた。

 第三者からすればあまりそういう風に見えないらしいが、同じ目的を掲げ協力を欠かさない間柄なのは確かだ。

 公式的な関係は主従で間違いはないものの、その本質は悪友という言葉が最も似合うだろう。


「一先ずは彼を開放し、連絡を待つことにする。それでいいな」


「ええ、お願いします」


 セリシアのその言葉を最後に、二人は別の通路に歩を進めた。

 少女は自室へ。青年は秘匿されし地下牢へ。

 だが普段通りの様子のルヴァンとは対照的に、セリシアの足取りはその時ばかりは軽やかであった。

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