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『それぞれの決断』①

 夜の城下を見下ろすように構える、白亜の宮殿。

 その玉座の間にて、荘厳な造りの空間を軋ませるような、威圧的な声が響いた。


「聞き飽きているとは思うが」


 玉座に構える男はそういうと、前方の段下に立つ少女を睥睨した。


「何者かによって臣下たちが次々に殺され、宮廷中に大きな混乱を与えている。それも近頃は特に多い」


 鋭いまなじりはさながら猛禽類のようである。その支配者然とした態度や存在感たるや、国の惨憺たる現実をまるで感じさせないほどだ。

だが相対する少女はそれが虚勢であり、目前の公王は小物の域を出ない凡人であると知っている。

 故にこそ滑稽だという感想しか浮かばなかった。


「しかし警備を増やすにも限界がある。故に、そなたの傀儡を借り受けたい」


 橙髪の少女は一瞬、その碧眼を揺らす。

 次には呆れたように目を閉じ、誰にも分からないような小さい嘆息を漏らした。


「セリシア――我が娘よ。そなたは紛れもない公族である。だからこそ、国の脅威足りえる事案には共に立ち向かうべきではないか?」


 一変して僅かに柔和な口調になって少女の名を呼ぶアドレア公国・現公王――レバード・アドレア・ロードリン。父性を全面に出し、考えうる限りの包容力を孕むような声を、目前で何か思案にふけっている様子の娘に届けた。


 だが。


「わたくしの傍には傀儡と呼ばれて良いような者はおりません。ですので、お断りさせていただきます」


 それが表面上の家族愛を謳ったものにしか過ぎず、彼の思惑を十分に見透かしているセリシアは凛と声を弾ませて、そう答えた。


「……なんだと? 断ると、そう聞こえたのだが?」


「間違えておりませんよ。わたくしは父上にそう申し――」


「――ふざけるな! 貴様はよからぬ疑いもかかっている身であろうが!」


 レバードの固く握られた拳が肘掛に振り下ろされ、辺りには唸るような音が響いた。

 セリシアの言葉は強制的に中断される。


「はあ……」


 額に血管を浮き上がらせるレバードは怒りから頭が回らないのか、絶叫したきりで追撃はない。対してセリシア、今度は誰にでも聞こえるような溜息を吐くと「それは事実無根ですが」と前置きし、反撃に出る。


「父上もご存じとは思いますが、現状維持を務めても国力は低下していく一方です」


 一歩、二歩と踏み出す。


 その足取りは猛獣を宥めようとする獣使いにも、興味本位で近づく子供のようにも見えた。


「この国は別に貿易に不便な土地な訳でも、万年気候変動に脅かされるような不毛な大地という訳でもありません。そして軍事面においても未だに他国の侵攻を許さないほどは健在です。ただ時代遅れの魔法産業を全面に出すという、今の情勢において愚行と呼ばざるを得ない政策に走ってしまってさえいなければ、本来ならもしかすれば、最盛期よりも強固な立場を気づくことだって叶っていたかも知れません」


「何を……魔法産業が時代遅れだと? よいか、先日に総合魔法局より提出された魔道具開発部門の研究成果によると――」


「――いい加減にしてください」


 今度は彼女の言葉が、レバードの言葉を遮った。

 冷酷なる声を響かせ、彼女はまたも目前の愚かな男に詰め寄る。


「な……っ」


 控えめだがしっかりと装飾のあしらわれたドレスを着るセリシアは勿論、武器など持つはずもないし、護身術を学べど人の命を容易に奪うような術など持ち合わせてはいない。

 しかし、その時の彼女はレバードにとって。

 自身の首に鎌を宛がう、死神そのものだった。

 怒りや恨み、呆れなどだけではない別の感情を呼び覚まされたことで、彼女の中の何かが目覚めたのだろうか。その時の彼はそう考えるしかなかった。


「これは貴方の遊びではないのです。悪戯に犠牲を生み、更なる破滅を呼び寄せることに、一体何を見出せるのでしょうか? 過去の栄光に固執するあまり、あえて悪手となる選択肢を選び、わかりきっていた結果を迎える……。それを、地位を失うまで繰り返すおつもりですか?」


「断じて、違う! 私は父の教えの元、明確な理想を掲げ臣下を導いてきたのだ! いずれまた、時代は我々に微笑むのだ!」


 何かに怯えるように顔を強張らせながら、レバードはそう唾を飛ばす。最早セリシアは、彼の目に娘として映ってはいなかった。彼の態度からして、それは明らかである。


「そうですか」


 たった一言。


 彼女はそれだけを言うと、踵を返し出口となる扉へ向かった。セリシアはそこへ辿り着くと、そっと振り返る。

 その寂しげな笑みは、一方的な家族愛の片鱗を垣間見せていた。

呆然とする父親のいる空間を今度こそ後にした彼女は――そして。


「さようなら」


 父親との、完全なる決別を決めた。

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