54話 龍ノ姫
龍桜神社に来て半年が経過し、すでに試験シーズンとなっていたとしても、学校へは行かず巫女としての修行が続いていた。
「そこまで。一旦休憩にしようか、辰弥、芽森ちゃん」
はいと師匠たるもの龍真さんに返事をし、休憩に入る。タオルで汗を拭いスマホをチェックしてみると、友達から元気とメッセージが届いていた。
稽古中は返事ができないから開けず、そのままスマホを置いた。あれ以来、なぜか黒い物体をみることはなく、自身がついたからなのかは正直言うとわからない。それはなぜかというと龍桜神社の敷地から一歩も出ていなかったから。
辰弥くんは黒い物体は見えなくとも気配をとれるらしく、今の段階いないから大丈夫と励まされたっけ。想兄や颯楽兄が見守ってくれているよね。
隣に座る辰弥くんは少しずつ水分補給をして、あることを言われる。
「龍ノ姫って教わった?」
「教わってない」
「てっきり父さん、話してあんのかと思った。龍ノ姫って言うのは言わば、この神社が建てられたときにいた姫様なんだって。そこから巫女としてこの神社を守っていたらしいんだ」
「えっ?てことは私はつまり?」
そういうことだと思うと水を飲む辰弥くんで、そんな話聞いてないよと言いたいぐらいだった。なんでこんな重要なことを龍真さんは教えてくれなかったんだろう。
夕方は爽と話す時間帯だし、また時間がある時にでも龍真さんに詳しく聞いてみようかな。
休憩が終わり再開するも、さっきのことが気になりすぎて、集中できなかった。それを感じたらしい辰弥くんが止まって龍真さんのほうを向く。
「父さん、芽森に龍ノ姫について教えてあげてほしい」
「まだ早いと思って伝えてはいなかったんだよ。伝えてしまったせいで集中力が低下しているんだね。今日の稽古はこの辺にして話そう。書物を持ってくるから、二人は着替えて居間で待ってて」
「すみません」
いいんだよと言いながら龍真さんは先に稽古場から離れ、私と辰弥くんは道具を持って、家へと戻り先にシャワーを浴びさせてもらった。私がそのお姫様なら、想兄と颯楽兄は王子様ってことなのかな。考えるだけで全身に熱が出てのぼせそうな感覚。
シャワーを浴びて辰弥くんとバトンタッチをし、髪の毛を乾かしていたら石鹸とってと辰弥くんに言われてしまう。
この状況で渡せるわけないと、きよりさんを呼びたくてもきよりさんは買い物に出かけちゃっていていないんだった。目を瞑って渡すしかないと思った時、龍真さんが来てくれて事情を説明し、笑いながら渡してくれる。
「辰弥は芽森ちゃんのこと、妹だって認識してるからそう言ったんだと思う。後で注意しとくから気にしなくていいよ」
「なんかすみません」
「気にしない気にしない。さてと辰弥は暗記しちゃってるから、先に進めよっか」
よろしくお願いしますと言いながら居間へと入り、冷たいお茶をいただきながら教わった。
「龍ノ姫にはね、兄が二人存在していたんだ。まるで颯楽くんと想心くんのようにね。ただ次男は本当の兄ではなかった」
「どう言うことですか?」
「次男は龍桜家の娘が愛していた男とできた子なんだ。ただ夫は知らず次男を育てていたが、次男が妻に似ることもなく、夫にも似ないことで、次男の態度が変わったんだ」
「そんな…」
「それを知った龍ノ姫と長男は、何度も父親を説得するも、次男を召使のように扱った。それ以外の人たちも次男を利用していたんだ。そしてこき使っていた一人が、龍ノ姫を好み、龍ノ姫を自殺に追い込んだ」
「今で言うストーカーみたいな?」
そうだよと龍真さんは言っていてちゃんと理解して巫女ができるか不安になってくる。
「以前汀春のこと話したの覚えてるかな?」
「なんとなく」
「汀春こそが次男。それで長男が玖朗、妹が艿花。兄妹の絆が強かったこともあり、汀春は厳しい状況であろうとも乗り越えられ、玖朗の紹介で汀春は結婚をする。けれどそこでも悲劇が起きるんだ」
悲劇ってなんだろうと思っているとシャワーを浴び終えた辰弥くんが居間に入ってきて、辰弥くんから教わる。
「汀春と親友の紅葉川照秋が転落死した。まるで想心と想心の友達が転落死したのと似てる」
「僕たちは仮説を立ててるんだ。想心くんの死因は、転落死ではなく何者かによって落とされた」
「想兄が殺されたって言いたいんですか?」
「確証は持てないけれど、芽森ちゃんが見えている物体に殺されていても、この世界ではおかしくはないんだ」
言葉が出なかった。想兄は転落死ではなく、実際に殺されて亡くなっただなんて信じたくはないよ。やっと受け入れられるようになってきたのに。
そしたら辰弥くんが私の手を握ってこう言うんだ。
「芽森に近づいてくる奴らは、想心を殺した物体。全て祓えば想心もきっと喜んでくれる。だから頑張ろう」
「そうかなっ」
そうだよと辰弥くんに励まされ、龍真さんが戻すけどと話を進めていく。
「龍ノ姫の話だったね。龍ノ姫はある特殊な能力を手にしていた。名の通り、龍と話せると言うこともあり、龍ノ姫と呼ばれるようになった。龍ノ姫は龍と共に過ごす日々が多く、そして兄である玖朗や汀春にも懐いていた」
「てことは私は龍と話せるってこと?」
「現在では龍と会える確率は低くとも、芽森ちゃんならきっと話せる場が出てくると思う。その時は龍の言葉をしっかり覚えといて」
はいとぎこちない返事をしてしまっても、龍真さんはまだ受け入れなくて大丈夫だよと言ってくれた。
その夜、変な夢を見た。
大きな桜の木だけれど多少葉が出ていて、あれが葉桜だとわかり近づいてみると、黒い着物を着た青年が葉桜を眺めている。誰だろうと言うより、どこか懐かしいような感情が芽生えた。青年は私が来たことで葉桜を見るのをやめ、体を私のほうに向ける。
「あなたは?」
「芽森、やっと会えたな。俺は濡羽玖朗。濡羽という苗字は母親の旧名を使用している」
「汀春さんと艿花さんのお兄さん」
「あぁ。すでにある程度のことは教わっているだろうが、今すぐ龍桜神社から出ろ。龍桜神社は穢れている」
景色が変わり龍桜神社が燃えていて、これは過去を見せられているのだろうか。その光景を見ていると神社から出てきた一人の女性がいる。
「あれは艿花だ。艿花は自殺したんじゃない。奴に殺された」
艿花さんは誰かに追われているような走り方で、何度も後ろを振り向いていた。そして神社から出ようとも思うように出られず、白装束を着て龍のお面を被った人が艿花さんを追い詰める。
「艿花、何度逃げようとも逃げることは許されない。戻ろう。今戻れば許してくれる」
「嫌よ!汀春と照秋を殺したあなたと一緒にいたくないっ」
「あれは事故だと何度言えばわかる?二人は不慮の事故で死亡した。受け入れろ」
白装束の人は手に持っていた槍で、艿花さんの胸を刺してしまう。それなのに血飛沫は出ず、どういうことなのと景色が再び変わった。
艿花さんは部屋から出られないようにと、厳重に見張りがいて、玖朗さんは今でも後悔をしている瞳をしている。
「艿花は照秋を愛していた。それに気づいていながらも、逃してやれなかった。奴が持っている槍は龍と繋がっている。だからたとえ刺されたとしても、艿花が死なずに済んだのは龍との繋がりがあったからだ」
「艿花さん、悲しそうな瞳してる…」
「すでに艿花には奴の子を宿してしまったからな。諦めがついたと思っていたんだろう」
殺人者と住んでいる気分になっちゃうよねと、その光景をしばらく見たあと、産声が聞こえた。生みたくはなかったような瞳をしている艿花さんであっても、子どもに罪はないからと我慢をして育てていく姿。
けれど艿花さんは我慢ができず、首を吊って亡くなってしまう。それを見た玖朗さんは艿花さんを降ろし泣き叫ぶ。
「何度も思い出す。あの光景を。冷たくなってしまった艿花の体。そして息子が泣き喚く声が今も残っている。怒りと憎しみが交わり合った感情をな」
また光景が変わって、血塗れになった玖朗さんの前に倒れているのは白装束の人。
「奴を殺した時、すっきりした。奪われていたもの全てが解放された感覚。ただ一つ残っていた」
「艿花さんの息子さん?」
「あぁ。本来ならばやりたかったが、艿花の子どもは艿花に似ていたからできなかった。艿花の子どもを育てる気もなれなかった俺は、自ら自害し、再び艿花と再会することができた」
「汀春さんには会えなかったんですか?」
玖朗さんの瞳は寂しそうであっても、なぜか嬉しそうで、こう言った。
「俺と艿花は自分を害したから、汀春がいる天国にはいけなかったが、なんとか会え約束した。来世でまた会おうってな」
「ならなんで玖朗さんはまだここにいるんですか?」
「それはまだ俺が未練を残しているからだ。艿花の子どもが奴のようにならないかずっと見ていた。だが間違っていたと気づいた時には手遅れだった。艿花の子どもの性格は奴に似り、似たようなことが相次いだ」
その光景を目の当たりにし酷いと言葉が出そうな勢いで、全身が震えてしまうほどだった。私は今、その中に入ってしまっているということ。もし龍桜神社から出ようとした時、その槍が私にも刺さる可能性があるってことだよね。
「玖朗さん、私はどうしたら……」
「黒い物体が見えているんだろ?」
「…はい」
「恐るな。黒い物体は芽森を守る為に動いている。一番濃い黒い物体が俺だ。もし迷いが生じたら、こう叫べ。くーたん助けてと。すぐ駆けつける」
真顔でそう言うから笑っちゃいそうだけれど、この人は信じていいかもしれないと思った。
「ありがとうございます。起きたら一度、神社から出られるか試してみます」
「気をつけろ。奴がどのタイミングで芽森を縛りつけるかわからないからな。それと俺とこうして話したこと、龍桜家には言うな。助けられなくなる」
「わかりました。あの、想兄と思ーちゃん、それから颯楽兄が亡くなったわけは、それに繋がっているんですか?」
「繋がっている。だから勘付かれるな。勘付かれたら、芽森じゃなくなってしまう。それだけは避けたい」
玖朗さんの手が私の頭を撫で、千年以上の人なのになぜか暖かくて、つい手を握ってしまう。するとそのまま引き寄せられ、玖朗さんに抱きしめられる。
「玖朗さん!?」
「少しだけ。芽森の魂が艿花の魂だから」
艿花さんは先に新しい魂となっていたんだと、玖朗さんのわがままを聞いてあげていたら、夢が覚めちゃったようだ。小鳥の囀りが聞こえ、襖を開ける。
玖朗さんと話していなかったら、私はどんな風に過ごしていたんだろう。まずは知られずにやり過ごすしかないかな。また会えるかなと空を見ていたら、おはーと目をしょぼしょぼしてやって来る辰弥くん。
「おはよう、辰弥くん」
「今日もいい天気って言いたけど、これは雨降る。洗濯物、部屋干しって母さんに言わないと」
「どうしてわかるの?」
「龍が雨を降らせるっぽい」
そんなことまでわかるのと感心してしまうほどで、布団を畳み顔を洗いに行く。顔を洗い終わったあと、居間に向かう途中でパラパラと雨が降った。辰弥くんが言った通りに雨降ってるけど、強い雨とかではなくやわらかい雨。
「芽森ちゃん、おはよう」
「あっおはようございます、龍真さん」
「今日はぐっすり寝れたようで良かったよ」
はいっと作り笑いをしながら、ばれないようにと朝食をいただく。今日やるスケジュールを聞いて、雨が上がり次第、外で稽古となるらしい。
十分ぐらいでやむっぽいと辰弥くんは食べながら言っていて、性格な時間までわかるだなんて衝撃すぎた。
「そういや、芽森」
「何?」
「今日の夢、どんな夢だった?昨日、父さんからある程度龍ノ姫について教わったと思うからさ。関連している夢でも見たかなーって思って」
「想兄と出かけた夢だったよ」
ふうんと辰弥くんが妙な質問するから、めちゃくちゃ焦っちゃったじゃんと、ご飯を頬張る。龍真さんときよりさんはくすくす笑っていて、辰弥くんがこういう性格なのは最初から教わってるけど、鋭すぎるよ。
「ぐっすり寝れているんだからいいじゃない?」
「うん。ここに来てずっと魘されていたから心配だった。続くようなら隣で寝てたよ」
「それは勘弁して」
「こら、辰弥。女の子の部屋に勝手に入っちゃダメだよ」
「龍の力使えばぐっすり眠れるのに?」
「それとこれとは別だよ。本当にごめんね。こういう息子で」
いえと油断はできないかもしれないと感じてしまい、雨が止んだことで稽古することになった。
◆
夕方、稽古が終わり芽森が先にシャワーを浴びるから、その隙に報告を上げるため、父さんの部屋へと入る。父さんは仏壇の前に正座をしていて、僕も正座をする。
「今朝の発言、どう感じた?」
「嘘ついてると龍たちが言ってた。奴と接触している可能性が高いと判断。このままいけば芽森は領域から逃げる」
「奴らの気配がないのは諦めたわけではなさそうだね。ただまだ芽森ちゃんは巫女となる器になりきれていない。ここは芽森ちゃんを泳がせ、時間が来たらやれるね?」
「うん。芽森を龍に捧げるのが僕の使命」
よろしい、下がりなさいと言われ、父さんに会釈し、父さんの部屋を出る。芽森はまだ十四歳。過去の巫女たちの年齢は、平均で十六歳。後二年は芽森ともっと仲良くなっておく必要がある。
芽森に警戒されないように、たまには外出したほうが芽森も気分転換できるかな。
芽森とバトンタッチをしてシャワーを浴びた後、夕飯にはまだちょっと時間あるから、芽森の部屋へと行く。ただなんて言えばいいんだろうと部屋の前で考えていたら声が聞こえた。
「爽に会いたいよ。うん、稽古は辛くはないけど、爽やクラスのみんなとたまには遊びたいなって思うもん」
僕は勘違いしていたようだ。やっと僕にも巫女がついたと思っていたけれど、芽森にとっては稽古仲間として友人として認識してる。わからせてあげたいのに、まだそれがちゃんとできていないようだった。
どの本を見せれば芽森は自覚してくれるのかな。友達を作っても意味がないんだよって知らせてあげなくちゃ。
やっぱり神社から出すのはやめるけど、悪者扱いにされたくないからと、芽森入るよと伝え中に入る。また連絡するねと嬉しそうに笑って、電話は終わったようだ。
「どうしたの?」
「許可が出たら神社の外に出て、芽森の友達に会ってみたくて。僕、ずっとここにいたし、唯一の友達だった想心はもういないから、作りたくて」
「本当に出ていいの?」
「父さんの許可が下りればの話だから、あまり期待はしないでもらいたい」
ありがとうと芽森の笑顔を見て、夕飯食べたら父さんに聞こう。それに奴が現れた時、この手で祓うつもりだ。
夕飯を食べ終え、芽森がしっかり寝たのを確認し、父さんの部屋へと行く。この時間帯は龍の舞を行なっているから、終わるまで待つことになる。
父さんがやっている龍の舞は災いが起きないようにという想いをのせてやっていた。けれどここ最近、災いが立て続けに起きていて、通常より倍に父さんは龍の舞をしている。
疲れが溜まっているだろうに、父さんは早起きして、神社の仕事をしつつ僕たちの稽古をしてくれているんだ。父さんが少しでも楽になれるようにと、小さい頃から父さんに教わっている。
巫女との儀式が終えれば、父さんの仕事は僕が引き継ぐからもう少し待っててと、龍の舞を見ていくことに。
◆
狸寝入りいつぶりにしたんだろうと思いながら、襖がしまった音が聞こえ襖が閉まっているか確認。全然気づかなかったけれど、今朝言われたことに違和感を感じてた。
まさかいつも辰弥くんが、私がしっかり寝たか確認しているだなんて思いたくもなかったよ。布団から出てそっと襖を開け誰かいないか、チェックをしそっと家を出る。
夜の神社は何か出そうな勢いであっても、この時間帯は龍真さんは龍の舞とやらをやっているから、確認できるのはこのタイミング。
本当に神社から出られるのか不安が大きいけれど、出られたら爽に連絡して助けを求めなくちゃ。
鳥居が見え後もう少しと思った直前のことだった。体が全く動かなくてなんでよと動かそうとしていると、芽森と辰弥くんの声が聞こえる。
「その先は行かせられない。向こうに行ったら芽森は確実に殺される。友達に会いたいなら父さんと僕の言うことは絶対」
玖朗さんが見せてくれた人たちと同じ言葉を言ってる。言ってほしくはなかったよ。
「青龍、まだ離さないで。白龍、芽森が逃げようとしたことを父さんに報告。赤龍、黒龍、金龍は周囲にいる死人たちを追い払って」
玖朗さんたちが危ないと思っていても、なすすべがなくとも私は空に向けて叫んだ。
「くーたん!助けて!」
すると星空だったのが黒い雲に覆われ、激しい雨が降り注ぎ、雷が鳴り響く。玖朗さん、助けてと手を伸ばした瞬間、私の胸に槍が刺さってしまった。




