表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

神の力

神殿から帰ったヘンリエッタは日に日に恐怖に襲われた。

食欲がなくパンを食べたくないと言えば嵐に襲われ、小麦が駄目になった。小麦の不作をなんとかしてほしいと願っても叶わなかった。

気まぐれで願いを叶えてくれる神は手段が物騒だった。本気の願いは聞き届かない。ふと言葉に溢した願いだけ叶えられていた。

ヘンリエッタは自分の声が神様に聞こえませんようにと叶わないとわかっていても毎日願った。

窓から飛び降りても風に包まれ地面に落ろされる。ヘンリエッタは死ぬこともできない自分が白いバケモノになったと気付いてからは自室に引きこもった。

食事をしないと不作に襲われるので餓死も許されないヘンリエッタは自室に閉じこもり常にベッドの中で何もしない。声を掛けられても無言で首を振って意思表示するだけ。

スダー伯爵夫妻は暗い瞳で常に無表情で一言も話さないヘンリエッタを心配していた。面会謝絶を希望するヘンリエッタの願いを無視してドログとノノレンの訪問を受け入れた。


「ヘンリ、顔が暗いわね。聞いて、私」


ドログもノノレンもヘンリエッタが攫われてからショックで無口で無表情になったことを聞いていた。

社交界に広まる真っ白い髪を持つ銀の瞳の子供に化けて人を殺す白いバケモノの噂は子供の中で広まっていた。攫われた少年が犯人は白いバケモノで成敗されたから安心していいと告げていた。侯爵子息の機嫌を取るために勇敢な少年が攫われた少女を守り騎士に保護されたと美談に変わっていた。スダー伯爵家は沈黙を貫いていたため噂は加速していた。あくまでも子供の話であるので大人は本気にしていない。



いつも反応の薄い弟に慣れていたノノレンは無口になったヘンリエッタを気にせず、笑みを浮かべておしゃべりを楽しむ。無表情のヘンリエッタを元気付けるのはおしゃべりしか思いつかなかった。ノノレンには髪と瞳の色が変わったヘンリエッタが白いバケモノには見えなかった。身分の低いノノレンは侯爵子息に嘘つきと糾弾することはできない。ノノレンはいつも明るく笑いたくさんのものに感謝を捧げていた優しいヘンリエッタよりも白いバケモノと罵る者達のほうがバケモノに見えた。攫われた3人の中でヘンリエッタだけが時が止まってしまった。

ヘンリエッタはノノレンもドログも自分を心配しているのがわかっていた。それでもヘンリエッタが何かを思えば不幸なことが起こる。バケモノのヘンリエッタは優しいノノレンとドログに出てって欲しいとさえ怖くて口に出せなかった。

ヘンリエッタは無言で明るく話すノノレンを見つめて、ドログは静かにヘンリエッタを見ていた。




ドログは話すのが苦手だった。姉のように言葉でヘンリエッタを楽しませるのはできないので毎日手紙を書いて渡しに行った。

スダー伯爵夫妻はヘンリエッタが嫌がってもドログの毎日の面会を快く受け入れた。


「ヘンリ、散歩に行かないか?抱っこしてあげるよ」

「いい加減にしなさいよ。いつまでも」

「落ち着けよ。攫われたんだ。お前みたいにヘンリは図太くないんだよ。ヘンリ、眠くなったら俺の部屋においで。当分は邸にいるから」


ヘンリエッタは自分を心配して留学先から帰ってきた兄と姉にも布団を被ったまま顔を見せなかった。そして毎日手紙を渡しにくるドログにも。髪の色も瞳の色も変わりバケモノになった姿を見せたくなかった。

ヘンリエッタが部屋から飛び出したのは翌月だった。

ヘンリエッタはアンジェラの面会を知り窓から逃げ出した。二階の窓から頭から降りても風に包まれ優しく地面に降ろされるのが悲しくてたまらなかった。

ドログは会いに行くと窓から裸足で飛び出したヘンリエッタを見て靴と上着を持って追いかけた。足の速いヘンリエッタはドログが外に出た時には姿が見えなくなっており探して走り回っているとお気に入りの森の大きな岩陰に膝を抱えているのを見つけた。

ドログはヘンリエッタの隣に座って、靴を履かせ上着を肩にかける。


「リエッタ」


ドログの声にヘンリエッタは顔を上げない。ヘンリエッタはアンジェラに会うのも怖かった。人を傷つける自分の力が怖くてたまらなかった。


「あっち行って」


強風がドログを襲い、ヘンリエッタは風を感じて顔を上げて真っ青にした。


「やめて、ドログを傷つけないで。あっちに行っては嘘なの。神さま、ドログに意地悪しないで。やめて、もうヘンリの声を聞かないで。神力なんていらないの」


ヘンリエッタの叫びにドログを襲う風が止んだ。ヘンリエッタは木に打ち付けられて倒れるドログに駆け寄った。


「!?」


ヘンリエッタがドログを呼ぼうとしても声が出ない。ヘンリエッタは涙を流しながらドログの額から流れる血にハンカチをあてた。

助けを呼ぶために口を動かしても声が一切でなかった。ドログはゆっくりと起き上がり泣きながら口をパクパクさせているヘンリエッタに笑いかけた。


「リエッタ、大丈夫だから、泣かないで」


首を横に振り口をパクパクしているヘンリエッタの言いたいことはドログにはわからなかった。木の枝を持って、地面にどうしたの?と書く。

ヘンリエッタは木の枝を持って泣きながら書く。


ヘンリはバケモノだから近寄らないで。

怪我させてごめん。もう来ないで、おねがい。


ドログはポロポロと涙を流すヘンリエッタがバケモノには見えなかった。風に襲われて、傷だらけでもすぐに治る傷ばかりだった。ノノレンにバシンと叩かれる背中の方が痛かった。


「リエッタは、バケモノじゃないよ」


ヘンリエッタは首を横に振りまた書く。


ヘンリは生きてたらいけないの。白いバケモノ。

でも、死ねないの。


ヘンリエッタは二階の窓から飛び降りたら風に受け止められ着地した。ナイフで刺そうとすれば刃先が折れた。神様に死を願っても、外の雨が強くなるだけだった。

ドログはヘンリエッタを見て考えた。


「俺、強くなる。どんな攻撃も、耐えられるように。バケモノみたいに。そしたら一緒だよ」


ヘンリエッタは首を横に振った。

ドログは地面にゆっくり書いた。


リエッタがいないと寂しい。勝手に傍にいるから気にしないで。帰ろう


ドログはヘンリエッタの手を繋いで立ち上がった。スダー伯爵邸に二人が帰ると、使用人達が驚いていた。傷だらけのドログは手当され、ヘンリエッタは額の傷を見て顔を真っ青にした。

スダー伯爵は二人の様子を眺めていた。命に支障はないが額の傷は消えないと言われて真っ青になり泣き出すヘンリエッタをドログが宥めていた。

神殿から帰ったヘンリエッタが感情を出すのは初めてだった。好物を見せても姉に怒られてもに弟に泣かれても何をしても無表情だった。


「ヘンリ、傷物にしたら責任を取らないといけないよ。ドログはこの傷の所為でお嫁さんをもらえないよ。ヘンリがお嫁さんになって、一生面倒を見てあげないといけないよ」


ヘンリエッタはスダー伯爵の言葉に罪悪感に押しつぶされそうだった。


「伯爵、俺は」

「男爵には私から話すよ。ドログ、生活の心配はいらないからうちに婿においで」

「別に」

「貴族の子女は当主の命令は絶対だ。ヘンリの婿探しをしなくてすみそうだ。よろしくね。ヘンリの面倒を見てくれればいいから。やりたいことがあるなら相談にのるよ。お金はいくらでもあるから」


ヘンリエッタは父に話したくても声が出ず必死に首を横に振っていた。


「ほら、ヘンリも喜んでいるし。神殿に行く前に婚約が決まって良かったよ。ドログはうちのヘンリは嫌なの?」


ドログは首を横に振った。放っておけない幼馴染は他の令嬢達よりよっぽど好きだった。


「なら問題はないね。さて、そろそろ帰ろうか。送っていくよ」


ヘンリエッタはよくわからなかった。ただドログを傷物にした責任を取らないといけないのはわかったため、死ぬわけにはいかなくなった。

医師に見せてもヘンリエッタは声が出なくなった原因は不明だった。神殿に行き神託の間に足を入れると盛大に光りヘンリエッタは神力を失ってないことを悲しんだ。

ヘンリエッタは人を不幸にしかできない自分を呪い、声が出ないまま神殿通いが始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ