スダー伯爵家
スダー伯爵家はある意味国内で一番力を持つ一族である。
宗教の色が強い世界で神の加護のない国は滅ぼされるのは常識。神の加護の象徴が神の声を聞く大神官の存在。
大神官がいない国の王は神に認められない偽王とされ、他国に侵略される未来が待つ。
そして王国一神官を輩出するのはスダー一族。
神力を持ち、神の声である神託を受けられる者のみが大神官になる。
国内に3人しかいない大神官は全てスダー家の直系。神殿は血を穢れとするので、どんなに神力が優れても初潮を迎えた者は資格を剥奪された。
ただし一つだけ血の穢れを持っても許された位があった。
神の寵愛を受けた女性には巫女姫位を授けられた。
長い歴史の中で権力者に振り回された神の寵児達。
神殿にとって神の寵児は神と同意の存在であり、どこの国の神殿も神の寵児の巫女姫が心のままに生きれるように全面的に支援する。
そして国主には巫女姫が心のままに幸福な生を歩めば神の加護で国が豊かになり、不幸な生を歩めば凶作が襲うと伝えていた。
巫女姫の処遇は国によって異なるが王国では巫女姫の存在は神殿内の機密にされていた。
国を統べる立場にある王族や高貴な者は必ず教わる話がある。
神に愛された一人の巫女姫に、悲劇が襲った大惨事を。
はるか昔、まだ巫女姫の存在を多くの民が知っていた。巫女姫が願いをこめて祈れば雨が降り、作物も実る。信仰の対象である巫女姫の力に欲が眩んだ王が権力で妃に迎え自分の欲を叶えるために利用した。欲深い王の仕打ちに心を壊した巫女姫は幽閉されていた塔の窓から飛び降りて自害した。
その夜から雨が降らず、凶作と飢饉に襲われた。
雨を呼び国を救ったのはスダー一族。
王族はスダー伯爵家が滅びれば、神の加護がなくなると伝えられていた。
伝承には続きがあったが王家の記録には残されていない。
巫女姫が亡くなり数年後に新たに誕生した幼い巫女姫が雨が降るように歌と祈りを捧げてようやく雨が降り、作物も実り始めた。かつての明るく優しい巫女姫の悲劇に人々は王家に存在を明かさないこと決めた。巫女姫を守るのは悲劇の巫女姫の恋人だった青年。新たな巫女姫は青年の妹の娘。かつての恋人が無事に生まれるように神に祈ってくれたおかげでこの世に生まれた存在を守るための礎を築いたスダー一族の始祖である。
王国内で伝承にしか存在しない巫女姫の存在を知るのは、神殿とスダー伯爵家と一部の者だけ。
巫女姫の存在を隠しても王家の欲深さは変わらなかった。
大神官を多く抱える国ほど神の加護が受けられる。
ある欲深い王がスダー家の青年を後宮に招き、強引に何人もの美女と夜伽をさせたが、子供は授からなかった。その青年は後宮から解放され、翌年に傷ついた青年に寄り添い癒した幼馴染と婚姻し神力を持つ女児を授かった。女児は巫女姫となり父の過去を母から聞いて巫女姫であると正体を明かして王族と交渉した。
スダー家へ王家が干渉しないなら、神に国の繁栄を祈り、干渉するなら滅びを祈ると。
王は雨を歌で天気を操る巫女姫の力に目が眩んだ。王の欲に気付いた巫女姫が歌うと嵐に襲われた。王は欲を抑えて、取り引きに応じた。
それから王族はスダー家への干渉を禁じ、丁重に扱うように教え込まれた。
スダー家の女は二つの歌を教えられる。繁栄の歌と滅びの歌を。
スダー家の直系の女は神力の有無に関係なく年に一度、空を見上げてどちらかを歌うのが決まりだった。
歴代大神官を輩出するスダー伯爵家だけが知っていることがあった。
神力を持つ者は星の痣を持って生まれる。長い歴史の中で星の痣を持たない者が神力を持つことはなかった。
当代スター伯爵夫妻の子供で痣を持って生まれたのは二女のヘンリエッタと次男のタロス。
神力は神の声を聞く力であり神に気に入られた者が授けられる。
特に気に入られた者は寵児と呼ばれ、神は気まぐれで寵児の声を聞き願いを叶える。
ただし結果は言葉通りでも仮定は望み通りにはならない。
痣があっても神力が発現するかはわからない。
痣を持つ者は年に一度、神と対話する神殿で最も神聖な神託の間の魔法陣の中心に立つ。魔法陣が光れば神力持ちとされ大神官の位を授けられた。
ヘンリエッタは発現していなかった。
タロスは生後すぐに魔法陣を光らせたため、定期的に神殿に通い大神官見習いとして大神官の伯父に師事して学んでいた。
スダー伯爵家では星の痣を持つ者は分別がつく年齢までは自領から出さずに育てる慣わしだった。王族主催の絶対に安全と言われ参加を命じられたお茶会でヘンリエッタが攫われるのは予想していないことだった。神託を受け救助に行った時には全てが遅かった。
ヘンリエッタは両親に連れられて神殿に行き、神託の間に足を入れた瞬間に盛大な光と羽が降り注ぎ、雨が止み空に虹の橋がかかる。
神からの寵児への贈り物だった。
ヘンリエッタは両親と伯父から神力と巫女姫の話を聞き顔を真っ青にしていた。
寵児である大神官長を務めるヘンリエッタの伯父は複雑な顔で姪を見ていた。
神に愛される辛さをよく知っていた。そして力の発現した報告も受けていたため半年後から神殿で預かることが決まった。
教育よりもヘンリエッタの心の傷を癒すのが先決だった。
いつもの明るさのカケラもない表情が暗く、無表情で無言の姪が心配だった。