勘違いと真実
マイケル達の行く末が気になるも空気を読んだ生徒達が卒業パーティーを再開した頃、渦中の人物達はサロンに移動していた。
アンジェラは隣にマイケルを、マイケルの前にはドログ、その隣にヘンリエッタが座るように命じた。マイケルは席順への不満を伝えようとするとアンジェラが綺麗な笑みを浮かべ制した。
「マイケル、静かに聞いてください。ヘンリ、」
アンジェラに微笑まれたヘンリエッタは首を横に振りドログを見つめる。ドログは頭を掻いてため息をこぼし折れないヘンリエッタに観念して口を開いた。
「言いにくいんですが、全ては勘違いだそうです。初恋相手はリエッタではなく、初めて二人が会ったのも学園ではありません。あのベンチが一番最適で、訓練場は危ないから近づかないように約束しているので、聞こえる音を拾いながら・・。アンジェラ様、やっぱり自分で言うのは・・・」
下を向いて言い淀むドログ。アンジェラもヘンリエッタが話すことは無理だと判断し言葉を引き継いだ。学園で勘違いしていないのは3人だけ。アンジェラはヘンリエッタのことをよくわかっていたが従兄が愚かとまでは思っていなかった。
「ドログのことだけを考えて待ってましたのよね。ヘンリはずっとドログだけが好きですもの。マイケルの声なんて耳に入らず、ただ時々聞こえるドログの声と剣の音に耳を傾け待っていただけ」
マイケルは二人の言葉を信じられなかった。いつも微笑んで寄り添うヘンリエッタはドログといるよりも自分といるほうが幸せそうだった。
「違う!!いつも私に微笑みかけ」
「スダー伯爵家の令嬢は常に笑顔でいるのが教えです。どうか婚約者のコレット様と親しくしてください。留学中で良かったですね。わざわざ報告しませんのでご安心を。ヘンリとマイケルの婚姻に利はないので叶いません。もうよろしいですか?」
「嘘だ。どう見ても私のほうが、こんな薄汚いやつよりも」
ヘンリエッタが声を荒げるマイケルを見てふわりと微笑む。ドログが顔を顰めて唇を緩めたヘンリエッタが声を発する前に口を手で覆う。マイケルは自分達の邪魔をしてヘンリエッタの行動を制するドログを鋭い目で睨みつけた。
「お前、男爵家ごときが邪魔するな!!立場をわきまえろ」
マイケルに睨まれてもドログは手を離さない。
「すみません。止めないと恐ろしいことが起きるので。滅びの歌はやめてよ。うちは大丈夫って、そうじゃないから。これ以上の無礼はって、俺は何を言われても平気だから、怒らないでいいから。うん、わかってるから、リエッタ、落ち着いて」
ふんわり微笑みながら手を取ろうとするヘンリエッタにドログは首を横に振る。アンジェラはヘンリエッタが怒っていることに気付き冷たい声でマイケルに警告する。
「マイケル、諦めなさい。ヘンリは貴方には無理です。もし家として動くなら私が潰しますよ。それが一番穏便ですもの」
「私とヘンリエッタは運命なんだ。ずっと幻の歌姫を探していた。学園で会えるなんて」
アンジェラの警告を気に止めずマイケルの意気揚々と語る言葉にヘンリエッタが首を横に振る。ドログがヘンリエッタの口から手を離してじっくりと顔を見つめて手を握った。
「俺も姉上も思ったことは一度もない。口に出したくないんだけど、リエッタが言うよりいいか」
ドログは手を放し、ヘンリエッタを抱き寄せて耳を塞ぐ。
「お前!?」
「今日は無礼講ですね。アンジェラ様、守ってくださいますか?」
「もちろんです。私は身内よりも友情を大事にしますわ。何を敵に回してもヘンリが優先です」
ドログはアンジェラがスダー伯爵家を選ぶとわかっていても確認を取った。色んな意味でデリケートな問題だった。本当は口に出したくない言葉。ヘンリエッタの口からは絶対に言わせたくなく耳に入れたくもない言葉。ドログに敵意を向けてヘンリエッタに愛を呟くマイケルへの自身の感情を押し殺してドログはゆっくりと口を開く。
「白いバケモノって覚えてますか?」
マイケルはどれだけ時を重ねても忘れることのできない嫌な言葉に顔を顰めた。
「あの子供の形をした忌々しいバケモノか。声で風を呼び、命を奪う」
「でもその子がいたから無事だったんではありませんか?」
「すぐに騎士が駆けつけた。血に染まったバケモノにも始末をつけたハズだ。あれは世にいていいモノではない。バケモノが子供に化けたのだろう。今思い出しても薄気味悪い色をしていた」
意気揚々と語るマイケルをアンジェラが冷たい瞳で見てヘンリエッタの唇は弧を描いたまま目を閉じた。ドログは感情を殺して口を開いた。
「その子が貴方を守るために力を使ったとは思わないんですか?」
「バケモノに心はない」
「アンジェラ様、どうしてですかね。あの日から悲しみが始まった。俺は・・・」
時と共に成長するものである。それでも変わらないものがある。ドログは腕の中の婚約者に傷しか与えない男にだけは託せなかった。そして何も知らない、知ろうとしないマイケルへの感情よりも悲しみに襲われた。