2.イッヌ。(異世界仕様)
俺は軽い頭痛を覚えて目を覚ます。首を横に向け周りを確認するとそこはどうやら森の中らしかった。
木々の葉から落ちる木漏れ日を手で遮りながら身体を起こす。
…身体が軽い。本当にミキサーにかけられたのかな?もしミキサーにかけられてたなら、今の俺って人の皮で作ったソーセージってことかな?
立ち上がって体を軽く動かし手や足の感覚を確かめるが特に問題は無く、むしろ前世の身体よりも好調だった。
「はぁ。でもこっからどうすればいいのかな?チュートリアルはまだですか!」
余りの絶望に思わず言葉が溢れる。間違いなく魔物に出会えばパックンチョされてしまう。
文無しで特殊な力も装備も無しでのスタート。こういう展開だと大体何かしら特典みたいなのがあるはずだろ?あの胡散臭い神の職務怠慢だろ。減給しろ減給!
文句ばかり考えていても何も始まらないので、諦めて取り敢えず辺りを散策することにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらく辺りを見てまわると街道のような道に出た。
おっ!この道を辿って行けば街とか村に着かないかな?でもどっちに行けばいいやら…
俺はその辺に何か目印がないか探すが、それらしい看板や標識は見当たらない。
よし!その辺に落ちてる木の枝に俺の運命を任せることにしよう。
木の棒を地面に垂直に立たせて、気合いと祈りを込めて指を棒の先端から離した。
木の棒は太陽が沈む方の道を指し示したので、俺はそれを信じて歩みを進めることにした。
半刻ほど歩くと何やら馬車や荷車が数台ほど遠目に見えてきた。どうやら止まっているらしい。
なんだ?
この何もない様な道で止まっているのは怪し過ぎるので、一旦近くの茂みに身を潜めて茂みから様子を伺う。
犬のような低く大きな唸り声と人間の悲鳴の様な声が聞こえてくる。その声に引き寄せられるように茂みから近くの馬車の後ろに取り付き、顔を半分出して覗き込む。
…まじかよ。
犬?は予想の二回り以上も大きく二メートル半位の大きさで、頭が三っつもある独特なフォルムだった。
そして犬?に近い先頭の馬車に一人の老人、後ろの荷車の前に数人の人が荷物を守るように立ち塞がっている。
いやいや!荷物よりも命を大切にしなさいよ!
一番前の老人に向け犬?が大きく口を開ける。俺が囮になった方が生き残る確率が高い!瞬時にそう判断してバッと茂みから飛び出し、犬と馬車の間に老人を庇う様に犬?に対峙してから俺は後悔した。
ひえぇっー!ば、化け物だぁー!何食ったらこんなにでかくなるんだ?
目の前にすると更に感じるその大きさと異様な姿に、俺の体は当然のように震える。
「どうした少年、足が震えとるぞ?」
後ろから老人の声が聞こえるが、目の前の生物が怖すぎて後ろを振り向くことが出来ない。
当たり前だろ!こんな怖い犬は近所にいなかったし!免疫が無いんだよ!
「こ、これは武者震いってやつです。とにかく俺が時間稼ぎするので荷物を置いて早く逃げて下さい」
その言葉を皮切りに後ろで何人かが走り去る音が聞こえた。
こんなとんでも生物を相手にしたら、俺の身体が三つの頭に綺麗に三等分にパックンチョされるのが目に見えている。助けて。
「ほぅ!勇気のある少年じゃのぅ」
さっき俺の道を示してくれた、俺と運命共同体の木の棒を握り締め俺は考える。
この棒を明後日の方向に投げて、あいつがそっちを向いている隙に一旦荷車に隠れるしかない!
「大丈夫か?少年、手を貸そうか?」
先程から掛けられていた声に状況的な違和感を感じ今更気付き反応する。
「何で逃げてないんですか!」
既に全員逃げたと思っていたので、不意に掛けられた声に後ろを向いて大声で怒鳴ってしまった。
その行動がまずかった。
ダッ!という地面を蹴る音が聞こえたので犬?に視線を戻すが、すぐ目の前に鋭い牙が迫っていた。
あ。死んだわ。短い転生人生だったな。
と思うのと同時に横をシュッ!と鋭く風が通り抜け、犬?の胴と首が分断されているのが見えた。
「生きとるかい少年?」
犬?だった物の横で俺に声を掛けてきた老人が、手に持っている大剣の血を拭っていた。
犬?を切り裂いた大剣と俺を救ってくれた老人の笑う口から見える歯が、今の俺にはあの胡散臭い神よりよっぽど輝いて見えた。