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世界で一番の君へ  作者: ひおり
孤独の箱庭 ××××
6/18

第六話 知性化

もう少しで第一部が終わります。長い話は書けないんです。

 とりあえず走る。今できることはそれしかない。

 だから、背後から絶えず聞こえる爆発音や、モノが燃える匂いに気にかけている暇なんてない。

 車の通らない車道を横断し、住宅街を走り抜ける。

 曲がり角を右に曲がると我が家が見える。

 幼馴染の家よりずっとこぢんまりとしている。彼女の家の庭にうちの敷地が全部入ってもおかしくない。

 ポケットから鍵を取り出して開錠する。

 そのままリリィーの腕を引っ張って家の中に入れ込み、勢いのままドアを閉める。

 直後に何かが思いっきりぶつかる音がした気がしないでもない。きのせいだ、きっと。


「とりあえず、乗り切った…か?」

「シャトルランのインターバル程度の休息ですね……」


 けほけほとせき込みながらも、リリィーはまだ冗談を言う余裕があるらしい。

 一方俺の方は、アドレナリンが切れたのか、足がまるっきり使い物にならなくなってしまっていた。

 生まれたての小鹿よりも頼りない足を無理やり動かし、改めて家の中を見る。

 先ほどお邪魔した幼馴染の家と比べると、とんでもなく貧相に見えるが、決してうちが狭すぎるわけでない。

 そんな、一般家庭の中に人の気配があるわけも無く、やはりこの世界には三人しかいないのだろう。


「これからどうすればいい」

「この世界から出ることが一番です。一番簡単なのは、アレを殺すことかと」


 なんでもない風に。ちょっとした忘れ物をしてしまったとでも言うように、さらりとリリィーは言う。

 こんなにも、殺すという言葉は、果たして軽いものだったのだろうか。


「それは……ちょっと難しいな」

「えぇ、今回もそういうと思いました」

「今回も?」

「口が滑りました。忘れてください」


 俺が怪訝に眉を顰めると、リリィーはスカートの裾をもてあそびながら素っ気なく言う。

 これ以上の追究を許さない、とでも言うような素っ気なさに、どこか寂しさを感じつつも、こちらも口を噤むしかなかった。


「さて、そうなると別の方法を探さなくてはいけないんですが……なかなかどうして、骨が折れそうですね」

「心当たりでもあるのか?」

「これっぽっちもさっぱりです。心当たりがあれば、今頃夜斗をここから出してあげられていますから」


 それもそうか。と、一人納得する。そもそも、一番手っ取り早い手段を俺が潰してしまっているわけなので、そこはかとなく申し訳ない気持ちもする。

 しかし、ノーヒントで脱出しろなんて無理ゲーかクソゲーにもほどがある。

 何かヒントになりそうなものは無いかと、記憶を漁っている中でふと、気になることがあった。


「確認したいんだけれど」

「はい、私で答えられることでしたら、スリーサイズ以外はお答えしますよ」


 そこは答えなくていい。多分あんまりサイズは無いだろうし。という言葉を飲み込んで、さっそく本題に入る。


「リリィーは、幼馴染と同一人物なんだよな」

「えぇ、その認識で構いません」

「リリィーも自分の名前がわからないんだよな」

「はい」

「……あの子は、自分の名前知っているんだろうか」

「どういうことです?」


 今度はリリィーが首を傾げる。

 これはまだ憶測でしかないけれど。と前置きをして、口を開く。


「俺も、幼馴染の名前がわからない。なんとなく、俺みたいな名前……というのはわかるけれど。そして、この世界に今いる人間のうち、少なくとも三分の二があの子の名前を憶えていないということは、何かしら手がかりになるんじゃないか…って思ったんだけれど」


 俺の考察に、リリィーは少し考えこんだ後、ふむ、と声を漏らした。


「一理ありそうです。夜斗みたいな名前、というひどく曖昧な手がかりは役に立つかはわかりませんが、今はそれに縋るしか無いでしょう」


 どちらが言ったのか、一体いつの話なのかまでは覚えていないけれど、空を見て、そんな感想を抱いたことがあった気がする。

 意識的に、記憶を紐解いていく。

 放課後の、遅い時間。

 空がすっかり夜の帳に覆われようとしていた帰り道。

 空を見上げた幼馴染は、その空を「俺の時間」と形容した。

 そんな空の色を、幼馴染の名前みたいだと言ったら、彼女は「夜斗とおそろいだね」と嬉しそうに笑っていた。

 あぁ、そうか。彼女の言葉があったから、何となく夜空色の名前という印象を持っているんだと思う。


「色…かな……」

「はぁ……何故それが夜斗みたいな名前になるんですかね」

「夜空色からだったと思う」


 これでやることは二つ。

 ひとつは、幼馴染の名前を思い出すこと。

 ふたつ目は、この世界から出ること。

 出た先のことはわからないけれど、先を見据えるより、目下の問題を片付けることの方が先だ。

 ふと見上げた空は、夕日も終わって間もなく俺の時間になろうとしていた。

 黒と赤を、濃い青色――瑠璃色がつなぐ時間。

 外の世界というものは、もっと俺の好きな色(空色)が広がっているんだろうか。

 だとしたら、ぜひ、向こうの世界にいるであろう幼馴染と見てみたいものだ。

 しかし、そうなると、この世界の幼馴染はどうなるんだろうか。


「…さて、そろそろ動きませんか?」

「そうだな」


 と言っても、一体全体何処に行けというんだ。

 窓の外は焼け野原。

 ついでに、黒い影みたいな何かが触手の如く蠢いている。

 四面楚歌、八方塞がりというやつか。


「リリィー、ちょっと提案が」

「自死以外でお願いします」

「まさか。ちょっと試したいだけだよ。家を出たら、俺と反対方向に逃げてみて」

「それでどうするんですか?」

「どっちが標的か、あぶりだそうと思って」


 というのは半分嘘。

 半ば自覚はある。アレは、十中八九俺を狙っている。

 原因なんてわからないし、因果もわからない。

 けれど、そう確信できる要素がほしいのもまた事実だった。

 あとは、ひどく悲しそうにゆがむリリィーの顔を見たくないというエゴが二割ほど。


「夜斗は昔から素直な子なんですから、下手な嘘は似合いませんよ」

「幼馴染よりはだいぶひねくれていると思うけれど」


 というか、彼女が純粋すぎるともいうかもしれない。

 まぁ今はどっちでもいい。


「頼む」


 ダメ押しでもう一度願い出てみると、リリィーはあきらめたように息を細く吐き出す。

 お前はそういうやつだったよな。とでも言いたげな目で笑った彼女は、それでも哀色を隠しきれているとは言い難かった。


「仕方ありませんね。この仮は大きいですよ」

「わかってる」


 もう、あんな顔させないために。

 幼馴染の名前を、大好きな名前を呼ぶために。

 そのための犠牲は、多分犠牲ではないはずだ。

 よし、と自分を鼓舞して、改めて玄関の扉を開ける。

 小さな庭は、もはや瓦礫か荒野か、はたまた更地かとでも見間違う程度には原型を失っていた。

 影のような其れは、俺を補足するや否、なんの迷いも躊躇いも無く突っ込んでくる。


「夜斗、どこ行っていたの? 探したんだよ」


 声が響く。

 鈴を転がすような、甘い声。

 聞きなれた幼馴染の声は、バグと形容するのが手っ取り早いくらいにブレて、重なって、ノイズが混じった音だった。

 ちらりとリリィーの方を確認するが、彼女の周りに影が姿を見せることは無い。

 執拗に俺だけを狙っている。

 まったく。幼馴染以外にモテるような覚えはないんだが。ついでに彼女以外に興味が無い俺に、無機物だか人外だかはなかなか難易度が高い。

 ただ、自分から遊びに行きたいと言っておいて、黙って出て行ったのも事実だ。

 そのことはちゃんと謝らなきゃいけない。

 立ち止まって、影と向き合う。さすがに少し怖くて、うっかり逃げ出したい気持ちが無いわけではない。

 でも、それだとダメだと、直感に退路を断たれる。


「ごめん、ちょっと用事を思い出して」


 俺の言葉に、返ってくる言葉は無く、代わりに熱い、熱い、抱擁を通り超したナニカを全身で喰らうこととなった。

 皮が割け、繊維が断たれ、引き裂かれる。

 関節が無理やり反らされ、限界を超えてしまえば簡単にちぎられる。

 夜の空に、赤い飛沫が飛び散る。

 コンクリートに叩きつけられた肉片は、果たして俺のものなのか別の知らない誰かのものなのか。

 うん、次はちゃんと、名前を呼んであげないとな。

 最期に視界に映った泣き顔は、リリィーのものか幼馴染のものかわからない程度に視界がぼやけ、そのまま幕を下ろした。

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