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世界で一番の君へ  作者: ひおり
孤独の箱庭 ××××
5/18

第五話 逃避

いつもより長いというかいつもが短すぎる

「……、起きて、夜斗」


 ぼんやりと、意識が引き戻される。

 夕日みたいに真っ赤な教室内。

 三十二個セットの椅子と机、壁に貼り付けられた黒板。

 壁掛けの時計は五時を示し、窓越しにパンザマストが聞こえ、聴覚に帰れと訴えてくる。

 教室内には一人、俺を見つめる彼女の姿しかなかった。


「やっと起きた?」


 さらりと彼女の空色の長い髪が流れる。

 夕日色の瞳と目が合うと、彼女はにこりと微笑んだ。

 あれは夢だったのだろうか。

 目の前で笑う幼馴染の周りにあった影は、今はない。

 机の中には何もないし、校庭は赤とかピンクとかで装飾されている。


「…もー、何か別のこと考えてるでしょー」


 幼馴染が不機嫌全開で俺にじっとりした視線を送る。

 うん、今日も可愛い。


「ほら、早くしないと校門閉められちゃうよ」

「そうだね」


 閉める人がいれば、の話だけれど。

 突っ伏して固まっていた身体を伸ばしてふと、腹部が気になった。

 さっきの夢で、胃袋ごと貫かれた胴体は何事も無かったかのように綺麗にぴったりふさがっている。

 じゃあ、あれはやっぱり夢だったのか。と思い込みたいところだけれど、あの痛みも熱も――リリィーの悲痛な表情も全部本物だった。

 傷とか痛みとかが残って入れば、あれは現実だったという証明になるのに。

 なら、此処はなんなんだ。と、新たな疑問が入道雲のようにもくもくと湧き上がる。

 よくある回答としては、

 一、夢オチ

 二、妄想の産物

 三、リセットされた


「…………三、かなぁ」

「何が?」

「将来の子どもの人数」

「にゃっ!?」


 適当なことを言って適当に幼馴染をフリーズさせてはぐらかす。

 夕日よりもかわいい赤色の彼女を見ているのは面白い。

 廊下を歩きながら、ほかの教室を横目に見ても、がらんどうとしていて人っ子一人いない。

 まるで、この世界に俺と幼馴染と、それからリリィーしかいないような、そんな世界だ。

 ――そうだ、リリィーは何処だ。

 彼女にまた会えれば、俺の仮定は嘘ではないという証明の一つになる。


「やーとーくーんー」


 教室で浴びたのと同じ、梅雨時並みの視線の発信源は、案の定不機嫌な幼馴染だった。


「今日の夜斗、なんか変」

「そっちは今日も変わらず可愛いね」

「もー! そんなのでごまかそうとしたって無駄なんだからね!」


 ぽこぽこ怒る幼馴染を宥めつつ、夢の光景を思い出す。

 こんなかわいい彼女が、あんな訳の分からないものを――いや、そう決めつけるのは軽率だ。多分。

 階段を降り、下駄箱で靴に履き替えて並んで校門をくぐる。

 改めて道路を見てみれば、街路樹や花壇の代わりに、瑞々しい肉袋が道路を装飾していた。

 なるほど。この世界に人がいない理由もうなずける。

 リリィーの話では、此処は夢の世界だと言っていたっけ。

 はてさて、誰の夢なのか。

 消去法で言えば俺か幼馴染だろう。

 人の夢の中って、こんなに自由に動けるものだろうか。

 そもそも幼馴染の夢なら、俺はどちらかと言えばNPC的立ち位置になるはずだ。


「うん……?」


 これは、実にきな臭いというかなんというか。

 でも、仮に此処が俺の夢だとしたら、俺は自分の夢の中に引きこもっているということになる。

 とんだ、究極の引きこもりになったもんだ。と自嘲気味に笑ってみる。

 いや待て落ち着け、俺。別に限りなくゼロに低い可能性で幼馴染の夢だという可能性だってある。

 どっちにしろ、夢の中に引きこもっていることに変わりはないわけだけれど。

 などとつらつら思考していると、気付けば分かれ道の信号の前まで来ていた。

 このまま帰っても、多分何もない。

 それより、彼女の――幼馴染の名前を知ることの方が俺には重要だ。


「ねぇ、このまま家に遊びに行ってもいい?」


 俺の提案に、彼女は嬉し恥ずかしと言った風にはにかむと、二つ返事で了承してくれた。

 うん、学校に手がかりが無いのなら、彼女の家に遊びに行った方が手っ取り早い。

 青に変わった信号を無視して、幼馴染と同じ道をさらに辿る。

 その道は、多少赤さが増していること以外、記憶にあるものと同じだった。

 

「ねぇねぇ、夜斗。今度のお休みの日、お買い物行こうよ」

「買い物?」

「うん。久しぶりに夜斗とお出かけしたい」


 なるほど。幼馴染の私服か。うん、いいな。

 終末じゃないことを祈るけれど。


「わかった」


 とは言ったものの、約束を果たせるのは目下の問題を片付けてからだけれど。

 しかし、全部綺麗に片付けてしまっては、多分約束は果たせない。

 かといって、そもそも何を片付ければいいのかすらわかっていないのだけれど。

 適当にうんうん、と相槌を打っていると、やがて、記憶の片隅にある見慣れた家――幼馴染の家についた。

 彼女の家は、簡潔に言えばお嬢様が住むような家だ。

 広い庭と、大きな家。

 白いはずの壁は音と熱の無い光に焼かれている。

 それとなく表札を見てみるも、残念なことに肝心の文字部分が綺麗に抉られている。

 まるで、この世界が彼女の名前を隠したがっているみたいだ。

 彼女がカバンから鍵を取り出す。

 青っぽい、瑠璃色の球状の石みたいなキーホルダーが、夕日を受けて眩しく光る。修学旅行のお土産で小学生が買いそうだな。


「ただいま。お兄ちゃん、夜斗連れてきたよー」


 ドアを開けて家の中に向かって幼馴染が言う。

 なるほど、彼女には兄がいるのか。ということは俺の将来の義理のお兄さん……になるのかなぁ。

 幼馴染が何度か「お兄ちゃーん」と家の中に向かって声をかけるが、返事を返すお兄ちゃんはいなかった。


「うーん、ごめんね。お兄ちゃん出かけてるみたい。せっかく久しぶりに会えるのに」

「じゃあ今度はちゃんとアポ取ることにするよ」


 幼馴染の口ぶり的に、どうやら俺とお兄ちゃんは面識があるらしい。

 まぁ、幼馴染だしな。きっとそう短くない付き合いの中で、お兄ちゃんが登場してもおかしくはない。

 彼女の家の中は、外見に恥じない、お嬢様が住んでいそうな雰囲気だった。

 広い玄関に設置されている靴箱の上には花瓶と、一輪の百合が俺を歓迎してくれていた。

 そういえばリリィーとはまだあっていないな。

 でも幼馴染がいる手前、別の女の子と会って、さてなんて説明すればいいのやら。

 最も、リリィーの話を信じるのなら、リリィーと隣の幼馴染は同一人物ということになるわけだけれど。 

 幼馴染に促されて家に上がる。

 彼女の部屋は二階にある。何となく、思い出してきた。

 俺の記憶の根底。其れこそ、幼いころからずっと見てきたものは、階段を一段登る毎に一つずつ思い出されていくような感覚。

 空っぽの頭でも、綿あめくらいは詰まってくれたのかもしれない。

 俺の記憶通り、幼馴染の部屋は綺麗に片付いていた。

 ベッドとテーブル。それから本棚と、紅い夕陽を遮る空色のカーテン。


「飲み物取ってくるから待ってて」


 上機嫌で部屋を出ていく幼馴染の背中に「おかまいなくー」と適当な言葉を投げかける。

 部屋のドアが閉まったのを確認して、さて。と我が物顔で本棚から一冊取り出す。

 背表紙には神居原第一中学校卒業アルバムの文字。

 カバーからアルバムを取り出して、ペラペラとページを捲る。

 本来なら笑顔がずらっと並んでいるはずのアルバムは、俺と彼女以外どれもこれも顔が黒く塗りつぶされているような、あるいは影で隠されているような、とにかく顔がわからない状態だった。

 まぁ、その他大勢のモブなんて今はどうでも良いのであった。

 肝心の幼馴染の名前は、案の定というか予定調和というか。

 今より少し幼い顔でカメラに向かって笑いかける幼馴染の顔は綺麗に残されているものの、肝心の名前が読めずじまいだった。


「ふむ、やっぱり夜斗は中学生の時からきれいな顔をしていますね」


 ふと、右耳の鼓膜が甘い声で震える。

 視界の右端に、空色の髪がかかる。


「リリィー」


 瑠璃色の瞳と目が合うと、リリィーはにっと口角を上げた。

 なるほど、さっきの夢は夢じゃなかったのかもしれない。


「ご無沙汰しています。数時間ぶりですね。不要不急の外出は控えていただけると助かるんですが」

「幼馴染の家に遊びに行くのは必要早急な案件なので」

「なら仕方ないですね」


 リリィーは我が物顔で幼馴染のベッドにぽふんと腰掛けた。

 よっぽど布団がふかふかなのか、スプリング式なのか、リリィーが軽いのか、彼女の体がベッドの沈んだ反動で軽く跳ねる。


「まったく。さっきはずいぶんな死に方をしてくれましたね」

「やっぱり俺は死んだのか」

「あれで死んでないのなら、多分死んだ方がましですよ」

「知ってるか? 腹部は意外と致命傷にならない」

「お可哀そうに」


 よよよ、とわざとらしく泣き崩れるリリィーを無視して、写真の向こうの幼馴染をそっと撫でる。

 一体何が、彼女の名前をこうもひた隠しにしたがるのか。

 夢の主が、彼女の名前を公表するのを避けているようにも思えるが、果たして。


「ところで、今回は何処まで覚えていらっしゃいますか?」

「夢の内容は丸っと。ついでに、少し思い出した」


 俺の言葉に、リリィーはほぅ、と珍しく心底関心したため息を漏らした。


「前回のことを覚えていただけているだけで大きな進歩ですのに、記憶も取り戻しましたか」

「肝心の部分はまるっきりだけれど」

「それはそれは。ゆっくりお茶でも頂きながらお伺いしたいのは山々ですが、ひとまずここから離れましょうか」

「まるで敵陣の中にいるみたいな言い方だな」

「残念ながらそのまさかです」


 そう言い切ったリリィーは俺の腕をぐいっと引っ張り、勝手知った家のノリで階段を降り、玄関の戸を開けて庭を抜けていく。

 俺に、幼馴染に声をかける猶予も暇も隙も与えず、リリィーは突き進んでいく。

 ずんずんと道を進んでいき、突き当りの角を曲がった直後、後方から派手な爆発音が轟いた。

 何事かと振り返るより先に、リリィーが走り出す。

 腕をつかまれっぱなしだった俺もつられて駆け足になる。


「何事?」

「厄災の始まりですよ」

「厄災は時限爆弾か何かか?」

「間違っちゃいませんね」


 ようやく脳と足の動きが一致し、自分の意思で走れるようになる。

 こうなると、どうやらリリィーより俺の方が速いらしい。

 今度は俺がリリィーを引っ張る態勢になるが、残念なことに目的地もアテも何もない。


「何処に行けばいい?」

「とりあえずアレに見つからなければ、北海道だろうとイギリスだろうとアメリカだろうとご自由に!」


 めちゃくちゃなオーダーを聞き流しつつ、とりあえず学校はさっきアウトだったので、自分の家に目的地を設定することにした。


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