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世界で一番の君へ  作者: ひおり
孤独の箱庭 ××××
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第二話 合理的心的機能

ラブコメとはいったい

 そう、何もかもが曖昧だった。

 自分の名前――は、わかる。竜宮夜斗(りゅうぐうやと)。十七歳の高校生。右利きで、利き足も右。

 此処が何処か。

 俺の住む町――そう認識している。名前はわからないけれど。

 そして、真っ赤な世界に咲く、空みたいな髪色を持つ幼馴染。

 名前は――××。

 俺にとって大切で、替えの利かない、唯一の存在。

 可愛くて気が利いて、ちょっと抜けているところがまた可愛いのだ。

 ……まぁ、名前は思い出せないのだけれど。

 ぼんやりと、俺みたいな名前……な気がしないでもない。

 そんなわけで、とりわけ彼女のことがわからない。

 ぽっかりと穴が開いたというよりは、靄がかかって見えない。といった方が正しい。

 多分、ちゃんと記憶は持っているけれど、何等かの理由で俺自身がそれを思い出すことを拒絶しているのか或いは、誰かに意図的に隠されているか。

 閑話休題。

 今俺の手にあるのは、柘榴みたいに真っ赤でみずみずしい中身を滴らせる肉袋。

 美味しそうと思わなくも無いけれど、道端に落ちているものを食べるほど悪食は拗らせていない。


「これ、何だったか知ってる?」


 再度、彼女に尋ねる。

 が、彼女は小首を今度は反対側にかしげて、「忘れちゃった」と答える。

 忘れてしまったのなら仕方無い。俺なんか、目の前の彼女の名前を忘れているんだ。責める筋合いはどこにもない。


「そっか、なら仕方ないね」


 彼女に聞いてわからないのなら、多分もうわからないだろう。

 わからないものに意識を割けるほど、俺も暇ではない。

 なんだかわからないのなら、もう用済みだ。

 元の場所に戻して、ふと手のひらを見ると、教室と同じ色に染まっていた。

 こんなに汚れていたら彼女に触れられない。

 ズボンに汚れを擦り付けると、彼女は慌ててカバンからハンカチを取り出して、丁寧に俺の手をぬぐってくれた。


「汚れちゃうよ?」

「夜斗のズボンが汚れちゃう」


 半ば怒り口調でもくもくと俺の手を拭く彼女は、やがて綺麗になった俺の手を見て満足したのか、うん、と笑顔で頷いた。


「それじゃあ、またね」


 ハンカチをカバンに戻した彼女は、今度こそ帰路に就く。

 小さく手を振る彼女に手を振り返して、その背中が見えなくなるまで見送る。

 地平線のその先に彼女の姿が消えたのを確認してから、更に十分程彼女の行く先を眺めて、今度こそ俺も歩き出す。

 まわれ右をして、元来た道を辿る。目的地は学校だ。

 赤かったり黒かったり黄色かったりピンク色だったりする道を辿って、誰もいない学校に戻る。

 もうとっくに最終下校時刻を過ぎているというのに、門に施錠がされていないあたり、うちの学校の緩さを感じる。

 さすが校風が自由でのびのびと。なだけある。あれ、こんな校風だったっけ。まぁどうでもいいか。

 数十分前に履き替えたばかりの靴を脱いで上履きに履き替える。

 教室内に差し込む赤い夕陽もすっかり隠れ、しんとした夜が訪れる。

 夕日のせいで赤かった校内も、この時間になれば黒く変色していた。

 一人階段を登り、教室のドアを開ける。

 誰もいない教室でじっとしている机の中を一つずつ覗いて確認していく。

 空、空、空、空――。

 困った。彼女に関する手がかりが何も無い。

 彼女の机の中に何か教科書化ノートでもあれば、名前くらいわかるかと思ったのだけれど、空振りに終わってしまったようだ。


「どうするかな……」


 本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早いのだろうけれど、其れは何となく嫌な予感がする。

 具体的には発狂した彼女に殺されたりとか、大泣きして狂乱したりとか……。

 いやなんで俺は勝手に幼馴染を狂キャラに仕立て上げているんだ。

 とにかく、それだけはダメだと、俺の直感が告げている。

 俺の直感は三割の確率で当たるので侮れない。

 七十パーセントは高確率で外れるので、実質成功だ。

 全部冗談だけれど。

 息をするようにくだらない冗談を吐き出し続けでもしないと、こんな教室内にいたらこっちが可笑しくなりそうだ。

 一度目を瞑って、それから目を開ける。

 広がる光景に変わりはなく、黒く乾いたモノと、夜の帳が差し込む教室は、瞬き程度では何も変わってくれなかった。

 ――否、一つ思い出したことがある。

 俺にあてがわれた机以外のすべてを確認したところで、ようやく一つの手がかりのようなものを得た。

 この教室に、彼女の席は無い。

 つまり、俺のこの苦労は徒労に終わったわけだ。

 色々な感情をひとまとめにして一つため息を吐く。

 申し訳程度に俺の机の中を見ると、見覚えの無い紙が一枚。其処に鎮座していた。


「何、これ」


 見覚えが無ければ入れた覚えも無い。

 誰かからのラブレターかな。なんて能天気なことを考えながらそれを引っ張り出す。

 ルーズリーフに、雑な字で一言だけという、ラブレターどころか置手紙とすら呼べないようなそれにはこう書かれていた。


「彼女は誰?」


 背後からの声に思わず振り返る。

 誰もいないはずのこの場所で、俺に声をかけてきたのは、幼馴染とそっくりな顔つきの、知らない誰かだった。

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