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Fast-Ⅴ.  『ヴァズ』

 先ず僕の名だが、『ナルフィート』と言う。ナルフィート・ヴァズだ。『ヴァズ』の発音が難しいらしい人種が時々居て、そんな場合は「ナルフィ」や更に短縮された「ナル」や「フィ」や、「ナート」等だ。ナートと聞いた精霊族の子供が、『なと』と発音していたのも、懐かしい記憶だ。僕は『冒険者稼業』というものをしている、一応侯爵家の四男坊だ。子爵家御令嬢との婚約が嫌で、三男坊の兄上のお力をお借りして、家を出た。家出というやつだ。冒険者仲間の友人で在る、『ガイス』や『ダーナス』には、「稼業を継ぐのが嫌だったので、他の兄弟に(全て)任せ、家出をしてきた」と、説明してある。本当の話はやや違うが、これで良いのだ。本当の事を全て話す必要は無い。それが冒険者を生業にしている者達の言わずと知れた常識なのだから。



 家の事も、婚約放棄も何も心配いらない。兄上が、優秀だからだ。三男である兄は、やはり父から男爵家の婿養子にと話をされていたらしい。仮にも当家は侯爵家。三男とは言えまさかの男爵家へ。僕は何の冗談なのだろうと思ったものだ。しかし兄の説明を聞き進めると、こういう事らしい。つまりは男爵家の御令嬢は一人娘で、男兄弟も無く、父親からも溺愛されている、可愛い御令嬢だ。その御令嬢が私の兄で在る、ヴァズ家~侯爵家の三男に恋をした。想いが募って父親の男爵様に相談をしたそうだ。娘の気持ちを知った男爵様は、可愛い娘の恋路をなんとかしてやりたいーーそれで我が父に相談を持ち掛けたそうだ。父上は貴族らしくない性分の方だと、貴族達の間では認識された方だった。一部の貴族達に見られる、高貴さや威圧感と言うものが無いのだ。平民ーー商人達との会話も、まるで昔からの気心の知れた友人との会話の様なやりとりで在った。そんな父は男爵家御令嬢の話を聞いて、喜んだんだそうだ。何故かーー、それはこの男爵様も、その御令嬢も、とても評判の良い、御一家だったからだ。男爵様が父に相談に来たのも、元から二人には交流が有り、父は令嬢の事も男爵婦人の人柄の事も良く知っていたのだった。それ故に喜んだ。しかしそれは兄の気持ちを無視した歓喜だったーーおまけに、この男爵家は稼業の商いも上手くいっており、貴族達の中でも資産だけでなら、相当上に行けるクラスだった。それをひけらかす事も無く、穏和な性格をされていた事も、父との親しい交流の理由であったろうと想像出来た。



 しかし、兄には想い人がいたらしい。ーーそれが、私…いや僕の家出にも繋がる理由のひとつでも在ったのだ。


 兄上の想い人ーー嫌、恋人が、僕と婚約させられそうだった子爵家御令嬢だった。


 そういう訳でシナリオは三男で在る兄が書き、子爵家の兄の恋人の御令嬢も、僕との婚約を阻む為にお互いに協力し、いつの間にか兄上は次男で既に独立されておられた兄上にも協力していただいた様で、(次男の兄上は商才に長けており、家を出て独立、それなりの財産を得てかつてから公認でお付き合いを成されておられた、とある我が家と同じ位の侯爵家の三女の御令嬢と婚姻為された。)更にはいつの間にか、次男の兄上から長兄で我が家の家督を継ぐ予定のお忙しい兄上まで、協力して下さり、僕は家を出る事と為った。主に長兄と次兄が協力して下さったのは、資金面だ。ーーとても救かった。勿論三男の兄も資金は用意して下さったのだが、父の追手から逃れるのには少し心許無いと思ったのか…。とにかく兄は十分過ぎる程十分に旅の資金を用意して下さり、資金が突くよりも前に、冒険者として登録をし、正式にギルドで保証された仕事をして、報酬を得る様にと僕に指導して下さった。『モグリ』と言うギルドを通さない、冒険者稼業の者も居るらしいのだが、命に係る仕事や法に触れる仕事をやらされる事が有るので、絶対にやらない様にとの事だった。勿論僕も分かっている。父が憎い訳では無いし、母や兄上達に迷惑を掛けるだけでは無く、家督を無くし、路頭に迷わせる行為だ。たかが家出でその様なリスクを追う事など、無い。私ーー嫌、僕等より、幾らかでも外の世界の事を知っている兄達の助言を十分に受け、装備、資金、国境の越え方等を教わり、足が付かぬ様、国境を越えた国に入ってから、冒険者ギルドに赴き、登録してもらい、冒険者となり、今は生きてる。帰国する気は無い。父にバレぬ様に、次男の兄とだけ手紙のやり取りをしている。次男の兄上は、長男の兄上や、今や無事私の代わりに想い人の恋人と御婚姻を為された(此れが三男の兄上のシナリオだったのだが)三男の兄上の事も出来る限り手紙で知らせてくれていた。…母や父の事も。この兄上のシナリオだと、男爵家の御令嬢が幸せに成れぬなと、ふと思ってしまったのだが、兄上は誠実に、男爵家御令嬢へは、御婚約の意志を御断りさせていただいたそうだ。泣かれてしまったらしいが、仕方の無い事だ。御令嬢の方も兄上の御気持ちを知り、分かって下さったそうだ。今では友人として、時々御茶会をして、相談等にも乗ってあげているらしい。御令嬢も新しく気になる方が出来たとかで、それが何と騎士をされている三男の兄上の部下の方らしく、兄上の妻に成った子爵家御令嬢(元だが)と、何とかその縁が上手く行く様にと、ささやかに、ささやかにと協力中~なのだそうだ。



 家の方は、万事上手く行っている様だ。兄上達が居れば、何も心配する事は無いのだが。


 しかし私の婚約が無くなったからと言って、帰る訳にはいかなかった。そもそも、兄のシナリオは私が『行方不明であり続ける事』ーーなのだから。帰れば兄の幸せが壊れてしまう。兄と兄上の恋人との御婚姻は、あくまでも居なくなった私の代わりに、兄が誠意を持って子爵家への償いの形として、成立したものであり、それが兄の描いた『シナリオ』でもあったのだから。





 ※ ※ ※



 さて、自己紹介や此処に至るまでの経緯やらで話がやや長く堅苦しくなってしまった様にも思うのだが、そんな僕も今この目の前の現状に、ややでは無く大いに戸惑っていた。ーー困惑と言うやつだこの状況は。土埃で汚れてはいたのだが、それはそれは可愛らしい愛らしいと言うか、美しいと言うか、とても目を引き、それこそ心奪われてしまいそうな、可愛らしい女性ーー淑女が私ーー嫌、僕の目の前に居たのだ。…可愛い…いやしかし、何故にこんなに酷い格好なのだろう。…上等と思われる衣服は土混じりで酷いし、美しいと思われる黒髪も、土埃で汚れてしまっている。…何をしたのだ?…真逆…こんな可憐な細腕の女性が、…獣や魔獣と戦う…冒険者とは考え難い。脇に抱えた鞄も上質な物だろう…しかし何の皮かは解らない。…見掛けない素材だ。しかし品があるな。靴もだ。貴族が好む靴に似ている…こんな靴で街道を歩いていては、足も痛むだろう可哀想に…。


 その前に彼女は、痛々しくも酷い怪我をしていたーーが、魔獣に襲われたにしては、怪我加減がオカシイ。爪痕やらが見られぬし、服も損傷していない。…汚れてしまっているだけだ。



 暫し見惚れてしまったが、嫌、仕方が無い事だろう…。そんな時に彼女が可愛らしく『鳴いた。』そして言ったのだ。




 「お腹が空いた…」と。…力無く。……可哀想に。顔色も大分悪い。そりゃお腹の方も鳴るーーいや『鳴く』だろう。……愛らしい。可愛い音だ。恥ずかしそうにした彼女は泣きそうだった。



 友人のガイスーーこれも本当の名なのかどうかは知らないがーー、彼の連れなのだと気付いたのはやっとこの時だ。…なんて事だ。ガイスの奴。お前ならば、回復魔法も衣服の洗浄魔法も簡単だろうに。何故彼女を放っておいた?…足の怪我等血が滲んでいるじゃないか。呆れて抗議してやろうと口を開くよりも前に、彼女がか細い声で、こう言った。『では水が欲しい』とーー良かった。水で良いなら持っているよ。正直空腹だと言われても、今は仕事からの帰り道。固くて噛めない獣の干肉位しか無かったのだ。こんな物、彼女の可愛らしい口が噛み切れる訳がーー無い。私でも慣れるまでに時間を要した代物だ。では何故所持していると言われれば、入手金額が安いのだ。それより高めの魔獣肉を干したものは、やや噛み易いし、味も悪く無いーーが、魔獣の方が獣達より格段に強いので、量は居ても必然に値も高いーー水の魔法具、つまり『飲んでも減らない便利な水筒』を彼女に渡そうと近付く私。…しかし。…断られた。…何故だ、ガイス。……お前は彼女に何を教えたんだ?




 「待てガイス」流石の僕も、ガイスの言葉を聞いて言ってやる事に決めたさ。こんな美しい女性が、多分お金を落としてしまい、付き添いの者とも逸れ、怪我までして途方にくれて困っている所で出逢ったならば、無償で手を差し伸べてこそが紳士では無いのか?…君は仮にも王族の端くれであろう?   そう、当人にはあえて確認しないではいるが、まあお互い様だからな、ガイスはと或る小国で、行方知れずとの噂の在る、第三王子の特徴にこれでもかと言える程に、酷似していたのだーー多分恐らくは当人であろうーー出国の理由までもは知り得た処では無いがな。ヴァズ家の兄上達の情報網を侮らないでくれ。私の兄上達は、それはそれは優秀なのだ。仕事柄でもあるのだがな。

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