『転移』
はっとして目を醒ました。
見えた光景は知っている様な今知った様な光景だった。目覚めた彼女は自分に『過去』が在ると思った。確か、何処かの星に飛ばされた。帰りたくとも帰れなかった筈だーー
それからーー
彼女は痛む頭を抱え、懸命になった。思い出そうと。薄ぼんやりと灯りの様な記憶は、『前世』と呼ばれる其れなのかーー又必死に成る。名前ーー名前ーーーー
多分名前が思い出せれば、きっと色々と思い出せそうなのだ。そう思ったーー。
「………ふぁ、…………ファリス……………」霞の様な声だった。
「………バー…、バーシル?」又呟く。
それから……………それから? 違う…………………。思い出したい『事』じゃ無い。
又唸る。
「……………………? なんだっけ?」
思考が、散る。欠片になったり、花弁の散る様の様にばらばらと散らかる。落とした砕けたグラスみたいだ。危険で脆い、修復されない『モノ』に為る。
転生したのかな? 転生って何? 生まれ変わる『事』? 生まれる? 何故?
じゃあ 『死んだ』の? 『ーー誰』が? 何故? 違う 違うーー 違うーーーー
『私』は『死んで』無いよ? じゃあ、 どうしたの? 何故此処に在るの?
「此処は何処だろう…………」声が出せた事に『驚いた』。驚きと共に何かの感覚が『戻って』来たーー其れは『声』だった。『私』の『声』だと。
そうだーー。慌てた『彼女』は、『鏡』を探した。其れを見付けた彼女は、勢いで鏡に両手を着いた。派手な音が聴こえて、慌てた乱れた呼吸が、胸を苦しめる。写る『姿』ーー『彼女』は『彼女』を『知っていた』。此れは、
「…………『ユリナ』……………」彼女が彼女の『姿』をしながら、そう『言った』。
彼女ーー『ユリナ』は、『友理奈』に『戻って』いたーー。ユリシアでもユリナでもない、
「『紀端 友理奈』」に。
「おかえり」
声の方へ振り向くと其処に『陸』が居たーーそう、『彼女』の『おにいちゃん』だーー。
「おかえり。『華月』友理奈だけどね。」そう言った。友理奈は力無く笑ったーー。『……………ただいま』と。
※ ※ ー ※ ※
「バーシルさん………びっくりするから急にさわらないで? 未婚女性にいきなり触るのは…………一応失礼ですよ?」
唇についた、菓子の粉を其の指で拭われた『ユリシア』は、照れながらそう言った。嫌でも無い筈の其れが、何故なのかとてつもなく嫌だったーー湧き上がる抑え切れぬ不快感は何だろう?
彼女ーーユリシアには其れが分からない。『ユリシア』では無い『彼女』ならば、知っていると言うのにだ。
アスタ・バーシルが慌てずに『微笑む』。魅力的な笑みだった。普通ならばだ。ごめんと言う彼の言葉が耳に届く。その瞬間にユリシアは背に『汗』を感じた。背中が冷たいーー冷や汗だろうと彼女は気が付いた。そして思い出すーー『アスタ・バーシル』が誰なのかーー『何』なのかを。
自分が『誰』なのかを。けれど、其処にバーシル、『銀髪の男ーー白神の隣星の先輩神』、誘拐犯の『共犯』の手が延びた。捕まれる寸前だった。火花の様な衝撃が、其れを阻んだ。振り返る銀髪神が見たのは、ふたりの男だった。明るい薄い黄色の髪の活発そうな男と、青みかがった銀髪の様な髪の、眼つきのきつい男だった。眼つきのきつい男の顔に、彼女ーー『ユリナ』は、見覚えが有ると思った。レザード・ガイサースの顔が浮かんだ。彼に似ていた。
にっこりと笑った黄色髪の男が、いたずらしたみたいな含みの有る笑顔に生り、ひゅっと音を立てて、指を振った。同じ動きで銀髪神が飛んだ。壁に四肢をぶつけ、呻く。それを咎める連れの青銀髪。
「おい、お前あんまり魔力使うな。不味いだろ。」そう言った。
肩を竦める黄色髪の男。
「大丈夫だよ。こんなん微力だし。それこそ『指1本』で、倒せるんじゃん、こんな奴」ーーそう言った。
「一応『神』だからな、ま、油断すんなよ。一度『逃げられ』てるしな」と、
青み銀髪の男が応える。
淡々としていた。壁際の銀髪神は、呻き、立ち上がれなかった。
無造作に近付いた黄色髪が、其処に手の平をかざし、其れに更に銀髪神が呻き声を出す。苦しむ神を他所に、黄色い髪の男がこう言った。ーーーー『捕獲完了』とーーーー。
青みの銀髪の方が、其れに応える。「後、『一匹』捕獲すりゃ、『完了』か」とーー。特に面白くも無さそうに。
「お疲れ。英雄サン達。久々暴れた気分はどう? 結構楽しかったでしょ?僕は『狩り』は苦手でね。………『失敗し』ちゃうんだよね。加減するのが『面倒』でさ。助かったよ、ありがと、二人共。」
そう言って、
「て事で、此れ約束通り『報酬』。早目に食べなよ。生モノだから。」
『リムネット』とローマ字で書かれた箱を、二人の男に渡そうとしたのは、『陸』だった。
箱はかなり大きく、多分『ホール』だろうと、『友理奈』は思った。
どうして『こんな場所』にカフェ、リムネットの『ホール・ケーキ』が有るのかーーと、不思議極まり無いなと。
「陸さん、此処って『トウキョウ・シティ』?」
正気を手に入れた友理奈の第一声は『此れ』だったが、
「………レイ・ガイサース、………あの子、君の嫁より最強かもよ。」
黄色い髪の青年の方が、そう言った。
「………否定はしねえが、アレ(※アノ規格外じゃじゃ馬な姫サン)が(※俺の)嫁な方は否定する。」と、青みの銀髪の青年の方は言った。
其処に陸が、『俺はもう君の兄なんだから、陸さんじゃないだろ。おにいちゃんと呼びなさい。今までも呼んでた様に。ちゃんと。』と冗談を言ったので、
白神の星の『英雄』為る勇者達は〜緊迫感台無しだなと〜言葉を無くし、そしてもう黙るしか無かった。依頼主の代理人は、見透かした様に笑った。
「で、肝心の『主犯』気取りだけどね、」
陸が言う。勇者二人が頷く。項垂れる銀髪の神ーー。不敵な笑みの不均等な美の結晶が、崩れそうな微笑みで低い声で言ったーー『逃げた』よーーと。
悔しそうでは無く、其の笑みは憂いの様だった。其れを見た銀髪の神だった男はーー己の過ちを知った。持ち得る力の違いに気付いていなかった事に。質の違いに。絶対的な『エネルギー量』の『格差』に。
初めから何が起きたか理解っていたのかもしれないーー聞きたくも知りたくも無い其の答えを求めてしまう。唇を綺麗に笑む様に整えた神は、熱の感じれぬ、『冷たい熱量』の結晶の様な瞳でこう言った。『なに分かりきった事を、言っているの?』と。
「じゃ、なきゃ、『僕』は『此処』に『居無い』だろう?」と。
ばれていたのか…………銀髪の哀しき神『だった』男ーー『アスタ・バーシル』と名を変えた男は、全ての希望を放り出した。気付くと熱い何かが瞳を濡らした。溢れてこぼれる、それは、泪では無く気持ちだと思った。顔は彼女へと向けられた。
違うと聞き取れぬ声を出した。
「………………すきなんだ………」辛うじて、涙声は、音として、其処に表れた。伝えたかっただけだ。
「知ってるよ。」
返答したのは、陸だった。あんぐりと口を開けたアスタ・バーシルは、絶叫する。
「アンタが答えるなー! ちがう! ユリナ、『ユリシア』が、ユリシアの事が好きなんだ!ユリシア!聞いてくれ!」
懇願だった。ユリナ、嫌、友理奈は言った。『ユリシア』の『姿』で。
『私、ユリシアじゃないから。』と。
「え…………………………。いや、ユリナ、ユリナでいい。とにかく君の事が………………」
「だから、どっちにしても無理。うん、じゃあ、気持ちはありがとう。ごめんなさい。」
『友理奈』が、はっきりと言う。『ユリシア』の中の、『友理奈』が。大体、ひとの『魂』勝手に『抜き取って』、『人様』の『肉体』に勝手に突っ込まないでくれるか?と。
友理奈は『誘拐』された。『主犯』に。『主犯』は、友理奈の『魂』を『誘拐』したのだ。
無理矢理『抜かれた』魂の無い友理奈の身体は、『壊れた』。
それがあの日の『出来事』だ。
共犯は、此の間抜け神ーーもとい、銀髪の隣星先輩神で在る。彼は指名手配と成り、神の職も星の管理人職も失った。誘拐に加担しなければ、反省で済んだのだが。
悪く言えば『恋は盲目』と言う事だろうか。良くも成らないが。
最悪なのは、銀髪野郎は、『主犯』に『騙されて』いる所であろう。主犯は『エネルギー』が欲しかっただけで、友理奈とポンコツのラブ・ロマンス等興味すら無い。其れに協力する気等、毛頭無かった。
そして隣星先輩神の『星の再生』に協力する条件すら、嘘だった。藁には縋らない方が幸いだった事であろうが、此の場合縋った藁が悪かった。藁を選ぶべきであったので在ろう。もう遅いが。
掴むべき藁は、『白神』の方で在ったのだろうが、此の先輩神は嫉妬から其れを拒んだ。嫉妬と、プライドが自分の首を絞めたのだ。今、愚かだったと気が付いた。そう、もう、遅い。
事態を彼の手に負えなくしただけだ。
陸が言った。然しなと。「自分の『星』から『逃げ出す』『主犯』も、大概阿呆だよな」と。
呆れると言うよりは、大分暢気そうに。その言い方がとても良く陽藍に似ていたのだが、此処にいた彼等はそんな事は知らない。陸もそうとは思いもしない。けれど良く似ていた。
じゃあ、『友理奈』、「帰るよ」と陸が言った。その姿さえも陽藍に似ていた。けれど友理奈は別の事を思う。
『何処に?』とーー。友理奈の身体は、無いのだから。どうすると言うのだろうかと。
『魂』だけで、『転移』出来るの?それって、『転生』になっちゃわないの?陸さんーーと。
戸惑う友理奈を他所に、舞台は用意されていた。陸が言う。「君の義父は『小説家』なんだよ」と、
「舞台の手筈は十八番だから、万全だよ」と。
具体的にどうするのかと、勇者の二人が問うと、陸が言った。
其処については『企業秘密』だと。
「ま、手品の種明かしみたいなモノだからさ。言えないね」と、魅力たっぷりのいい笑顔で。




