* * * ― 三.
「なんかーーお父さんのごはん、久しぶりなせいかな、やっぱり美味しい。」
そう言ったのは、巧だった。
「巧、人間美味しいもの食べるとな、幸せになるんだよ。」
と、父陽藍に言われた。
「ほら、デザート。妃奈ちゃんもどう?太る?」
「……………お父さん…」
父がデリカシーの無さを発揮したので、巧が止めた。妃奈は苦笑いしてから、応えていた。
「大丈夫です。いただきます。」と。
「それは良かった。たまにならいいだろ。まあ、太って巧に振られたら、俺に報告に来なさい。俺は巧君、信じてるけどな。はい、どうぞ」と、
当り前の様に用意されたデザートを妃奈の前に置く辺り、出す気満々だったのであろう。巧は再度、父に釘を差す。無駄ではあろうが。
「……あのねえ…………お父さん。いや、後でいいや。妃奈さん、食べようか。いただきます。」
巧は彼女を促して、デザートを口に運んでいた。ガトーショコラの生クリーム添えである。
高校生達には、アイスクリーム付きの豪華版。掛けられたベリーソースが美しい。ミントの清涼感とのバランスは、最初に考案した者の功績と言いたい。そんなひと皿だった。
やばい美味いと高校生男子達は口にしながら運んでいた。巧はその光景を見て、軽く微笑んだ。
父は甘い物が苦手である。母は甘い物が大好きである。だからそんな母の為に、父は菓子を作るらしい。巧はその話を聞いた時に、父はどれ程母の事が好きなのだろうと思った。昔は想像でしか分からなかった『最愛のひと』は、今は巧にも在る。今日巧は両親に『結婚』の相談に来たのだ。妃奈も巧も未だ大学生なので、卒業してからのつもりだった。けれど、先日妃奈の両親と食事を共にした際に、『婚約』や『入籍』を催促されて来た。その事を父とも相談してみようと思い巧は今日、妃奈と共に実家に来たのである。
あの日、あの騒動から一度帰って来た巧は、父とも相談して、家を出た。洸や悠太が結婚した事と、引っ越しを決めた事も理由だったが、何より海の為だった。海と父の距離が微妙になってしまったからだ。自分達が口を挟むより、父に任せた方が、海が素直になれる気がした。そんな理由だった。
海には、『受験(勉強)の邪魔をしない為』と、理由を言った。嘘でも無い。一部の理由は其れでも在った。
此の半年、全く帰らなかった訳では無い。月に2度程は、海の好物を持って、それとなく差し入れていた。成芳堂の焼き菓子は海の大好物だった。中でもクッキーが好きらしい。今日の手土産はラングドシャとバナナチョコマフィンだ。因みにラングドシャはプレーンとチョコ2種類。妃奈に『……買い過ぎでしょ?』実家に行くのに?と、言われたのだが、笑って誤魔化した。
兄達にとことん甘やかされて来た巧には、普通の量だった。店を出てから母の好物は、あの店だとチーズとベリーのダブルマフィンだと思い出したが、巧は店には戻らなかった。ブラコンがばれ掛かっているのに、マザコンまではバラせないと思った。
…………ファザコンは……バラす? 兄達の開き直りは羨ましかったが、未だ巧にそこ迄の勇気は無かった。大学の同級生に言われるまで、巧は気付いていなかった。大学生にもなって、父親をそこ迄好き過ぎるのは………ちょっと可笑しいと言われた。兄達とも普通に仲が良いと言う事もだ。
母等、未だに『抱きついて』来るのはーー『気持ち悪くないのか?』と。
家を出たと、大学の友人達に言うと、ほっとされた。『少し親離れ出来て良かったじゃないか』と。
そうこうしていると、妃奈が食べ終え、満足そうにしていたので、それを見た巧は幸せを感じて自然と微笑んでいた。
その笑顔の破壊力にやられたのは、妃奈では無く、海のクラスメイト達であった。
『華月のお兄ちゃん……………笑顔やばいわあ』と、笑うと青そっくりに生る、巧の笑顔の破壊力に。律は青と友の中間を、陸と足して割った様な顔立ちなのだが、巧はと言うと実は、陽藍や青に良く似ているのだ。子供の頃より今の方がより似ているだろう。子供らしさの抜けた巧の顔は、友よりも青に似ていて、陽藍はやっぱり巧も兄弟なんだなと当り前の事を考えていた。子供の頃の方が、巧と律が良く似ていて、結構笑えて面白かったのになと。
海は、実は『洸』に良く似た顔立ちなのだが、いつも笑顔絶えない万年天然の洸と、何かしら不機嫌な海が『似ている』とはーー上手く繋がらないものだと。
陽藍は心中でそっと思った。最近海の身長が伸びて来た。洸は然程大きくないのだが、当人が気にしていない様なので、陽藍も気にしていなかった。巧も小さくも無いが、律の方が大きい。顔は似ててもそういう差は出るのだなと、陽藍は又少し愉しんだ。面白いものだなと。
海は身長の低い事を気にしていたのだが、それは兄達と比べるからで、年相応だろうと陽藍は思っていた。栄養管理は怠った事が無い。伸びない訳が無いのだと。『適度な運動』が足りていない気もしたが、まるっきり引き籠もっている訳でも、友達がひとりもいない訳でも無かったので、陽藍は今迄海のそういった事を『放って』おいた。敢えて言えば『自由』にさせていた。巧の様に厳しくし過ぎて、『拗らせる』より良いだろうと。『程々』と言う事は、出来なかったらしいーー陽藍は器用だと言われるが、不器用な方なのだ。夏臣の方がよっぽど器用なのである。夏臣にも『お前は不器用過ぎる。おまけに分かりづらい。』と、良く言われる程には。
子供達の不器用具合は、自分に良く似ていると、彼は思っていた。はっきり言うが妻もしたたかな振りをして、大分不器用だーー何方に似てもお前等は不器用だよなと。
良い箇所が、有ったとしても、似てくれないーー面白い処だよなと。人間で在る事を楽しんだ。
その陽藍の笑顔を見て、高校生達は、『巧と陽藍は間違い無く親子だな』とーー感じていた。うっかり遊びに来たクラスメイトの家族が美形過ぎて困っていた。
特に陽藍が。こんな家の息子に生まれて父と兄を自慢にしたいと。
料理上手なお父さんと、高級人気店焼き菓子手土産なお兄さんだとっ!……………羨ましいし………………『富裕層』だよな……………?華月君。…………………そりゃ女子も騒ぐよ……………と。
クラスの女子は『鹿島と加野目当て』と思った海だが、実は違う。最近色々あって、すっかり大人びた高校生、海は、モテ始めていたのだーー此の両親の子として生まれた宿命に近いだろうが、そんな事は、海は知らない。
海が思うのはあくまでも、友理奈の事なのは変わりなく、同級生の女の子の事等、見ていなかったせいでもある。だから未だ気付いていなかった。
走り始めた海をそっと見守っている存在がいる事に。




