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* * * ― ニ.

 「…家がでかいのは、俺だけの気のせいか?」


 加野なつめがそう言った。


 華月家の門の前だった。


 「安心しろ加野、俺の目にもデカく見えるよ」


 そう言ったのは、原 理だ。若干その頬は引き攣っていた。


 「でかいと言うより…何階建て…?」

 鹿島 悠緋が上を見ていた。10階建てである。


 「やばい、俺ら、手ぶらだぞ?」

 相瀬良が言ったが、原 理は『開き直れ』と言いながら、インターホンを押した。弓削があっと言った気がしたが、他の面々は開き直り、諦めた。


 インターホンを押したのと、略変わらないタイミングで、華月家の扉は開いた。中から海が顔を出した。


 「あ、良かった。迷ってるのかと思った。どうぞ、入って来て。門なら開くから。」


 華月 海は、家の扉を開けたままでそう言った。


 「ーー海?」


 その声は、彼等ーー悠緋達の後ろから聞こえた。海はその声を知っていた。



 「………………巧…」


 そして歯切れの悪い発音でそう言った。同級生の後ろに、巧がいた。巧は女性と一緒だった。


 巧が高校生一同を見て、話し掛けた。


 「海の友達?」と。



 一瞬、クラスイケメン悠緋より遥かに美形の青年が現われた事に、呆気に取られた一同だが、真っ先に我に帰った加野なつめが、返事をした。慌てながらも。その返事を聞いた巧が、無自覚に微笑みながら、じゃあ出直すと海に伝えた。彼等にゆっくりしていってくれと、そう言って。

 連れの女性を促して、行こうとした時に、海が思いの外大声でそれを止めた。


 振り返った巧が見たのは、かなり照れた弟の顔だった。あ、こいつ照れるとこんな顔するんだと巧は思い、気付くと少し笑った。


 「なに笑ってんだよっ」と、海が言ったので、若干ツボに入ったらしい巧は又堪えながら笑った。『ごめん』と言いながら。



 「やっぱり帰るよ。お父さんにまた来るって言っといて。妃奈さん、ごめん、行こう。」



 そう言った時に、


 「何やってるのかと思えば、妃奈ちゃんに巧か。何してるんだお前等、早く入って来なさい。挨拶なら中でやれ。ほら、海も。御友達来たんだろ。何で外に立たせたままなんだ。入ってもらいなさい。」


 陽藍は海の頭を押して、玄関から出した。推し出された海は、一瞬呆けたが、直ぐに気を取り直してもたもたと、門まで来た。それで巧は連れの女性ーー恋人の唐子カラコ 妃奈キナの顔を一度見てから、家の門を外側から開けた。海と目が合うが、海は対応が分からずに軽く顔を伏せる様に上手く背けた。…………それよりも。………………巧の連れが……………美人過ぎた。……………なんだよ、………………友達? ……知り合い? ………なんで連れて来たの?と。そちらの方が、気に成った。




 「海、お友達先に入ってもらえよ。」

 巧が言ったので、


 「わかってるよ!」と、ついつい声を荒らげる。……………しまったと。青褪めた海は振り返る。腕組みした父が、呆れた風に、此方を見ていたーー




 「……………ご、ごめんなさい。」父に聞こえる様に言ったつもりだ。

 父は何も言わなかった。


 「……………え〜と、ごめんね。どうぞ入って。弟、なんか緊張してるみたいだから。」


 巧はたまらずにフォローを入れた。同級生一同、フリーズしていたのは言うまでも無い。



 「あ〜と、後あの、玄関に居る人は、僕と海の父だから、…………恐くないよ。遠慮しないで、どうぞ。遊びに来てくれたんでしょう。何も無いけど、ゆっくりしていってあげて。成芳堂の焼き菓子、好きかな?良かったらどう? クッキーとか高校生の男の子は嫌いなのかな?」


 巧がそう言って手にした紙袋を少し掲げて見せたので、男子一同、歓喜した。好きらしい。


 巧の笑顔で緊張のほぐれた一同は、ようやく華月家の門をくぐった。正確には、門の横の扉を開けて入っていったのだが。門は車用のゲートで在る。華月家は車のガレージが家奥で正面から見えないので、初めての来客は大概勘違いをするが、其の造りは陽藍の拘りだったので、手直しされる事は無いーーのは此処だけの話ーー余談で在る。






 「おじゃましますっ」


 男子高校生達は、幾らか緊張を隠せない様子で、若干体育会系的な挨拶をした。


 「はい、どうぞ」


 来客用スリッパがきちんと並べられていた。足が幸せだった。こんなスリッパなら、いつ迄でも履けると彼等は思った。


 高校生達が上がると、巧が聞いた。

 「妃奈、スリッパ履く派?」と。


 「巧君は?」

 と、キナと呼ばれた女性が聞いていた。巧は『履かない』と答えた。海も履かない。母はルームシューズを履くが、他は履かない派だ。


 「お父さん、僕、妃奈と『上』に行ってるから、これ、皆で食べて。」


 巧がそう言って先程の紙袋を父に差し出した。父が応える。


 「いや、今上片付けちゃったから、何もないぞ」と。巧が無いの?と聞き返した。


 「海とお母さんと3人だからなあ。今上使ってないんだよ。冷蔵庫も空だぞ。お前等、昼、未だだろ。下で一緒にどうだ? 嫌なのか?」


 陽藍が言うと巧が答えた。嫌じゃなくて『邪魔』ではないかと。

 海の同級生達は、心外とばかりに慌てた。


 「えっ華月ーー君のおにいさん、なんですよね?(※似てないけど)一緒してくださいよ。なんかーー色々話聞かせて下さい。」

 そう真っ先に言ったのは、やはりか、原 サトシだった。


 「…………話…………って?」巧は戸惑って聞いてみた。


 「いや、華月ーーえ〜と、カイ君、彼クールつ〜か、あんまり自分語る子じゃなくて、コイツ、弓削ゆげが、結構興味持っちゃって。それで今日、みんなで押し掛けました。ーーすみません。図々しくて。でも、カイ君の弁当の卵焼き絶品だって、弓削が自慢するんで、俺達も興味あって………」と、原 理が弓削や他の面々を見ながら巧へ説明した。


 妃奈が『卵焼き?』と巧に聞いたが、巧が応えるより先に、父にリビングへと促された。


 『何故廊下で話してるんだ』と。ーー確かに。




 巧は高校生達を促して、リビングに入った。見慣れた実家の馴染みのテーブルには、昼食であろう食事の支度がしてあった。




 健康健全ーーかどうかはさておき、高校生男子からは歓喜が漏れた。彼等は食事をしに来たと、巧は知った。きっかけは海の『弁当』だと。お父さん無駄に凝るからなと巧は思った。『前世』でプロだったと兄達から聞いていた。『弁当屋』では無く、『シェフ』としてプロなのだと思っていたら、本当に『弁当屋』だったらしいーーパン屋をやったり、カフェをやったり、フレンチだったりイタリアンだったりとーー過去の分だけ、父の人生が在った。



 大変だったんだろうなあ………………と、巧は思った。父の泣き言は聞いた事が無い。父は、親の顔を知らずに孤児として、教会で育った事が在ったらしい。その時父は、『前世の記憶』も無いままに、自然と教会のピアノを弾いて育ったらしい。教会に寄付をする為に訪れたヴァイオリニストに見い出され、養子に成り、ピアニストとして生きた人生も在ったらしい。遠い過去の地球と言う星のパリと言う名の街で。ヴァイオリニストの養父ちちに出会う為に、きっと孤児として教会で育ったのだろと、父陽藍はその人生を『気に入って』いたと話したーーと。巧は兄に聞いた。




 だから境遇にあまり恵まれていない『友理奈』に、肩入れしているのではと。

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