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Ⅻ. ‐ 3. ‐ Ⅱ. 田舎者と冒険者

 ※ ※



 カラサと言う都市が在る。数ヶ月前にユリシアは其処に居たと話していた。かなり大きな都市だ。此の田舎街から徒歩で数日掛かる距離の其の場所に在る都市。


 と或る冒険者と出会ったらしい。ユリシアは食堂で給仕の仕事をしていた。だが、気性荒い冒険者がひとりが、中々来ない料理に苛立ち、ユリシアを罵倒したーーらしい。


 給仕の仕事すらまともに出来ぬなら、辞めてしまえと。ブスだ、田舎顔だと、散々罵られたらしいーー『田舎にでも帰って、さっさと畑でも耕して、田舎農夫に嫁いじまえ』と。大きなお世話だったーーしかし、ユリシアももうとっくに嫁いでいても良い筈の歳なのに、何故今まで嫁がなかったのだろうかと、少年ファリスは思った。敢えて追及はしなかったのだが。


 ユリシアの見てくれを罵ったと言うから、どんな美丈夫かと思えば、実際現われた先程の男は、思う程のものでは無かった。ファリスはユリシアの笑顔が好きだった。困った顔もだ。そのユリシアを苛める様ならば、先程の男をどうしてやろうかと思っていたーー


 ✕ ✕



 「それで、何の御用でしょうか、冒険者さま。」


 白いエプロンも眩しいーー女性、ユリシアは、訪ねて来た男へとそう言った。


 「その、冒険者『様』と言うのは…。出来れば止めて欲しい。…俺は本当に謝りに来たんだ…。」


 言われた男は答えた。



 「…わざわざ?」

 彼女ーーユリシアは聞かざるをえない。不信過ぎる。何故態々その様な事を。偶然ならば其処にも有るが、彼の言う『田舎街』カンミの街はーー主要な街道から外れた、のんびりした街だ。一応冒険者達が利用する『案内所ワーク・コミュニティ』が在るので、寂びれた程でも無いのだが。案内所は正確には、『アウト・ワーク・コミュニティ』略して『コミュニティ』らしい。冒険アウト・ワークの仕事の案内や斡旋所だ。ユリシアには略、無縁の建物だった。なので彼女は存在位しか、其処を知らない。女性の冒険者もいるらしいが、特殊な能力も何も無い、ユリシアの様な一般人の仕事では無い。ユリシアの様な女性は普通は、早くに『婚約』し、歳に成れば嫁ぐか、街でも大きな街へ出て、富裕層の屋敷で働くかーーだ。ユリシアの様に両親が居ないのならば、尚更、早くに嫁ぐ。余りひとりで生計を立てる女性は居なかった。未亡人はまた別だが。


 ユリシア自身、今迄誰にも嫁いでいない理由が分からなかった。何か理由があっただろうか? 何故兄は嫌な顔をしないのだろうと、今の自分の暮し方が不思議だった。然し結婚と言うものは、ひとりではどうしようも無い。兄とふたり、気儘に今のままでも、不満は無かった。幸いにも兄も、ユリシアに優しい。虐げられたりはしないーー突然帰って来た自分を温かく迎えてくれた。ユリシアは兄に感謝していた。


 だから今、態々訪ねて来たと言う此の男の事が煩わしかったのだ。



 「………すっかり嫌われているなあ……仕方ないか。……悪かったよ。その………あんな事を言うつもりは無く……………緊張していたんだ……あの時。…………笑うか?………笑わないで欲しい……嫌、笑ってもいいんだ。………笑っても。………………その……………あれだ。………あれだよ。ブスなんて思って無いんだ。…………………………好きだと思ってる。……………………緊張しすぎて可笑しな事を言ったんだ……………俺は。…………………傷付けて…………悪かった。会いたくてここまで来たんだ……………仕事やめていなくなるなんて思わずに……………探した。本当に悪かった。ごめん。許してほしい訳じゃない。ただ、謝りたかった………………あ、此れ、………土産なんだ。土産と言うのも変だが、……………詫びだ。嫌じゃなかったら、受け取ってくれ。……………詫びにもならないかもしれないが。」



 男が差し出したのはーーミカクの街で有名な、評判の『菓子』だった。ラングドシャと言う焼菓子だ。…………甘いらしい。ユリシアはそんな高級な嗜好品は話でしか知らない。ふわんとした甘い香りに、思わずそれを受け取った。彼女はその時ーー男の事を、大分前から知っていた様なーーそんな気分になった。男の笑顔は優しかった。



 「…別にもう………あんな事は。…………大分前だし。あ、此れ…………ありがとう。………いいの?…………高いんでしょ?……此れ。」


 受け取ってしまってから、彼女は戸惑った。思えば彼女は彼の名すら知らなかった。男は気にするなと言う。傷付けた詫びだから、食べてくれた方が嬉しいと。ユリシアは彼を家へ招く提案をした。御礼に茶を振舞うと言って。男は一瞬驚いた様だが、直ぐに照れて、良いのかと聞いて来た。


 「あ〜うん。お茶しか出せないけど。仕事も残ってるし」

 ユリシアは言った。


 返す男の言葉は嬉しさを隠さない様子だった。聞かれたので洗濯屋の仕事をしているとユリシアが答えると、男は爽やかに笑いながら言った。『それは良い仕事だな』と。


 ユリシアは言われた言葉が何となくだがとても嬉しかった。心の奥の方が、暖まる様なそんな気持ちに生った。男への警戒心はーーもう、無くなって在た。ーー




 ✕ ✕



 ファリス少年は家が営む食堂の裏で、野菜の下処理ーーつまり皮剥きやら、一口大に切る作業やらをやっていた。日課の様なものであるーーしかし、先程のユリシアと、訪ねて来た男の事が気に為って仕方が無かった。何をしに来たのか。ユリシアに大丈夫だと言われて、ファリスは仕事に戻って来たのだが、さっさと終えて、ユリシアの様子を見に行こうと思っていた。ユリシアは冒険者稼業の連中が、どうやら嫌いらしいーーと知っていたファリスは、ユリシアが例えあの冒険者であろう男に『口説か』れても、振るだろうと考えていた。ただ、男がユリシアに例えば『恨み』でもあり、危害を加えに来たのならーーとは考えていた。……………大丈夫だろうか?


 気ばかり焦り、思う様に作業が進まない事にやきもきしていた。ーー




 ✕ ✕



 「はい。熱いから、気を付けて。」

 リシアは客人に茶を入れ、そう言いながら彼の前へと置いてやった。温かい湯気が立ち昇る。ふわりとした空気になる。


 「良い薫りだな。……なんの茶だ?」

 アスタ・バーシルと自己紹介した、冒険者の男ーー客人はそう言った。


 「ローバラの薫り。……美味しいと思うけど。………旅の疲れも取れると思うし。嫌ならチャコかコヒ茶淹れるから、言って。グリーン・ミント……は、香り強いか……なにが好きか聞いてからお茶入れれば良かった……………ごめんなさい。………何が好き?クーリョのお茶?」


 リシアは失敗した様な顔で慌てた。男ーーアスタ・バーシルは笑った。そんなには飲めないから、気にしないでくれと。


 「ローバラの茶は加減が難しいとか聞いた。綺麗な色だな。いただきます。」

 そう言って彼は、その茶を迷わず飲んだ。さっぱりして旨いと言ってから、後から酸味とほのかな甘さが来るんだなと、そう言った。『美味いよ』と。



 ユリシアは、凄く久しぶりにほっとした様な、そんな気持ちになった。何故なのだろうーーただ今は無意識に、安堵の溜息をーー吐き出して在たーー長いわだかまりが、溶けたせいなのだろうかとーー彼女はそう思った。




 とても天気の良い、穏やかな日だった。彼の土産は甘く美味かったーー。まるで、懐かしい様な。



 「美味しいね……此れ。…………ありがとうバーシルさん。」そう言うユリシアに、

 「アスタだ。アスタで構わない。…………呼び辛いか?……自分では『気に入っている』名なんだーー意味も由来もな。リシア、リシアに『呼んで』貰えるとーー『嬉しい』。」





 アスタ・バーシルはそう言った。リシアはおずおずと、か細く、「アスタ……?」と、そう『言った』。まるで何かを思い出すかの様に。




 アスタ・バーシルは、リシアににっこりと微笑みを返した。他意も悪意も無い様な、穏やかな笑みだった。その瞳は何よりも優しかった。そう、誰が見てもそう言える、そんな表情の男だった。


 またふっと笑った彼は、リシアに手を伸ばし、指で彼女の口元を拭った。「難点は『粉』が唇にこうやって『付く』位だよな。美味そうで良かった。少しでも『詫び』に生るならな。」と、



 また微笑んで。

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