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Ⅻ. ‐ 3. 兄と妹の住む『街』

  ✕ ✕ ✕


  * * *


  ※ ※ ※




 「ユリシア」


 呼ばれて振り返った其処に、彼女は見知った兄の姿を見た。良い天気である。


 「お兄ちゃん。」


 彼女ーーユリシアは、兄の顔を見て、思わずほっとする。…どうしてだろうか…長く夢を見ていた様な気分に成った。


 「ユリシア?……?…なんだ?……もしかして具合が悪いのか?ん?」


 兄が彼女を心配する。ユリシアは可笑しくなってしまう。過保護な兄だ。


 「何言ってるの。元気でしょ。天気だって良いし。ほら、何?何か用事だから呼んだんでしょ?」

 ユリシアは兄へ言った。


 兄は妹へはにかんだ。照れ笑いしながら、答える。


 「いや、……『それ』、手伝おうかとな。…ひとりじゃその『量』は、大変だろう?ユリシア?」


 兄の言う『それ』とは、『洗濯物』の事だった。彼女ーーユリシアは、確かに大量の洗濯物を、カゴに入れて抱えてはいた。仕事なのである。彼女の仕事で在って、兄の仕事では無いそれは、兄に手伝って貰うのは可笑しいだろうと彼女は思った。


 「此れは『私』の仕事です。お兄ちゃんは心配しないの!もう、仕事に行きなよ。ほらあ、遅刻しちゃうでしょうよ、もう。ほら!いってらっしゃい。気を付けてね。」


 「あ、ほら、『夕食』は『ジャガノイモ』の煮た奴、作っておくから!好きでしょ、あれ。」


 そう笑ってユリシアは兄を送り出した。


 ✕ ✕ ✕



 「ユリねーちゃん、おつかれ」


 ユリシアが仕事の洗濯物を干し終えた頃、食堂の倅が彼女に声を掛けて来た。振り向くと、手には飲み物だろう『ビン』をふたつ、掲げて彼女に見せていたーー


 「ファリス、何持ってるの」

 食堂の旦那さんの倅ーーファリスに声を掛けるユリシア。彼女を『リシア』と呼ぶ人は多いが、『ユリ』と呼んで来るのは此の少年位だった。ユリシアは正直、『ユリ』と呼ばれるのが、何だかとても嫌だった。頭が痛くなって来るのだ。初め、気のせいだろうと思った。しかし、ファリスにユリと呼ばれる度に、彼女は気分が悪く為る事に気付き、兄にも相談した。兄も、『リシア』と呼んだ方が可愛いのにな。……ファリスは子供だなとそう言った。


 何度『リシア』さんと呼びなさいと教えても、ファリスは無邪気に『ユリねーちゃん』と呼ぶ事を控えなかった。ユリシアも溜息混じりに諦めてしまった。


 「あい、ユリねーちゃんの分。」

 彼は質問に答えずに、ユリシアにビンのひとつを手渡して来る。ユリシアは受け取らず又聞く。


 「あい、じゃ、なくて。ファリスそれ、おじさんに内緒じゃないよね?お店のやつじゃないの?だったらちゃんと『お金』払うよ?」

 そう言うとファリスは大丈夫、大丈夫と笑いながらビンの中身をグイッと、煽った。美味い!と、親父くさくリアクションした後で、又ユリシアに薦めた。そして言う、


 「大丈夫だって。親父、ユリねーちゃんに差入れろって、くれたんだし。飲みなよ。美味いよ。果実のジュースだよ。親父特製。さっぱりして、美味いって。親父と違ってさw」


 そんな事を言いながら、ビンを押し付けて来た。彼女は受け取り、溜息と共に、一口飲んだ。一仕事の後には、確かに美味かった。美味しいねと言って、後でおじさんに礼を言わねばと彼女は思った。



 ✕ ✕



 「あ、やっぱりそうだ」


 ユリシアとファリスが、座って差入れを飲んでいた其処に話し掛けたのは、ひとりの男だった。

 リシアは男に見覚えがあった。

 「あ〜、……俺の事、……覚えているか?」

 と、男は堂々と聞いて来た。ーー忘れるものかとリシアは思った。思わず顔をしかめて、『天敵』とも呼ぶべき『相手』を見たーーやっぱりそうだ。間違い無い。



 「………なんで『こんなところ』に……いるの? 此処は、あなたの言う『ド田舎』って言うトコロだけど?」

 苦く吐き捨てる様に言うリシアを見て、ファリス少年は思う。ねーちゃんは当分『嫁』には行けねーなと。これは『自分が』貰うしかねーな?と。

 つまり、リシアの表情はその位『酷かった』。とても若い女性の其れでは無かった。こんな遠慮の無い顔を人前でする様では、ユリシアはさぞ……モテずに。……都会からこの、田舎街に来たのだろうなあとファリスは思った。

 仲の良さ気だった少年、ファリスも、ユリシアに初めて会ったのは未だ、半年程前の事だ。此の街の外れに住む兄を頼って、やって来たと聞いた。それが半年程前だった。


 少年はユリシアの態度から、もしやと、声を掛けて来た此の男の、当たりを付けた。前にユリシアが言っていた男では無いか?と。


 「ねえ……ユリねーちゃん。……その人もしかしてさ、」

 ファリスが途中まで言うと、ユリシアはファリスを見て、頷く様な素振りで、苦く語った。吐き捨てるに近い語りで。

 「うん。例の私の『天敵』、冒険者だよ。私みたいな『ブス』が嫌いな冒険者さまよ、この人。………………親切にいただいた『アドバイス』で、此の所謂『田舎街』で、『私に似合う仕事』をしていますけど、冒険者さま? 私に何か? 御用でしょうか?」


 つまり男は、ユリシアが此の街に来た『原因』と言う事だ。半年程前に、ユリシアは、此の街よりも大きな、つまり『主要都市』と呼ばれる規模の街にいた。いたのだが、と或る、トラブルに遭い、落胆し、此の街に越して来たらしいーーと少年は聞いていた。トラブルとは、ユリシアが言う様に、と或る『冒険者』に、罵倒され、結局はそれがきっかけで有り、原因で、と言う事だった。


 今、リシアは宿屋やファリスの家の様な食堂から、『洗い物』を受け取り、『洗う』、『洗濯屋』を営んでいる。街外れの此の場所で。兄の家に居候しながら。毎日せっせと、シーツやタオルやテーブルクロスや、エプロンを洗う。リシアに頼むと汚れが落ちると評判で、半年で仕事も順調に増え、リシアも街に溶け込んでいたーー少年ファリスはそう思っていた。リシアが自分のあねさん女房に成る日はーー近いなあと。父親もリシアを気に入っていたのは、ポイントが高い。リシアが嫁に成れば、家業を継ぐのも、まあ悪くは無いなと。冒険者に成って、何時かドラゴンに出逢いたいなあとも思ってもいたが。ドラゴン退治より、ユリシアねえちゃんだよ。最近のファリスは心からそう思っていた。ドラゴンだって『悪さ』する訳でも無く『退治』されても迷惑だろうと。第一、実際には簡単に退治させてくれる様なやわな相手では無い事は、誰も言わずとも知っている生物いきものだ。稀有レアドラゴンより、可愛い嫁さんだよ。ユリねーちゃんだって俺の事、満更まんざらでも無いだろう?と、少年はそう思っていたーー今年ことし十五じゅうごるファリス少年だった。


 ユリシアはファリスの五つ上だと聞いたが、ファリスの中では問題無かった。



 「その………あの時は…………悪かった。………君を傷付ける言葉を使ったと思う………謝りに来たんだ。少し話したい。………………駄目か? ……………謝罪すら聞きたく無い?」


 男はユリシアにそう言った。

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