Ⅷ. − Ⅱ. 海と二人の王子(きょうだい)
※ ※
「お母さん。」
宿屋『葉緑の宿場』の女主人を、未だ若い女がそう呼んだ。
振り向く女主人。
「ん」
女将が軽く応ずると、若い娘が言った。
「これも。みんな要らないって、貰ってきちゃった。
ちょっとサイズが合わないとかだから、ほとんどキレイだよ。ほら、これとかも。」
若い娘がそう言って、両手に抱えた『布』の様な物を見せて来る。全て女性物の衣類だった。
「これだけあったらユリナさん?助かるんじゃない?サイズ合わないのは、いつもの様に、お客さんに貸してあげる様にすれば良いし。ね。」と、娘は言った。
母は頷いた。そうねと。
「あ〜『洗濯屋』さんかあ〜私も手伝おうかな?」と、女主人の娘は言った。
「小物屋さんはどうしたのよ。」と、母である宿屋の女主人に聞かれて、彼女は溜息混じりに話し始めた。
だって、と。どうやら小物屋の倅とやり合ったらしい。またかと母は思った。
「じゃああんたは、ひとまず勉強に専念しなさい…。別に『ウチ』継いだっていいんだからね。」と。何もケンカしながら小物屋に嫁がぬとも、そのうちに『別の良縁』が訪れるかもしれないと、母女将は思っていた。
小物屋の小倅はひとは悪くないが、ウチの娘とは馬が合わないのではと。
どちらかが少し…大人しかったら…とは思うが、自分を押し込めてまで無理せずとも、まあ、小物屋とウチが付き合いが長いせいで、『ふたりは一緒になっても良いのでは…』と、両家とも暗黙のうちに思ってはいたが、最近特に喧嘩が絶えぬ様だ。
娘が小物屋でバイトを始めたせいだった。『よかれ』と思って、小物屋ともそんな話で、娘に勧めたのだが、正式に嫁に成った訳でもないのに、自分の店の事に関わり過ぎる娘の事を、小物屋の倅の方が疎ましく思ったらしい。それが口論のきっかけで、そのままヒートアップ。最近はちょっとした事でも意見がぶつかるらしく…。
「はあ〜良い天気だなあ〜ユリナさんの様子みて来ようかな。…これ持って。」と、
宿屋の娘は友人や知り合いから貰い受けた『古着』を抱えて空に言った。母はやれやれーーと思った。
※ ※
「で、誰なの?」
少年ーー海はーー友理奈の前にいつの間にか『立ちはだかる』形で、ガイとアレフゥロードを威嚇していた。
友理奈はそれを『困った子』を見る目で見ていたのだが、ふと気付き口を開いた。
「ねえ?ガイって『レザード』って名前なの?」と。
「ん?…ああ…」『ガイ』が言われてそれに応えた。そして『其れ』にあんぐりと口を開けたのは、海だったーー威嚇は忘れた様だ。
「あ、そっか。もしかしなくても『ガイサース』の略で『ガイ』ね。成程。」と、ユリナが納得していた。……それに困ったのは『ガイ』だったーー彼は『正体』を伏せねばならぬと思っていたからだ。神の啓示により。そう授かった筈だった。
「……いや………それは………」困った。しかしこの事は『兄』も知っている筈…なのに何故、自分を『弟』と言うのか。ガイーーレザードは兄の行動に疑問を持った。迎えに来た事すら、既に兄らしく無いーー
「…兄上……」困ってつい兄を見てしまう。其処で既に正体を自ずから語った様なものなのだが、困惑が感覚を鈍らせているーー突然ユリナと再会した事も動揺の原因である。勿論。
兄が何気無い顔で『どうした?』と言わんばかりに、『ん?』と聞いて来る。ついでにユリナも、『??』と言う表情だ。
「ーガイ…、ごめんね?もしかして何か、…怒ってるのかな?」と、友理奈が言った。
ガイは「!?」と目を白黒させたのだが、友理奈から見た其れは、更に『怒らせた』と思ってしまったのだ。もしかして……『謝礼』が足りなかったのか?
しかし今は未だ余裕が無い…そもそも『謝礼』も、友がガイに渡したらしいので、友理奈は『其れ』に幾ら入っていたのかすら知らなかったのだが……。
「ガイっ、ごめんね、『お礼のお金』が足りなかったんだよね……?それで怒ってるんだよね?ごめんなさい。あとでちゃんと払うね。多分…明日とかには何とか出来るかも……。んと、幾ら用意すると足りるのかな?……ガイ?」
友理奈はそう言いながら、ガイの『顔色』が段々曇って行くので、思わずガイを覗き込んだ。
「レザード、」
ガイの返事を待たずに、アレフゥロード王太子が弟殿下へと声を掛けた。
「レザード、もう一度聞くが。御前は此方の『ユリナ嬢』からどの様な理由で、謝礼を戴く事になっているのだ?私に理解る様に、説明をしてくれないか、レザード。レザード、彼女はね。今少しの事情から『所持金』が無いに等しい状況に在るのだーー御前は其れを知ったうえで、……どの様な事情かは聞かぬと分からないが、……謝礼の話をしたのか?今の状態の彼女から、……其の『謝礼』を頂かねば為らぬ程、……今の御前の方が困窮していると言う事なのか?そうか?レザード。……兄に『理解る』様に、説明してくれ…」
アレフゥロード・ガイサース王太子殿下の言葉は、ひとつ、ひとつが丁寧に、又諭す様にも聞こえたと思えば、弟への信用と愛情の様にも聞こえ、不安にも聞こえた。責める様でも無くーー誉める様でも無かった。
ただ友理奈はーー『それ程深刻な話では無いですーー』と言いたかった。単に私が『弟さん』にーー迷惑を掛けただけですーーと。ただ、アレフゥロードが真剣過ぎて、話を割って其処に入るのは悪いだろうと見守ってしまったのだーーどうしようーーと。
ガイの表情は益々暗かった。
ただ友理奈の思う処とは、其れは大分違った意味合いでの『曇り』な事を彼女は知る由も無いだけで、単純に言えば二人は全く噛み合っていないのだ。最初から今迄。ずっと。
勿論互いに其れには気付く訳も無い。
「ーっ、だから!『誰』なの?おにいさん達は?…まさか、……ゆりなさんに…気が『有る』とかじゃないよね?まあ……口説いてきても、『無駄』だと思うけど…て言うか、無駄だよ。ゆりなさんは、ボクと『一緒に』、『帰る』からね。うん。ゆりなさんっ、直兄ちゃんとは『別れた』んだよね?じゃあ僕と付き合ってくれるよね!いやっ、付き合って下さい!大丈夫!僕、色々頑張るから!」と、
王子殿下兄弟のシリアスな展開を一閃して空気を破壊し、勝ち誇ったのは『海』
だったーー。海君ーー君の其の『刀』…斬れ味悪そうだよね……と友理奈は独り心中でそっと思った。
空をつい見て内心で叫ぶ。『ーー律君、たすけて』と。早くこの弟さん……迎えに来てあげなよ?
是非に成早で。
其処までで十分、面倒なのに、もうお腹一杯なのに、更にその時『其れ』は来たのだった。
知っている『声』がしたーー耳に『響いた』。
「「あの時の!」〜「俺の美女!可愛い系!やっと見付けた!」ーーっ「見つけたぞ!寂しいブスめ!まだ田舎帰ってなかったか〜さてはあれだな。実は俺と本当は酒呑みたくて待ってたな?」「…ん?さては〜!『待ち伏せ』かっ!このっ!ツンデレめっ!」」と、
聞きたくも無い『妄想』がダブルで同じ方向からーー『聴こえて』来て。同時なので最早何を言っているのか友理奈には理解らなかった。
ただ理解っているのは、『会いたくない』相手ーー達で在った事で。見た事の在る冒険者であろう風貌の男がふたり…何やら騒いでいた。その冒険者風貌の男達は、『ダン』なんとかーーの在るその方向からやって来たのだ。
直夏が今朝、『ん?ダンジョン?在るんなら、ちょっと小銭稼いで来る』と言って出掛けた方角と同じーーその方向から。来るなら直夏にして?と友理奈は思った。
後、海君、確かに直夏と一回喧嘩して別れたけど、別れるのーー止めましたから。元さやですからーー私、そもそも中学生と交際は『犯罪』ですからーー。海君って本当に律君の『弟』なの?
…巧君は…律君寄りで可愛かったけどな……。海君、………似てないね…、君。
と、友理奈はやや現実逃避気味にとても失礼な事を考えていたのだったーー
あ、良く見るとガイサース様とガイはちょっと似てるね?髪色違うだけで。ふと余りの事態に、気になってふたりを見れば、王子様兄弟は似ている事に気付いた。
そしてガイは益々『不機嫌』そうだったーー
これは何をどうやって収拾付けたら良いのかな?とりあえずガン無視して洗濯物干しちゃう?乾かしちゃう?ーーーあ、
そこで友理奈はふと気付いた。そして試してみた。
「ウインド・ブラインド・ウォール!」と。敷地の出入り口に向かって。
「あ、出来た。」満足気に微笑む。「よし!…干すか。」と。
入口では『風』が敷地内を『遮断』し、ついでに『風の壁』のイメージで、『侵入不可』状態に為っていた。これでゆっくり『仕事』出来るなと。ただし、此方から外に行けなくなったが、行く時には『解除』すれば良い訳で。
早速シーツを干し始めると、ガイの声がした。『…おまえっ、魔法…っ』と。あらガイ君ちょっと待ってね。先にお仕事しちゃうからねと、開き直った友理奈が考えていると、アレフゥロードが弟殿下に説明していた。『レザードは知らなかったか。…まあそうか…。ユリナに聞かれて少し私が教えたのだよ…使えて困る事でも無いし、護身術代わりになるだろう。彼女は原理を少し聞いただけで直ぐに使いこなしてね…とても優秀だったよ。…何しろ歩きながら話を聞きながら…使える様に成ってしまったからね…少し驚いた位だよ。』と。
………え?ガイサース様…。それって『優秀』なんですか?………え?私?
と、シーツを頑張って干していた友理奈は、アレフゥロードの言葉を聞きながら『え?』と思ったのだった。………もしかして『魔法』って、……使えない人………居るのかな?(汗)と。
………使っちゃったよ。ちらりと『入口』を見たが、男ふたりの『騒ぎ声』が未だ『聴こえた』ので、シーツの続きを干し続ける事にした。『風』は未だ大丈夫そうだったからーー。
そんな騒動の中で、
ガイーーレザード・ガイサースは、神の啓示は『ユリナ』だと疑ってもいずに、迎えに来た兄と共に国に一旦帰る事に成ったこの機会に、『このまま』ユリナを『国に共に連れ帰る』事を考えていた。邪魔なのは、『少年』と、『外の冒険者』二人。
兄に『其れ』をーーどう説明するかだった。嫌、何も隠さずありのままに『話せ』ば、きっと兄は喜び祝福してくれる筈だ。
レザードはもう全てを決めて在たーーもう王子だとバレたのだーーユリナは驚いていないーー『大丈夫』だと。
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