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Ⅶ. ― minus. 巧、家に帰る。

 「え? 直夏が向こうに行っちゃったって事?」



 無事に巧だけ連れて帰宅した律が、兄、セイに聞き返した。


 華月家五男の端正な顔が一番父に似ている兄は、その表情をあまり変える事も無く、『ケーキ買って来たよ』みたいな調子で、隣宅の三男の『朝部屋を見たら居なかった』事件を淡々と語る。



 『居なくなってたんだから、多分そうなんじゃない?』と。



 心配では無いーーのだろうかーーと、巧と律は互いの顔を見合わせる。兄が淡々とし過ぎていて、ふたりはかえって、リアクションが取れない。



 「えっと……それってすぐ兄ちゃん、…大丈夫なの?」と、先に口を開いたのは、弟巧だった。


 「ん?大丈夫でしょ。心配なら大和がするでしょ。」と、兄、青はやはり軽い言い回しで。巧はそれが不安に為り、律の方を見る。そして言う。


 「……紀端さん…は?」大丈夫なの?と。


 律が考え込んだ。端正な顔だなと巧は思った。やっぱり自分と律は似ていないーー兄弟だと自ら言わないと、誰も気付かないーーそれ位見た目が全く似ていない。海に嫌味を言われても仕方無いかと思ってしまう。



  ーー『巧なんて誰にも似てないじゃん。本当の家族じゃあ無いんじゃないの?巧だけさ。

はは、悔しい?だから絶対お兄ちゃんなんて呼ばないからさ。何回も強制すんのやめろよ。そういう所、ほんと、みっともないからな。後、律兄に迷惑掛けんの本当止めて。律兄のお下がりとかさ。ーー馬鹿なの?似合って無いし。ダサいし。ああいうのは、律兄みたいな、モデルスタイルが格好いいの。巧が着ても無駄なの。律兄のコーディネートとか参考にすんの、本当止めて。


 律兄に服買って越させないでよ。大学生にもなってさ、服くらい自分で買えないの巧は?

バイトでもすりゃ買えるじゃん。巧は本気で、お兄ちゃん達に甘え過ぎだからな。



 分かってんの?』ーー




 頭の中に急に海の愚痴愚痴とした小言が聞こえ出したーー




 「ーーーっ、わっ?!」




 急にわしゃわしゃと頭ごと、髪を掻き回されて巧は驚いて思わず声を出した。

 見ると兄、青だった。不思議そうにこちらを見ている兄の顔。

 「……青…兄ちゃん。……な、……何?」


 戸惑いながらの巧の声。


 それに答えたのは、兄、青では無かった。


 「巧、無茶苦茶、顔色悪いんだけど」と。


 声の方に顔をやれば、律の巧が思うよりもずっと怪訝で不安そうな顔が此方を見ていたーー。


 「…巧さ。………海に何か変な事言われたんだろ……?」律がそう言った瞬間に、ふっと緊張の糸が切れた。



 巧は気付くと、ぶわっと自分の瞳から涙が流れ出した事に気付いた。……、っ!やばい。律と青に変に思われる。もう子供でも無いのに、中学生の弟の嫌味事で泣くとか。




 あり得なっ、…恥ずかしい、恥ずかし過ぎてヤバいだろ。そう思った。思ったが止まらず、悔し過ぎて焦る。………何を泣いてるんだ……泣き止まねばと。


 軽いパニックを起こして何もかも上手く行かなかった。ずすっと鼻が鳴る。


 律がテーブルの上に有ったティッシュを取り、子供に親がする様に拭いてくれた。………これも海に見せたら……嫌味のネタだなと巧は思った。






 泣くだけ泣くと、落ち着くのは理で。暫く無言だった三人の空間を破ったのは青だった。


 「……思ってたより………重症だよね巧。」と。



 流石に格好悪過ぎて、兄は呆れたのだと思った。だが、違うと律が被せて言った言葉で巧もやや気付いた。



 「………此の場合って、どうするの?……青兄ちゃん…。」と。





 「…。そりゃ。海は、…………当然、帰っては来れないでしょ。此の場合。」兄、青はやはり淡々とそう言ったのだ。




 『ちょっと牛乳買って来るね?』ーーみたいな言い方だった。巧は理解が出来なくて、思考がぐるぐると回る羽目に為る。





 「………海は……帰って………来ない……の?…。え?お父さんが……迎えに行ってくれるんじゃないの?………僕が『前に』『迷子』になった時………みたいに?」




 巧は修行不足も手伝って、以前には『異界に迷子』に成りに『行ってしまう』常習犯だった。

 何も父陽藍はスパルタで子供達にやりたくも無い武道をやらせて居た訳では無い。

 武道を習わせるのが一番『精神面』を鍛えるのに手っ取り早かったのだ。


 情緒不安定だとどうなるのかーー直夏が良い例で在るーー又友理奈も然りだった。『安定』していれば『巻き込まれ』無いのだ。『不安定』故、『不安定』に同調し、巻き込まれてしまうーー陽藍本人が幾度と無く体験し、導き出した答えだった。だから子供達が『余計な事』に巻き込まれ、危険と対面しない様ーー泣き言を言われながらも鍛えあげた。他の友人達の子供達に対しても同じだった。神々のネットワークを整備して以来は、『危険』はやや薄らいだが、『異端』は何処にでも在るーー『無い』とは言えないのだ。





 上の子供達は最早『楽しんで』己等を鍛えあげているが、海は未だ『生まれたばかり』の存在ーー兄達の影に隠れ甘え鍛錬をさぼりまくっていた。巧は『自分の過去』の事もあるので、海に煩く『ちゃんと稽古をしろ』と確かに言った。言ったが、そこは世渡り下手の巧ーー海に悪い様に悪い様に其れは伝わった。




 海は今時っ子で、空手でもくもくと修行し鍛錬の『手応え』を感じるよりも、

友達と普通に楽しく遊びたい『子供』だった。




 陽藍が呆れて『…大器晩成…?……だといいね。』と、投げやりに言ったのを、巧は聞いていたし、覚えても居たーー然し、律程器用に『兄』には成れなかったと巧は自虐した。





 その事に父陽藍も母も兄達も皆、気付いていた。ただ海だけが、救い様が無い程に『グレて』居た。




流石に巧が不憫だと思う父が海にお灸を据える事にしても、兄達の誰もが海を擁護する気は無かったのだ。






 何故なら其々の兄達は、昔、律や巧や海には聞かせられぬ様な事をしっかりとやらかしては、父の大目玉をくらい、『懐かしいよね』と誤魔化せば未だに父陽藍にちくりと苛められる位の事は『やらかした』事が在る強者ーーと言うより『やんちゃ坊主』だった。




 問題を起こさなかった『優等生組』は、龍に悠太位で在るーー。



 巧から見れば卒のない優等生長男『卓』は生真面目さ故に、彼女への純粋な想いを曲げず、中学生にして『ただふたりで一晩一緒に過ごしたかった』と言う理由で、父の知り合いの伝手で『高級ホテルに一泊する』事件を引き起こし、陽藍に死ぬ程怒られた『共犯』はさておき、卓は陽藍に首根っこ抑えられる勢いで相手の家に連れて行かれ、深々と謝罪する父の姿を見て、初めて自分の不手際に気付き反省したーーちょっとした成長物語りだーー。死んでも巧には教えられぬだろうーー。想いが『純粋』過ぎて互いに16才で『親に成る』決意をされた時は、流石の陽藍も『自分は子育てに向いていなかった』と深く悩んだ事も在るーーひたすらに己が非をーーただただひたすらに相手方の両親と相手の少女に謝罪した。それ以外する事等無かった。



 卓は相手の少女を本気でただひたすらに、大切に思っていたーー。卓は子供の頃から卒が無い子供だった。父親を尊敬していたし、歯向かいもしなかった。幼少の頃から母の面立ちに良く似た、まるで天使の様な子供だった。頭も良く、何より努力家だった。頑張っただけ父に誉めて貰える事が嬉しく、優しい祖父母にも可愛がられ、母の優しさで育った。母友美はその頃、結婚前は『画家』として活躍する『寸前』だったが、それを諦めた。きっかけは執拗なストーカー被害だった。友美は陽藍と初めて出逢った日、ストーカーと口論していて、誤って転んだのだ。それが陽藍の会社の目の前で、偶々陽藍は取引先へ向かう為に其処に居た。争いの声に気付いた時には遅く、執拗な手を振り払った友美が丁度転んだ所だった。相手は怪我にも構わずに友美を罵っていた。



 乱暴な腕が青褪めた友美の身体を無造作に『物』の様に『引っ張り上げた』のを見て、寒気を感じて慌てて間に割込んだ。彼女の身体を片腕で支えながら、余った手で相手の腕を遮った。急にされた相手の男はぎょっとして陽藍を見て来た。こんな往来で邪魔が入らぬと思ったのだろうか?と、当時陽藍は思ったのだ。相手に正当な反論をし、友美の代わりに遣り込めておいた。はあ?と相手が隙を見せた所で、当たり前だが、『其れ』を友美から引き離して、面倒だったので、ついでに怪我した友美を『抱えた』。俗に言う『姫抱き』で掻っ攫って来た。相手は勿論茫然としたし、何より友美が一番状況についていっていなかった。



 其処に来た『秘書』に仕事を丸投げした陽藍は、秘書の男に目を剥かれながらも、目と鼻の先の自分のマンションに友美をそのまま連れ帰った。会社に連れ帰ってストーカーに乗り込まれるのも面倒なら、マンションならばオートロックだし何なら時と場合では『通報』してやろうと思ったからだ。ストーカー男は迅速では無かったらしく、追っては来なかった。腕の中で友美が何やら言っていたが、陽藍は面倒だったので、『手当てしてから聞く』と言って、さっさとマンションの部屋へと戻った。詳しく聞けばやはり男はストーカーで、ストーカーと言うより『妄想男』だった。友美の『自称』彼氏で在った。汚れた傷口を軽く洗ってやったが、念の為と思い病院へ行くかと聞くと、『今、外に行きたく無い』と言われた。車で連れて行ってやると提案したが、その時の友美は陽藍が思うよりずっと『脅えて』在た。その理由は後で知る事と成る。


 警察も嫌がった。簡単な手当はしてやったが、陽藍も仕事に戻る都合がある。どうしようかと思ったが、友美が『ひとりに成る事』に脅えを見せたので、放置も出来なかった。『成り行きで拾って来たのも…自分だし』と、猫か何かの様な扱いで、渋々秘書に連絡をつけると、『社長の丸投げには大分免疫も付けさせていただいてますから。』と、嫌味を言われ、『最後まで責任を持つように』と駄目出しもされた。放り出そうとも思わなかったが、対処には困っていた。それが地球時代のふたりの馴れ初めだったが、実際は違ったかもしれない。他に馴れ初めが在ったかもしれないが、『憶えて』いる限りでは『その様な』感じだった。


 翌日知り合いの医者に見せると、手当てし直して貰い、『自宅』もバレている彼女は『帰れず』に、暫く陽藍の処にいた。警察に知り合いがいるから、相談しようと言っても言う事を聞かなかった。彼女にしてみれば、『聞く訳』にはいかなかったのだ。調べられれば自分が何をされたのか知られてしまうからだ。忘れたかった彼女は、誰にも話したくは無かった。


 うっすらと陽藍の中に浮かんだ『仮説』は、奇しくも正解していた。友美が何も話さないので、自力で『相手との関係』を彼は調べたのだ。『住まい』もだ。訪ねて彼女へ近付くのを止める様、『忠告』した。拒むどころかーー男は己の『罪』を『武勇伝』の様に語り尽くした。陽藍へと。それは男には『自慢』だった。誇らしそうに。先ず友美とは『付き合っている』と言い張り、『待ち伏せ』は『待ち合わせ』『否定』は『照れ隠し』『拒絶』は『愛情表現』だった。




 更に彼女が『自分の腕の中でどれ程』高揚していたかーー嬉々として語り出したーー

 基本的に、女の力と言う物は、男の其れより劣る場合の方が多く、払い退けるのは至難の業だとはーー其の男は知らぬのだろうと陽藍は思った。例え知っていても『都合良く』補正が掛かるのだーーこう言う『自分が犯罪者だと気付いて居無い』輩は。




 男は友美が働いていたカルチャースクールの……スポンサーの様な立場だった。カルチャースクールで絵画教室のアシスタント、補佐や雑用を『勉強になるから』としていた友美が、自分の絵画の師の奨めで、絵画展にぽつぽつと出展し出した。個展を出す財力は彼女には無いので、コンテスト形式の展示に出させ少しずつ知名度を出し、やっとそれなりの『賞』を授かったらしい。華々しくデビューさせる段取りは整ったと師は思ったろう。が、『其の男』は、カルチャースクールで見掛けた友美を気に入り、講師やスタッフに根回しし、スクールに幾らか『援助』の形で支援し始め、ゆっくりと彼女の周囲を固めた。そしてスクールの『上の者』から紹介して貰う形で、親交を深めようと企てたのだろうーーしかし、師の奨めでスクールを辞め、『自分のアトリエで僕のサポートをしながら、もっと勉強しなさい』と言われて居た事は、全く知る訳が無かったので、急に友美が『居無くなった』のだーーそれでストーカー行為が確実に始まった。


 スクールに問い正し、金を『援助』だと積み友美のアパートを『知る』。『内密に』と言われ。此れだけでも犯罪なのに、悪振れもせずに。『これだけ金を使った女が』『手に入らぬ訳は無い』ーーと。



 馬鹿だーー『スクール』に幾ら積もうと、友美には全く関係無い。何故そんな事も分からぬのだろうーー『きっと誰も教えなかったのだろう』ーー陽藍はそう思った。




 『憐れ』と、そうとしか言う言葉が見当たらなかった。しかし同情する訳は無かった。いっそ、『殺そうか』と思った程だ。



 陽藍は男を『下衆』な事を言い『黙らせた』。創作で在ったが真実味が在った様で、元々の冷酷無慈悲な風貌と相まって相手の意気は損失されて行ったーー




 『金が目当てだと言うならーー其れは俺にだって用意出来るな?』


 『相性』がどうだと言うならーーそれも同じ事だろう?『嫌』なら『逃げる』し、『良い』なら『逃げない』だろ。事が終わって『逃げ出される』位に、『合わなかった』んだろうな、アンタとな。そこまで『教わらないと』理解らなかったか?


 『感じて』鳴いてるのと『嫌がって』泣いてるのも見分けられない奴は、…初めてみたけどな。




 心あたりを『都合』で脚色した脳みその膿が、初めて其れに気付いた位に、『ソイツ』の顔色は悪化して行った。声も出せない怒りで、陽藍を睨みつけるも、相手の『怒り』の方が上だった。




 ーーーーーーなんなら





      ーーーーーー『同じ』痛みを『御前』に『加えて』やってもいいんだけどな?





 ーーー『俺はな?』





そう言ったその言葉を『とどめ』に。友美に此れから『何か』が在れば、目の前の『男』に『自分の命』は『危機に晒される』事にーー気が付いたようだった。実際その時の陽藍の殺気は尋常では無かった。



 目の前の男位、簡単に殺せたのだろう。しかしそれは獣の行いだと思った。死んで反省等コイツはしないーーならば是が非でも『反省』させたかった。いつか、『自分の行い』に苦しめばいいと思った。その位は願いたかった。




 その後の友美が、ゆっくり『人間らしく』なるまで、陽藍はじっくり待った。

 人間らしくなったのかどうかは解らぬが、淡々と自分の面倒を見る陽藍に、警戒心は無かった。警戒心どころか、彼は自分に『興味が無いのでは?』と思った。


 身の周りの物は、陽藍が当たり前の様に用意した。化粧品から衣服から全て。家にいるより快適な中で、怖くて外に出れない友美に、当たり前の様に美味いテイクアウトを買って来てくれるし、時間があれば簡単な物なら作ってくれた。呆れる位出来た男だった。気分が大分落ち着いてから、凄く美形で欠点の無い容姿だと気付いた。


 『何かあれば連絡をよこせ』とだけ言って、朝が来れば仕事に行ってしまう。携帯電話は早い内に買って来て、渡された。自分の携帯は電源を入れるなと言われた。万が一GPS検索されていたら面倒だと。陽藍の番号だけが入った携帯を、常に見える処に置いて精神のバランスを保った。


 その内に陽藍が、自分の実家で(お前を)『預かってもらうか?』と提案して来た。友美は邪魔になったと言われた様で、悲しくなった。


 いやだと言ったら困らせた。『万が一……あの男がこの場所突き止めたら…と思うと、仕事しててもな…』気が気で無いーーと言われた。



 溜息を吐く陽藍に、見捨てられそうで、気が付くと押し殺して居た感情が流れ出て、……服を掴み縋って居たーーその頃にはもうーー怪我も治っていた。その晩はじめて彼女は陽藍の腕の中で眠った。助けて貰ってから、数カ月経っていたーー。




 『乗りかかった舟』と言う様な気分で、腕の中に縋って来る弱い存在に触れるのは、陽藍にとっては不本意だった。脅えて縋って来るのを『利用』している様で。




 自分の事が気に入らなかった。純粋にひとを愛した憶えが一度も無い彼は、友美に触れる事を躊躇った。けどもう触れてしまった。想像の何倍も華奢だった。こんなに細くて生きれるのかと思った。ふざけているのかとも思った。体格に恵まれ、そんな苦労もした事等無い陽藍は、友美の扱いが解らなかった。細い腕を掴んでみれば、力を入れぬとも折れてしまいそうで、あの男は此の脆い四肢に何をしたのだろうと思うと、吐気と怒りで思考が埋め尽くされた。


 その細い腕が自分の身体を頼りに摑まって来ると、信じたく無い程奥の方が熱を持つ事を知った。




 そこで気が付いた。『彼女と結婚してしまえば、彼奴から彼女を守ってやれるのか』と。赤の他人のままでは限界が在ると理解っていたーーけれど、恋人でも何でも無い友美を『守ってやる』方法を、その瞬間まで陽藍は思い付きもしなかった。友美に『私に興味も持っていないーー』と言われても、仕方無かったのかもしれない。



 翌日赤子をあやす気分で、その位の覚悟で、陽藍がその気持ちを友美に話しーー勿論拒まれて、何回も言い含めて。最終的に友美が其れを承諾したのは、陽藍の母親の助け舟だった。



 そうして産まれたのが『卓』だった。名前は陽藍が付けた。陽藍のイメージは『円卓の騎士』だった。


 本来の意味とは大分異なるのだが、『母を守ってくれる騎士ナイト』に成ってくれよ?との意味合いだった。又『円卓』の方に、角の無い丸い『人格』も期待した。穏やかに育って欲しかった。実際卓は父のイメージした『成長』振りを遂げる。母だけでは無く、全て護れる様な、恐ろしく強い『騎士』に。長い長い時を必要とはしたが。



 卓は基本的には『優秀』だった。ただ、『強過ぎる愛情』を除いては。卓の『お泊り』騒動の根底の原因とも言えるのは、本人も当時知らなかった『トラウマ』が要因だった。卓は、其れより以前の『前世』で、『母友美』を守ろうと、彼女のストーカーに殺されてしまっていた。友美も陽藍もその『前世』を大分後になって、と或る要因で思い出す事と為る。


 卓はとてもストイックだった。何処かに前世の『無念』が在ったのだろう。頑張っても頑張っても『もっと』頑張った。父が心配して、『息抜き』の話もした。卓は分かったと答えたが、其処まで器用では無かった。『主役』より『影』を好んだ。奢りの無い性格はほぼ略万人に好かれた。その裏側で小さな歪みの様な『ストレス』は、発生し始めていたーーそれを救ったのが、『美優羽』と言う名の、卓とは当時中学の同級生だった少女だった。


 美優羽みゆうは『頑張り過ぎる卓』が気に成って居たーー『良い子』過ぎたのだ。何処か無理している気がした。『優しさ』が『痛み』に感じた。美優羽は卓が好きだった。いつも優しい卓の笑顔に癒されていた。卓が笑うと温かくなる。でも卓は、傷付いても辛くても『笑っている時が在る』と、美優羽は思った。自分達は未だ子供なのだ。そんなに人格者に成らなくても良いでは無いかと思ったのだ。悪い子に成らなくても、『普通』な時が有っても、『良い子を時々』さぼって、少し休憩しても大丈夫だよ?と、彼女は卓に言いたかった。卓はいつも『完璧』だった。しかしその『完璧』が、美優羽には『歪み』にも見えた。卓が壊れてしまうのでは無いか?と。



 それが我慢出来なく為った彼女は、学年がひとつ上がり、卓と別のクラスになってしまった時に、勇気を出して卓に『好きだ』と伝えた。自分の考えを全部話したのだ。卓と『付き合おう』なんて考えても居なかった。ただ、自分の『考え』が、卓に伝わればと思った。卓が少しでも『楽に』なってくれればと、そう思っての純粋で純真な行動だった。



 卓は美優羽がそんな風に考えてくれていたと思わずに、その時初めて彼女の優しい心に触れ、癒された。



 家族以外にこんなにも心を開いた瞬間が初めてであり、何とも言えない『温かい』気持ちになった。此れが卓に取って初めての『恋』でもあり、又『愛』でも在った。




 『僕と付き合って欲しいです』ーーそう返事をしたのは卓の方で、逆にその答えは美優羽を驚かせたーー。




 卓の場合は此の『美優羽との出逢い』が在ったのが、良くも悪くも『抑制』になったのだろうーー『恋』は、




良くも悪くも『エネルギー』を消費するものだから。





 実は巧も、恋人が出来た頃から、良くも悪くも『エネルギーの使い方』が分かる様になって来た感が在る。精神面が『大人になる』と言う要因もあるのかもしれない。



 それで『異界迷子』現象も、最近は大人しかったのだ。



 つまり、華月家で『異界迷子』現象を引き起こすのは、決して全員では無かった。


 エネルギー量の多化も余り要因とは関係無いらしい。



 陽藍曰くは『巻き込まれ』体質か『否か』らしい。それで巧は『巻き込ま体質』認定をされてしまった。周囲を巻き込まない『訓練』もしたーーなので今回の事態に一番驚いているのは、巧なのかもしれない。





 「…っ、海はーーどうなるの?」




 決して全てを知る訳では無いーー華月家『九男』巧は、弟を置いて来た事を後悔しながらーー





苦しい声を出すしか無かったのだ。

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