Ⅴ. ( minus‐1/2. × Ⅳ. ) 前と違う街道での遭遇の話〜
…目の前に既視感にも似た、光景が在った。『知っているけど違う場所』だった。
直夏が居無い。…嘘だ。今目の前に居たのに。話してたのに。『プロポーズ』されたのに。『なんで?』昨夜直夏の部屋で言われた其れは、幻だったのか。やはり自分に幸せは来ないのか。頑張ろうと思うと、出鼻を挫かれるこの感じ。親を亡くしたのは、小学校に入る歳だった。
両親は友理奈の入学式に着る服を、彼女に内緒で買いに出たらしい。帰って来なかった。そのまま祖父母に引き取られた。自分が居なければ両親が命を落とす理由は無かったと友理奈は思った。祖父母に申し訳無かった。
祖父母が相次いて亡くなったのは、友理奈が中学に入る前の歳だった。その後世話になったのが父の弟だったのだが、海外エリアに職場が変わり、その時に母の兄と相談の末、友理奈はトウキョウに出て伯父夫婦の世話になった。高校に入る歳に父の弟が帰国し、又そちらに世話になった。その際叔父達と伯父夫婦が揉めたのを友理奈は知っている。自分は色んな人に迷惑を掛けて生きているのだと思った。早くちゃんとしようと思った。
早く一人前に成って、叔父にも伯父達にも『面倒を見てくれた恩』を返そうと思っていた。全て返せないのは知って居た。大学に行く事は遠慮したが、専門学校へと行かせてくれた。もう少しで就職まで世話になるところだった。何とか今の会社に就職出来た。友理奈はやっと少しほっとしたのだ。良い先輩にも巡り与えて、仕事もなんとか覚えられて。後輩の質問にも答えられる様になったと思った。しかし思い上がりだったらしく、多橋恵に『解りづらいです』と言われた。何度も説明しても其処から進まず、多橋のやる筈の仕事は、自然と友理奈が補助、殆どやるしか無かった。その為先輩に、友理奈の分の仕事の割り振りが行ってしまう。又自分は駄目な奴なんだなと落ち込み反省した。
先程の直夏の『力抜け』と言う言葉を思い出した。落ち込み過ぎて駄目に為る所だった。
駄目に生っている場合では無い。『無事』で居無いとと。直夏はきっと、どうにかして迎えに来てくれるーー無責任にもそう思った。直夏を信じてしまおうと思ったのだ。
「…帰ってから、…肉じゃが作らなくちゃ。豚バラのヤツ。」昨夜ーー直夏が食べたいと言ったから。
『お前の作るヤツーーあれ、妙に好きなんだよね。……あれが食べたい。あとで作ってくれな?……もうそれで仲直りで、よくないか?』反すうする。心の中で、頭の中で。
だから大丈夫だ。頑張ればきっと会えるよ。…私は未だ…生きてるから。
そう思って友理奈は周囲の状況を確認した。冷静に、冷静にと。良く見て。うん。やっぱり…二日前に転がった路とは少し違うーー「違うーーよね?」
違うと思う。二日前の路は、森の切れ目が『真っ直ぐ』だった。けれど今見えている森らしき場所の『切れ目』は、曲線だった。おうとつが在ったのだ。『波を打つ様な』と言うのか。それがずっと続いて在た。
まずどうするか。歩いてみるか。又食料も何も無い。どちらが『街』等に近いのか分からずに、移動は危険か?しかし留まって居て、人に会えずに『獣やら何やら』等に出遭ったら……どうするか。倒せるわけは無く、逃げれるとも考え難い。肉じゃがの前に死んでしまう。
「水だけでもあれば良かったけど…」思わず独りごちる。
其処に物音がーー聴こえて来た。その方角ーー森の方を見る。音が大きくなり、近付く様だ。
……近付く?嫌な予感がした時には、音の正体が理解った。見えたからだ。でかい猪だった。
「?!牡丹鍋?!違った猪〜?!」と友理奈が軽くこの状況で呆けた原因は、この半年間山田が『おやつ(もらう)お礼ですよ♪』〜と言ってはしつこく誘って来る『牡丹鍋』の食事処の看板のデザインのせいだった。友理奈の職場から最寄り駅の途中に在る、その店の看板で、妙にリアルな描写が恐いーー看板が目立つ店だ。嫌でも目に付くデザイン。入りたくは無い。例え旨くても。後山田とさしで食事したく等無いーー山田は疲れるから無理だーー
その様な場合では無い。肉じゃがの前に死んでしまう。先程も思った台詞を又思った時に、
目前の『牡丹鍋の店〜猪』が吹っ飛んだ。正しくは飛ばされた。何かにぶつかってだ。良く見ると其れは、『石礫』だった。大小様々の。
驚く間も無く暫し呆然とすると、声を掛けられた。
その声は横から聞こえた。
「大丈夫ですか?退いて。」そう声を掛けて来たのは、薄い色合いの金髪の、何処か現実離れした気品と言うのかそんな雰囲気の男だった。少し線の細い感じの、『冒険者』では無いだろうーーと言う感じの男。
牡丹〜では無かった…orz、猪らしき獣に近付き、息が未だ有るのを確かめ『トドメを指すので』少し退く様にと言われた。
ちょっと猪可哀想と思ったが…危険なのだろう仕方無いのか…そう思い、言われた様に少し離れようとした。時に、
「ーっ、まって!」森の中から、男の子が出て来た。何度目かの光景を見ると、森の中にも街が有りそうと思ってしまったが、…それは無いだろうーーと思った。猪が苦しそうに、起きようとして居たーー少年でもなかったが、未だ若い感じの男の子に、私は思った。『猪の牡丹君は君のペットかな?』と。
苦しそうな猪牡丹君は、男の子にうっとりと撫でられたからだ。
猪に話し掛けて居た。
それを見て居た金髪さんが、『君っー』と声を掛ける。男の子に。
男の子はちょっと見て、すぐに猪君に視線を移す。『ちょっと待ってて』と。
するとな感じで猪のダメージが回復した。…いや、本当に。ガイのそれとは又違った感じだと思った。もう猪は辛そうにしていない。
金髪の男性が目を剥く。それから、言った。
『ー何をしたんだ』と。え?回復の魔法とかじゃ無いの?と私は思った。
「きみ、テイマーなのか?まさか…」金髪さんがそう言った。テイマーって何?
「テイマー…?ああ、ロープレのマイナー職か。違うよ。」男の子が言った。それで私は思った。今、『ロープレ』って言ったよね?
ロープレってもしかしたら…、直夏が前に言ってた『ロールプレイングゲーム』の事じゃ…
冒険するヤツ……でしょ?
え、ちょっと落ち着こう。………この子さ…………どことなくなんだけどね……………。律君と似てないかな? ほんのちょっと、雰囲気的な何かーーが。いや、絶対そうだから。
「君ってさ、もしかして『カイ』君か、『たくみ』君なんじゃないかな?」
と、私が言った。多分きっと絶対そう。嫌、期待を込めて。もう寧ろお願いだよ。
「ーえ?おねえさんは何者?」と男の子は言った。OL事務員ですと言えば良いのかな?
「えっとね。『佐木 直夏』って知ってるかな?君って律君の弟さんじゃ無いのかな?華月さん家の息子さん…だよね?違うかな?カイ君?たくみ君かな?違ったかな?」と聞いてみる。
ふと思い、
「あ、私、紀端 友理奈って言います。えっと、直夏……さんと、律君とは知り合いです。」と、返事を聞かずに先に言った。
男の子が、私の予想以上に驚いた。
「どうしてこんな処にいるの?!」と。因みに猪は彼の横で大人しくしていて、さっきとは『別猪』のようだった。……飼ってるんでしょ?飼い主でしょ?貴方……その位懐いてた。
「テイマーでない君に、なぜ獣が懐くんだ」急に金髪さんが其処に入って来た。
放置してごめんなさい。
「あの、先程有難う御座いました。……たすけて、くださったんですよね?」と、言っておく。あの石礫は『魔法』なのだろうと思ったのだ。きっと彼が発したのだろと思った。
「ああ、咄嗟にね。怪我はなかったかな?巻き添えに生らなかった?気を付けたのだけれどね。」金髪さんがそう言った。
「あ、そうだーー律とは逸れたんだ…もうちょっとで会えそうだったのに…はあ」と、多分律君の弟さんの彼が、其処で口を挟んだ。
「えっと、ごめんね?君の名前ーー聞いても大丈夫かな?」私は言ってみる。先ずは一個ずつね。
『うん、たくみ』と、彼は言った。
「僕は華月 巧。巧って呼んで下さいおねえさんーー紀端さん。」
ちゃっ!ちゃんとしてる!かわいい!さすが律君の弟!顔もなんとな〜く、似てる〜かな?
「有難う。じゃあ巧くん?えっと、『カイ』君は?一緒じゃないの?」
「…海は……逸れちゃって。今から捜しに行くーー」…辛そうだ。大丈夫?
「ごめん巧君、お願いがあるの。私も『迷子』なのね。律君や…もしかしたら直夏に会えるまで、一緒にいてくれるかな?」
そうお願いしてみた。それしかないでしょ?
巧君の答えは意外な突っ込みだった。
「え?直兄ちゃんが来てるの??」と。いいえ多分来てません。来てくれたらいいな待ちです。
私は『今日は来てない』と伝えた。昨日来てたけどと。巧君が驚く。そんなに?と思ったけど、良く考えたら此処、異世界だしね。簡単に来れる場所じゃ無いんだから驚くよね。
「あと、昨日律君にも会ったけど、え〜と、巧君のおとうさんと、おにいさんにも会ったよ。」一応伝えねば。と。巧君が驚いた様子で、お父さんとも?っとか狼狽え出したけど、…怖いの?お父さん。…怖いのかな?
「お兄ちゃんって、どの?」と巧君が言った。
え?どの?って?私は疑問に思いーー「だから律君とーー後『友』さん。お兄さんだよね?」
と、確認してみた。ーーどの?え?他にもお兄さん居たの?あ、『一番上は30(才)』とか言ってたね。まだ居るんだ、お兄さんが。成程。
「っ?!えっ!友兄ちゃんは嘘だよ」と巧君が叫んだ。…何故?どうしてって聞いたら、
「友兄ちゃん…今アメリカ…」って。でも会ったよ?と答えた。
「お兄さん、俳優さんだよね?お隣の大和さんも居たし、律君も『友兄ちゃん』って呼んでたし、大和さんも直夏も友さんだって言ってたよ?」そう言ってあげた。
そしたら、巧君が急に『待って』と言って、空の方を見た。私も吊られて見てみたけど、何も無い。何も居ないよ?
金髪のおにいさんも見てた。けど、何も無いよね?
猪は巧君を見てた。
暫く待ったよ。金髪さんと顔を見合わせて、お互い首を傾げながらさ。ちょっと暇になった頃、巧君が言った。
「紀端さん、ごめん、一緒に行けない。律と連絡取り合ってて、一回合流する事にしたんだ。紀端さんの事は話しておいた。とりあえずこの道真っ直ぐ行って?そのおにいさん、強いから、大丈夫だと思うし。あとお前(猪)は、もう帰りな。綺麗なおねえさん見付けても、もう突進しちゃ駄目だからな。」と。
「ぼく、弟探しにいかないと。ごめんね紀端さん。じゃあ」そう言った巧君が、……。消えました。
……え?嘘でしょ?ねえ?巧君………律君と合流するなら………連れて行って欲しかった……。置き去り?
嘘だーー律君ーーっ!
私も金髪さんも呆然としてしまって、『猪』が、私に擦り寄ってから、『森』に戻っていった。………牡丹君、君はーー何しに来たのかな?




