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黒天の勇者

作者: 昏黒の黄

王都の中でも南西部、離れに属する場所には中ほどの勢力を持つ教会が管理する孤児院があった。その教会、元々は国教であるエストリア教から分かれた宗派で、後にエルアラド教となったのである。そのエルアラド教の教義は「過去よ、永き星よ、未来へ導き給え」であり、先人は若者を導くべきという解釈をなされ、それゆえ孤児院の運営などを主な活動としている。

 さて、その孤児院によって新しい二人の孤児が拾われた。一人はこの国では珍しい真っ黒な髪をした十歳ぐらいの男児。もう一人は薄氷のようなきれいな空色をした髪をした女児。二人ともボロボロに傷を負った姿で孤児院の前で倒れていたところ、孤児院の院長に保護されることとなった。

その日から二日後、二人の子は孤児院のベッドで目覚めた。そのことを知った院長はすぐ彼らの元へ行き、名前や出身などを無理させぬように聞いた。しかし、二人とも何を言っているかわからないというように顔を見合わせ、所々は聞こえるがほとんどは訛りが強すぎて聞き取れない別言語レベルの言葉で話し出す。困った院長は取りあえず、こちらの言語の習得を先んじてさせることにした。

それからまた五年。真っ黒髪の少年は「クロウ」、空色の髪の少女は「ライラ」と名付けられた。月日を追うごとに二人はみるみる育ち、互いにクロウはライラと、ライラは実際の兄ではないのだが、兄さまと呼ぶ仲になっていた。

その日は国の歴史についての授業であった。

「星暦一八九年、今からちょうど千年前ある災厄がこの国を襲いました。それは何でしょうか。クロウくん、答えてください。」

「はい。それは、王都を覆うほどの翼を持ち、その鱗はミスリル武器すら弾き、その爪は何をかも切り裂く。一般人では近づくことすらできない、暴虐の化身ディザスターという竜の襲来です。」

「よろしい。では、その恐ろしい竜に対してその時の国王が講じた手段、その結果はどうなったのでしょう。ライラさん、答えてください。」

「はい。時の国王マリウス=セント=レ=オーネは当時貴族にしか許されなかったステイタス授与の儀を、猛反発を押しのけ一般に公開、そして全国から勇者、聖女といった使命職を持った人物、腕に自信のある者を集め、その中でも特に優れた者たちにパーティを組ませ、討伐に向かわせました。結果、討伐は出来なかったものの封印することに成功し、今もその竜は北のレイアード大雪山で眠っています。」

「その通りです、そして現在…」

 先生の言葉を遮り、カーンカーン、と王都の真昼の時を示す鐘が鳴り響く。

「おっと、今回はここまで。では皆さん、昼食の準備をしてください。」

 はーい、と彩り豊かな返事の後に孤児院は陽気なおしゃべりの声に包まれる。

「クローっ」

後ろから声をかけられた真っ黒髪の少年は持っていた魔力紙を整え振り返る。

「なに?って、ああもしかして…」

「そう!今日こそ待ちに待ったステイタス授与の儀だぜ!クロウは何なりたい?」

 そう声をかけたのは孤児院一のわんぱく小僧、ノシ。

「僕は、やっぱり騎士かなぁ。僕の夢は人々支える町の影のヒーローだからね。」

ステイタス授与の儀は倣って一般開放された日に行われる。ステイタス授与の儀では魔術師型、勇者型というように各々どの職業にあった成長型なのかを啓示され、それによっては優遇されて職に就くこともできる。

「おいおい、クロウは欲がないなぁ…俺の夢はやっぱり勇者になってズバババーンって竜を倒して何でも思いのままに暮らすことだぜ!」

 そんなやかましい声につられてか、美しき空色の髪の少女が近寄って、やや見下す調子で言い放った。

「それはないでしょう。あなたにはビックボア型ぐらいがお似合いですよ。初のモンスター型ですよ、良かったですね、望み通り大注目ですよ。」

クロウは苦笑いを浮かべ。まま落ち着いてとなだめる。

「ちょっとライラ言いすぎだって、確かにノシも向こう見ずでたまに周りが見えてないときもあって、頭もあんまりだけど、魔物ほど酷くはないから。」

「くっ、ドS女王と無自覚毒舌のコンボはきついぜ…」


 そんないつも通りのやりとりを交わしながら昼食を食べ終えれば、院長の話があった。

「さて、みなさん知っての通り今日夜、セージテリスの時にステイタスの儀があります。一応ステイタスの儀を受ける条件として言葉が話せるなどありますが…あなたたちは大丈夫ですから関係ないですね。」

コホンと咳払い。

「さて、ステイタスの儀では受ける本人が詠唱する必要があります。私が今教えることはできないので神官の声をよく聞きなさい。セージテリスの時まではまだ時間がありますが間違っても寝ないように、では。」

 解散というように院長室に戻る院長。それを皮切りに堂内は再びにぎやかになる。


 夜、セージテリスの時。王都、エストリアの大聖堂。天井にある星形のガラス窓から星々の光が集い、堂内中央のステージに降り注いでいる。それを半周、取り囲むように子供たちは長椅子に座り待つ。もう半周にはより権力のある者を順に座る大人たちがいる。先頭には国王の姿もあった。

 時が来たというように、教皇が立ち、厳かな調子でステージに上がる。やがて台に立った教皇は子供たち全員を見るように俯瞰し、口を開く。

「未来の英雄たちよ、この場で相まみえることに感謝する。『星々は、過去から今へ歴史を紡ぎ、今から未来へ我らを導く。運命を明かす星よ、小さな星々、その運命を示し給へ。』五十代エストリア教皇、ベイル=シューティ=エストリアの名を献上し、ステイタスの儀を行う」

その声に呼応するように、星々の光は練り動き、うねりを作りだし、そのうねりはやがてステージを中心とする銀河となる。

「『星々よ、瞬く未来の星よ、此の時セージテリスの銀河にて、明けの明星、星の種子が運命を今切り開き給へ』貴き者よ、来なさい」。」

 その声の方に、銀河の流れに導かれるように先頭に座っていた少年がステージへと上がる。

「さあ、今一度詠唱せよ。」

「はい『星々よ、瞬く未来の星よ、此の時セージテリスの銀河にて、明けの明星、我が運命を切り開き給へ。』」

 星の光がステージを、渦を巻き包みながら光り輝く。やがて光が収まり、少年の手には堂内の暗闇に紛れてしまうような、漆黒の板があった。

「さあ汝が運命を刮目して見よ、そして我に捧げよ。」

 従い、漆黒の板を覗き込む。しばし複雑な表情を表した後、「我が運命、見えることに感謝」と礼儀の言葉を出し、それを渡す。そして自分の元居た場所へ戻る。

「次の者…」

 こういったように、貴族の子息を先に儀式は行われる。


さて、孤児院の子供たちが呼ばれるのは、貴族、教会と懇意にしている者、教徒の中でも地位のある者、その子息の分が全て終わる大分後のことだった。孤児院の者の中でも若い者から先に呼ばれるため、クロウとライラが呼ばれるのはほとんど最後だった。やがてノシの番が終わり、クロウの番となる。ノシがやや満足そうな、決して悪くはなかったというような微妙な顔で帰ってくると同時に、教皇から「次の者」と呼ばれる。少し緊張な状態にありながらも、手順をしっかり頭の中で反芻して、ステージへ上がった。

「さあ、今一度詠唱せよ。」

「は、はい『『星々よ、瞬く未来の星よ、此の時セージテリスの銀河にて、明けの明星、我が運命を切り開き給へ。』」

 今までと同じように星の渦がステージを包み込む。しかし、今までとは異なって星の渦がだんだん激しくなり、風を起こして堂内の星々の光を揺らし動かす。堂内はにわかにざわめく。そして星の渦は弾けるように収まり、中にいたクロウと教皇の姿が現れる。

「で、では刮目して見よ。」

動揺して少し台詞が無くなった教皇の声を聞き届けて、恐る恐る漆黒の板に目を落とす。瞬間、クロウに驚愕の表情が出る。少し呆けて見ていた後、慌てて教皇に板を渡す。

「やはり…皆の者、歓喜せよ!勇者の誕生である!」

 堂内が一斉にどよめいた。


 さて、勇者の誕生、勇者型の顕現はもちろん珍しいことである。実際、前回の勇者の誕生は十六年も前のことであい、だいたいの周期は約二十年と言われている。同時に、聖女誕生の周期も約四十年となって、滅多にない。

 

結果から言えば、ノシは望み通り勇者…とはならなかったものの冒険者型というそれなり珍しいものをもらった。そしてクロウとライラは…

「勇者かぁ…まさか自分が成るとは思わなかったんだけどなぁ。」

「ええ、聖女なんて面倒な…いえ、『身に余る光栄』ですよ。」

現在、馬車に揺られて青空の下、王都より北にある都市「エスタリア」を目指している。

 

ステイタスの儀の後の話。二人が孤児院に帰ってしばらくした頃。突然院長に呼ばれ、二人は勇者やら聖女の話かと思いながら院長室に行ってみると、そこに居たのは二人の兵士と院長だった。二人は驚くが、院長が普段通りの口調で「大丈夫、王城でステイタスの儀のことを話すだけです」と言われ、平静を取り戻した。そして二人は兵士に連れられ王城へと向かったのだ。

二人が連れていかれた先は広い王宮の中の一つの部屋。心なしか、他の部屋より煌びやかに見える扉の前に来た二人は、兵士に入れと言われ、恐る恐る扉を開け中に入る。そこに居たのはこの国の王、アルベルト=セント=レ=オーネその人だった。

 「陛下!?」

慌てて二人は床に跪き、敬礼の姿勢をとる。

「わっはっはっは!うむ、顔を上げよ。勇者、それに聖女になる大物が、それほど驚くこともなかろう。」

 二人はゆっくり顔をあげる。一際大きいデスク、その後ろには王が、正に王者の貫禄といった威圧感を身にまとって椅子に座っていた。どうやら二人が入った部屋は王の執務室らしかった。

「ふむ、しかし次代の勇者と聖女は漆黒に空色の典型的なジャポネ産まれの者か。」

 感慨深く、立派なフルフェイスの髭を弄りながら呟くように言う。その言葉にクロウは気になり、精一杯の丁寧な言葉で疑問を投げかける。

「恐れながら、陛下は私たちの産まれをお知りなのですか。」

それに対して、王は好意的に返した。

「うむ。ジャポネももちろん我が国の領土であるからな。あそこは、なかなかどうして同じ我が国かと疑うほど独自の文化を築いた場所でな…特にあのオンセンというものはよい。我が妻との婚約記念に立ち寄ったことがあって、オンセンを上がった時の妻は正に天女がごとき…」

盛り上がってしまった王を諫めるように後ろにいる兵士が小声で陛下…と囁くと、王はすこし恥ずかしそうに咳払いをし、脱線したなと言った。

「しかし、そなたらはなぜ孤児院に拾われることになったのだ。あの土地の者はそれなりに裕福であったはずだが。」

「ええと、私たちにもよく分からないのですが…」

しばし考えを巡らせクロウは口を開く。

「おそらく、何者かに追い出されたのだと。気付いた時には誰かの馬車に積まれて王都にいました。」

王は意外の言葉にわずかに目を見開かせる。

「なんと。ふむ…もともとは争いの絶えなかった地だ。もしかしたら、ジャポネの裏で権力闘争でも起きているのかもしれんな。」

 王がしばらく考え込んでいると、何かおかしいことでもあったのか、はて…?と呟き、二人に質問する。

「もしかして、おぬしらは自分たちの出身を覚えておらんのか?」

「実は…」

とクロウが言い淀んだ言葉をライラが引き継ぐ。

「ええ…私たちは記憶を失っているらしいのです。」

得心したというように王は頷く。

「やはりか…ではお主らの故郷、それとお主らの産まれについて教えておいたほうがよいだろうな。心して聞くがよい」

二人は身を引き締めて、王の話を聞く。

「まず、お主らの故郷、ジャポネは先も言ったが大陸から離れた島にあるせいかかなり独自の文化が発達した地域だ。彼の場所ではモノノフーと言う斬ることに特化した細見の剣を持った戦士がおり、太陽を信仰する宗教、シンドーがあって、紅白の装束をまとった信徒がおる。」

 二人は相槌を打ちながらじっと耳を傾けて聞いている。

「町の者は皆、お主らのような白や黒っぽい髪の色をしておる。これが、わしがおぬしらをジャポネの者と判別できた理由でもあるな。」

 そこで一旦区切り、王は、少し下を向いておれ、と二人へ命令し、二人は言われた通り下を向く。そして…

「光よ、集え『ライト』!」

光を起こす魔法が唱えられ、二人の頭上あたりに光の玉が出現する。王はしばらく、ふむ…と何かを確認した後もうよい、と言い光の玉を消す。

「さて、話を少し戻すがジャポネの者は皆ここまで黒や白の色をしているわけではない。実は元の自分の身分が高い家柄の者ほど、我のやったように光に当てるとより黒く、もしくはより白く輝くというわけなのだ。」

「さて、お主らの産まれだが…黒色の…クロウだったか、お主はあの地の貴族伯爵、それも純潔の子である可能性が高い。そして、白色の…ライラ、お主は、輝きは強いが空色であることから、公爵と市民との子であろう。」

「貴族伯爵!?」「公爵…ですか。」

二人は驚いたり、困惑の表情を見せる。

「うむ。まあしかし、貴族の子が流されるとはよっぽどのことがあったのであろう。あの地も一回調査が必要だな。」

 ふと、王は壁にかかる時計を見やる。針はもう少しで真上になるという頃であった。

「おっと、少し話し込んでしまったか。実は本題は別にある。」

「ほ、本題ですか…?」

王の言葉に少し飛んでいた意識も戻り、本題という言葉に体に緊張が戻ってくる。

「うむ、最初にお主らの意思を問おう。勇者、それに聖女は民の安全、笑顔を守る重大な役にある。そんな重責に耐えられぬというのなら降りてもいい。しかし、その場合は国の安全のため能力封印の儀を受けてもらう。能力が封じられるのだ、生きるのは犯罪者ほど辛いであろう。星々の導きで示された以上どちらにしろ、険しい道であるのは仕方のないことだ。さあ、お主らはどうする。」

 突然の宣告を突き付けられた二人は戸惑う。しばらく悩み、果てにクロウの目は決意の目に変わる。

「確かに、勇者にかかる重責は考えられないくらい重いものかもしれない。でも、僕を拾って育ててくれた院長先生、町のひと、みんなの笑顔が崩れる、そんな光景は見たくない。僕は勇者になります!」

「うむ、いい返事だ。さあ、お主はどうするライラ」

 その言葉にライラはため息を吐き出し、そして息を軽く吸い答える。

「ええ、確かに院長先生に恩は返さないといけませんね。兄さまと同じように、覚悟を決めて、私も聖女となりましょう。」

「うむ、その返事を待っておった。」

満足そうに王は頷く。

「さて、お主らに本題を話そう。夜も遅いので手短にな。」

 コホン、と咳払いを一つ。

「明日、お主らには昼のレオンの時に王都から馬車で付き添いとともに旅立ち、ここより北にある都市「エスタリア」を目指してもらう。そのため、レオンの時より前にこの王城の門の前に来てほしい。」

 いつもなら手形を持たせるのじゃが、お主らは目立つためいらないだろう、と付け足し、

「まあ、詳しいことは明日、付き添いの者から聞くとよい。」

そう言い終えた。

「はい、分かりました。」「了解しました」

二人は挨拶を残して、執務室から去った。行きと同じように兵士に護衛され孤児院へと戻る。

 その翌日、二人は王命に従い王城に集まった。王が昨日言っていた通り、二人はすぐに馬車が用意されているところへ案内された。馬車にて二人を待っていた付き添いの者は、果たしてそれは今代の勇者と聖女だった。二人は当然驚いた。勇者、聖女というのは王都にいればその噂を聞かないものはいないというほどの有名な人物であったからだ。今代の勇者、聖女というのは特に人格者らしくて、市民や冒険者の悩みをよく聞き解消してくれると評判で、偏屈なものの多い冒険者でさえ悪評を言わなかった。

 さて、勇者たちは互いに挨拶し合った。

「えっと、次代勇者の、クロウ、です」

「おう、そんなに固くなるなって気軽に行こうぜ。俺は今代、あー…三九代勇者のダンだ。よろしくな、クロウ。」

「は、はい。よろしくお願いします、ダン…さん」

クロウにとって今代勇者は特別尊敬しているわけではないのだが、それでもどうしようもなく畏まってしまう。

「ははっ、しょうがねえか。そっちのお嬢ちゃんは?」

「はい。ライラと申します。あ、それと私の口調は元なのでお気になさらず。」

「これは厳しいな、他人と壁を作りに行くタイプか。へへっ攻略しがいのある…あだっ!?」

隣でずっと沈黙を保っていた聖女が、パーンと小気味良い音を鳴らしてダンを地面へはたき落とす。突然の凶行に驚く二人だったがそんな二人を無視して、聖女は自己紹介をする。

「うちは、三九代聖女のコトネって言います。旅の間よろしゅうお願いしますね。お二人さん。」

「は、はい」「はい…?」

「コトネのビンタはよく効くぜ。なあもう一度今度は優しく俺の…」

「ほぅ。まーだあんさん生きてらしたの。今度は二度とその口から卑猥なことや、こんなにかわいらしゅう娘に言い寄ることもできんようにあんさんのド玉かち割って汚らしい五臓六腑をぶちまけてやりまひょか。覚悟はよろしおすえ?」

「はい、申し訳ありませんでした。」

その恐ろしい殺気に、思わず白旗を揚げるダン。

「二人は仲が…良いんです…ね?」

「あら、クロウはん察しがええんですなぁ。うちとこの腐れ外道カス○○○の夫は大変仲がよろしいんですよ?」

「嘘つけお前確かに俺たちは夫婦だがもっと互いに自由があっても良いと…」

「あ?」

「はい…スミマセン」

そんな茶番劇の後に、二人が夫婦であることにクロウが驚いたりと、そんなこんなで馬車は北の都市を目指して走り出す。


ここに至るまで起こった現実を二人は振り返り改めて実感する。気付けば時刻は夕方に迫っていた。

馬車を引く御者席からダンが顔を出す。

「お二人さん、そろそろ野営にするぞ。道のり的には今日が最後かもしれないな。」

「お!明日にはついに目的地のエスタリアに着くんですね!」

「おう、てなわけで今日の訓練は総集編だ。今までの訓練で培ってきた成果を俺に見せて見ろ。」

「はい!」

いうや否やクロウは馬車から飛び出し森の方へと駆け抜けていく。

「クロウはんは元気どすなぁ。さあライラはん。うちらも気合入れて頑張りまひょう。夫と同じように総集編といきますえ。よろしゅう」

「はい。よろしくお願いいたします。」


時は少し前にさかのぼり二人が王に詳しいことは付き添いの者に聞けという言葉を思い出し、今代に聞いた時のことであった。

「今回の旅の詳細?ああ、王さんから聞けなかったのか。そうだな、この際だから全部話しておこう。」

そう言ってダンは話を始めた。

「まず今回の旅の目的だが、どう言われたのかは知らねえが、エスタリアを中継として、エスタリアの北、森の奥地にある竜が封じられている祠に行き、竜に封印の呪文をかけなおすことだ。」

「私たちが聞いた話ではエスタリアが目的地だったんですが、だいぶ端折られましたね。」

「ははっ、王さんもだいぶ焦っていたんだろうよ。話を戻すが、その封印の呪文ってのは勇者と聖女が力を合わせて初めて成立する魔法でな…」

「正確には、勇者と聖女の一定以上の魔力が発動条件の魔法どす。」

まあ、細かい原理はなんでもいいさ、とダンが抵抗するが適当なことを覚えてしまったら次の次の代にも迷惑がかかるんどす、と言い返される。

「さて!そのため、お前らにはある程度力をつけてもらう必要がある。」

 うん、俺も先代にこってり絞られたんだよなと独り言を呟き、宣言する。

「これからエスタリアに着くまで二人には俺ら直伝の猛特訓をしてもらう。」

「もちろん、勇者同士、聖女同士でやってくからな。途中で根をあげたら置いていくぞ。」

「はい!」「はぁ…わかりました。」


そんな風に始まった訓練の成果。

『ファイア・レイ』!

クロウが魔法を唱えると、黒い炎の塊が一直線に猪型の魔物の頭部に飛んでいく。その炎は正しく魔物の頭を貫き、霧散した。

「うん、精度もコントロールもばっちりだ。まあちょっと力みすぎたか?まおおむね合格ってとこだな」

 上手くできた自信はあったのか、クロウはよしっと小さくガッツポーズをする。

「しっかしまあ、奇妙だよなその炎。コトネと同じヤタガラス家の体質ってのは初めて聞いたぜ。」

と言われ、指先に黒い炎を吹き出しながらクロウは自分の体質を知った時のことを回想する。


「よし、クロウ。最初は取りあえず魔法の練習だ。クロウは今まで一回でも魔法を使ったことはあるか?」

「孤児院で生活用の魔法なら何回か使いました。」

「よし、なら手っ取り早いな。じゃ何でもいいから使ってみてくれ」

「はい。『ファイ』!」

すると、指先から黒色の炎が噴き出す。

「うん、魔力変換も申し分ない…って黒い炎!?」

驚いて大きな声をダンが出したせいか、馬車の裏からコトネが様子をうかがってくる。

「夫はん、集中が乱れるえもっと小さな声で…ってクロエはんそれ黒天の炎やないの」

 黒天?とクロウが首をかしげていると、ライラも同じように馬車裏から顔を出してきた。

「もしかして、私たちがジャポネ出身なのに何か関係が?」

そうライラが聞くと、コトネは上機嫌に頷く。

「うんうん、その炎は黒天の炎。全てを呑み込み灰と為す炎、そう言われてます。うちと同じヤタガラス家の血筋にのみ現れる炎でんな。」

「きれいな黒い髪してるからもしかしてとは追っていたけど、コトネさんって僕と同じジャポネの貴族の血筋なのか。」

「そうどすえ。ステイタス授与の儀で聖女て大層な役もらって家飛び出して以来帰っていないけどなぁ。」

「私たちは家出ではなく、誰かに島を出されて、記憶も無くって状況ですけどね。」

「あらあら、それは災難どすな…。ほれお姉さん聖女やし、ライラはんを癒しますえ。」

抱き寄せよしよしと頭を撫でるコトネとされるがままのライラを尻目に、勇者たちも会話を交わす。

「少年も大変だったんだな…どれ、お兄さんがエスタリアに着いたらイイ店を紹介してやるよ…」

「いや…遠慮しときます…」


「黒天の炎。全てを呑み込み灰と為す炎…か」

呟くクロウにダンはそっと忠告する。

「まあ、力に溺れることのないようにな。」

それに当然だというようにクロウは返事を返した。


最後となる野営、就寝前。

「てな感じでクロウは剣も魔力もまずまず順調だ。そっちはどうだ?」

 焚火を囲んで向こう側にいるコトネとダンは経過報告を伝え合う。ちなみに、クロウとライラは最後の訓練で力を出し切ったのか、二人とも寝入っている。

「ライラはんはかなりのみこみが早くて優秀どす。うちの方は文句の付け所なんてないですわぁ。」

「そうか…そいつぁ良いニュースだ。」

ぱちっ…ぱちっ…と薪の断続的に弾ける音が場をしばし支配する。

そして、ダンが口を開く。

「封印が解かれる兆候ありって言われているからな。」


一行は太陽が真上に上がる頃。やっとのことエスタリアに到着する。

「ここがエスタリアですか!空気が澄んでいていいところですね!」

「ああ、ここは北にある山から澄んだ風が流れてくるからな。それに山の雪解け水もここまで来るから水もうまい。まあ、空気が澄んでいる理由はそれだけじゃないがな」

「ここは町の名前の由来でもある国の宗教のエストリアの総本山なんですえ。街の真ん中にあるエスタリア大聖堂は浄化の魔力が込められた石でできているから自然と街の空気がきれいになるちゅうことですえ」

「ふむ、竜の邪気に対応するためここに建てられたというわけですね?」

「お、嬢ちゃんは賢いな。その通り。竜を封印した当時の勇者様たちが竜を監視するため建てられた街って意味もある。」

 そんな街に関する話をしていると一行は宿にたどり着く。

「ここが今日、俺らが止まる宿だ。」

そう軽く紹介してダンは扉を開ける。

中へ入ると正面にカウンターがあり、その奥にはガタイのいい店主らしき人物がいた。

「お、ダン、それにコトネさんじゃねえか…つーか時期的に勇者様御一行ってところか。らっしゃい!ここはエスタリア一、いや王国一の宿屋『テッド・ホーム』だ。」

 初めて来た二人は困惑するが、今代の二人は顔なじみのようで軽く手を上げてようと挨拶を返し、二人に紹介する。

「こいつは昔の俺らのパーティメンバーであり、王族お抱えの料理人、従者でもあったテッドだ。こいつの作る料理は正に絶品!しかも清掃やら完璧にこなすから泊まり心地も最高だぜ。こいつの言う王国一の宿屋もあながち嘘じゃないぜ」

ライラはその言葉に対し宿の様子を見て疑問を投げかける。

「そんなすごい経歴の方が営む宿屋にしては繁盛しているようには見えませんが…」

そんな辛口な言葉に店主は思わず苦笑いを浮かべ、後頭部をおさえる。

「ははっ…事実だけどなかなか辛いな。」

若干落ち込む

「おいおい、ダンナさんはわるかねえよ。ライラちゃん、ここエスタリアは中心に大聖堂があるって言ったってそれ以外はほんとに何もない町なんだ。信者の間では聖地でも、旅人の間では「静かな町」なんて呼ばれる場所だからな。」

「確かに、町っていうにはなんか静かですね…」

その瞬間である。遠くのほうでGYURUUUU!と聞いたものに刻み込まれた恐怖を呼び覚まさせる、そんな音が響いてきた。

「何ですか!?今の叫び声のような何かは!?」

しかしダンとコトネは事前に知っていたかのように、顔を忌々し気に歪める。

「くそっ…もうそこまで来てるってことか。」

そしてダンは冷静に二人へ作戦を告げる。

「二人とも、今日はテッドの宿に泊まって明日向かうつもりだったが予定変更だ。今から森の奥地にある竜の祠を目指す。」


一行はエスタリアを出て、森の奥地にある竜の祠へ急ぐ。その森の道中。

「くっ、『ファイア・レイ』!気のせいか魔物が多いような…」

「ああ、奴さんの咆哮のせいで魔物が活発化しているんだろう。こんなに多いと魔法じゃ魔力消耗が激しすぎる。クロウ、魔力剣召喚だ。」

「はい!」

それはクロウがダンに教わった、対魔物用の技である。ダンいわく、

「人相手なら普通の鉄剣で事足りるかもしれない。しかし、勇者や冒険者のような魔物を相手にする場合じゃ、魔物は人間と違って皮膚が硬いから簡単に折れてしまう。」

「だから、魔物相手で折れない武器を作るんだ。これを「魔力剣召喚」と呼ぶ。」

でも、難しくないですか?とクロウは質問する。

「まあ、確かに一度に使える魔力の多い勇者ぐらいしかできないんだけどな。大半の冒険者は武器に魔力付与をして固くするしかない。」

まあ、試しにやってみようとダンは言うと、魔力を練り始める。続いてクロウもまねをする。

「自分の一番、強いと思う武器を頭に浮かべるんだ。そして、名をつけ呼び起こす」

『フランベルジュ』!

詠唱と同時に魔力は炎の渦へと形を変え、最終的には炎が燃えるような剣と為す。

クロウも頭を振り絞ってに自分の望む剣を思案する。ふと、クロウの頭に故郷にいるモノノフーの話が想起される。

(斬ることに特化した細見の剣…)

そして、クロウの持つ魔力は剣を象っていく。


『攻乙丙』!

声に応じるように三本の黒剣が出現する。それぞれ大中小と大きさが分かれており、どれも細見で刃の鋭そうな造形をしている。

 クロウはその三本の剣を腰につるして三人とともに先へ先へと駆けていく。


さて、一行は幾多の魔物との戦闘を潜り抜け少し開けた場所にある祠の前へ到着する。気付けば太陽は傾きかかっていた。

「祠に入るが中はどうなっているか分からない。慎重に進むぞ。」

若干息切れしている二人も汗をぬぐい頷く。

先頭をダンに、クロウ、ライラ、コトネの順で人一人がちょうど入れる大きさの階段を下りていく。

コトネが祠の中に入った瞬間、嫌悪感を示す。

「ようけ、いやぁな瘴気が漂ってますわ…くれぐれも注意しておくれやす」

ライラも確かに…と同じ聖女特有の感覚で感じ取り、クロウも分かりましたと小さく呟く。

 道中は不気味なほど何も起こらなく、一行は最奥へとたどり着く。

「奥に松明の火の光が見えるな。あそこが最奥だ。」

そういって、ダンはここまで照らしてきたライトの魔法を消し、ゆっくりと最奥である大広間に足を踏み入れる。

 中は薄らと松明に照らされているものの、その全貌を伺うことはできない。しかし、完全に中へ入った四人には大広間にある物の正体が見えていた。

横たわって広がっている一般家屋の屋根ぐらいはありそうな筋の入っている翼。その翼から生える、光を反射し鋭利さを誇る爪。そして、自分たちを丸呑みできそうなほどの頭。その後ろに見ゆる小高い丘ぐらいはある背。その威圧感に、クロウとライラは呆然と立ち尽くしてしまう。

しかし、ダンとコトネの反応は違った。

「竜が、縮んでいる…?」

「前は広間を覆うくらいの、大変恐ろしゅう姿でしたが…?」


「やっと来たんだ君たち。いやあ、ひっじょーに退屈だったよ。僕をこんなに待たせるなんて君たちはよほど酷い目に遭いたいんだね。」

突如、薄闇の中から声も身の丈もまるで少年のような異質な存在が四人の前に姿を現した。

「誰だ!?」

そのダンの声にも余裕の表情で怪しく微笑む。

「ふふ、愚かにも僕のことを知らないという君たちに、僕の名前を知る慈悲を与えよう。」

「我が名は大悪魔アドラメレク。愚かなニンゲンどもを恐怖の深淵へと堕とす者也。」

 突然の宣戦布告に四人は事態が飲み込めずに固まってしまう。一番早く混乱から抜け出せたのは、意外なことにクロウだった。

「こ、この竜が小さくなった原因はお前なのか…?」

にやにやと邪悪な笑みを浮かべて大悪魔は答える。

「そうだよ。この死に損ないの竜にはあと少ししか使い道がないからね。」

それと、と続けて、

「千年前、愚かな君たちニンゲンを絶望の淵に追いやったのも僕だよ。」

 一同は再び驚く。裏から操っていた者がいたとは知らなかったのだ。

「あなたが千年前の真犯人…?」

 そうそうとあっさり疑問に返す。それから、広間をコツコツと音を鳴らしながら、

「今日は君たちに千年前のお返しをしてあげようと思ってわざわざ出てきてあげたんだよ。手始めに、ほらっ!」

 手を突き出し、呪文を唱える。

『ヘル・プリズン』

瞬間、広間を囲む獄炎が出現する。もちろん、四人が下りてきた道はふさがれてしまっていた。

「くそっ、退路を断たれた!」

「魔力的な障壁になっとるので、飛び越えることも無理そうどす…」

 そんな絶望の声に答えるように、アハハといつの間にか獄炎の向こう側にいた悪魔は嘲笑う。

「まだ絶望しきるには早いよ!『マインド・コントロール』」

そして、災厄が再び目を覚ます。

「GYOOOOOOOOOURRRRRRRUUUUUUUUUU!!!!!!!!」

「アハハ!死に損ない竜の最後の人形劇だ。せいぜい楽しんでくれ!」

悪魔はそう言い残し獄炎の向こう側へ消え去ってしまう。

「くっ…絶体絶命のピンチってやつだな。」

 そう悪態をつきながらも懐から何かを取り出す。

「おい、二人とも重大任務だ。よく聞いてくれ。」

 真剣そのものの顔に、二人は思わず唾を呑み込む。

「ここに転移石というものの試作品がある。これは知り合いの時魔法の学者が作ったもので、効果は転移石を持ったものの思い浮かべた場所へ転移するってものだ。これを使って王都に向かい、王に緊急事態を伝えてほしい。」

その言葉に違和感を示しクロウは疑問の声を上げる。

「でも、それならダンさんたちも抜け出せば…」

それに対し、ダンは二つの転移石を二人に見せ、答える。

「残念だが、持ち合わせは二つしかない。それに、俺らがこの竜を相手にしなかったら誰がするってんだ?」

そういって、大広間の中央へ顔を向ける。視線の先にはうなりながら時折火を吐く竜がいる。こちらとは距離が少し遠いため、まだ気づいていないのだろう。

そんな竜の様子にクロウは少し表情に陰りを見せる。

「心配すんなって。これでも俺は勇者だ。それに、コトネだっている。」

確認するように、ダンはコトネに顔を向ける。

「そうですえ、クロウはん。心配するのはようわかりますが、これでもうちの夫はもう何年も勇者をやって来とるんどす。安心しておくれやす。」

 それでも、クロウは少し不安そうな顔をしている。そんなクロウを見かねて、ライラも口を出す。

「兄さま、こんな大事な時にうじうじ悩んでいたらそれは「勇者」ではなく「愚者」ですよ。王様に誓った言葉を忘れましたか?ダンさんたちと同じように、今私たちにやれることをやる。そうして町の人たちの笑顔をまもるんですよね。」

 その言葉にハッとした顔になるクロウ。

「そうだった、僕たちにはやるべきことがある。それは町の人の笑顔を守ることなんだ。ありがとうライラ、やっとわかったよ。」

 決意の言葉に、ライラはわかってくれたのならいいです、と満足げにほほ笑む。

「ダンさん、その転移石を貸してください。今すぐ使命を果たしてきます。」

 その勇ましい返事に、ダンもコトネも合格だというように顔を緩める。

「ああ、よろしく頼んだぜ。」

「ライラはん、クロウはん気を付けてや。命大事にですえ。」

 ダンは、二つの石を差し出す。クロウはその二つの石を力強く握手をするように受け取る。二つの石は二人にしっかり託された。

「じゃあ、行ってきます」

 その後に続いた、王都へ!という声で二人は場から消さる。

 

残ったのは、今代勇者と今代聖女のダンとコトネ。

「じゃ、俺らも若い奴らに負けないように頑張りますか。コトネは獄炎の解除を頼む。俺はこの竜を退治だ。」

「夫はん、くれぐれも無理はしないように…」

「わかってる、命大事に、だろ?」

二代の勇者と聖女による激闘の火ぶたが切って落とされた。



王都、王城の門前。

空間がゆがみ二人の若者が現れる。

「誰だ!ここを王城と知っての…次代勇者殿!?それに、聖女殿も…」

「緊急事態です!陛下にお伝え願えないでしょうか。」


事情を兵士に説明した二人は兵士に連れられ、王の執務室に通される。

「して、緊急事態とは。いったいどうしたのだ。」

その王の質問に呼吸を整えながら、冷静さを努めて返答する。

「竜の封印された祠にて大悪魔アドラメレクと名乗る少年のような姿をした者が出現しました。そしてその大悪魔によって、力を失っているものの暴虐の竜ディザスターが復活。今その竜とダンさん…三九代勇者と聖女が交戦しています。」

王はなんと!と驚愕の声を出し、すぐ兵士へ、急いで騎士団長に緊急避難令を出せと命じた。

「しかし、アドラメレクだと…?それは誠なのか?」

自分の記憶をさかのぼり、事実を確認する。

「ええ、間違いありません。しかし、そのアドラメレクというのは一体何者なんですか?」

 王は忌々し気に答える。

「奴こそが千年前、勇者達に封印された災厄ディザスターの本体だ。竜の体も厄介だが真に厄介なのは奴の特性、魔力で触れたものの体を乗っ取ってしまうところにある。」

 乗っ取る!?とクロウが驚いたところで、王都中に臂臑事態を告げるせわしない鐘の音が鳴り響く。しかし、その鐘の音を遮るように街に何者かの音が響き渡る。

「こんにちは、愚かなるニンゲン達。今日が自分たちの最後の日となるのも分からず騒ぎ立てる哀れなものたちよ。そんな君たちに僕が千年の苦しみをプレゼントしよう。せいぜい、嘆き、戦慄き、恐怖することだ!。」

そして、滅びの言葉が奏でられる。

『光はなく、地はなく、天もなく、或るのは深淵。深く、暗い、世界の底。我が千年は憎しみの千年。我が望みは世界が絶望に沈む、享楽である。堕ちた星はもう昇こと叶わず。全ては沼に溶ける。「メルティ・ワールド」!』

 その王都上空から発せられる強大な災禍の魔力はやがて王都全域を包みこむ。

大悪魔の声が聞こえた頃には執務室を飛び出し、城門の前に来ていたクロウとアリアは王都の空の変貌に驚愕する。

「な、なんだこの空は…禍々しい魔力がうねって歪んで、王都の空を覆っている…?」

 正体不明の魔力に驚くクロウに、ライラは自分の見解を話す。

「兄さま、どうやらこの魔力は隣接する魔力を食らって増殖しているみたいです。」

「なんだって!?そんなのどうすれば、取りあえず院長先生は無事か気になるし、孤児院の方に行こう。」

そういって、孤児院の方へ向かおうとした瞬間、上空から強烈な殺気が飛ばされる。慌ててクロウはその場から回避する。すると、突如上空からクロウが元居た場所に破壊の魔力が飛来してくる。その魔力は道の石を1メートルほどえぐる。

「へぇ、流石に今のは避けるか。」

声がしたほうを向けば、そこには少し地上から離れたところに漂う大悪魔の姿があった。

「アドラメレク!?」

その強敵の姿に、クロウは出し惜しみは出来ないなと呟き『攻乙丙』を喚び出す。

 そして、両者がにらみ合い拮抗状態となったとき、援軍が駆けつけてきた。

「勇者殿!ここは我々に任せてください!勇者殿は其方が使命を果たしてください!」

駆けつけて来たのは騎士団長、それと部下の精鋭二人だ。

竜の祠の一件があってか迷わずクロウは決断を下す。

「ありがとうございます!ここは任せました!どうかくれぐれも気を付けて!行こう!ライラ。」

はい、兄さまととライラは答え、二人は走り去っていく。

「まあ、一番の獲物は最後に取っておくものだよね。さあ、君たちは僕を満足させてくれるのかな」

さて、クロウとライラはようやく孤児院にたどり着く。孤児院の中に入り目的の人物を探す。その人物は一目で見つかった。なぜなら、もぬけの殻となった堂内に一人だけポツンといたからだ。

「院長先生!無事でよかった」

その声に、背を向けていた院長は振り向く。

「ああ、クロウ君、それにライラ君もここはもう非難は完了していますよ。それとも、私の身を案じてくれていたんですか?なら、大丈夫です。」

この通りですよ、と元気そうにしている院長を見て二人は安堵する。

「それよりも、今からあなたたちに話さなければならないことがあります。とても多くの話があって、何もかもが分からない状況だとは思いますが、これがきっと私の最期の話です。」

 その悟りの様な表情に二人は声が出ない。

「まず、最初から私はあなた達がジャポネで生れた孤児だということを知っていました…その表情だとあなた達も自分の産まれは知っているようですね」

 これは余計な話でしたね、では次ですと話を付け足す。

「ライラ、あなたは純粋な記憶消失でしょう。もしかしたら今、もうすでに記憶が戻っているのかもしれませんね。」

 その言葉に図星だと言うようにライラは驚く。

「そしてクロウ、あなたの記憶消失はただの記憶消失ではありません、実はあなたは…」

しかし、院長の話が終わることはなかった。なぜなら、突然魔力の凶弾がライラに向かってきて、それを見た院長がライラを庇ってその魔力の凶弾に当たって倒れてしまったからだ。

「ちぇっ、聖女の勇者の殺し合い。そんな最高の戦いが見られると思ったのになあ。」

 でも…と言って孤児院の入り口にいた大悪魔の体は糸の断たれた操り人形のように倒れ伏す。代わりに、庇って倒れたはずの院長が起き上がり、ニャアと本来浮かべない悪魔の笑みを浮かべる。

「そんな…まさか、院長先生の体が…?嘘だ…」

事態を理解してしまったクロウは絶望の表情を浮かべる。

「大当たり!このインチョウセンセイとやらは察するに君の親といった存在なんだろうね。これは素晴らしい展開だなあ?」

パンッと拍手を鳴らし喜びを表す、もはや二人の知る人物ではなくなった体。

「さあ!メインディッシュといこう!『ヘル・プリズン』!」

 祠の中でも見た獄炎が再び姿を現し、孤児院の堂内を囲う。

 未だ正気を保っていたライラはクロウを正気に戻そうとする。

「兄さま!敵の攻撃が来ます!」

 なんとか声が聞こえたクロウはあ、ああ!と応え攻の剣を構え、大悪魔がいつの間にか持っていたサーベルに対し応戦する。しかし、勇者とは思えないほど精彩を欠いた防御は簡単に押し負けてしまう。

「ほらほらぁっ!どうした勇者!これでも手加減してあげてるんだよ!もっと頑張って見せてくれよなぁ!?」

 ガキンッとなんとか互いの剣は交わり、打ち合いの対を為すが、クロウが十全に力を出し切れていないためいつ崩れるか分からない瀬戸際の状況である。

「ふん、勇者と言っても所詮はひよっこか、失望したよ。」

次の瞬間には剣がはじかれ、クロウは喉元にサーベルを突き付けられていた。

「じゃあ、しね」

そういって、大悪魔はサーベルを振り落とした。クロウは死を覚悟して目をつむった。


しかし、クロウの死は訪れなかった。不思議に思ってたクロウは恐る恐る目を開いた。広がっていたのは、サーベルを下す院長の手がプルプル震え何かに耐えている、そんな光景だった。

「いん…ちょうせんせい…?」

自分たちの知っている人がいるように思え、思わず口に出してしまうクロウ。果たしてそれは正しかった。

「すみませんね、クロウ。こんなに酷いことをしてしまって。」

「そんな、院長先生は悪く…」

 しかし、その援護の声を遮りクロウの中にある甘えを断たんとばかりに声を張り上げ言葉を出す。

「クロウ!私を殺しなさい!あなたにはやらねばならないことがある!そう、なぜなら…」

 

「あなたは勇者だから!」


その言葉を最後に院長の手からサーベルは消え、再び地面に倒れ伏す。その隙にとばかりに、ライラはクロウを寄せ、話をする。

「兄さま、作戦会議です。今のままだとおそらく兄さんはあの大悪魔に負けてしまうでしょう。なので、私の戻った記憶の中にある勝率を高める方法を使います。」

「その前に、兄さん。院長先生を殺す覚悟はできていますか?」

呆然と話を聞いていたクロウだが、最後の言葉に意識を取り戻す。そして、宣言した。

「ああ、もちろんだ!なぜなら、僕はみんなの笑顔を守る。そんな勇者だから!」

そして、ライラの方へ向き、力強く作戦を実行してくれと見つめる。ライラはそんな、クロウを見て、少し頬を染め、ではいきますよと始める。

瞬間、ライラの唇と、クロウの唇が交わる。

永遠に長い刹那が過ぎ、クロウに変化が訪れる。目は鷹のように鋭く、そして紅い瞳に変わる。そして、丙の剣を握り、復活していた大悪魔の方を睨む。

「終わった?今度こそは僕を楽しませてくれるよね?」

そんな言葉を吐く大悪魔を無視して、静かに詠唱を始める。

『之なるは我が第三の剣、丙也。之こそが貴様を討つ、黒天の剣。さあ、集え我が炎。之なるは全てを食らい、灰と為す、黒天の炎也。さあ、貴様を輪廻に帰らぬ灰とするを望む力よ。付与!『エンド・オブ・ファイア』!』

 黒い炎がクロウの持つ丙の剣に集い、大炎となる。

「へぇ、大技勝負?ふん力の差をみせてやるよ『溶かせよ万物!この獄炎にて!「メルティ・ブレイズ」!』

全てを溶かそうとする禍々しい炎に対し、クロウは刺突の構えのまま突撃する。

二人の持つ凶暴な力が衝突する。


そして、クロウの黒炎は勢いのまま大悪魔のの体も精神をも滅ぼし、炎が物体を灰と為すように、その全てを粒子と為し、散らす。粒子は晴れ渡った空へ消えていく。


まるで、若き、黒天の勇者の誕生を祝福するように…

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