表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そこに在る時間

さざめく時間

 昼間のうだるような暑さは、陽が暮れさえすれば、涼しい風が熱気を押しやっていく。

 陽は沈んだが、遠くの山筋はまだうっすらと光が残り、名残惜しくもある。

 そのわずかな光をも追い出していく紺とも黒ともつかない深い色が、覆いかぶさるように勢いを増していた。


 遠くから、ドンドンと低く響き渡る太鼓の音が聞こえてくる。

 小学校の校庭で行われている、地区の盆踊り。

 おおっぴらに夜遊びが出来るとあって、中学にあがったばかりの今年とて、出かけないわけにはいかない気分にさせる。

 鈴木海斗は、はやる気持ちを押さえながら、玄関に腰をおろして、くつをはいた。

「ちょっと待って。海斗、お母さんの携帯貸してあげるから、万が一何かあったら連絡しなさいよ」

「はあ? 大丈夫だって、小学校の校庭なんだからさ」

 スリッパをパタパタいわせ、薄いピンク色の携帯電話をさし出してきた母に、海斗はあきれたように声をあげた。

 いくら暗いからといって、小学校から家まで、そんなに離れているわけじゃない。

 玄関を開けると、太鼓の音や音楽が住宅に反射して、さらに気持ちをはやらせる。

 飛び出していこうとする海斗のズボンについているポケットをつかんで、母は携帯を強引に押しこんだ。

「ちょっ! いいって言ってるじゃんか、いらねーって!」

「いいの! 最近物騒なんだから、お母さんが安心するために持って行きなさい」

「……ボクのためじゃなくて?」

「そうよ。この家にいっしょに住んでる以上、心配させない努力を見せてごらん」

「はあ? 携帯持ってるだけで、安心?」


 母は、腕を組んでふんぞり返り、そうよ。と大きくうなずいた。

 目を丸くしながらも、海斗は小さく息を吐いて、口をとがらせる。

「わかったよ」

「いい? なにかあって、家にかけたときは、居場所を一言で大きく叫びなさい」

「あーはいはい」

「……返事は一回!」

 母の目の色が変わったのを見て、海斗は家を飛び出した。


 海斗の家の門柱に、ヒョロ長い体を預けた、短髪で柔らかそうな髪質の幼馴染の少年、佐々木葉が海斗を見つけ、タレ目を細めた。

「遅い!」

「ごめんって! お母さんがさー、いらないって言ってるのに、携帯押しつけてきたんだよ」

 真ん中で分けた前髪をさわり、口をとがらせる海斗に、葉が目を輝かせる。

「え、いいじゃん。携帯」

「よくねーって。だってピンクだぜ?」

 後ろポケットから取り出して見せてやると、葉は軽く笑った。

「暗くなれば色なんて分からなくなるんだから、いいじゃん何色でも」

「でもさー、あってもネットにつなげられないから、電話かメールくらいしか出来ないんだぜ?」

「なんだ、つまんねーの。じゃあ陸兄にでも、イタズラメールすっか」

「……だれが怒られると思ってるんだよ」

 低い声でうなり、携帯をポケットへと戻す海斗に、葉は楽しそうに笑ったが、その笑いが途切れるほどの衝撃が葉の背中をおそう。

「あっぶねーな! 息止まっただろ!」

 葉がたたらを踏んで、地面と仲良しすることを、なんとか踏みとどまった。

 顔を真っ赤にして怒りの声をあげながら、葉は振り返る。

 おもわず二人は息をのんだ。


 視線の先には、見慣れない浴衣姿をしている二人の女子。

 長い黒髪を高い位置で結い大きな花飾りをつけ、淡い水色地に桜の大きな模様が綺麗な浴衣。

 それを着ているのは、いたずらっぽい笑みを浮かべた少女、日下桜。

 そして、紺地に白とピンクで描かれた蝶の浴衣で、同じく黒髪を右耳の後ろでおだんごにし、少しばかり目を丸くしてデジカメを握りしめている少女、南川真樹。


「なによ、盆踊りっていったら浴衣でしょ? 男子はもうちょっと空気読んでくれないとさー」

「あ、あの、ごめんね? 小学校でやる小さな地区のお祭なんだけど……どうしても、私が桜の浴衣姿が見たかったから、遅くなっちゃった」

 困ったように上目づかいで、デジカメを握る手に力をこめる真樹。

 葉が痛む背中を気にしながら、それでもにやりと笑った。

「へー! これ、なんて言うんだっけ、マゴニモイショウ?」

「……絶対、言うと思った。あんたたちも祭に合う衣装くらい着てきたら?」

「男はあんま持ってないんじゃね? なあ、海斗」

 ぼんやりとしている海斗へと振り返り、葉は盛大にため息を吐いた。

 細く長い指で海斗の肩をつかみ、前後に揺さぶる。

「戻ってこーい!」

「や、やめろよ! なんともねーよ」

「ったく。じゃあ、ほら! 待っててやるから、なんか言えよ」

「え! ……グッジョブ?」


 薄暗い道には四人しかおらず、海斗の言葉により、さらに静まり返った住宅街。

 その雰囲気に耐えきれず、葉は大きな笑い声をあげた。

「おっまえ、誰にたいしてだよ!」

「な、なにも変なこと言ってないだろ?」

「海斗のそーゆーとこ。勝てないわよねー」

 桜も少しあきれた声を出しながら笑う。

 いよいよ頬をふくらませて、前髪を触りながら早足で笑いの輪から抜け出す海斗。

 ちょっ待てよ。と、誰かのモノマネのマネをしながら追いかけてきた葉は、後ろから海斗を突き飛ばす。

「海斗くーん。ジュース……いや、ダンゴ一本おごってやるから、そーすねるなって!」

「ジュースじゃねーのかよ」

「高いじゃん。ダンゴなら百円もしないし」

 しれっと言う葉に、思わず吹き出した海斗は、右手をにぎり葉の頬に当ててから押す。

 吹き飛ぶマネをする葉に、明るい笑い声が住宅街に反射した。

 薄暗い元桜並木の細い通りを抜け、音と光に包まれた小学校に四人は足を踏み入れる。


「へー。けっこう本格的なのね」

「まあ、町内会とかで、色々やってるみたいだから、知ってるおじさんとか売り子でいるんじゃないかな」

「へー」

「ついこの間、卒業したばかりなのに。なんかすっげー懐かしい気分」

 葉の説明に、桜は嬉しそうに見回しながら、やぐらを中心に盆踊りをしている人々をながめていた。

 海斗も同じように辺りを見回していたが、思い出したように声をあげる。

「そうだ、ジュースくらいおごるけど。なにがいい?」

「え? 悪いよ、そんなの」

「いや、お母さんがさー。ジュースくらい出してあげなさいって、お金くれたんだよね」

 そんな海斗の言葉に目を輝かせたのは、葉だった。

「いやー。さすがゆかりさん! 優しいよねー」

「……あのさ。女子限定なんだけど」

 ゆかりというのは、海斗の母の名前である。海斗の言葉に打ちひしがれたように、葉はその場にくずれ落ちた。

 海斗は笑いながら、とどめをさす。

「葉はボクにダンゴおごってくれよ」

「なんでだよ! いやだね。絶対いやだ! だれが出すもんか!」

「葉がボクにダンゴおごってくれるって言ったの、聞いた人ー」

 率先して手を上げた海斗に、桜もいたずらっぽい笑顔を浮かべて手を上げる。

 葉がすがるように向けた視線の先には、困った顔の真樹が小さく手を上げていた。

 がっくりと肩を落とした葉は、わかったよ。とつぶやく。

 勢いよく胸を張り、一つの露天を指差した。


「わかった! ボクも男だ。あれで勝負して勝ったら、おごってやる!」

「……ぜんぜん男らしくないよね」

 細い目をさらに細めて、桜がはっきりと口にした。

 しかし葉が大きく腕を振り上げ、指さした先にはヨーヨー風船すくい。

 『勝負』という言葉に誘われて、海斗も桜も色とりどりの風船に目を向ける。

「よっし! 葉、ボクが勝ったらジュースだからな」

「ダンゴだろ!」

「ジュースにしようよ。そのほうが絶対面白いって!」

 桜が一声上げ、真樹の手を引っ張り、下駄を鳴らして店番しているおじさんに声をかけた。

 タレ目を細め、口をとがらせた葉は、足取りが重い。

「なんか、すっげーはめられた気分」

「なんだよ。自分で言ったんじゃん」

 面白そうに笑う海斗に、深く息を吐く葉。


 かくして、ヨーヨー風船すくい合戦の幕が切って落とされた。


 桜、海斗、葉の順に三人並び、真樹はおじさんの隣に座らせてもらってカメラをかまえた。

 真樹が右手を上げて、楽しそうに振り下ろす。

 それを口火として、三人は水に揺れる風船へと目をおとした。

 姿勢を低くしたり、上からカメラを向けて撮りまくる真樹に、集中をそがれながらも、まっさきに歓声をあげたのは、意外や海斗であった。

「っしゃ! かかった!」

 二人の真剣な視線が海斗に向けられ、風船を釣り上げようとした海斗を、葉が左手で桜のほうに突き飛ばした。

 悲鳴をあげる二人に、葉がにやりと笑う。

「うわっ! ごめん桜。って、あーもー切れたじゃねーか! なにすんだよ葉、それはずるいだろ!」

「そーよ、私まで被害受けちゃったじゃない!」

 二人とも切れた紙キレをにぎりしめ、葉に非難の声を浴びせかけた。

 笑いながら舌を出す葉。

「勝負ってのはな、そりゃあ厳しいもんなんだということを、身をもって知りたまえよ」

「なーにが、知りたまえーよ。絶対邪魔してやるからね。覚悟しときなさいよ!」

 海斗は桜のその細い目に、怒りの炎を見た。

「桜。場所変わろうか?」

「ダメだ。最初の場所を変えるなど、ルールに反する」

「……いつそんなルール決めたんだよ」

 しかし、先にそう言われてしまうと、なんとなく場所を変わりづらい。

 海斗は口をとがらせて、しぶしぶ二本目を慎重に構えた。


「いえ〜! とれた……って、おわ!」

「いてーっ!」

 葉が風船を釣り上げた瞬間、海斗爆弾をモロにうけ、二人で地面に転がった。

 突き飛ばしたのは、もちろん桜。

 うめきながら二人が起き上がり、地面に転がった土まみれの緑色の風船を葉は手にした。

「おじさん、外に転がればボクのだよね?」

「ああ、そうだね。って、君たちケガだけはしないでくれよ?」

「だ、大丈夫」

 葉は嬉々として緑風船をかかげ、フラッシュを浴びていた。

 おじさんに苦笑いを浮かべながら返事をし、なんだか真ん中はとても不利だと気がついた海斗。二本目のリボンも切れてしまっていた。


「二個ゲーット!」

『はあ!?』

 桜の言葉に、二人があんぐりと口を開けて振り返った。

 一本のリボンに、ピンクと紫色の風船が仲良くついている。

 フラッシュが桜へと移動し、勝ち誇った顔の桜はピースサインでファインダーに納まっていた。

「それって、ずるくね!」

「なによ。ずるなんてしてないよねー? おじさん」

「すごいねー! 初めて見たよ!」

 真樹が歓声をあげ、上機嫌であははと笑う桜に葉が文句をつけながら、切れた1本目のリボンをおじさんに返した。


「絶対負けねー」

「あのさ、もうボク押すのやめよーよ。ラスト1本になっちゃったしさー」

 切れた二本目を手に、海斗が口をとがらせ提案したが、二人はきょとんとした顔で、

「え? 一本はぬれてるけど、私はまだ二本あるよ?」

「ボクもサラのが二本ある」

「……おまえら、隣同士でやれよ」

 しぼり出すような低い声に、葉も桜も吹き出した。

「ごめんって! じゃあ真剣勝負してやるからさー」

「遅いだろ! もう勝負にもならないじゃんか!」

 口をとがらせて、前髪を触る。

 葉はそれでも首を横に振った。

「なに言ってるんだよ。桜は一本で二個も取れたんだぜ? がんばれば三個いけるかもしれないだろ」

「そんなの、見たことないよ」

 海斗が口をとがらせたまま、それでも水の中へと視線を落とした。

 気持ち良さそうな水の動きに、風船がただよい、持ち手のゴム部分は底のほうで揺らめいている。


「無理だって」

「最初から決めつけるから、出来るもんも出来なくなるんだぜ!」

「どこからの受け売りだよ」

 海斗はあきれた声と表情で葉を見るが、葉はいたって真剣な顔をしていた。

 大きく息を吐き出した海斗に、桜が吹き出した。

 前髪をさわりながら、紙リボンをゆっくりと水につけ、ここぞとばかりに引き上げれば、そこには針金すらついていなかった。


 とたんに静まり返る四人。

 とりあえず、とばかりに葉と桜がなぐさめるように海斗の肩を軽くたたいた。

 彼はそれを、うるさそうに振り払ったが。


「やった! 全部で三個ね」

「よっしゃ! ひーの、ふーの……三つか」

 二人の楽しそうな言葉を尻目に、海斗は残念賞としておじさんから白い風船を一つ受け取った。

 無言で立ち上がれば、二人も舌打ちをしつつ立ち上がる。

「葉が海斗をぶつけてこなきゃ、勝ってたのに」

「なんだよ。負け惜しみは女らしくねーぞ」

「負けてないじゃん、同点でしょ!」

 二人のさわぎ立てる声を背中で受け止めながら、海斗は小さくつぶやいた。

「……なんだよ。被害者はこっちだっての」

 だれも聞いてないと思ったのだが、小走りに追いこしていった真樹がシャッターをきりながら、くすりと笑う。

 きっとひどい顔をしていたに違いない。海斗は少しだけ顔を赤くして、口をとがらせた。

「それで? 真樹は、なにが飲みたいんだよ」

「え! いいよ、おこづかい持ってきたから」

「だってボク負けたし。特別資金もあるしさ」

 その言葉に、後ろから声がかけられる。

「じゃあボク、あれでいいや。抹茶入り玉露茶」

「ねーよ。ってか、葉には絶対おごらねー」

「なんでだよ! 海斗負けたろー?」

「そうだ。それはだれのせいだよ」

 目を細めて口をとがらせた海斗に、葉が舌を出す。

「でもさ、ラスト一本であれなら、海斗の負けは決定じゃね?」

「残念ながら、私もそう思う」

 桜までうなずき、真樹にも救いを求める目を向ければ、そらされた。


 うなるように、わかったよと言う海斗に、葉が声をあげて笑った。

「ダンゴならおごってやるからさ」

「じゃあ私も、ダンゴおごったげる」

 葉と桜の言葉に、真樹もおそるおそる声をかけてくる。

「それくらいなら、私も出せるよ」

「……そんなにダンゴばっかり、いらないから」

「じゃあナシで」

「葉にはおごってもらうからな」

 念を押す海斗に、葉があさっての方向を見る。

 その時、桜が前方から来る人物に気がついた。

「ねえ、あれって、生徒会長じゃない?」

 彼女が指さした先には、甚平じんべいを着た二人の少年が、こちらへと歩いてきていた。


「あれ! 女連れとは、なかなかやるじゃないか。ダブルデートかよ」

「違います」

 海斗と葉が口を挟む隙もないほど、素早く否定した真樹。

 口を開きかけていた二人は、真樹を見ながらあんぐりと口を開けはなした。

 藤本会長の横にいるのは、河合副会長だ。

「会長と副会長が、どうしたんですか? 小学校って、違う地区ですよね?」

「まあそうなんだけど、中学はこの辺の人も通ってるからね、一応顔を出しにくるんだよ」

「ヨソの学区から来て、暴れるやつも時々いるしね。ウチの中学じゃない事の確認かな」

 つけ足すように、河合副会長が説明する。

 本当は、ただの祭好きじゃねーの。という葉のつぶやきに、二人は笑った。

「まあ祭は大好きだからな」

「とにかく、今日は終わるまでいるから。何かあったら報告してくれよ」

『はーい』


 四人のハーモニーにまた笑い、甚平姿を真樹のカメラに収めてから、彼らは人ごみに姿を消した。

「……生徒会長様ともなると、大変なんだなー」

「いいや、あれは口実だと思うね。受験の息抜きってヤツだな」

 海斗が感心する声を出せば、葉が横に首を振る。

 そこで桜は、気付きたくもないことに気付いてしまった。


「……早くジュース買いに行こうよ」

「え、いいけど。どうしたんだよ、なにあせってるんだ?」

 海斗が、桜が素早く目をそらした先に顔を向けようとして、桜に両手ではさまれ、横を向けさせられた。

「いててっ!」

「いいから! 早くいこっ!」

 尋常ではない剣幕に、足早にその場を離れる前に、背後から声をかけられる。

 振り返れば、知らない少年たち。

「だれ? だれかの知り合い?」

 海斗の間の抜けた問いかけに、六人の少年たちは無遠慮に笑う。

 さすがにここまでくれば、四人は状況を把握していた。


「……すげ。これってインネンつけられてるってやつ?」

「この地区の人間じゃないよなー」

「そりゃそーよ。ご近所さんにこんなこと知られたら、恥ずかしいじゃない」

 怯える表情を見せたのは真樹だけで、三人のなんとも的外れな会話に、六人の態度が変わった。

「おい、おまえら。女をオレらにもわけてくれよ」

「私、物じゃないから」

「そうだよな。わけるって言ったって、人間をわけるのって難しいんじゃね?」

 きっぱりと断る桜に、あくまでとぼけた顔を崩さず言ってのける海斗。

 しかし、六人はあからさまに敵意をあきらかにした。

 ただケンカをふっかけたかっただけなのだろう。きっかけはなんだっていいのだ。


「はーい、そこまで。悪いけど、ウチのシマでこーゆーの。やめてくれるかな」

「人数で押せば、なんとかなると思うなよ」

 四人の後ろから、聞き覚えのある――というよりも、さきほど別れたばかりの藤本と河合がいた。

 同じ人数になったとはいえ、海斗たちのほうは女子が二人いるのだ。

 形勢は不利なまま。

「うっせーよ、関係ないやつはひっこんでろ!」

「関係? 大アリに決まってるじゃないか。オレは生徒会長をやっている。こいつらは大事な部下なもんでね」

 だれが部下なんだよ。と言いかけた葉は、海斗たちに押さえ込まれた。

 少年の一人が、嫌な笑い方をしながら、

「へえ、生徒会長がケンカだってよ。ちくってやろーぜ」

 と言えば、仲間たちが下品に笑う。

 それを聞いても涼しい顔の藤本。

 河合が眼鏡ごしに、六人を見て口の端を持ち上げた。

「素行の悪いやつらの言葉と、生徒会長の言葉。大人はどっちを信じるだろうね?」

「そういうことだ。だが、なにが不満だったのか、聞いてやらないこともないぞ? 言ってみろ」


 胸を張ったままの藤本が言えば、六人は少し怯んだ。

 四人は、ハラハラとなりゆきを見届ける。

 なかなか言い返してこない六人に、海斗が手をあげた。

「さっき、女をわけろとかって言われたけど」

「女連れが気に入らなかったのか、うらやましーのか。どっちかだよな」

 葉もうなずきながら発言する。

「女子を誘うことが出来なくて、男ばかりでさびしかったとか?」

 冷たい目で六人をにらみつけながら、桜は痛い所をつついてしまったらしい。

 六人の表情がこわばり、また怒りの雰囲気があたりを包む。

 藤本がため息を吐き、両方を制した。

「まあ、両方の言い分はわかった。両方ともペナルティだ。言い方をもっと勉強しろ」

「今日のペナルティは、なににするんだ?」

 河合が楽しそうに言葉をかければ、藤本は切れ長の目をキラリと光らせた。

 葉と海斗は、一歩あとずさる。

 彼のあの表情は、良くないまえぶれだ。


「そうだな。女子のキス争奪、祭合戦なんてどうだ?」

「なんだそれ!」

 六人のうちの一人から、あきれた声があがる。しかし、色めきたってはいた。

 四人がわは、どん引いていたが。

「結論。女の取り合いだろう? むだにケンカして、警備のやつに捕まるのも気に入らないし。良い案だと思うけど?」

「どこがですか!」

「迷惑です!」

 真樹と桜の憤慨に、藤本は顔を寄せる。

「元はといえば、たしかにあいつらが悪い。だけど、あおるような発言をしたのも良くないだろう? イヤなら、勝て。別に女子が参加しちゃダメだ、なんてルールはない」

「大丈夫だよ。いざとなれば、身をていしてでも……」

「守ってくれるとでも、言うんですか?」

 細い目をさらに細めた桜が河合に詰め寄れば、彼は警備のほうへ視線をやった。


「警備に連絡するからさ」

「実際、オレらもケンカなんて野蛮なもの、した事ないしな」

 藤本のセリフに、河合が思わずといった調子で吹き出した。

 話を流されたように感じた桜だったが、いまさら否定も出来ず、高らかに参加表明した。

 男どもが、ざわめく。

 だが、桜は頑としてひかなかった。

「当たり前でしょ! それに、こんなルール不公平すぎるわ。私たちが勝ったら、あんたたち六人でキスしなさいよ」

「はあ? ふざけんなよ?」

「ふざけてるのは、どっちよ」

「ストーップ!」


 そっぽを向いた藤本に変わり、ため息を吐きながら河合が二人を止めた。

「いいかい? 罰ゲームはどちらもある。女子はキスだけど……そうだな、そっちが負けたら。なにしてくれるんだい?」

「キスくらいの衝撃は欲しいわよね」


 桜の言葉に、少年たちは顔を見合わせ、その中でも長身の少年が口を開いた。

「おまえらが勝手に決めただけだろ。オレらがそれに付き合う理由なんかねーよ」

 彼の言葉に、他の少年たちは口々に、そうだそうだとわめき始める。

 藤本は、やっと気付いたかとばかりに、心の中でこっそり舌を出した。

「じゃあ、問題起こすなよ。後輩の面倒くらい、ちゃんと見てくれよな? 吉野」

 その言葉を発するや、彼らに沈黙がおりた。一人、また一人と背後を振り返る。

 残った吉野と呼ばれた長身の少年は、ばつが悪そうに頭を無造作に掻いた。


「悪かったって。手が出る前には止めてたって」

「先輩、知り合いっすか?」

 驚きに満ちた視線に、苦笑いをしながら吉野はうなずく。

「まあ、よく悪さをしてた友達だよ。あいつにだけはケンカふっかけるなよ。返り討ちにあうぞ」


 息を呑む音は、敵味方関係なかった。

 盆踊りの軽快な太鼓の音や熱気が、辺りを包む。

 信じられない者を見る目つきで、海斗たちも藤本を眺めれば、学生服を着ていた時は華奢に見えていたその体も、よく見れば甚平から見えている範囲の胸は確かに筋肉質である。


「藤本先輩って、ケンカ強いんだ」

 真樹の感嘆する声に我に返り、桜がかみついた。

「だったら、勝負とか言う前になんとかしてくれればよかったのに!」

 藤本は言い返すことはなく、ただ小さく肩をすくめた。

「桜、そう言うなって。先輩は生徒会長だから、下手なこと出来ないんだよ。きっと」

 その海斗の言葉が気に入ったとばかりに、頭をなでてやれば、嫌そうに振り払われた。

 仕方なく吉野を含めた六人に向き、にやりと笑う。

「おまえたち、見たところ一年だろう?」

「……それが、なんだよ」

「そんなに勝負に勝ちたいんだったらな、生徒会長になれ!」

「そりゃ話が飛びすぎじゃね?」

 いつの間に買ってきたのか、話に参加した葉の手には、お茶のペットボトルがにぎられていた。

「そんなことはないぞ。オレはケンカで勝負つけても無駄だと知った。井の中の蛙だ。勝ったところで、小さな世界の中の小さい男で終わるだろ? 見てみろ。内申も問題なく、教師からも信頼される。このオレが、だぞ?」

 姿勢を正し、胸を張りながら言う彼に、吉田は感心した声を出す。

 あきれたようにため息を吐いたのは、海斗を含めた四人組だけだったが。

 口をとがらせて、少年の一人が声をあげた。

「オレらが、そんなもんになれるわけないじゃねーか」

「立候補してもない奴が吠えるな。立候補することに意味がある。今年がダメでも、来年だ。どんな役職であれ生徒会に入りさえすれば、安泰だろ?」

「もしくは、そんなにも腕に自信があるのなら、風紀委員に立候補すればいい。生徒会と同じく印象は良くなる」

 付け足した河合の言葉にも、まだ納得がいかないという風に無言で目配せしあっている。

 吉田は、みんなの様子にただ首をすくめただけだった。

 海斗は葉を見た。葉も海斗を見てうなずいた。


 そうだ。これが先輩たちの真骨頂。秘技、丸め込みの術。


 海斗たちの、その無駄な目配せを見て、桜と真樹も視線を合わせた。

 そして二人同時に、盛大なため息を吐く。


 男って、無意味なことに情熱を燃やすよね。と。


「大人に逆らってばかりいるのが主張だと、勘違いするなよ? 認められた奴が、大人と対等に渡り合える発言が出来るんだ。ちなみに、この二人も生徒会候補だからな」

『……はあ?』

 藤本の右腕には海斗。左腕には葉が逃げられないように捕獲される。

 とうとつな彼の言葉に、そんな話、聞いたことがないと、二人とも耳を疑った。

 もがいても抜けるどころか、しめつけてくる腕に、海斗と葉はそのままの状態で目を見合わせる。

 一年の生徒会役員は、もちろん海斗たちではない。

 実績もなにもない二人が、生徒会長だなんて考えられないし、やりたくもない。

 初耳中の初耳に、葉がうめいた。

「ボクたちがなれるわけ、ないじゃないか」

「それはどうかな? オレが無駄に今の地位であぐらをかいているだけだと思うのか? 使えるものは、なんだって使うさ。たとえオレたちが卒業してもな」

 不敵に笑う藤本に、海斗はその腕から逃れることをあきらめて、口をとがらせた。


「……いやあの。別にそんな地位、ボクはいらないし」

 まったく乗り気ではない海斗と葉に、藤本は二人にしか聞こえないように顔を寄せた。

「ばかか、おまえら。生徒会ともなれば、女の子からもてはやされるわ、差し入れとか告白とか、日常茶飯事だぞ?」

 葉の顔が、真剣みを帯びる。


「しかもだ。そんな状態で、自分に好きな女がいれば……落とすのなんて、簡単だろうな」

 海斗はおもわず、桜へと目をやった。

 その意味がわからず、桜は小さく首をかしげる。彼女がわかったことといえば、またなにか吹き込まれているな。ということくらい。


 二人から抵抗する力がゆるむのを感じ、腕をはずす。藤本は勝ち誇った顔で吉田を含めた六人を指差した。

「と、いうわけで。おまえたちも、三年になるまでに生徒会役員になっているように」

「ばか言うなって! わけわかんねーよ、おまえら」

 尻込みをしはじめた彼らに、藤本がつまらなそうに目を細める。

「……なんだ、やっぱり見かけ倒しか。二校合同の文化祭なんて出来たら面白いと思ったのに」

「じゃあ、ボクたちを巻き込まないで、部長たちがやってくださいよ」

「一度やれば、また来年も。となるだろう? その時に、事情を知ってる人間が先に手を組んでいれば、この上なく楽じゃないか」


 けたたましく鳴る音楽が、同じ向きに流れていく人の群れが、藤本と河合以外の心をさかなでる。


 一番初めに声を出す勇気を得たのは、桜だった。

「……あのさ、これ以上めんどくさいことになる前に、帰ってくれないかな? ううん。お祭りに参加しててもいいから、私たちの前から早急に立ち去ることをすすめたいんだけど」

 その言葉に我に返った吉野をのぞく五人は、悪態をつくことなく足早にきびすを返した。

 小さくため息を吐き、吉野が苦笑いをする。

「変わってねーな、おまえら」

「そうか? 吉野も、こんなにも近くに引っ越すくらいなら、こっちの学区に通えばよかったのにな」

「ばか言うなよ。おまえらとつるむのは、疲れる」

「そうだね。オレも時々そう思う時があるけど。まあ、楽しいよ?」

「ちょっと待て! なんか、オレばっかり悪者になってないか? それより、吉野はどこの高校希望なんだよ……」


 三人が仲良く言い争っている間に、海斗たちはいちおう小さく声をかけ、その場を離れた。

 とりあえず乾いたのどをうるおすために、飲み物屋を探せば、さきほどの五人とはちあわせる。

 しかし、おたがい引きつった顔で笑顔をかわし、言葉をかわすことなく目当ての飲み物を購入して立ち去った。


「なんかさー。お祭りって気分じゃなくなっちゃったね」

 そう桜がため息混じりにつぶやけば、みんなは無言でうなずく。

 それでもみたらし団子を買って、部長たちがいるはずの場所とは逆の端に寄れば、またしても五人組と顔を合わせた。

「なんか、けっきょく考えることは同じなんだね」

「違いないな」

 真樹の苦笑に、葉が笑いをこらえて肯定する。

 なんとなく気まずいものの、ジャングルジムを椅子がわりに、四人は並んで座った。

 とつぜん海斗から悲鳴があがる。


「やべ! 今、携帯が変な音した!」

「なんだよ。忘れてたのかよ」

 慌てて尻側のポケットに入れていた携帯を取り出せば、どのボタンを押しても画面が切り替わらない。

 光がうっすらとしか届かない小学校の校庭で、目に見えてわかるくらい、海斗の顔色が変わる。


「どうしよう……絶対、怒られるんだけど」

「そりゃ、海斗が忘れてたのが悪いんだから、素直に怒られとけよ」

「葉は、お母さんの怒った時のこと知らないから、簡単に言えるよな!」

「……知ってるよ。小学校、低学年の時だったかな。怒られたじゃん、二人で」

 口をとがらせて、みたらし団子がついている串を、葉に突きつければ、葉も剣を交えるように、自分の串でそれを払った。

「そんなことしてる場合じゃないんじゃない?」

 あきれた声で桜が結ってある髪の毛を気にして手をのばせば、少し離れたところから声がかけられた。


「一回、電池はずしてみろよ。ひょっとしたら直るかも」

 おそるおそるかけられた声に振り向けば、五人の中の一番背の低い少年がこちらを見ている。

「電池って?」

「おい、海斗!」

 怖がるふしもなく、海斗が携帯を差し出そうとするのを葉が止めた。


 今までからんできていた連中を、信用するな。とばかりに。


 しかし、その少年が手をのばし、奪い取るかのように海斗の手から携帯を取り、裏のフタを開ける。

 ちゃんとフタを閉め直して、海斗へと放って、慌てて受け止めれば正常に動いていた。

「ありがとう! でもなんで直ったんだ?」

「ぶつけたりすると、時々ずれたりするんだよ。それで直らなかったら、ショップに行かないとダメだけどな」

「そっか。助かったよ! まじで!」


 目を輝かせ、嬉しさを隠そうともせず礼を言ってくる海斗に、背の低い少年が――とはいえ、海斗と同じくらいだが――少しうろたえた。

「……別に」

 そう言って地面に座っていた少年が立ち上がる。

 つられて立ち上がった仲間の四人は、ニヤニヤと笑って少年の頭をこづいた。


「友達になりたいんなら、はっきり言えばいいのに」

 桜の言葉に、少年は驚いたように二度見してから叫ぶ。

「うるせー! だれが他校のやつらとつるむかよ!」

「でも、ボクはすっげー感謝だからな。部長たちの言葉とか気にしなくていいからさ」

 真樹がカメラを構えて、シャッターをきった。白く強い光が暗闇に慣れた目を直撃する。

 目を押さえて、背の低い少年がわめく。

「う、うるせー! うるせー!」

 振り向きもせず彼らは校庭から姿を消した。


 海斗も機嫌よく伸びをして、帰ろうと声をかける。

「やっぱり、海斗にはかなわない気がするわ」

「私もそう思った」

「……違いないな」

「な、なんでだよ? 礼を言っただけじゃんか」

 眉をひそめて前髪を触れば、みんなが吹き出した。

 それを横目に、さらに口をとがらせる。先に歩き出せば、葉が笑いながら追いかけてくる。


「海斗くーん。ほら、団子買ってやるからさー」

「いらねーよ! もういいから、帰ろうぜ」

「ほら、最後の一個あげるから」

 桜が残り一個となったみたらし団子を差し出せば、海斗は顔を赤くしておもわず立ち止まった。

 そんな海斗の背後で、にやりと口の端を持ち上げた葉。

「なに立ち止まってんだよ、海斗。おまえもエロがわかってきたなー」

「え、エロくなんかないよ!」

 大声で葉につかみかかれば、たくさんの視線に気付いて顔をあげる。

 くすくすと周りの見知らぬ人たちに笑われて、海斗は首まで赤く染まった。


「ばーか!」


 一声叫んで真樹の腕を引っ張り、桜は顔を赤くして海斗たちから一刻も早く立ち去ろうと下駄を鳴らした。

「自分たちだけで逃げようったって、そうはいかないからな! 桜、真樹!」

「ちょっと! 名前呼ばないでよ! 仲間だと思われるでしょ!」

 葉の呼びかけに、桜が怒りの形相で悲鳴をあげる。


 走りにくい着物と下駄では、サンダルをはいているとはいえ、ハーフパンツの彼らを振り切ることは難しい。

 おかしな笑い声をあげて追いかける葉に、桜と真樹がまたしても悲鳴をあげて逃げ出す。

 ぼうぜんと立ちすくんでいた海斗も、その光景にくすりと笑い、駆け出した。



自分の描いた祭絵に、話をつけたくなって書いてしまいました。特に今回、教訓なるものが入っておりませんが、楽しんでいただければと思います。


*時間シリーズとして書いた続編をまとめた、目次を作成しました。

 下部『そこに在る時間』リンクから、気軽にのぞいてくださると嬉しいです。


*光太朗様から、とても素敵な『時間シリーズ』を書いていただきました!

 みんなの特徴をいかんなく発揮してくださってます! 嬉しくて嬉しくて〜♪

 後書きあとに、リンクを貼りましたので、ぜひぜひのぞいてみてくださいませ♪


二次創作、時間シリーズ(いただきもの)

・『ちょっとだけ憂鬱な時間』(光太朗様作)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かった。もうちょっと恋愛があれば、最高だなと思います。まぁ、僕自身がそう思っただけですので気にしないでください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ