Q︰何があったの…… A︰話せば長く。
「メリナさん。僕、結構本気でメリナさんみたいなお姉さんが欲しいです」
「レイくん。私、結構本気でレイくんみたいな弟が欲しいわ」
「冗談から本気になった瞬間である」
ネルクが死んだような目で呟いた。
「メリナ姉様、レイって呼んでください」
「レイ!」
「メリナ姉様!」
ひしっ。
「一体何を見せられているんだろう」
ネルクの目は変わらない。むしろ酷くなっている。
ちなみに、だが。ツェッドは、門番の仕事を抜け出していたことを思い出して戻っていった。つまりどういうことかというと。
ツッコミ不在である。
「姉様、僕の家の養子に……僕の本当の姉になってくれませんか?」
「……魅力的な提案ね」
「えっ!?」
完全にダメ元、というか、断られること前提の質問だったので、メリナが真面目に考え始めてしまい、レイは逆に驚く。
「あっ、あの、ご家族の方は……」
「……あぁ、そうね、ごめんなさい。普通、真面目に考えられちゃったら困るわよね。……いないの」
「え?」
「……私には、もう。家族は、いないの」
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。もう吹っ切れてるから」
メリナはそう言いながら、レイを強く抱きしめる。
「……でも、養子にって、レイが勝手に言っちゃっていいの? それこそご両親とか……」
「あ、それは大丈夫です。僕の家で一番権力持ってるの僕なので」
「えー……」
至って冷静な口調で言うレイに、メリナは思わず呆れたような声を漏らす。
「えっと、レイって十二歳だったかしら?」
「はい、そうですけど」
「……それでなんでそんなことに……」
「……話せば長くなるかもしれませんし、ならないかもしれません」
「いや、どっちよ」
「さぁ? 何を話して何を話さなければいいのか分からないので。今まで、誰かに説明なんてしたことありませんでしたから」
「……もしかして、あまり聞かれたくないようなこと?」
「そんなことは。ただ、機会がなかっただけです」
「そう……ならよかった」
気分を害してしまったのでは、と思ったメリナは、その言葉を聞いて胸をなでおろす。
レイは、近くで現実逃避なのかぽけーっとしているネルクに問いかける。
「ちなみに、ネルクさんは聞きます?」
「へ? ……あぁ、えっと。身の上話、ということになるんですよね? ……なら、聞かないでおきます。今後関わりがあるかも分かりませんし」
「……関わり、ないんですか? 姉様とコンビなんじゃ……」
「いえ、これはあくまでも臨時パーティー。依頼達成のための、暫定的なものですから」
「そうなんですか……」
「はい。……では、私はそろそろお暇しますね。この街のギルドで、報告も済ませましたし。メリナさん、レイ君、また機会があれば、どこかで会いましょう」
頭を下げ、席を離れるネルク。そんな彼に二人は声をかける。
「助かったわ。依頼を手伝ってくれてありがとう」
「また会えることを祈っています。……なんて、僕が言うと、大抵叶うんですけどね」
レイの言葉にネルクは一瞬不思議そうな顔をしながらも、ギルドを出ていった。
それを見送ったレイは、同じく見送っていたメリナに向き直る。
「では、姉様。僕の話をしましょう」
メリナがこちらに意識を向けたのを確認して、レイは話し始める。
「……まず、この話をするには、僕の加護の話をしなければなりません」
「加護の話?」
「はい。まだまだ短い付き合いながらも、なんとなく分かっているのではと思うのですが……僕の加護は、“運が良くなる”加護です」
「運が良く……“幸運の加護”ね。当たり加護の一つと言われている。……なるほど、確かにそれなら色々と納得が行くわ」
幸運の加護。その名の通り、運が良くなる加護。人によって程度の差はあれ、デメリットの全く存在しない、比較的当たりの加護だった。……しかし、レイは首を横に振る。
「僕のこの加護は、当たりと言うにはあまりに度が過ぎるんです」
「度が過ぎる? ……幸運の?」
「はい。……家族には、僕の加護は“神運の加護”と呼ばれています」
「神、運……?」
「そう。神、です。運が良すぎるんですよ。僕の場合」
「それって、悪いことなの……?」
「普段は、何も悪いことなんてありません。……でも。僕の加護は、僕にとって幸運になるように……都合の良くなるように、世界を変えようとしてしまうんです」
「なっ……」
メリナは、思わず絶句する。世界を変える――それほどの規模の加護を、彼女は、いや、この世の誰もが知らなかった。
「僕が産まれた一年後、兵士だった僕の父が戦場でとても大きな功績を残し、騎士へと昇格しました。それから三年もすると、極々平凡だったはずの僕の村は、いつの間にかそこそこ大きめの街になっていました。当然、父の収入が増え、また住んでいた場所も豊かになったことで、僕の暮らしもどんどん良くなっていきました」
「へぇ、それは運が……まさか」
自分の発言で何かに気付き、メリナは目を丸くする。レイはそれに頷きつつ、話を続ける。
「それから二年程でしたか。気付けば、僕の住む街があった領地もまた、大きく、強くなっていました。更に三年。僕のいた、中規模だったはずの国は、近隣国の中では一番の強国になっていました。その頃、騎士となっていた僕の父は再びの武功を上げ、僕の家は貴族に取り立てられました。……全て、僕の加護が、僕にとって都合のいいように、僕がより豊かに暮らせるように世界を変えてしまった結果です」
「そんな……たった一人の加護が、そんなことを……」
「その頃になってやっと自分の加護の異常さに、僕も、家族も気付きました。そして、こんなことにも一緒に気が付いた。――僕の周囲の環境をどんどん良くしていく、この加護。もしも僕がこのままでいたら、この世界の、国々のパワーバランスが崩れてしまうのではないか、と。僕の国だけが、強くなり過ぎてしまうのではないか、と」
「そう……それで、レイは旅を……」
「はい、そういうことです。一国だけを強くしすぎないために、他の国も同様に強くするために、僕は旅をしています。一つの村には一週間。一つの街には一月。一つの領には半年。そして、一つの国には一年までしか滞在出来ません。いえ、むしろそれまではしっかり滞在していなければならないんです。でなければ、丁度いい具合まで育たない。……本当に、迷惑な話ですよ」
小さく笑ってそう付け加えるレイ。そんな彼に、メリナは真剣な表情で。
「……レイ。その話、本当に信用出来る人にしかしちゃ駄目よ?」
「なんでですか?」
少し考えれば分かる、その危険さ。しかしレイは、不思議そうに首を傾げる。
「なんで……って、分かるでしょう? 国にとって、その加護がどれだけ有用か。下手をすれば、一つの国に縛り付けられる可能性だってあるのよ?」
そう。監禁――まではいかなくとも、軟禁するなり何なりして国内に留めておけば、国は勝手に成長するのだ。その利用価値は計り知れない。
――そう、メリナは思ったのだが。
「……あぁ、そういうことですか」
そういうことか、というよりも、そんなことか、といった様子のレイ。
「なら問題ありません。言ったでしょう? 僕の加護は、僕に都合のいいように働くって。もし僕にそんなことをしようものなら……その国は、いつの間にか無くなっているかもしれませんね」
薄く笑って言うレイ。温厚な性格――そう思っていたメリナは、背筋に冷たいものを感じる。
「――っと。話が逸れましたね。まぁ、そういう訳で、僕の家が裕福になったのは僕のおかげですから、ヴィルゴート家では僕が一番権力を持っているんです」
「な、なるほど」
今度はふわっと笑いながら言う。そのレイの変わりように戸惑いつつも、メリナは頷く。
「だから多分、僕がいきなり姉様を連れ帰って養子にしてくださいと頼んでも、家族は断れません。……妹は反抗するかもしれませんけど……そうだ、フェリア……ううむ、困りましたね」
「妹さんには弱いのね……」
「何を言いますか。姉様の妹にもなるんです。あの子の可愛さにすぐにやられてしまうこと間違いなしですよ」
「そ、そう……?」
「はい、そうです」
自信満々に言うレイ。メリナ、会うのが少し楽しみに。
「善は急げです。さ、僕の家に帰りましょう! この国にいるのもそろそろいい時期ですし!」
「え、ちょ、いきなり……」
メリナは、レイに引っ張られて行った。