Q︰殴られてぇのか!? A︰えー、やめて下さいよ。
連載開始前に予約投稿してるから、評価が分からない……。読んでもらえてるのかな、これ。
とある日の、昼下がり。
たどり着いたサラクの街の前で、レイは困り果てていた。
「ほら、身分証は」
「……実は、旅の途中で落としちゃって」
「ならここは通せんな。諦めろ」
「うぇー」
いくら運が良くとも、うっかりは起こり得る。そしてレイは、“うっかり者”と呼ばれるタイプの人間であった。
「あの、門番さん」
それでもレイは諦めない。何故なら、その内加護が仕事してくれるはずだから。
「あ?」
「旅人ギルドか狩人ギルドで再発行したいんですけど……見張りは付けてもらっても構いませんので、そこまで行くことは出来ませんか?」
「ギルドぉ? お前みたいなガキがか?」
「む、失礼な。確かに僕は、年齢の割にちみっこいとか言われたりもしますけど、これでも十二歳です。旅人ギルドも狩人ギルドも、登録自体は出来る歳なんですよ?」
「そうかそうか、そりゃすまんな。だが、十二歳のガキが一人で旅なんかしてるってのか?」
「まぁ、色々と事情がありまして。家から追い出されたとか、家出したとかではありませんよ? 家族との仲はとっても良好です」
「聞いてないんだが……まぁいい。見張りか……なら俺が付いて行こう。それと、念の為何か貴重な物を預かっておくぞ」
「そんなことしなくても街中で逃げ出したりなんてしませんけど……」
言いながら、レイは唯一の持ち物である、腰に吊した巾着袋を門番の男に手渡す。
「……今更だけどよ。旅してるってのに、持ち物これだけなのか?」
「魔法袋なので、中にはいっぱい入るんです。大事なものですから、落とさないでくださいね?」
「身分証落としてきた奴には言われたくねっての。ほれ、行くぞガキンチョ」
「ガキンチョではありません。僕の名前はレイです」
「わーったわーった。早くしろ」
さっさと行ってしまう門番に、レイは頬を膨らませながら付いて行くのだった。
✦ ✦ ✦ ✦ ✦
「ところでガキンチョ」
ギルドに向かって歩いている途中、門番の男がおもむろに声をかける。
「レイです」
「……レイ」
「何ですか? 門番さん」
「お前流に言うなら、俺は門番じゃなくツェッドだ」
「失礼しました。ツェッドさん、何ですか?」
改めて聞き返してくるレイに、ツェッドはボリボリと頭をかく。調子狂うな、なんて考えながら。レイは基本マイペースなので仕方ない。
「お前、なんでわざわざ旅人ギルドと狩人ギルドの二つに登録してんだ? だったら冒険者ギルド一つに登録しちまった方がはえぇだろうに」
確かに、その通りだ。旅人ギルドに登録していれば、各地の宿などで割引があったり、国境を通るときの税金が免除、もしくは減額されたりする。狩人ギルドに登録していれば、自分が狩った獣や魔物を買い取ってもらえるし、旅人ギルドと同様に武具店で割引があったりする。だが、冒険者ギルドならその両方の恩恵のほとんどを受けられるのだ。
そう思っての質問だったのだが、レイはやれやれと言うように首を振る。ツェッドの額に青筋が浮かぶ。
「確かに、冒険者ギルドに登録してしまった方が手っ取り早いでしょう。でも僕、依頼とか受ける気ないんですよ」
冒険者ギルドに登録してしまうと、最低でも月に一回は依頼を受け、達成しなければならない。
「旅人ギルドは当然なんですけど、僕が狩人ギルドにも登録しているのは、旅の途中で狩った獲物を楽に処理したいからなんです。正直、それ以上はほとんど求めてないです。だったら冒険者ギルドに登録するのとどっちがいいか、分かりますよね?」
「……分かった。お前の考えはよぉく理解した。だからな……」
ツェッドはプルプルと握りしめていた拳を開き、レイに人差し指を突きつける。
「その小憎たらしい表情をやめろ! 思わずぶん殴りたくなるじゃねぇか!!」
「えー」
「えーじゃねぇよ! 何だお前、殴られてぇのか!? 殴られてぇんだな!? よーしいいぞ、歯ぁ食いしばれやぁ!」
「やめて下さいよ。野蛮だなぁ」
「なら! 俺はこの、お前に溜められた鬱憤をどこで晴らせばいいんだ!」
「そのくらい自分で考えてくださいよ。なんでわざわざ僕に聞くんですか?」
「お、ま、え、が! 原因だからだよ!!」
「そういう、何でもかんでも人になすりつけるの、良くないと思いますよ」
「お前が原因なの! なすりつけじゃなくてね!? 俺が言ってること分かる!?」
「分かりますよ。馬鹿にしないでください」
「馬鹿にしてんのはどっちだよ!!」
ツェッドのツッコミが止まらない。レイのマイペースは今に始まったことじゃない。
と、そんなこんなしている間に、二人は旅人ギルドに到着していた。
「あ、着きましたね」
「あぁ……やっと、やっと着いたか……」
ツェッドが疲れきっている。一から十までレイのせいだが、彼にその自覚はない。
「おじゃましまーす」
レイは、そんな声を上げながら扉を開く。
ギルドの中は、殺伐としたものであった。人がほぼいない。ギルド側の人間すらほぼいない。
とはいえ、旅人ギルドではこれが当たり前だ。どの街でも、どの国でも変わらない。何せ、先程ツェッドが言ったように、そもそもこちらに登録するくらいなら冒険者ギルドに登録する者がほとんどだし、こちらに登録していたとしても、旅人である以上街にいることすらほとんどない。そもそも、ギルドに来る必要もないというのが現状であった。余談だが、暇な割には給料がいいので、旅人ギルドの受付は割と人気の職業である。
そんな怠け者の集まりである旅人ギルドの受付に向かおうとしたレイ。
「レイくん!」
そんな彼を呼び止める声。
レイは首を傾げながら振り返る。聞き覚えが、あったような、ないような。
レイの目に写ったのは、視界いっぱいに広がる白い布。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には、めのまえが まっくらに なる。
そして、ついでに感じる柔らかさ、温かさ。
「「あぁっ!」」
ツェッドと、もう一人知らない男性の悲痛な声が聞こえるが、レイは混乱でそれどころではない。
(なんですかこれ、なんですかこの状況。全く分からないんですが。……あぁでも、気持ちいいからいいやぁ……)
レイは考えるのをやめた。
「――あっ、ごめんなさい!」
そんな声と同時に、あの柔らかな感触が離れていく。
先程の逆再生のように視界が白く染まり、それが更に離れると、その白い布が服――それも、女性服だったことが分かる。もっと言うと、やっと全体が視界に入った女性の体格から見て、レイの顔に押し付けられていたのがその女性の豊満な胸であることも――。
(わお、凄いですね、えっちぃですね。嫌いじゃないですよ、とっても)
レイは素直な男の子だ。
(このくらいの“幸運”なら大歓迎なんですけどねー)
ついでに、自分の加護を思って若干暗い気分に。まぁ、今更どうにもならないのだが。
あと、胸を押し付けられるのが大歓迎というのは、ツッコんではいけない。だって男の子だもん、仕方ない。
さて、レイは、幸せな感触をくれた女性(という認識。レイの好感度はとても高い)を改めて見て、首を傾げる。
(……はて、どこかで見覚えがあるよーな、ないよーな……)
「……さすがに、覚えてないみたいね」
そんなレイの様子を見て、女性は少し気落ちしたように言う。
「……えと、すみません」
「いえ、いいの。どちらかというと、私達にとってあなたが印象的だっただけだから」
女性は首を振って、小さく笑う。
「自己紹介をするわね。私はメリナ。冒険者をしているわ。それで、そっちのが――」
メリナと名乗る女性は、自分の後ろにいる男性を見る。
「そっちの、という紹介は少々不愉快ですが。ネルクです。よろしく、レイ君」
「あっはい、よろしくお願いします」
レイは、ネルクが差し出した手を取る。
「……それで、僕に何かご用でしょうか? 冒険者のお二人が……」
「あ、そうそう。忘れるところだったわ。はい、これ」
メリナは、胸元から何やらカードらしきものを取り出す。反射的にそれを受け取るレイ。
「あ、これ……」
それは、レイが落としたはずの身分証だった。身分証には、レイの名前に、年齢、所属ギルドが明記されている。
「落ちているのを見つけたの。旅人ギルドに所属しているって書いてあったから……まさか、こんなところで会えるとは思わなかったけどっ!?」
最後に上がった声は、満面の笑みを浮かべたレイが抱きついてきたから。
「ありがとうございます、メリナさん! 丁度僕、すっごい困ってたところだったんです!!」
「はぅっ」
メリナは母性をくすぐられた!
……確認しよう。レイは十二歳。ギルドにはかろうじて登録出来るものの、まだまだ子供だ。
対してメリナは、二十三歳。十八歳で成人し、そろそろ結婚願望が芽生えはじめ、家庭に憧れてきた頃だった。
レイは、とある事情から一ヶ所、ひいては一国に留まることが出来ず、まだ幼い頃から様々な国を転々としていた。つい最近までは誰かが一緒に付いてきていたし、最低でも年に一回は自宅に戻るようにしていたが、それでもまだまだ家族に甘えたりなかったのだ。
だからつい、優しい笑顔を見せてくれたメリナに甘えてしまった。
その結果何が起きたかというと。
メリナが、落ちた。
「レイくんっ!」
メリナはレイの名前を呼んで、彼を強く抱きしめ、撫で回す。
「メリナさん……」
レイは顔をだらしなく緩めると、促されるままにメリナの胸に顔を埋める。
「あぁ、レイくん……」
メリナの母性にダイレクトアタック!
「メリナさぁん……」
レイのまだ幼い部分にもダイレクトアタック!
「……おい、身分証……手に入れたなら見せろって……」
「……ふ、ふふ、ふ……」
「……笑顔が暗いぞ。大丈夫か……?」
「……大丈夫。えぇ、大丈夫ですとも。別に、レイ君そこ代われとか、私達完全に忘れられてますねとか、思ってないですし……」
「……言うな。悲しくなるから……」
ツェッドとネルクが何故か意気投合していた。
そして、レイとメリナは、しばらくの間抱きしめあっていたという。