Q︰偶然ですか? A︰大体運のせいです。
という訳で新作。のんびり行きましょ。
加護。
それは、この世に存在する、全ての命あるものに授けられる、神よりの贈り物である。
かつて、長年続いた戦争を一人で終結させた英雄がいたという。そんな英雄の力となったのも、加護。
かつて、この世界の技術を大きく発展させた研究者がいたという。そんな研究者の頭脳となったのも、加護。
かつて、今まで数百年の歴史を誇る大国を、たった一代で繁栄させた王がいたという。そんな王の手助けをしたのもまた、加護だった。
加護は、この世界のあらゆる生物、それこそ植物に至るまで全てにとって、なくてはならないものとなっている。歴史が動く影には、必ず強力な加護がある、と言われているほどだ。
さて、そんな加護だが、実は、割とくだらない効果のものが結構あったりする。「朝に強くなる」とか、「髪型が崩れにくくなる」とか、中には「塩と砂糖を間違えなくなる」なんていう加護まで。
その中で、利用価値のある加護を授かった者は、例外なく大成出来る。
例えば、戦闘能力が上がる類の加護を授かれば、騎士や冒険者として間違いなく成功するだろう。
頭がよくなる類の加護を授かれば、学者として間違いなく成功するだろう。
それだけ、加護の存在は大きなものなのだ。
さて、そんな中、他に例のない、とても珍しい加護を授かった少年がいた。
その少年の名は、レイ・ヴィルゴート。ごく最近貴族となった、ヴィルゴート家の長男だ。歳はまだ十二歳。
そして、レイの授かった加護は、運が良くなるという、ただそれだけのもの。
ただ問題は、その度合いであった――。
✦ ✦ ✦ ✦ ✦
そこはいわゆる、紛争地帯だった。
仲の悪い二つの国の国境で、小競り合いが続いているのだ。
「くっ……!」
冒険者だろうか。動きやすそうな服に身を包み、剣で武装した女性が、怪我をした右肩を押さえながら歯噛みする。
「割の良さそうな依頼があったから受けてみれば、まさかいきなり大部隊が現れるなんて……! 小規模なゲリラを鎮圧して終わりのはずだったのに!」
「愚痴を言っても何も変わりませんよ、メリナさん。今は生還することを考えないと」
「分かってるわ、分かってるけど……!」
隣に座り込む優しげな目つきの男性に諭される、メリナと呼ばれた女性。しかし、いつ死んでしまうかも分からないこの状況が、彼女を焦らせる。
と、そんなとき、彼女の視界の端に、銀色の輝きが。
「ッ!?」
援軍か、それとも敵か。
慌ててそちらを見たメリナの視線の先には、気怠げにのんびりと歩く少年の姿が。
「……え?」
思わず間の抜けた声を漏らすメリナ。
「? メリナさん、一体どうし――へ?」
隣の男性も同様に、目を丸くする。
どうやら先程の銀色は、鎧や武器などではなく、あの少年の髪が太陽の光を反射したもののようだ。
見たところ、年齢は十代前半。しかしそこそこいい身なりをしていて、間違ってもこんな場所を歩いているような人間ではないように思えた。戦闘系の加護持ちにしても、武器の一つも持っていない――どころか、防具も着けていない。
と、そんな少年のところへ、戦場から流れたのか火の玉が。
「危ないっ!」
思わず声を上げてしまうメリナだが、少年は不意に屈んだかと思うと、そのまま火球をやり過ごしてしまう。
そして身を上げた少年の手には、いかにも今拾ったようなコインが。
「……偶然でしょうか?」
「さぁ……あっ、また火球が!」
再びの流れ魔砲。すると少年は今度は、いきなり立ち止まったかと思うと、その場にしゃがみ込んでしまう。
少年の歩く先を通った火球。
立ち上がった少年は、調子を確かめるようにつま先をトントン、とすると、満足げに頷いて再び歩き始める。まさか、靴紐を結ぶために立ち止まったのだろうか。
――おかしい。
それが、この二人が抱いた、率直な感想だった。
いや、何が、というと上手く言葉には出来ないのだが、強いて言うなら、偶然にしては出来すぎている、といったところだろうか。
他にも、彼の格好だとか、ここは町や村からもかなり離れているというのに荷物の一つも持っていないところだとか、上げるとキリがないのだが、それはともかく。
メリナと隣の男性は向き合うと、意を決したように頷き、少年の方へと近付いて行く。
足音に気付いたのか、振り返る少年。「何?」というように首を傾げると、その直前まで頭があったところを、魔砲の衝撃で弾けとんだのか小石がかなりの速度で通過していく。
「「…………」」
もう驚くまい。
そう心に決めた二人が少年の前に立つと、彼は何を思い立ったのか急に頭を下げる。
「初めまして。僕はレイ・ヴィルゴート。今は旅を「うわあぁぁぁあああっ!」ろしくお願いします」
「「…………」」
前言撤回。
早速驚きのあまり目も口も丸くするメリナ達。
だって仕方ない。レイと名乗った少年が綺麗なお辞儀をする直前までその頭があったところを、何やら兵士らしき者が叫びながら吹き飛ばされていったのだから。
しかもレイ自身は、それに動じもせず話し続けると来た。
これで驚かない方がどうかしている。
レイは兵士が吹き飛ばされていった方をちらっと見ると、「またか」と言うように軽くため息を吐く。
(反応それだけ!?)
と、メリナが驚いたのも、無理のないことだろう。
「――ところで」
と、レイが口を開く。
「お二人は、僕に何かご用でしょうか?」
その言葉に、メリナは本題を思い出す。
「あ、あぁ、えぇと……なんて言えばいいのかしら。さっきから、あなたの周りで起きることがおかしい気がして……偶然、なの?」
レイはそのメリナの質問に何を言っているのか分からない、というような顔をしてから、何か得心がいったのかぽん、と手を叩く。
そして、彼がこういった類の質問をされたとき、常套句としている言葉を口にする。
「――あぁ、それ、大体運のせいですね」
「へ?」
言っている意味が分からず、首を傾げるメリナ。隣の男性も同様にしている。
レイはそんな二人に少し困ったように笑うと、それでは、と言って踵を返す。
「お二人が無事生き残ることを、心から祈っています」
そう言い残して、再びゆっくりと歩き出した。
更に首を傾げる二人だった。
――その後、メリナ達は、度重なる幸運に見舞われ、それからは大した怪我をすることもなく生還したという。
それとあの少年が残した言葉に関係があったのかは、分からない。