第97話:兵の質
「これ、どうするかなぁ……」
襲ってきた野盗の一団を撃退したレウルスだったが、街道に散らばる肉片や血の海を見回して呟いた。
一応両手を合わせて冥福を祈るが、先に仕掛けて来たのは野盗達の方だ。最初に放たれた矢も、気付かなければレウルスの首元に刺さっていた。
それ故に半数以上を殺めたことに後悔はない。それでも殺し過ぎる前に降伏を勧告するべきだったか、とレウルスは思った。“後処理”の手間が面倒すぎるのだ。
そして、血の海の先ではエリザが放った雷魔法で気絶した野盗達の姿もある。こちらは一人も死んでいないが、このまま放置して旅を続けるわけにもいかないだろう。
「サラ、空に向かって火炎魔法を撃ってくれ。近くに兵士がいるなら気付いて様子を見にきてくれるだろ」
「はいはーい……よっと!」
サラは右手を空に向けると、花火のように火球を打ち上げた。火球は数十メートルの高さまで上昇すると、派手に爆発して轟音を響かせる。それを三回ほど続けてみるが、近くに兵士がいれば駆けつけてくれるだろう。
(でも、こんなに大量の野盗がいるぐらいだしな……兵士が巡回してない可能性もあるのか)
その場合、死体は埋めるなりサラの火炎魔法で荼毘に付すしかない。殺さずに済んだ残りの野盗達に関しては――。
(まあ、その時は“運が悪かった”ってことで)
時間が貴重な時に襲撃してきたのだ。落とし前はきっちりつけようとレウルスは思考する。放置して立ち去っても良いが、恨みに思ってラヴァル廃棄街に手を出される可能性が少しでもある以上、禍根は断つべきだろう。
「ワシの魔法、必要なかったじゃろ……レウルスとサラだけで片付いたじゃろ……」
色々と物騒なことを考えていたレウルスだが、いじけるようなエリザの声が聞こえたため意識を切り替える。
「馬鹿言うな。今回は相手が弱かったからどうにかなったけど、最初はグレイゴ教徒かもしれないって思ったんだぞ……それに、お前の魔法があったから半分は殺さずに済んだんだ」
そう言ってエリザの頭に手を乗せると、励ますように撫で回す。返り血は浴びていないためエリザの髪が汚れることはないが、血の臭いぐらいはつくかもしれない。
「……そうかのう」
どうやら今回は手強いらしい。エリザは不満そうに眉を寄せ、一定時間が経つと空に向かって火球を飛ばすサラを見た。
たしかにサラの力は想定よりも強い。火の精霊というだけのことはあり、放たれた矢を空中で瞬時に燃やし尽くすなど自在に炎を操っている。『詠唱』しなければ雷魔法が使えないエリザと比べ、即応性が高いと言えるだろう。
魔力も潤沢にあるらしく、サラから感じ取れる魔力量はレウルスとエリザの魔力量を足しても及ばない。
(火炎魔法を自在に操れて、魔力も豊富。『強化』もだけど『思念通話』って補助魔法も使える……あれ? サラってかなり“当たり”なんじゃないか?)
一方的かつ問答無用で『契約』を結んできたためレウルスも扱いが悪かったが、火の精霊と呼ばれるに足る能力だろう。ヴァーニルが相手では役に立たなかったが、火に対して強くなる『加護』も与えられているのだ。
これからは態度を軟化させようと思ったレウルスだったが、改めてサラの能力を確認してみるとレウルスの戦い方と相性も良い。自在に火炎魔法を操れる技量を見た限り、魔力の刃を飛ばす以外近接戦一辺倒のレウルスを援護することも容易なのだ。
「あっ、なんか近づいてくるわ! 数は……す、少し?」
エリザをなだめつつ、サラについて思考を進めることしばらく。サラの火炎魔法に気付いたのか、何者かが近づいてきているようだ。
レウルスはエリザの頭から手をどけると、サラに火炎魔法を撃つのを止めさせる。そして敵意がないことを示すように大剣を地面に突き刺し、懐を漁ってジルバから渡された手紙を取り出す。
(まさか、受け取って一日も経たない内に使う羽目になるなんてな……)
もしかすると、自分が知らなかっただけでこれほどの量の野盗は珍しくないのか。レウルスがそう思ってしまうほどに、早すぎる野盗との遭遇だった。
「これは……一体何事だ!?」
これで追加の野盗が来たら笑えるな、と内心で呟くレウルスだったが、幸いにも駆けつけたのは三人の兵士だった。それぞれ金属製の鎧に身を包み、手には槍を握っている。
おそらくは索敵を担当する兵士なのだろうが、周囲の“惨状”を目の当たりにすると驚いた様子で叫んでいた。
兵士達からすれば、空で火球が弾けていた原因を確認するつもりだったのだろう。それが駆けつけてみれば死屍累々だったのである。叫ぶのは無理もない話だった。
「ラヴァル廃棄街所属、中級下位冒険者のレウルスです。精霊教徒ジルバさんの依頼でティリエの教会に供物を運んでいる途中だったのですが、野盗に襲われまして……そっちで転がっている野盗達は気絶させているだけです」
両手を開いて見せ、敵意がないことをアピールしながら説明を行うレウルス。表情は困ったように、申し訳ないと言わんばかりに眉を寄せながらの説明だった。
「この手紙は精霊教徒のジルバさんから渡された“依頼書”です……近づいてもいいですか?」
「待て! 動くな!」
手紙を渡して説明した方が早いだろう。そう思ったレウルスだったが、兵士は槍を構えて制止する。そしてすぐさま兵士の一人が走り出し、もと来た道を戻り始めた。
『ねえ、レウルス……なんかまずくない? 警戒心バリバリなんですけど?』
『おかしいな……やっぱりジルバさんみたいにちゃんとした身分がないと扱いが悪いのかね?』
首元には兵士達に見えるよう『客人の証』を下げているが、警戒心が緩まることはない。もしくは『客人の証』があっても“この扱い”なのだろうか、とレウルスは心中で首を傾げる。
もしもそうだとすれば、冒険者の登録証だけ身に着けて旅をしていたら即座に捕まりそうだ。この世界における冒険者の身分の低さが物悲しい――と、現実逃避していた思考を引き戻す。
『……なんて、とぼけたいところだったんだけどなぁ。街道のど真ん中で十人以上斬殺された死体が転がってたら、そりゃ誰でも警戒するわ……』
『ヴァーニルなんてヴェオス火山に攻めてきた兵士を数百、数千単位で殺したって言ってたわよ?』
『それは状況が違うっつーか……おっと、来たぞ』
声に出さず、『思念通話』によって言葉を交わすレウルスとサラ。念じるだけで言葉が通じるのは少しばかり気持ちが悪かったが、内緒話をするにはうってつけの魔法だろう。
それでも、レウルスは自分達の方に近づいてくる魔力を感じ取っていた。斥候の兵士からは魔力が感じられなかったが、どうやら本隊には魔法を使える者がいるらしい。
聞こえてくる足音の数はそれなりに多く、姿を見せたのは三十人近い兵士の一団だった。それぞれ金属製の鎧で身を包み、槍や剣といった武器を手にしている。その中には馬に乗った隊長らしき男もいるが――。
『すっごい弱そう……というか、兵士なのに太ってるじゃない。お馬さんが辛そうだわ!』
『いや、でも魔力は感じるし……外見はアテにならんだろ』
魔法や魔物が存在する世界において、外見などアテにならないだろう。外見で云々と言うならば、サラなどはエリザに似ているものの中身は火の精霊である。
ただし、隊長らしき男から感じ取れる魔力の量は、非常に少なかったが。
「貴様らが報告にあった冒険者か……」
馬上の男は、おそらくは三十台半ばといったところか。身長はレウルスとそれほど変わらないが、腹回りは倍近い。特注品と思わしき金属製の鎧も巨大で、胴体を守るために幅広い造りになっていた。
「ラヴァル廃棄街所属、中級下位冒険者のレウルスと申します」
「ふんっ……貴様の名前などどうでも良い。“コレ”は貴様がやったのか?」
馬上から見下ろしながら男が問う。周囲の兵士達は散開し、レウルス達が抵抗しても対応できるよう円状に包囲していた。その動きはそれなりに機敏だが、レウルスが以前の旅で見た兵士達と比べれば質が劣っているように思える。
「はい。精霊教徒であるジルバさんからの依頼でティリエの教会に供物を運んでいる途中だったのですが、突然襲われまして……」
「ほほぅ……供物とな?」
レウルスの言葉を聞き、男の瞳に宿る感情がわかりやすく変化した。地面に置いていた巨大なリュックに視線を向け、欲の色が瞳に浮かぶ。
だが、レウルスが首に下げている『客人の証』を見ると男は僅かに眉を動かした。
「ほお……ふぅむ、精霊教の依頼を妨害するとはなんとも罰当たりな賊よなぁ」
「いや、まったくで」
「この地に住まう者としても、賊が殺されても感謝こそすれ文句は言えん……だが、なぁ」
そう言いつつ、男は馬から降りた。その動きは思ったよりも身軽だったが、着地の音は外見相応に重い。男はのしのしと足音を立てながらレウルスに歩み寄り、二重になっている顎に手を当てた。
レウルスは大剣を地面に刺しているが、短剣は腰の裏に差している。それでも不用意に近づいてきたのは、レウルスが攻撃しないと見切っているのか、あるいはレウルスの攻撃を捌く自信があるのか。
「白昼堂々、街道でこれだけの死人が転がっているというのもなぁ……賊の討伐は“本来”我々の仕事なのだが……なぁ?」
「我々は降りかかる火の粉を払っただけでして……その辺りのこと、ご配慮いただけないでしょうか?」
そう言いつつ、レウルスはジルバからの手紙と一緒に小金貨を3枚手渡した。すると男は表情を喜色に歪めつつ手紙を一読し、すぐにレウルスへと返す。もちろん、小金貨は受け取ったままだ。
「つまり、賊の扱いは我々に一任するということか?」
「ええ」
「なるほど、なるほど……うむ、立場を良く弁えておる。それならば、この賊の“処分”は我々が引き受けるとしよう」
レウルスの返答を聞いた男は満足そうに笑うと、背中を向けて兵士達に指示を出し始める。兵士達は遺体や気絶している野盗達の身包みを剥ぐと、遺体は耳を切り取り、気絶している野盗達は縄で縛っていく。
兵士の一部は街道脇の森に穴を掘り始めており、そこに遺体を埋めるつもりだと思われた。
『ちょっと、いいの? 手柄横取りよ?』
『手柄? 野盗を殺して何の手柄が俺にあるっていうんだ? 俺は冒険者だぞ? それに、今は金よりも時間の方が惜しい。小金貨は……まあ、必要経費として、生きてる野盗はこの人達が引き取ってくれるんだぞ?』
おそらくは彼らを雇っている領主のもとへと連れて行き、自分達の手柄として報告するのだろう。二十人を超える野盗の一団を壊滅させたとなれば、相応の褒賞も与えられるはずである。
レウルスとしては野盗の後処理にかける時間を省くことができ、兵士達は懐が温まる――小金貨3枚は“勉強代”だとしても、損をした気にはならなかった。
「それでは兵士様、我々はこれで……」
「うむ。旅の無事を祈っておるぞ? 大精霊様の御加護があれ、と言ったところか……ガッハッハ!」
この場にジルバがいたらどんな反応をするだろうか。そんなことを思わざるを得ない笑い声を背中に受けながら、レウルス達は急いでこの場から離れるのだった。
荷物を背負い、先ほどの兵士達から十分に離れるとエリザが口を開く。
「……先ほどの兵士達、嫌な感じだったのう」
「そうか? 金で片付くあたり、わかりやすくて俺は好きだけどな」
エリザやサラ、そして荷物に手を出されていたならばレウルスとて対応を変えただろうが、金で片付いたのだから文句もない。
「エリザはお堅いのねぇ……いいじゃない、ああいうのも“人間っぽくて”わたしは好きだわ!」
「お前は人間を語れるほど接して……ま、いいか。ほら行くぞ。今度はちゃんと周囲を探ってくれよ?」
「任せておいて!」
また不意打ちをくらうのは御免である。そう思いながらレウルスが言うと、サラは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「なら、次見逃したらメシ抜きな」
「えぇっ!? ちょ、やだー! ちゃんとするからご飯抜きはやだー!」
レウルスが笑いながら言うと、サラは表情を変えて抗議した。焦った様子のサラに笑みを深めて歩き出すと、エリザが腑に落ちないといった顔つきで隣に並ぶ。
「ところでレウルス……なんというか、その、サラに対して急に優しくなってる気がするんじゃが……」
「……認められるところは認めようって思っただけだよ。ほら、行くぞ。俺とサラで索敵するけど、下級の魔物が寄ってこないのはお前の力なんだからな?」
「う、うむ……」
とりあえずこのまま街道を歩き、兵士が近づいてきたら進路を変えよう。そんなことを考えるレウルスの後ろを、エリザは首を傾げながらついて歩くのだった。