表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/634

第96話:深読み

 時は、レウルス達がラヴァル廃棄街を旅立つところまで遡る。


「よーし、出発よ! わたしについてきなさい!」

「そっちは逆方向だ。ヴェオス火山に帰りたいのか? いっそ帰るか?」


 先頭を切って駆け出すサラにツッコミを入れつつ、レウルスは街道を目指して歩き始めた。その隣にはエリザが続き、サラは慌てた様子で戻ってくる。


「じょ、冗談よ! 帰らないし置いていかないで!」


 どたどたと重い足音を立てながら走ってくるサラだが、背負っている荷物の重さはそれほど感じていないようだ。エリザも『強化』を使っているからか足取りが軽く、下手すると大荷物を背負っているレウルスが一番遅れを取りそうである。


(いつか余裕ができたら馬でも……いやいや、ラヴァル廃棄街で活動するんだから今回や前回が例外なんだよな。でも、これからもあちこちを駆け回る羽目になりそうな気も……)


 レウルスは自分の首に下げている『客人の証』に視線を落とす。


 精霊教が身分を保証する『客人の証』を持っているのは、ラヴァル廃棄街でもレウルスだけだ。冒険者の登録証と違って公的に身分が保証されるらしく、これを持っている限りナタリア辺りから使い走りにさせられそうである。


 それがラヴァル廃棄街のためになるのならば、レウルスも否やはない。特に今回は自分が使える武器を作れる者を探すという、いわば私用での旅だ。

 文句を言うこともなく認めてくれたナタリアだけでなく、大切な町の仲間達のためになるのならば、使い走り程度レウルスも喜んで請け負うつもりである。


 それでもやはり、何かしらの移動手段は必要ではないだろうか。容赦なく両肩に食い込んでくるリュックの肩紐の位置を調整しつつ、レウルスは内心だけでそんなことを考えた。


「今回は足手まといにならなくて済みそうじゃ」

「でも無理はするなよ? きつかったらすぐに言え。『強化』を使い続けるだけでも疲れるだろうし、休憩はこまめに取るからな」


 リュックを背負い、嬉しそうに笑うのはエリザである。


 救援依頼でマダロ廃棄街に向かう時は荷物をジルバが背負い、疲れが溜まればレウルスが抱きかかえることもあった。しかし今回は『強化』の恩恵でその心配も“ほぼ”なくなったのである。


 ただし、『強化』は魔力を消耗しないといっても使い続けるには慣れが必要だ。レウルスの場合はエリザから送られる魔力で勝手に身体能力が引き上げられているが、エリザの場合は自分の意思で『強化』を使う必要があった。

 集中力が切れれば『強化』も解け、荷物の重さを直接味わう羽目になる。そうなる前に休憩する必要があるとレウルスは判断した。


「わたしとエリザの扱いの違いに断固として抗議するわっ! わたしにも構ってよ! 優しくしてよ!」


 レウルスがエリザを気遣っていると、それを不満に思ったサラが唇を尖らせながら抗議してくる。


「お前火の精霊だろ……疲れるのか? そもそも疲れるって概念があるのか?」

「え? えーっと……多分? あれ? でもどうなんだろ? 顕現した時にレウルスとの『契約』を通してエリザの“形”が影響したから、疲れる……かも?」


 どうやらサラ自身理解していないらしい。レウルスは大して興味がなかったため気にしなかったが、予め確認しておけば良かったと思った。


「エリザと同じで食べる、飲む、寝ると普通の人間みたいだもんな。それなら疲れもする……か?」

「でも『強化』を使うぐらいなら何の問題もないわ! 火炎魔法も使えるし、問題があるとすれば魔力が尽きると消えるかもしれないってことぐらいね!」


 さらりと物騒なことを言い放つサラ。それを聞いたレウルスは思わず己の耳を疑った。


「え? お前、魔力がなくなったら消えるのか?」

「魔力を集めて顕現したんだから当然でしょ! でも大丈夫! レウルスとの『契約』で……いやもう、なんか『契約』での魔力的なつながりは複雑に絡まってるけど、わたしの魔力がなくなってもレウルスが無事なら多分大丈夫よ! 多分ね! レウルスが死ぬと多分わたしも死ぬけど!」

「さらっと重いことを言いやがって……」


 試せるはずもないが、サラの魔力が尽きた上でレウルスが死ぬとサラは消滅するらしい。

 勝手に『契約』してきたと思えば、その命まで託していたようだ。知ろうとしなかったレウルスも悪いのだろうが、知りたくなかったというのが本音である。


「ん? そうなると、お前って俺が寿命で死んだらどうなるんだ?」

「さあ? その頃なら魔力も増えてレウルスなしでも顕現できてると思うけど、ヴァーニルみたいにグダグダ長生きするつもりもないし? 寿命で契約者(レウルス)が死ぬのなら、わたしも付き合ってあげるわよ?」


 やはり重い――というよりも、死生観がレウルスとは異なるのだろう。


 長い年月を経て顕現した割に、そこまで生に拘らないらしい。


「生きているこの瞬間を後悔しないのなら、例えどんな死に様を迎えるとしても別に構わないわ! 何十年も意識だけで生き続けるより遥かにマシよ!」


 潔いというべきか、顕現するまでの経緯を考えると当然というべきか。サラからすれば、今この瞬間さえ楽しければそれで良いらしい。

 刹那的な部分があると自覚するレウルスとしては、共感できる話だった。


「ま、俺もすぐに死にたいわけじゃねえし……付き合えるだけは付き合ってやるか」


 そう言って、僅かに躊躇してからサラの頭を撫でる。火の精霊だからか、妙に温かさを感じる頭だった。触ってもすり抜けるということもない。


「――ええっ! 嫌でも付き合ってもらうわ!」


 サラは頭を撫でられたことに目を見開いていたが、すぐに満面の笑顔を浮かべて頷くのだった。








 そうやって歩くこと四時間ほど。


 途中でコロナが作ってくれた弁当で昼食をしつつ、レウルス達は街道を歩いて西を目指していた。


 先頭は意気揚々とサラが歩き、エリザは真ん中に、そして殿はレウルスが務めている。

 レウルスは以前ジルバに教わった通り、地面に足跡がないかを確認しながら歩いていた。そして頻繁に周囲を見回し、何者かが潜んでいないかを警戒する。


 魔物ならばともかく、相手が人間となるとレウルスの勘もそこまであてにならない。魔力を持っている人間ならば反応があるが、ただの人間ならばレウルスの勘は働かないのである。

 ただし、それは先頭を歩くサラが補う。


「んー……遠くに妙に大きな“熱”があるわねー。人? 魔物?」

「距離は?」

「わかんない。数百メルト?」


 驚くべきか、あるいは一種の必然なのか。サラは火の精霊らしく、多少離れていても高い熱源があるとそれに気付けるらしかった。

 火炎魔法なら距離や強さも正確に、焚火などでもそれなりの精度で。そして、かなり曖昧になるが人の体温なども“熱”として感知できるらしい。


「俺の方には何の反応もねえな……こっちに来ないのなら放っておくぞ」

「はーい!」


 魔力については強弱で距離も変わるが、レウルスが感知できる。そして、熱源という魔力以上に隠しにくいものはサラが感知できる。その上で“魔物避け”としてエリザがいるのだ。

 警戒は欠かせないが、旅の初心者であるレウルスからすれば非常に助かる話だった。


 そうやって街道を歩いていると、遠くから鳥の鳴き声が響いてくる。真夏は過ぎているため街道を吹き抜ける風もそこまで暑くはなく、天気も良いため絶好の旅日和と言えるだろう。

 魔物や野盗の危険があるため無理だが、草むらに寝転がって昼寝をしたいぐらい良い気候だった。


「うーん、いい天気ねー! やっぱり旅はこうでなくちゃ!」


 先頭を歩くサラは相変わらずのご機嫌ぶりだ。旅を始めてから行ったレウルスとの会話が良い方向に働いているのか、跳ねるようにして前を進んでいる。


「ふぅ……ふぅ……」


 そんなサラとは対照的に、エリザは早くも疲れが見え始めていた。やはり慣れない内から長時間『強化』を使うのは辛いらしい。


「エリザ、大丈夫か?」

「だい……じょうぶ……じゃ……」


 大丈夫ではないらしい。レウルスは足を止めさせると、エリザが背負っていたリュックを取り上げて自分の左肩にかける。


「この荷物だとさすがに抱えて歩くのは無理だからな……歩けるか?」

「うん……ごめんなさい……」


 背負っているリュックの重さもそうだが、物理的にエリザを抱えることができないのだ。すぐに剣を抜けるよう右手は空けておく必要があり、レウルスにできるのはリュックを代わりに担ぐことだけである。


「エリザ大丈夫? レウルス、そのリュックはわたしが持つわ!」

「……持てるのか?」

「平気平気!」


 サラはリュックを背負うのではなく、肩紐に両腕を通して体の前面に抱える。


(……なんだろう、“昔”ああいう格好で登校してた奴がいたっけな……)


 そのサラの姿を見たレウルスは、前世の記憶が刺激された。


 中学校だったか、あるいは高校だったか。教科書などを詰めた学校指定のバッグを背負い、体操服や部活の道具を入れたリュックを体の前面に抱える――そういった格好で登校する同級生がいたな、と朧げに思い出す。


 そんな記憶を振り払うと、エリザを助けるようにリュックを抱えるサラに視線を向けた。普段は何だかんだとぶつかることが多い二人だが、こうして助け合うこともできるのだ。

 外見が似ている二人が助け合う姿は、まるで双子の姉妹のようで――。


「わたしこれでも魔力たくさんあるし、『強化』なんて息をするようにできるわ! 気分が盛り上がると火が出そうになるけどね!」

「やっぱりその荷物を渡せ」


 宣言通り、体の周囲の空間が熱で揺らめき始めたのを見たレウルスは、即座にサラを止めた。角ウサギの革で作られたリュックは頑丈で簡単には燃えないが、火の精霊であるサラの炎ならば燃えてしまいかねない。


「おっと、危ない危ない……」


 レウルスが止めると、サラは即座に魔力を制御して熱を下げる。簡単に熱を操れる辺り、腐っても火の精霊ということだろう。


(こいつを水に放り込んだら即席の風呂になるかもな……川があったら試そう)


 真顔でそんなことを考えつつ、レウルスはエリザに視線を向ける。エリザの表情には疲労もあったが、それ以上に悔しさと申し訳なさの色が濃かった。


「エリザがいなけりゃ俺もここまで動けてないし、気にすんな。ほら、行くぞ」

「……うん」


 乱暴に頭を撫で、エリザを促して歩き出す。


 街道に沿って歩いているため道に迷うことはないが、レウルスは時折太陽を見て方角が合っているか確認する。


 方位磁針でもあれば楽なのだが――などと考えていると、再びレウルスの耳に鳥の鳴き声が聞こえてきた。


 チュンチュン、と雀のような鳴き声である。ただしその声は先ほどよりも近くから聞こえ、思わず首を傾げる。


 この世界には魔物だけでなく、普通の生き物も存在する。鶏や豚、牛や羊といった生き物は家畜として飼われ、徒歩以外の移動手段として使われるのは基本的に馬が曳く馬車だ。

 そのため鳥の鳴き声が聞こえてもおかしくはないのだが、昼食を終えてから頻繁に聞いている気がしたのだ。


(もうすぐ秋だし、鳥も活発に動く時期……なのか?)


 妙に気になるが、レウルスも動物の気持ちなどわからない。街道の両脇には森が広がっており、魔物以外にも鳥や獣など大量に生息しているだろう。それを思えば、鳥の鳴き声が聞こえてもおかしくはないのだ。


 ――そう、思っていたのだが。


 ヒュン、というかすかな風切り音。それを聞いた瞬間、レウルスは大剣を抜いて飛んできた矢を弾いていた。


「あ、あれっ!? な、なんかいっぱい“熱”が近づいてくるわよ!」

「どこからだ!」

「あっちこっち! 『強化』の維持に意識を向けてたから、索敵が疎かになっちゃった!」

「息をするように『強化』が使えるって言ったのはどこの誰だ!?」


 そう叫びつつ、レウルスは荷物を地面に下ろして身軽になる。そして周囲を警戒するように見回すと、凝った首周りをほぐすように首の骨を鳴らした。


「いきなり矢を飛ばしてきた以上、敵だな。一発なら誤射……なんて寝言は通じねえし聞かねえぞ」


 まさか白昼堂々、街道のど真ん中で襲撃を受けるとは思わなかった。それでも現実に矢を射かけられており、レウルスは臨戦態勢を取る。


「エリザは俺の荷物の陰で『詠唱』。サラはエリザが魔法を撃つまで守ってくれ」

「わたしの炎で焼かないの?」

「“エリザの力”を使えば痺れさせて戦闘不能に追い込めるしな。エリザ、いいな?」


 視線は向けないが、確認を取るようにレウルスが尋ねる。すると、エリザは気合の入った声で返事をした。


「――うむっ! 任せよ!」

「おう、任せた」


 レウルスの指示通り、リュックの陰に隠れて『詠唱』を始めるエリザ。サラは跳躍してリュックの上に立つと、額に手を当てながら周囲を見回す。


「一、二、三……いっぱい」


 周囲から感じる熱源の数を口にするサラだったが、すぐに諦めてしまった。レウルスも周囲を見回すが、森の中からいくつもの人影が飛び出してくる。


 数は二十人を超えており、十代から三十代までの男達が遠巻きに周囲を囲んだ。それぞれ粗末ながらも革製の鎧や部分鎧を身に着け、手には剣や槍、手斧や弓といった武器を握っている。


「テメェら動くなよ! 妙な動きを見せれば命はねえぞ!」


 そう叫んだのは、男達の中でも年嵩の男だった。


 年齢は三十代半ばといったところだろう。口周りに髭を生やしているが頭は禿げ上がっており、幅広な片刃の剣を肩に担いでいる。おそらくはリーダー格なのだろう。

 他の男達も見るからに盗賊か野盗といった風体で、弓を持っている者は矢を番えて引き絞り、レウルス達に狙いを定めていた。


(弓が八人、剣が六人で槍が五人、手斧が三人、と……)


『林の中にも三人ぐらい潜んでるわよ。木の陰に熱があるもの』


 周囲の敵を数えていたレウルスだったが、脳裏にサラの声が響いて思わず目を見開く。


『補助魔法の『思念通話』よ。このぐらいの距離なら問題ないわね』

『おい……こんな魔法が使えるって初めて聞いたぞ……』

『聞かなかったじゃない! というか、聞いてくれなかったじゃない! わたしってば思いっきり放置されてたじゃない! 聞いてくれるのを待ってたのに!』


 心の中で呟いてみると、本当に声が聞こえているらしくサラの不満そうな声が返ってきた。それを言われると、サラに対して冷たく当たっていたのは自分のためレウルスとしても何も言えなくなる。


『……悪かったって。これからはもっと構うし、色々話を聞かせてくれよ』

『そ、そお? それなら許してあげるわっ!』


 心中で心から――というのもおかしな話だが、レウルスはサラに謝罪の意識を向けた。するとそれが伝わったのか、サラは満足そうに返事をする。


「荷物を全部置いていけば命だけは見逃してやる!」


 そうやってレウルスがサラと言葉を交わしていると、リーダー格の男が声を張り上げた。どうやら追い剥ぎの類らしく、こういった荒事に手慣れている雰囲気がある。


『街道を兵士が巡回してるって話はどこにいったんだ……治安が悪すぎるだろ』


 以前ジルバに聞いた話を思い出すが、その土地を治めている領主によっては街道の治安維持に力を入れない場所もあるという話だった。この付近がそうなのだろうか、とレウルスはため息を吐きたくなる。


『それよりレウルス、アイツらの話し方って変じゃない?』

『話し方? ……ああ、訛りが違うのか』


 サラに言われて気付いたが、野盗の言葉はレウルスが知るマタロイ方面のコモナ語とイントネーションが異なる部分があった。


 かつて生きていた日本でも、出身地によって言い方や単語のイントネーションが異なるのはよくあることである。さすがに関西弁ほど大きな特徴があるわけではないが、言われてみれば気付ける程度には“訛り”が違うのだ。


(そういえば、この付近ってマタロイでも南の方だったよな……もしかしてこいつら、他国の人間か?)


 二十人を超える野盗の集団。これは野盗としてはかなり大きな規模だろう。国境が近いことから推察する限り国境周辺で暴れ、兵士が現れれば他の国に逃げ込むという手法を取っているのかもしれない。


 当然のことではあるが、マタロイの兵士が他の国に入り込めば大きな問題になる。野盗を追っていたという理由があろうと、それを許していては他の国も“野盗を追って”国境を侵犯するに違いない。

 そう考えてみると、目の前の男達は優秀な野盗の可能性が高かった。優秀な野盗というのも、レウルスからすればおかしな話ではあるが。


『でも、こっちは吸血種と火の精霊と火龍と殴り合う『魔物喰らい』よ? わたしってば人間についてそんなに詳しくないけど、襲う相手として適当なの?』


  心底不思議そうに尋ねるサラだが、外見からでは吸血種や火の精霊だと看破することは不可能だ。魔力を探れれば話も変わるのだろうが、傍目にはエリザもサラもただの少女にしか見えない。

 野盗達の魔力を探るレウルスだが、それらしい気配は感じられなかった。いくらレウルス達の方が少数とはいえ、巨大なリュックを背負って移動するレウルス達を見れば、最低でも『強化』が使えることぐらいはわかるはずだが。


『いや、待てよ? 俺が魔力を感じ取れないだけで、ジルバさんみたいに隠している可能性もあるな……もしそうなら、手練れの集団ってことになるぞ』

『なんでそんな手練れの集団がこんな場所にいるのよ……』


 獲物として狙ってきた以上、例えレウルス達が魔法を使えても“どうにかできる”と判断したのではないか。


(もしかして、野盗に扮したグレイゴ教徒か? 俺達がラヴァル廃棄街を離れるのを待っていた?)


 ラヴァル廃棄街を旅立ち、既に五時間余り。この場所からラヴァル廃棄街に逃げ込むのは不可能に近く、それを見越して襲ってきたのかもしれない。


 もしそうならば、全力で戦わなければ殺される。


「おい! 聞いてんのか!?」


 ――『熱量解放』。


 脳裏でガキン、と歯車が噛み合うような音が響く。それと同時にレウルスの体から大量の魔力が吹き上がり、身体能力が一気に跳ね上がる。


『サラ』

『あっち、そっち……あと、あそこ』


 サラが指示した方向に向けて大剣を一振りすると、数瞬と経たずに離れた場所に生えていた木が輪切りにされた。続けて二回大剣を振るうと、離れた場所に生えていた木が同じように輪切りになる。


 魔力の刃を飛ばし、木を叩き切ったのだ。今のレウルスでは射程は五十メートルにも届かないが、木の陰に隠れた野盗を殺すには十分である。

 魔力を消耗するため可能なら使いたくないが、魔力を惜しんで不意打ちされるのは馬鹿のやることだろう。


 木の幹が地上から一メートルほどの高さで両断され、それと同時に重い湿った音が響く。どうやら木陰に潜んでいた野盗を先制して仕留めることができたようだ。


「ッ! 放て!」


 レウルスの動きを見るなり、リーダー格の男が号令を下す。それを聞いた野盗達は即座に矢を放ち――空中で瞬時に燃え尽きた。


「魔法具ならともかく、普通の矢が届くと思ってんの?」

「オオオオオオオオオォォッ!」


 サラが行使した火炎魔法に野盗達が目を丸くしている間に、レウルスは咆哮を上げながら突撃する。そして一番近くにいた野盗の胴を薙いで革鎧ごと両断すると、続く刃で二人の首を刎ね飛ばした。


「ガアアアアアアアァッ!」


 大剣を振りかぶりながら跳躍し、慌てた様子で剣を構えようとした野盗を縦に一刀両断する。ついでに縦に割った野盗の死体を蹴り飛ばして臓物と大量の血液を撒き散らし、直線状にいた野盗達の目を潰した。


「うわっ!?」

「ヒイイィッ!?」


 降り注ぐ血と臓物の雨に、野盗達は恐慌を起こしたように顔を庇いながら後退する。周囲には濃い血の臭いと汚物の臭いが広がったが、レウルスはそれに構わず周囲を駆け回った。


 ジルバに『強化』の『魔法文字』を刻んでもらった大剣は、予想に反してレウルスの膂力にも耐えている。それでも全力で振るえばどうなるかわからないため、レウルスは八割ほどの力で大剣を振り回す。

 野盗達の革鎧を断ち切り、首を刎ね、瞬く間に数を減らしていく。時折抵抗するように武器を振るわれるが、『熱量解放』を使うレウルスを捉えることはできない。


 純粋な速度の違い。それを十分に活かしたレウルスは野盗達の攻撃を悠々回避すると、すれ違いざまに大剣を叩き込んでいく。


(……? ずいぶんと手応えがないな?)


 十人ほど斬り殺したところで、レウルスは疑問に思う。


 かつて交戦したグレイゴ教徒ならば、末端の人員でも鍛え上げた技術があった。魔法が使えずとも戦う術を持ち、司祭と呼ばれたグレイゴ教徒を補佐するだけの技量があったのである。

 そんなグレイゴ教徒達に比べ、目の前の野盗達は弱い。サラの火炎魔法に驚き、レウルスの“目潰し”にも怯えるほどだ。


「お頭ァ! 話が違うぞ!?」

「何が冒険者なら魔法が使えても大したことがないだよ! 化け物じゃねえか!?」


 そうやって片っ端から切り伏せていると、野盗の一部から抗議するような声が上がった。


 どうやら、『強化』が使えたとしても冒険者が相手ならば数の差で押し切れると思っていたらしい。


「くそっ! 逃げるぞ!」


 半数以上が斬り殺されてから決断するのは遅い気もしたが、それだけ衝撃的だったのだろう。お頭と呼ばれた男は撤退を命令し――エリザがやけくそのように叫ぶ。


「結局、ワシの力など必要ないではないかっ!? ええい、雷の精霊よ! 彼の敵を撃ち抜け!」


 事前に始めていた『詠唱』を終えたエリザが地を舐めるような雷撃を放ち、野盗達は一網打尽にされたのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

連日ご感想や評価ポイントをいただきまして、ありがとうございます。感謝感謝です。

いただいたご感想で補足説明が一点ありますので、以下に記載致します。


Q.レウルスは人間を食べますか?(意訳)

A.食べれるけどさすがに食べません。


前話の内容の割に多くのご感想をいただいて何事かと思いましたが、多くのご感想で野盗の末路がレウルスの『食事』と予想されていて吹き出しました。主人公たちの心配よりも、相手が物理的に食べられてしまう可能性を言及されるご感想の多さに作者もビックリです。

いえ、たしかにレウルスは勢い余って食べそうな雰囲気がありますが……そこまでは飢えていないので、現状では大丈夫です。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
[良い点]  サラに、ハイハイから二勢いのいい足歩行になったあたりの赤ちゃんみたいな可愛さがあって、ふくふくほっぺの赤ちゃんににこぉって返したくなるような心持ちになりました。
[一言] げ、現状では…!?((震え声))
[一言] 一発だけなら誤射かもしれない 大好きです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ