第95話:出発
ドワーフ捜索の旅は成否に関わらず二ヶ月ほどかかる可能性があるため、レウルス達は出発前にしっかりと準備を整える。
必要な物は旅の途中で町や村に立ち寄って購入しても良いが、あるのは廃棄街ではなく“普通の”町や村なのだ。
レウルスはジルバから『客人の証』と呼ばれる首飾りを渡されており、精霊教の教会がある場所ならば協力を求めることができる。
『客人の証』は冒険者の登録証と違って公的に認められている身分証のため、町や村に入る際も役に立つだろう。
だが、『客人の証』を持っているのはレウルスだけのため、エリザとサラに関しては通行税と身元保証金を払って町に入ることになる。
(でもなぁ……サラを連れて町に入りたくないんだよな)
吸血種であるエリザよりも、遥かに大きな影響を及ぼすでろうサラの存在。良きにつけ悪しきにつけ、火の精霊というのは知られれば様々な厄介事を招き寄せること確実である。
そのためレウルスはできる限り町に入らなくて良いよう、準備を整えるのだ。
旅の間の食料と水、雨避けの道具に寝具。明かりはサラがいるためどうとでもなるが、食料や水はきちんと揃えておく必要がある。
旅の道中で魔物を狩って食べれば良いのだが、魔物が見つからない可能性もあるのだ。レウルスは魔物の気配を感じ取れるため、近くにいるならば追いかけて仕留められる。
しかし、エリザと共に行動していると下級の魔物は逃げてしまうのだ。エリザから離れて魔物を狩りに行っても良いが、レウルスの目的はドワーフを探し出して武器を作ってもらうことである。
可能ならばエリザとサラ用の武器も、それに加えて防具も作ってもらいたいのだ。時間はいくらあっても足りないため、魔物を追いかけて浪費するのは避けたかった。
(まあ、進路上にいる魔物は全部食べるとして……こんなもんか)
ナタリアからドワーフに関する情報を受け取り、既に三日間が過ぎている。その間に準備を行っていたレウルスだが、三日もかかったのには理由があった。
それは非常に単純な理由で、持って行く荷物を収納できるリュックがなかったのである。
今回の場合、持ち運ぶのは食料や旅の道具だけではない。手に入れた魔物の素材にドミニクの大剣の破片、そして金銭など、非常に大荷物なのだ。
細かく分けると、食料は日持ちする固焼きパンや干し肉、干した果物に塩、それに水。
旅の道具は寝具として薄手の布に雨避けの油脂が塗られた薄布、サラとはぐれた場合に備えて火打石、長旅ということで替えの下着が数着。
そして一番の大荷物である魔物の素材。これはヴァーニルの爪や鱗だけでなく、翼竜の鱗やカーズ――ヒクイドリの皮。
さらに『魔石』と『宝玉』、砕けたドミニクの大剣の破片。旅費と武器の製作費として大金貨3枚だ。大金貨は手持ちの金を換金してもらったのだが、さすがに小金貨や銀貨を山ほど抱えていくのは辛すぎる。
これらの荷物を運ぶとなると相応に大きなリュックが必要で、三日かけて突貫で作ってもらったのだ。
今回はジルバが同行できないため、荷物の大部分はレウルスが背負う必要がある。エリザはこれまでの訓練が実を結んだのか『強化』を使えるようになっており、火の精霊であるサラも『強化』ぐらいなら問題なく使える。
だが、レウルスと比べて遥かに小柄な二人では、背負える量も少なくなるのだ。荷物の量はレウルスが七割を、残り三割をエリザとサラが背負って運ぶ予定である。
ラヴァル廃棄街の冒険者仲間でも誘いたいところだが、『強化』を使って移動するレウルス達についていける人物となると非常に限られてしまう。
先輩冒険者であるニコラやシャロンならば大丈夫だと思われるものの、レウルス達が不在時にラヴァル廃棄街を守る戦力も必要なのだ。かといって荷馬車のようなものもラヴァル廃棄街に存在せず、レウルス達は自力で荷物を運ぶしかない。
「レウルス、こっちも準備できたぞ」
「とうとう旅立ちね! ワクワクするわ!」
巨大なリュックに荷物を詰め終えたレウルスに対し、エリザとサラが声をかけてくる。両者とも革の外套を羽織り、革製の手甲と脚甲をつけているが、冒険者としては軽装の部類だろう。
その背中にはそれなりに大きなリュックが背負われていたが、レウルスが背負うものと比べれば四分の一程度の大きさでしかなかった。
「こっちも準備できた……っと!」
リュックの肩紐に両腕を通し、気合いを入れて持ち上げる。リュックはズシリと重いが、『熱量解放』を使わずとも小走りに移動できる程度の重さに収まっていた。
ジルバに『強化』の『魔法文字』を刻んでもらった大剣は、さすがに背負うことができない。そのため特注のベルトで腰に差し、すぐに抜けるようにしていた。
レウルスは革鎧に革製の手甲と脚甲、大剣に巨大なリュックと、全ての重量を合わせれば百キロ近いだろう。それでもエリザとの『契約』によって流れてくる魔力が『強化』のように身体能力を引き上げているため、潰れることはない。
(有事の際には『熱量解放』を使うとして……肩が凝りそうだな、こりゃ)
容赦なく肩に食い込んでくる肩紐に苦笑しつつ、エリザとサラを伴って家を出るレウルス。そして一応の用心として鍵を閉めると、ドミニクの料理店へと向かう。
出発する前に立ち寄るよう、ナタリアから言われているのだ。
「……これはまた、すごい荷物だな」
ドミニクの料理店に足を運ぶなり、レウルスの格好を見たドミニクが呆れたように呟く。
「後ろに倒れたら立ち上がれる自信がないよ……あれ、姐さんだけじゃなくジルバさんも来てくれたのか?」
ひっくり返った場合、亀のようになるだろう。そう笑うレウルスだったが、料理店の中にナタリアだけでなくジルバの姿があったため少しだけ驚く。
「おはようございます、レウルスさん。今日はお見送りにきました」
「ありがとうございます……それは?」
見送りに来たと言いつつ、三通の封筒を差し出すジルバ。封筒の表面には大精霊を模したと思わしき女性の絵が描かれており、レウルスは受け取りつつも首を捻る。
「レウルスさんの旅に便乗する形になって申し訳ないですが、“可能なら”ティリエとアクラの教会に届けてほしいんです」
「三通ありますけど?」
「一通は私の名前で書いた紹介状です。街道を通る際、兵士に止められることがあれば『客人の証』と一緒に見せてください。多少は融通してくれるでしょう」
どうやらジルバなりの餞別らしい。レウルスは封筒を懐にしまうと、頭を下げる。
「助かります。ちなみに、紹介状について聞いても?」
「『客人の証』だけでも大丈夫でしょうが、運んでいる物が物だけにレウルスさん達の身分を私の名前で保証する、と……それと、運んでいるのはティリエとアクラの教会で精霊様へ捧げる“精霊教の”供物だと書いておきました」
つまり、レウルス達が運んでいる荷物に手を出せば精霊教が黙っていないという話らしい。
「……そんなことを書いてしまって大丈夫なんですか?」
「レウルスさんは精霊教の客人ですし、その荷物はレウルスさん達の武器になるものです。レウルスさん達が武器を手に入れればサラ様の身の安全も図れる……ほら、精霊様への供物と言えるでしょう?」
それは詭弁ではないか。そう思いつつも、ありがたいことに変わりはないためレウルスは素直に感謝した。
「本当に助かりますよ……姐さんの用件は?」
ジルバなりに色々と気を回してくれたようだ。裏を返せばサラを守り抜けと言われている気もしたため、レウルスは話題の矛先をナタリアに向ける。
「“いつもの”やつよ」
そう言ってナタリアが取り出したのは、冒険者の登録証だった。それを見たレウルスは苦笑しながら頬を掻く。
「もしかして、また昇進か?」
「ええ、さすがに火龍と一対一で戦った冒険者を下級のままにはしておけないしね。これも良い機会でしょう……中級なら兵士からの扱いも少しは変わるでしょうから、受け取っておきなさいな」
ラヴァル廃棄街に来てから半年も経っていないが、中級冒険者として認められたらしい。本当に良いのかと思うレウルスだが、ナタリアが登録証を首に下げようとしてきたため頭を下げる。
「マダロ廃棄街の救援依頼も達成したし、坊やは“色々と”この町に貢献している……今日から中級下位冒険者よ。おめでとう」
「ありがとう……でいいのかね? エリザとサラは?」
もらえるものは病気以外はもらっておく主義である。そのためありがたく受け取るが、エリザとサラはどうなのかと首を傾げた。
「エリザのお嬢ちゃんは下級中位になるわ。サラのお嬢ちゃんは……見習いのままね」
「なんでよ!? 差別反対!」
「エリザのお嬢ちゃんは『強化』が使えるようになったから昇進よ。サラのお嬢ちゃんは……」
そこで言葉を切り、ナタリアはジルバに視線を向ける。その視線を受けたジルバは胸に右手を当てながら小さく頭を下げた。
「見習いのままの方が良いこともある……そういうことよ」
レウルスとしても理解はできなかったが、どうやらジルバが何かしら言ったのだろう。
気にはなったが、触れない方が良いのだろうとレウルスは判断した。
「レウルスさん」
そうやって話が一段落すると、それを察したのかコロナが姿を見せる。その手には布包みを持っており、微笑みながら差し出してきた。
「お弁当です。あとでエリザちゃん達と一緒に食べてください」
「この前もそうだったけど、ありがとうなコロナちゃん。ありがたく食べさせてもらうよ」
コロナの手料理は美味しいため、レウルスとしては言葉にした通りありがたいことこの上ない。喜びを露にしながら布包みを受け取ると、コロナの表情が僅かに変化した。
微笑んでこそいたものの、ほんの僅かに寂しさの色が混ざる。
「レウルスさんは冒険者だから止められませんけど、怪我なく帰ってきてくださいね? 約束……ですよ?」
「ああ……約束するよ」
――今度こそ土産を買ってこなければ。
レウルスはそう決意しつつ、懐に入れていた家の鍵を取り出す。
「約束ついでに、家の鍵を預かってくれるか? 帰ってきたら真っ先に取りにくるから」
「……えっと、いいんですか? あの家ってレウルスさんにとって大切なものですよね?」
レウルスが差し出した鍵を受け取って良いのかと迷うコロナ。レウルスは大きく頷くと、コロナの手を取って鍵を握らせる。
「コロナちゃんが預かってくれるなら、俺も安心して旅に出れるからな。なくしても怒らないし、できればでいいから預かっててほしい」
最悪の場合、扉をぶち破れば良いのだ。そう言ってレウルスが笑うと、コロナは鍵を握って微笑む。
「帰ってくるのを待ってます。いってらっしゃい」
「いってきます」
それが旅立ちの挨拶で――コロナの笑顔を見たレウルスは、今回の旅は幸先が良さそうだと笑みを深めた。
そして、幸先が良さそうだという思いは覆される。
「テメェら動くなよ! 妙な動きを見せれば命はねえぞ!」
ラヴァル廃棄街から旅立ち、一日も経たない内に二十人を超える野盗と思わしき集団に取り囲まれたレウルスは、思わず大きなため息を吐くのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
最近あとがきを書くのも定番になってきました。
毎度ご感想やご指摘をいただきありがとうございます。相変わらず評価ポイントも伸びていて感謝感謝です。
幻さくらさんよりレビューをいただきました。これで6件目のレビューです。ありがとうございます。
昨日はゆきさんでしたが、今日は幻『さくら』さん……偶然の一致なのでしょうが、妙な面白さを感じる作者です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。