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第94話:扱いの違い

 冒険者組合を後にしたレウルスは、町の中で“買い物”をしてからエリザとサラを連れ、ラヴァル廃棄街の路地裏を歩いていた。


 レウルスは前が見えないほど巨大な麻袋を抱えており、エリザが前を歩いて進路の確認を、サラが後ろを歩いて後方の安全を確認している。


「のう、レウルス……さすがに買いすぎだと思うんじゃが」

「ジルバさんに“作業”を頼んでるってのもあるけど、懐が温かいとつい……な?」


 エリザの指摘を受けたレウルスは小さく苦笑し、麻袋を抱え直す。中に入っているのは日持ちする根菜や芋類が大半だが、少量とはいえ子供用の服や甘味として果物が入っていた。

 向かう先は精霊教の教会で、レウルスが抱えているのは教会に住む子どもたちへのお土産である。魔物を狩って肉を渡すことも多いのだが、懐に余裕があるということでたまには“まともな”ものを渡そうと思ったのだ。


(懐が温かいどころか、下手すりゃ発火しそうなぐらいだしな……)


 マダロ廃棄街の救援依頼に加え、倒した魔物の素材の売却金、それに加えてヴァーニルから渡された小金貨に銀貨と、以前の境遇を思えば信じられないほどの大金があるのだ。

 武器を作ってもらう必要があるためそのほとんどの金に手をつけていないが、こうして大量の差し入れを買うぐらいの余裕はある。服が少しばかり高かったが、それでも全部で小金貨一枚でお釣りがくる額で収まった。


(日本円で10万……いかんいかん、金銭感覚が狂ってるな)


 ジルバには色々と世話になっているため惜しむことはないが、稼いだ金を勢いだけで消費しそうで怖い。ほどほどにしておこうとレウルスは自身を戒めた。


 そうやって歩いていると、路地を抜けて大きな広場に出る。体を傾けて片眼だけで前を見てみると、目的地である教会が見えた。

 今日は天気も良いからか、教会の敷地内にいくつもの小さな人影が見える。教会で引き取って育てている孤児達だ。


「あっ、レウルスにーちゃんだー!」

「すげー! なんかめちゃくちゃでかいふくろもってるー!」


 近づくと警戒するような視線を向けてきたが、相手がレウルス達だとわかると笑顔で駆け寄ってくる。これまでに何度も足を運んだことがあり、なおかつその度に魔物の肉などを持ってきているため、子ども達も警戒しないのだ。


「よう、ガキんちょ共。相変わらず元気そうだな」

「うん、げんきだよー!」


 わらわらとレウルスの周囲に群がってくる子ども達。その数は十人で、一番下は三歳、一番上でも十歳に満たない。男女比は五対五と同数だった。


「兄ちゃん、また肉を持ってきてくれたのか?」


 その中でも一番年上の少年が興味津々といった様子で尋ねてくる。


 前世の日本と違い、肉類は食べようと思っても食べられるものではない。畜肉は高く、魔物の肉も手に入れるとなると危険だからだ。それでも、このぐらいの歳の子どもは肉が好きなのだろう、とレウルスは笑った。


「今日は肉じゃないぞ。野菜と果物、それと服だ」

「えー……肉がいい!」

「あっはっは。ジルバさんに頼んでみるといい。そうすりゃ笑顔で取ってきてくれるぞー」


 ラヴァル廃棄街の周囲にいるような魔物ならば、ジルバが遅れを取るはずもない。ただし、見つけることができるかは別問題である。


「好き嫌いをしていては大きくなれんぞ? お主らも早く大きくなるんじゃぞ?」


 そうやってレウルスが笑っていると、エリザがお姉ちゃん風を吹かせ始めた。エリザは吸血種という立場から、人が近づけない山の中で家族と一緒に長年生活していたのである。

 エリザ自身の性格もあるのだろうが、年下の子どもと接するのが楽しくて仕方ないらしい。


「エリザねーちゃんだってちっちゃいじゃん!」

「うん、ちっちゃいよね」

「ちっちゃいちっちゃい」


 だが、子どもというのは時に残酷だ。子ども達は互いに顔を見合わせ、『ちっちゃい』と連呼する。


「ち、ちっちゃくないわいっ!」

「えー、ちっちゃいよ!」


 エリザの身長は140センチ程度で、13歳という年齢から考えると小柄なのだろう。ただしこれはレウルスの前世の感覚も作用しているため、この世界の同年代の少女と比べれば特別小さいというわけでは――。


(いや、小さい……か)


 ドミニクの娘であるコロナは15歳で身長が150センチを少しばかり超えている。コロナも前世の基準で言えば小柄の部類に入るのだろうが、“この世界”では標準的と言えるだろう。


 二歳違いで身長が十センチ以上違うのだ。エリザの身長の低さは過去の生活で栄養状態が悪く、必要な栄養が得られなかったことが影響しているのだと思われた。

 しかし、エリザ以上に栄養状態が悪かったレウルスは170センチ近くまで背が伸びている。その点から考えると個人差があるとしか思えなかった。


「エリザねーちゃん、おっぱいもちっちゃいもんな!」

「…………」


 そうやってレウルスがこの世界における身体の発育に関して思考していると、子どもの一人が笑顔で爆弾を炸裂させる。それを聞いたエリザは瞬時に真顔になったが、子ども達の“口撃”は止まらない。


「エステルねーちゃんをみならえよー」

「おねーちゃんはおっきいよー」

「…………」


 無邪気に、残酷に、エリザを攻め立てる子ども達。エリザの真顔が崩れることはなかったが、その口元は痙攣するように震えている。


 ラヴァル廃棄街に建てられている精霊教の教会を運営するのは、精霊教師という立場に就いているエステルだ。コロナよりも三つほど年上だが身長はほとんど変わらず、それでいて非常に“女性的な”スタイルを持つ女性である。


「こらこら、成長には個人差があるんだからそれぐらいにしとけって」


 レウルスとしても少しばかり同意する意見だったが、さすがにエリザの堪忍袋の緒が切れそうだったため止めに入った。すると、一番年上の男の子が首を傾げながら問う。


「でもよ兄ちゃん、エリザ姉ちゃんがエステル姉ちゃんと同じぐらいの歳になってもさ……」

「おっと、そこまでだ。いいか? 女性ってのは褒めることはあっても馬鹿にしちゃ駄目だ。特に年齢と外見の話題には注意しろ。後が怖いぞ」

「そういうもんか? でも、兄ちゃんもエリザ姉ちゃんをからかうじゃん」

「そういうもんだ。あと俺はからかってるんじゃない。現実を受け止めてるだけだ」


 ふーん、とわかったような、わからなかったような声を漏らす男の子。レウルスが止めに入ったことで子ども達の口撃は止まり――。


「エリザおねえちゃん、かわいそう……」


 ぽつりと、五歳ほどの小さな女の子が心底同情したように呟く。その目には涙が浮かんでおり、今にも零れ落ちそうだった。


「ごはんたべたらおおきくなるんだよね? わたしのごはん、おねえちゃんにあげるから……」

(これはひどい……)


 あまりにも残酷な一撃だった。その一言でエリザの両肩が震えだし、拳を握り締めて吼える。


「ちっちゃい言うなっ! わたしはこれから大きくなるの! 成長期なの!」


 “普段の口調”を放り投げて叫ぶエリザ。どうやら素が出るぐらいショックだったらしい。


「うわっ! 姉ちゃんが怒った! 逃げろー!」

「きゃー!」

「待てっ! 待たんかっ!」


 エリザが吠えるなり、蜘蛛の子を散らしたように子ども達が逃げ出す。それを見たエリザは即座に追いかけ始めるが、子ども達は笑顔で逃げ回っていた。

 エリザを止めるべきか迷うレウルスだったが、エリザは幼い子どもは追いかけずに年長組の子どもばかり追いかけている。怒ってはいるが、冷静さは失っていないようだ。


「一体何の騒ぎで……あらー、レウルスさん」


 そんな風に子ども達が騒いでいると、エステルが顔を覗かせる。そしてレウルスに気付くと柔和に微笑み――サラの姿を見て笑顔が消えた。


「これはサラ様……わざわざ当教会にお越しいただき、精霊教師として感謝に堪えません」


 慌てたように駆け寄ると、エステルは胸に右手を当てながらサラに対して一礼する。普段は間延びした話し方をするのだが、サラが相手となるとそうもいかないらしい。


「ちょっと、やめてよね! 畏まられるって好きじゃないのよ!」

「そう言われましても……」


 サラは嫌そうに拒否し、エステルは困ったように眉尻を下げる。その間にレウルスは周囲を見回すが、“外部”の勢力である教会があるということで町の住民の姿はなかった。


「ねえレウルス……わたし、ちょっと疑問に思ったんだけど」

「ん? なんだよ?」


 生きている信仰対象が目の前にいるからか、エステルの態度は崩れそうにない。それを見て取ったサラは不服そうに唇を尖らせ、子ども達を追いかけ回すエリザに視線を向けた。


「あの子達、エリザが相手ならああやってからかうじゃない? でも、わたしが相手だとからかうどころか話しかけてもこないのよね……なんで?」

「なんでって……そりゃお前」

「おおっ! サラ様!」


 答えを口にしようとしたレウルスだったが、それよりも先に“答え”が姿を見せる。驚きと感動を声色に乗せて姿を見せたのはジルバで、目を輝かせながら駆け寄ってくるのだ。


「あいつらの保護者のジルバさんとエステルさんが、こうやって畏まってるから……かな?」

「納得いかないわっ! わたしも遊びたいのよ!」


 冒険者見習いにして火の精霊であるサラの主張に、レウルスは無言で首を横に振るのだった。








 “お土産”をエステルに渡したレウルスは、教会の裏手にあるジルバ達の住居に招かれた。大きさはそれほどでもなく、十人の子どもがいれば手狭だと思えるような広さである。


 十畳ほどの食堂と、ジルバやエステルの個室、そして子ども部屋として二部屋。その内ジルバの部屋に招かれたレウルスだったが、初めて入ったジルバの部屋は六畳ほどのこじんまりとした部屋だった。

 木製の寝台と書棚、小さなテーブルが一つに椅子が二脚と飾り気がない。それに加え、テーブルの上にはレウルスが朝方に託した大剣が置かれていた。


 ちなみに、エリザは子ども達に囲まれて食堂にいる。レウルスが持ってきた食材を使い、子ども達と料理を作るのだ。


「ほう……ドワーフですか」

「ええ。姐さん……ナタリアさんが言うには西の方で何度か目撃されてるらしいんで、探してみようと思うんです」


 テーブルには陶器のコップが置かれ、白湯が注がれる。レウルスは礼を言って口をつけると、ジルバは顎に手を当てながら頷いた。


「なるほど、たしかにドワーフならば優れた鍛冶技術を持つ者が多いですからね。問題は見つかるかどうかという点と、武器を作ってくれるかという点ですが……まあ、レウルスさんなら後者は問題ないでしょう」

「姐さんも似たようなことを言ってましたよ……俺の評価って一体……」


 レウルスは納得いかない、と言わんばかりに首を傾げる。すると、子ども達が遠慮するからという理由で部屋についてきたサラがジルバの寝台に寝転がりながら言う。


「そりゃアンタ、剣が壊れたからってヴァーニルを素手で殴りにいくような命知らずじゃない。そういうところがドワーフに気に入られるってことじゃないの?」


 会ったことがないからわからないけど、と寝台の上で右に左にと転がりながら述べるサラ。それを見たレウルスは頭痛を堪えるように眉を寄せた。


「色々と言いたいことはあるが……とりあえず、はしたないから他人の寝台の上で寝転がるな」


 サラの実年齢はわからないが、外見的な年齢はエリザと変わらない。そのため教育の一環としてレウルスが咎めると、ジルバは笑って受け流す。


「ハッハッハ、お気になさらず。精霊様が使われたということで、後ほど祭壇に飾らせていただくだけですよ」

「はい下りた! わたし下りたわ! というか寝転がってないから! こう、ふわーって感じで浮いてたから!」


 自分が寝転がった布団が教会の祭壇に飾られる――その光景を想像したのか、サラは即座に寝台から飛び降りてレウルスの背中に隠れた。


「話を戻しますけど、ジルバさんはドワーフについて何か知りませんか? マタロイの西の方って一口に言っても、かなり広いと思うですよね」

「そうですね……少々お待ちを」


 レウルスが教会を訪ねたのは、預けた武器を受け取るためだけではない。マタロイだけでなく他国にも足を踏み入れたというジルバの知識を借りたかったからだ。


 精霊教に深入りしたくはないが、サラがいる以上そうも言ってはいられない。ジルバとは一種の協力関係のため、頼れる時には頼ろうと思った。

 無論、対価を用意することで貸し借りはないようにするが。


「ラヴァル廃棄街から西となると、いくつか候補がありますが……」


 そう言いつつ、ジルバは書棚に置かれていた木の板に炭で簡易な地図を描き始める。


「レウルスさん達の移動速度から考えると……西に五日ほど進んだ場所にティリエという町が、そこからさらに北西に五日ほど進むと今度はアクラという町があります」


 手早く炭で地図を描くジルバだが、一部とはいえ“国の地図”を描けるというのはとんでもないことではないか。レウルスは色々とツッコミを入れたい気持ちになったが、重要な情報でもあるため口を閉ざす。


「そのアクラですが、近くにいくつも山があるんですよ。一部の山は鉱山として拓かれていますが、魔物の縄張りに重なっていて人が足を踏み入れない場所もあったはずです」

「なるほど……鍛冶をするなら金属がある場所に近い方が良いですよね」


 ジルバの話を聞いたレウルスは、思ったよりも重要な話を聞けたと内心で喜ぶ。アクラという町の近くにドワーフがいる保証はないが、何の情報もなしに手探りで探すよりは指針があった方が良いのだ。


「んー! いいわねいいわね! 今からワクワクしてくるわっ!」


 ジルバの話を聞いていたサラは、テンションが上がった様子で楽しげに笑っていた。それに気付いたレウルスは即座に釘を刺す。


「服を燃やすなよ?」

「わかってるわよ! でも、ワクワクする気持ちは抑えられないわ!」


 何十年――下手すれば百年近くヴェオス火山に意識だけで存在したサラである。こうして旅の準備をすることすらも楽しいのだろう。


「ちなみにですが、レウルスさん達は何日ぐらいの旅程で考えているのですか?」

「全部が上手くいったらっていう前提ですが、最長で二ヶ月です。それぐらいなら離れてもいいって姐さんに言われてます」

「二ヶ月ですか……サラ様のお供をしたいですが、さすがにそれほどの長期間この教会を空けるわけにはいきませんね」


 ジルバは心底悔しそうに言うが、エステル一人でこの教会を切り盛りするのは難しいと考えているのだろう。


 マダロ廃棄街の救援依頼に同行したことでジルバも多額の褒賞金が入ったはずだが、子どもが十人いるため金銭の問題だけではない。

 ないとは思うが、留守にしている間に強力な魔物が現れたり、グレイゴ教の人間が襲ってくる可能性もあるのだ。


 他の何を捨て置いてもサラについていく、などと言われずに内心だけで密かに安堵するレウルスだった。


 ジルバは木の板を片付けると、それまでテーブルに置いていた大剣をレウルスへと手渡す。


「『強化』の『魔法文字』を刻んでおきましたが、私は本職ではありません。ある程度は手荒に扱っても壊れないでしょうが、今までレウルスさんが使われていたものと比べたら数段劣る……そう考えてください」

「いえ、それでも助かります。ありがとうございます」


 ジルバから大剣を受け取ったレウルスはその刀身に視線を向ける。刀身には仄かに光る文字が刻まれており、朝方に振り回した時と違って“それなり”に頼もしさが感じられた。

 レウルスはその感触に大きく頷くと、懐から小さな布袋を取り出す。


「些少ですが寄付です。受け取ってください」

「これはこれは……断るのも失礼ですね。それではありがたく、子ども達のために使わせていただきますよ」


 レウルスが布袋を渡すと、ジルバは胸に手を当てながら一礼する。


「レウルスさんに大精霊様の恩寵があらんことを――と、サラ様の御加護がある以上、必要のない祈りでしたかね?」


 そう言って微笑むジルバにレウルスは苦笑を返す。


 大精霊の恩寵は知らないが、火の精霊の『加護』は既に与えられているのだから。











どうも、作者の池崎数也です。

クリスマスイブですが更新です。


毎度ご感想をいただきありがとうございます。

ここ数日評価ポイントがすごい勢いで伸びていますが、同時に閲覧数も増えているようで嬉しく思います。異世界転移/転生のファンタジージャンルで日間4位になったりと、嬉しい限りです。

4章も可能な限り毎日更新ができればと思っていますので、これからもお付き合いいただければ幸いです。


そして、ゆきさんからレビューをいただきました。これで5件目のレビューです。ありがとうございます。

過去作である『異世界の王様』と合わせて、ヤンデレ、おじ様ときて次はロリだそうで……ヤンデレ? レビューをしていただいたゆきさん……ゆきさん?


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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