第93話:ドワーフとは
――ドワーフ。
その名前を聞いてレウルスの脳裏に浮かんだのは、前世で遊んだゲームである。
十五年以上前の記憶ということで曖昧な部分も多いが、ドワーフという単語には聞き覚えがあった。ファンタジーな世界を題材にしたゲームの場合、高確率で登場する“あの”ドワーフだろう。
だが、レウルスはそれを表に出すことはない。エリザと出会った際、吸血種を吸血鬼だと勘違いして斬りかかったのだ。ドワーフと聞いてある程度想像ができるレウルスだが、ここは素直に情報を聞くべきだろう。
「聞いたことがある……ような?」
今世においてもドワーフという言葉は聞いたことがあったが、いつ聞いたかは思い出せない。
一緒に行動する冒険者仲間であるエリザとサラに視線を向けてみると、二人とも頷きを返してくる。
「亜人じゃろ? おばあ様から聞いたことがあるぞ」
「土臭い亜人ね! 見たことはないけど、ヴァーニルから聞いたことがあるわ! ……って、ふぎゃっ!?」
火龍――ヴァーニルの名前を出したサラの頭を左手で掴み、レウルスは軽く力を込めながら左右に揺らす。
「な、なんでよぅ!? わたし何もしてないじゃない!? やめて、やーめーてーよー!」
「“その名前”はあまり出すな……この町の中ならいいけど、他の場所でアイツの名前を知ってる奴がいたらつながりがあるって気づかれるぞ」
特に、グレイゴ教などには名前が知られていそうである。釘を差すとサラは素直に頷いたため、レウルスも左手を離す。
「お嬢ちゃん二人が言う通り、亜人の一種ね。魔物としては個体差が大きいけど、概ね中級に属すると思ってちょうだい」
「ふむふむ……外見は?」
レウルスは頭の中でドワーフの姿を想像しながら尋ねる。
(ドワーフって言えばアレだろ……体が小さくて髭モジャの生き物)
安直にそんな想像をするレウルスだが、もしかすると高身長でイケメンな種族という可能性もあるのだ。確認は大事だろう。
「人間と似たような外見をしていて知能が高いわ。コモナ語も喋れるわね。ただ、身長が低くて、成人してもお嬢ちゃん達よりも背が低いの。男のドワーフは大体が髭面で筋肉質ね。女のドワーフは髭が生えていたりはしないけど、腕力が強いという点では変わらないわ」
どうやらレウルスが知るドワーフと外見的特徴に違いはないらしい。ドワーフという単語もそうだが、妙なところで前世とのつながりを感じるレウルスである。
「で、そのドワーフってのを話に出すってことは鍛冶ができるんだな?」
「ええ。ドワーフの特徴の一つだけど、手先が器用で鍛冶が得意なの」
「へぇ……」
“本当に”レウルスが知るドワーフと大差ないようだ。ただし、今のレウルスにとっては前世で知るドワーフと今世で知ったドワーフの違いはどうでも良い。
レウルスが全力で振るっても壊れない武器を作れるかどうか――その一点にしか興味がないのだ。
「腕が良い人間の鍛冶師も探してみたのだけど、“坊やが希望する素材”を使って相応の武器を作れて、なおかつ口も堅い……そんな都合の良い鍛冶師が見つからなかったの。そこでドワーフよ」
「腕が良いってのは聞いたが、口は堅いのか? 良い武器ができたものの、噂が流れて……なんてのは嫌だぞ?」
わざわざナタリアが話すぐらいなのだ。問題なく信用できるのだろうが、レウルスとしては確認を取る必要があった。
しかし、そんなレウルスの予想に反してナタリアは困ったような表情を浮かべる。
「そこは坊や次第……といったところかしら」
「ん? どういう意味だい?」
ナタリアらしくない口ぶりだ。それが気にかかったレウルスが首を傾げると、ナタリアは苦笑を浮かべる。
「ドワーフはね、気難しい上に頑固なのよ。優れた武器や防具を作れる腕はある……でも、相手が気に入らないとまともに作ってくれないの」
「……職人気質ってやつか」
思わぬ問題が飛び出してきた。レウルスとしてはそう思うしかない。
「そういった手合いだと、金払いを良くしても駄目かな?」
「駄目でしょうね。ただ、わたしの見立てでは坊やなら問題ないと思うのよ」
「俺なら問題ない?」
不安を煽る言い方をしておいて、レウルスならば問題がないというナタリア。その根拠は一体何なのかと疑問に思う。
「ドワーフはね、職人という性格以外でも大抵が大酒飲みで大食らいで、喧嘩っ早いの」
「あの、姐さん? その情報を聞いて、どこをどうすれば俺なら問題がないって言えるのかわからないんだけど?」
「あら、本当に?」
レウルスの言葉を聞いたナタリアは、口元に手を当ててクスクスと笑う。普段の妖艶な雰囲気と異なり、どこか幼さを感じさせる仕草だった。それがまた一種のギャップに思えて、レウルスは少しだけ心がときめく。
「ていっ!」
すると、何故かエリザに足を踏まれた。エリザは体重が軽いためそれほど痛くないが、レウルスは反射的に視線を向ける。
「なんで足を踏むんだ?」
「ふんっ! 知らんのじゃっ!」
「……そうか」
頬を膨らませてそっぽを向くエリザ。そんなエリザの仕草を見たレウルスは、微笑みながらエリザの頭に手を乗せて優しく撫でる。どうやら嫉妬したらしい。
「わたしの個人的な意見としては、坊やならドワーフと気が合うと思うのよね。酒でも飲んで一緒に食事をして、ついでに殴り合えばわかり合えると思うの。あと、さっきも言ったけどドワーフの女性はとっても小柄よ?」
「色々とツッコミを入れたいんだけど、どこからツッコミを入れれば良いのかわからねぇ……」
ナタリアがどんな印象を抱いているのか聞きたいところだが、恐ろしいことを言われそうで自重するレウルスだった。
「それでそのドワーフだけど、マタロイの西側で何度か目撃されてるのよ。流れで鍛冶師をしているのか、どこかに集落があるのか……」
「そのドワーフを見つけて剣を作ってもらえってことか……というか、もしも集落があるのなら知ってる人間がいるんじゃないか?」
ナタリアはここ一ヶ月ほどでドワーフの目撃情報を集めてくれたのだろうが、どこかに隠れ里のようなものが存在する可能性もある。その場合、まったく情報がないとは思えなかった。
レウルスがそんな疑問を呈すると、ナタリアは受付の机越しに身を乗り出す。そしてレウルスの耳元に口を寄せると、周囲に聞こえないよう小声で話し始める。
――香水を使っているのか、ふわりと良い匂いがした。
「場所によるでしょう? 火の精霊の『祭壇』だって、“あの”ジルバさんが知らなかったらしいじゃない」
「たしかに、な。ドワーフの集落があるとしても、普段人が近寄らない……近寄れない場所にある可能性が高いわけか……」
強力な魔物が頻出していて人間が近づけない場所など、いくらでもあるだろう。さすがに火龍の縄張りのような危険地帯は滅多にないだろうが、下級の魔物が大量に生息しているだけで近寄りにくくなる。
「マタロイの西側と一口に言っても、目撃情報が多い場所があるの。その周辺を坊やが探れば何かしらの痕跡は掴めるんじゃないかしら?」
「ドワーフも魔物の一種ってことは、魔力を持ってるよな……ところで姐さん、さすがに近くないか?」
周囲に聞かせないためだろうが、ナタリアとの距離が本当に近いのだ。レウルスの顔の横にナタリアの顔があるため、少し横を向くだけで頬に口づけをしそうになってしまう。
ついでに言えば、視線を落とすとナタリアの豊かな胸元が見えた。ナタリアは冒険者組合の受付という役職に不似合いな、黒いドレスに似た際どい服装をしているのである。
「坊やはこういうのは嫌いかしら?」
「いいや、大好きだね。特に姐さんみたいに美人でスタイルが良い……じゃない、魅力的な女性だとなおさらだよ」
囁くように尋ねてくるナタリアに対し、レウルスは笑って答えた。外見だけで言えば、身の回りにいる女性で一番好みなのだ。
「あら、お上手だこと」
そう言ってナタリアは艶やかな笑みを浮かべ、その笑顔を見たレウルスは自然と笑みを深めていた。美人の笑顔というのは、例え“裏”がありそうでも素敵なのだ。
「あれ? エリザってばどうしヒイイイイィィッ!?」
何やら背後でサラの悲鳴が聞こえたため、レウルスとナタリアは同時に距離を開ける。そして何事もなかったかのように会話を再開した。
「でも姐さん、剣が欲しいのは山々なんだけど、冒険者の仕事を放り出してもいいのか? 罰則があったりするんじゃないか?」
「構わないわ。坊やが全力を出せない方が問題だもの。ないとは思うけど、またキマイラが出てきたら今の武器で倒せる?」
「……倒せると思いたいけど、倒す前に剣が折れるかもしれねえ」
以前レウルスはキマイラと戦ったことがあるが、その時はラヴァル廃棄街の精鋭をぶつけて多くの怪我を負わせ、その上で辛うじて勝利することができた。
エリザと『契約』を結び、なおかつ『熱量解放』を自分の意思で使えるようになった今ならば、もっと“まとも”に戦えるだろう――が、戦っている最中に剣が折れそうである。
もしかすると、剣が折れることを意識して力が出せずに敗北する可能性すらあった。
「ほら、坊やがそんな不安を抱えていたらこの町にとっても不利益になるでしょう? それなら素直に送り出して良い武器を持って帰ってきてくれる方が助かるわ。それに、武器の不備が原因で坊やが死んだり、怪我を負ったりしたら困るもの」
「姐さん……」
一聴する限り冒険者組合の受付としての言葉のように聞こえるが、ナタリアの表情には心配の色が浮かんでいた。どうやら後半の方が本音らしく、レウルスの身を案じているのだ。
それが察せられたため、レウルスは感動したように声を漏らす。
「何ならドワーフを連れ帰ってもいいわよ? 腕の立つ鍛冶師ならこの町も大歓迎で受け入れるわ。坊やなら上手いこと女の子を引っかけてきてくれるでしょ?」
「姐さん……」
今しがた漏らしたものと同じ言葉だというのに、込められた感情は正反対だった。レウルスは据わった目をナタリアに向ける。
「俺と姐さんの間にはとてつもない認識の齟齬があると思うんだ」
「エリザのお嬢ちゃんだけならまだしも、サラのお嬢ちゃんも連れて来たじゃない。二回あったことが三回続いてもおかしくはないわよね?」
前世のことわざ――『二度あることは三度ある』という言葉がレウルスの脳裏を過ぎった。しかし、レウルスはすぐさまその考えを振り払うように首を振る。
「そもそもドワーフを見つけられるかどうかが問題だろ? 何日ぐらいなら町を空けてもいいんだ?」
話を逸らすレウルスに対し、ナタリアは煙管を右手で回しながら答える。
「そうね……坊や達のおかげで魔物もあまり近づかなくなってるし、一ヶ月……いえ、最大で二ヶ月までなら問題はないわ」
「二ヶ月か……って、長くないか?」
マダロ廃棄街からの救援依頼を受けた時でさえ、ラヴァル廃棄街を留守にしたのは三週間程度だった。そんなに離れても良いのかとレウルスは迷ってしまう。
「マダロ廃棄街の時は目的地も決まっていたし、倒す相手も“当初の予定”では決まっていたじゃない。でも、今回は違うわ。二ヶ月かけてもドワーフが見つからない可能性もあるの」
「下手すると二ヶ月じゃ足りないってわけか……了解だ。そういうことなら最大でも二ヶ月を目安にして帰ってくるよ」
ドワーフを探し出すだけでなく、武器を作ってもらえるよう頼み込み、なおかつ武器が出来上がるまでの時間まで含める必要がある。それら諸々の時間を考えると二ヶ月というのは短く感じられた。
「剣だけでなく魔法具も作れると良いんだけどな……」
ヴァーニルからの報酬には、『魔石』や『宝玉』といった特殊なものも含まれていたのだ。それらを武器や防具に加工できる腕を持つドワーフが見つかれば最上なのだが、とレウルスは思う。
そして、最大でも二ヶ月離れると聞いた以上、エリザやサラの意思も確認する必要があるだろう。
「エリザ、サラ、二人はそれでいいか……って、エリザ?」
「つーん……」
レウルスが振り返ってみると、そこには頬を膨らませたエリザの姿があった。サラはその隣で困ったように視線を彷徨わせており、レウルスは数度瞬きをしてからサラに視線を向ける。
「サラは……」
「ついていくわよ! 嫌だって言われてもついていくわよ! 置いていったら追いかけるからね! 泣き喚きながら追いかけるわ!」
どうやら聞く必要もなかったらしい。サラの性格を思えば、その返答は予想できた。
「エリザ」
「つーん……」
「また可愛らしく拗ねやがって……」
どうやらナタリアとの会話が気に入らなかったらしい。頬を膨らませながら口で『つーん』と言いつつも、チラチラと視線を向けてくる。
こういう時は、構ってほしいというサインなのだ。そう判断したレウルスはエリザを抱き上げる。
「お前の力が必要なんだ。頼むよエリザ……一緒に来てくれないか?」
「……ふ、ふんっ。だ、騙されんぞ……レウルス、お主アレじゃろ、ナタリアみたいな大きな胸がいいのじゃろ?」
「おう」
「シャアアアアアアアァァツ!」
前にもこんなことがあったな、などと思いながらも素直に頷く。すると、エリザは奇声を上げながら暴れ始めた。
手足をばたつかせて暴れるエリザだが、両脇を抱えて持ち上げているためレウルスには届かない。すると、そんなレウルス達の様子を見ていたナタリアが苦笑を浮かべた。
「“からかった”わたしが言うのもなんだけど、ほどほどにしておきなさいね……それと坊や」
「ん? なんだい?」
エリザを抱き上げつつ視線を向けると、ナタリアは何故か真剣な表情を浮かべていた。
「亜人も魔物の一種とはいえ、食べちゃ駄目よ?」
「姐さん、俺をなんだと思ってるんだよ……さすがに人語が通じる相手は食べないって」
「人語が通じない人型の魔物は?」
「あー……状況による? 腹が減ってたら食べるかも……」
レウルスの返答を聞き、ナタリアはため息を吐く。
こうして、レウルス一行によるドワーフ捜索の旅が決定されたのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
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それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。