第91話:精霊冒険者見習いの誕生
レウルス達がラヴァル廃棄街に帰還した翌日。
冒険者組合の受付から奥に進んだ場所にある組合長の部屋の中には、重苦しい沈黙が満ちていた。
「……すまんが、もう一度言ってくれるか?」
部屋の奥に置かれた大きな机に肘をつき、そう問いかけるのはラヴァル廃棄街の冒険者組合を纏める組合長、バルトロである。
理解しがたいと、信じがたいと言わんばかりに表情を歪めている。
部屋の中にいるのは全部で八人。
内密の話ができる場所を提供してほしいと頼み込んだレウルスと、レウルスの相棒であるエリザ。
レウルスの後見人かつ推薦者であるドミニクに、冒険者組合から参加したバルトロとナタリア。
精霊教を信仰する精霊教師であるエステルと、精霊教徒であるジルバ。
そして、火の精霊であるサラがこの場にいた。
「俺の聞き間違いでなけりゃそこのお嬢ちゃんは火の精霊で、レウルスと『契約』を結んだ? しかもレウルス、お前はヴェオス火山で火龍と戦ってきた……そう聞こえたんだが?」
レウルスが端的に報告した内容を繰り返し言葉にし、バルトロは禿頭を掻く。
「俺としても、間違っていてほしかったんだけどなぁ……全部事実だよ組合長」
そう言ってレウルスは証拠を――ヴァーニルから“試練”を乗り越えた報酬として渡された物をリュックから取り出す。
「火龍……ヴァーニルって名前なんだけど、ヴァーニルから小金貨と銀貨、『魔石』と『宝玉』……それと、爪と鱗をもらってさ」
リュックから取り出したものを机の上に並べながらレウルスが言うと、バルトロは頭を抱えてしまった。
「レウルス……お前、何をすればこんなことに……」
「俺もそう言いてえよ! 『契約』はサラが一方的に結んできたし、ヴァーニルは一方的に喧嘩を売ってきたんだよ! おやっさんからもらった剣は砕けるし、なんか“憑いてきた”し、散々だよ!」
レウルスとしては、自分に過失はないと声を大にして言いたい。
「ちょっとレウルス!? もっとちゃんと紹介してよ! しかも憑いてきたってなに!?」
レウルスの話を聞き、サラが両手を振り上げて不満そうに叫ぶ。昨晩教会に預けた結果、宴会に参加できなかったことで臍を曲げたのである。
(精霊に臍があるかは知らないけどな……)
どうでも良いことを考えつつ、レウルスは据わった目をサラに向けた。
「あの剣が砕けたと聞いた時は驚いたが、火龍と戦ったのか……むしろ、よく途中までもったな」
ドミニクは大剣が砕けた経緯を聞き、納得したように頷いている。ドミニクからすれば、途中までとはいえ火龍と打ち合えたことの方が奇跡に思えたのだ。
「しかし、信じ難い……お前を疑うわけじゃねえが、本当に火の精霊か? 火の精霊を騙る、頭が可哀想な村娘ってオチはないだろうな?」
バルトロは胡乱気な目つきでサラを見る。火の精霊と言われても、バルトロからすれば年若い少女にしか見えないのだ。
背格好がエリザに似ていることが気になるが、髪の色が異なり、更に性格の違いが顔に出ているのか、全体的に似ているのに一目見ただけでは似ていないという、不思議な顔立ちをしているのである。
「うん、組合長の気持ちは俺も理解できる……でもなぁ」
「この方が火の精霊様であることは、私が保証いたします」
そう言って口を挟んだのはジルバである。その隣にはエステルがいるが、妙に緊張した顔付きだった。
「ヴェオス火山には我々精霊教を信奉する者達が建てた『祭壇』があったのですが、そこに一晩泊ったところ、サラ様が顕現するところを拝見することができました」
ジルバがそう説明すると、バルトロは確認を取るようにレウルスとエリザに視線を向ける。その視線に気付いたレウルスとエリザは頷きを返し――堪え性のないサラが爆発した。
「ちょっとちょっと! さっきから話を聞いてれば誰の頭が可哀想だっていうの!? わたしが火の精霊かどうか、証拠を見せればいいんでしょう!?」
サラはそう叫ぶなり、何故か左拳を腰に当て、右手を胸の前で伸ばすという妙なポーズを取る。そのポーズにレウルスは何故か前世の記憶が刺激されたが、サラはそれに気づくことなく跳躍した。
「――とうっ!」
空中に浮かんだサラの体を、紅蓮の炎が包み込む。そして顕現した時のように炎を身に纏って空中に浮遊した。
その姿はたしかに神々しく、火の精霊だと言われても納得できるほどである。サラはバルトロの表情が驚きに変わったのを見て満足そうに頷き、炎を纏ったままでレウルスの肩に着地しようとした。
「乗るな。服が燃える」
「ふぎゃっ!?」
だが、それに気付いたレウルスは床を蹴って瞬時に回避した。サラは着地するつもりだったレウルスの肩が消えたことに気付かず、そのまま床に落下する。
「ちょっ!? なんで避けるのっ!? ねえなんで!? レウルスひどい! そこはわたしを受け止めるところよ!?」
床に落下したサラだが、痛みはないのか即座に飛び起きて抗議を始めた。レウルスはそんなサラの言動に対し、頭痛を堪えるように眉を寄せる。
「だから服を燃やすなと言っておるじゃろうが!? 何度言えばわかるんじゃ!」
「ギャアアアアァァッ! た、助けてレウルスウウゥゥッ!」
服を燃やしてしまったサラに対し、エリザが飛び掛かった。マウントポジションを取られたサラはレウルスに助けを求めるが、レウルスはため息を吐くだけで助けない。
「……火の精霊?」
「認めたくないけど……」
バルトロが再度確認してきたため、レウルスは渋々頷いた。バルトロはそんなレウルスを見て、サラに視線を向け、再度レウルスを見る。
「……精霊教の人間がいる前で言いたくはないが、“コレ”が、か?」
重ねて尋ねてくるバルトロに、レウルスとエリザは同時に頷く。認めたくはないが、サラは火の精霊なのだ。
「そう、か……俺も四十年近く生きてきて初めて精霊を見たが、これが精霊なのか……」
精霊教徒じゃなくて良かった、とバルトロが小声で呟くが、この場の誰もが聞かなかったことにした。信仰する対象がサラのような存在だったと聞けば、精霊教徒の何割かが信仰を投げ捨てそうである。
「我々精霊教徒は、人類を御救いくださった大精霊様や人が生きていく上で必要となる様々な属性を司る精霊様、そして自然に感謝を捧げる宗教です」
サラの醜態を見ていたジルバは笑顔で補足するように述べるが、その言い方では精霊の性格その他には関与しないと言っているようなものだ。サラの性格もまた、“自然”の一部ということなのだろう。
「ま、まあ、話はわかった……わかりたくなかったが、わかった……それでレウルス、この娘の扱いをどうするつもりだ?」
「放り出すわけにもいかないから俺が“推薦”で……推薦しないと駄目だよなぁ……」
エリザと同じように推薦しようと思ったレウルスだが、サラが何か問題を起こせば推薦者であるレウルスの信用が落ちる。エリザが相手ならばそれも許容できるが、サラが相手となると――。
「それならわたしが推薦者になりましょうか?」
しかし、レウルスが決断するよりも先に、ナタリアがそんなことを言い出した。レウルスは予想外の発言に目を見開き、ナタリアへと向き直る。
「……姐さん、正気か?」
「火龍に単身で挑んだあなたに正気を問われるのは心外なのだけど……火の精霊ということは火炎魔法を使えるでしょう? 町の役に立つのなら、多少の問題は飲み込もうと思っただけよ」
そう言って微笑むナタリア。その言葉を聞いたレウルスは渡りに船だと喜ぶが、すぐに我に返る。
「……いや、絶対何か問題が起きるだろうし、姐さんに迷惑はかけられねえ。俺の推薦ってことで頼む。火の精霊じゃなく、火炎魔法が使える冒険者サラってことで」
できれば遠慮したかったが、ついてくることを許可したのはレウルスである。一方的な『契約』だったが、数十年――下手すれば百年近く意識だけでヴェオス火山周辺を彷徨っていたのである。
無理矢理でも『契約』し、顕現して動ける体が欲しくなったというのも理解できるのだ。
「サラ様が火の精霊様であることは内密にお願いします。我々精霊教徒も尽力しますが、“火種”は少ない方が良いので……そうですね、エステル様?」
「はいー……我々精霊教徒も一枚岩ではないので、こちらとしても伝えられる相手が限られているんですよー……」
ジルバに話を振られたエステルが独特の間延びした声で答える。ただし、サラという“生きた信仰対象”がいるからか表情は張りつめていた。
「そのヴァーニルって火龍が旅立ちを認めてるみたいだしな……無理矢理追い出すわけにもいかねえか」
「火炎魔法の使い手が町に加わる……そう考えると利点もあるわね」
本音としては追い出したいが、それが原因で他の問題が発生するのも避けたい。そんな心境が透けて見える会話だった。
「うちの町には仲間を売る奴はいねえが、外部からの人の出入りがないわけでもない……ことがことだけに、当分の間は情報を伏せて様子を見るしかないな」
そんなバルトロの決断により、サラはラヴァル廃棄街の冒険者として受け入れられることが決定した。
「ところで坊や、火の精霊と『契約』して何か変化はあるのかしら? お嬢ちゃんと『契約』した時は色々と恩恵があったはずよね?」
話が一段落したからか、話題を変えるようにナタリアが話を振る。それを聞いたレウルスは思わず首を傾げてしまった。
「そういえば、何も変わってないような……サラ、お前と『契約』したら何かあるのか?」
マダロ廃棄街では周囲の目もあるため、聞くこともできなかった話である。変化が感じられなかったため、そもそも聞こうとも思わなかったのだが。
レウルスの質問に対し、エリザのマウントポジションから抜け出したサラは胸を張って答えた。
「驚きなさい! わたしがあなたに与えられる『加護』は火への耐性よ! これがあれば火炎魔法だろうと安心安全! 服は燃えるけどね!」
「……ヴァーニルの火炎魔法をくらって火傷したんだが?」
火への耐性――そう聞くと有用そうな能力だが、『契約』が結ばれた後にレウルスは火傷を負った。それも、ジルバの治癒魔法がなければ自己治癒だけで完治するまでどれだけの時間がかかるかわからないほどの重傷である。
「いやあの、さすがに火龍の火炎魔法を防げるぐらいの『加護』を求められると、火の精霊としても困るというか、その……」
「ヴァーニルより弱い魔物の火炎魔法なら、自力で斬れるぞ?」
ヴァーニルが放った強烈な熱線でさえ、斬ることはできなかったが弾くことはできたのだ。あの時の火炎魔法の威力から考える限り、最低でも中級、もしかすると上級に手が届く火炎魔法だったのかもしれない。
不要とまでは言わないが、レウルスは魔法を斬ることができる。負傷することに目を瞑れば、それこそ拳や蹴りでもヴァーニルの火炎魔法を破壊できるのだ。
「りょ、料理をする時に火傷しない……とか……えっと、不意打ちで火炎魔法をくらってもあんまり怪我しないで済む……とか……」
「火炎魔法は見た目が派手で不意打ちに向かないし、そもそも坊やなら魔力も探知できるわよね?」
どんどん声が小さくなるサラだったが、今度はナタリアが追い打ちをかけた。
「よほど視認しにくい……風魔法とかなら魔力だけで避けることになるから、坊やでも不意打ちを避けられないかもしれないけれど……」
「い、いいじゃない! わたしってば火の精霊よ! 単独でも戦えるし、強いんだからね!? 本当よ!?
嘘じゃないんだからね!?」
追い込まれているのか、サラは徐々に涙目へと変わる。それを見たレウルスは深々とため息を吐いた。
「はぁ……その辺も、“今後”見ていく必要があるなぁ」
積極的に受け入れるわけではないが、さりとて放り出すわけにもいかず。
魔力の質を気に入ったとサラは言っていたが、ここまで邪険にされてもついてくる姿勢はレウルスとしても見習いたいものがあった。
「というわけで姐さん、サラを冒険者として登録してほしいんだけど……」
「冒険者見習いとして登録するわね。能力はともかく、信用ができるかわからないもの」
「そうなるよなぁ……」
エリザの時もそうだったが、イレギュラーな存在は見習いからスタートするようだ。その点下級下位冒険者からスタートできたレウルスは、ドミニクの推薦が大きかったのだろう。
「精霊が冒険者というのは、わたしが知る限り初めての事例なのよね。どういう基準で昇進させればいいのかしら……」
「すいません、お手数おかけします……」
この時ばかりは深々と、心から謝罪をするレウルスである。
「よくわからないけど、わたしはここにいてもいいのよね!? 駄目って言われても居着くからね!?」
これからのことを考えて表情が暗くなるレウルスやナタリアとは対照的に、サラは輝かんばかりに表情を明るくした。
「ここにいたいのなら、まずは常識を覚えるんじゃぞ? 特に、服を燃やすでないわ。服は高いんじゃぞ?」
「……うん、わかった、わかったから真顔で詰め寄らないで」
真顔で距離を詰めるエリザに対し、サラは怯えたように後ろへと下がる。どうやら両者の力関係が決まりつつあるようだ。
それでもサラは気を取り直すと、胸を張って笑顔で告げるのだった。
「改めて……火の精霊、サラよ! これからよろしくねっ!」
どうも、作者の池崎数也です。
これにて3章も終了となります。3章は保護者付きでの初めての旅ということで、チュートリアル的な物語でした。中ボスとラスボスがチュートリアルの難易度ではありませんでしたが。
2章のあとがきで毎日更新が途切れると書いていましたが、何だかんだで毎日更新して駆け抜けました。
それもこれも、毎度ご感想やご指摘をいただくことができた結果です。物書きとしては読者の方から何かしらの反応がいただけると非常に嬉しく、モチベーションになりました。感謝感謝です。
ところで、昨晩の更新で大量の評価ポイントをいただけたのですが、一体何が起きたんでしょうか……掲載を始めた当初並に評価ポイントが伸びていて、確認してビックリしました。
非常にありがたいですが、2章が完結した時でもここまでではなかったので、喜ぶと同時に妙な不安が……とにかく、ありがとうございました。二度目ですが、感謝感謝です。
読者の方から拙作の登録キーワードの『ギャグ』が内容にそぐわないのではないか、というご指摘をいただきました。たしかにタイトル的にもギャグ成分が少な目なので、一度外してみたいと思います。その代わりに今度は『成り上がり』でも登録してみようかな、と思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。