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第86話:火龍 その3

投稿予約するの忘れていました。

 火龍ヴァーニルと戦うにあたり、レウルスが最初に行ったのはヴァーニルの足元に飛び込むことだった。


 『強化』を使えるであろうヴァーニルの身体能力は高く、例え距離を取っても即座に追いつかれる。そもそもレウルスには遠距離攻撃の手段がほとんどなく、距離を開けるのは自殺行為でしかない。

 それならば踏み潰されるのを覚悟で距離を詰め、超至近距離で戦うしかなかった。


 もちろん、馬鹿正直に正面から挑みはしない。ヴァーニルは巨体であるが故に死角も多いのだ。人間とて自分の背中は見れないように、ヴァーニルとて自分の目では見えない場所がある――そう、思ったのだが。


『ふむ……小賢しいが、“小兵”を活かした戦術か』


 『熱量解放』を使ったレウルスは自身に出せる最高速度でヴァーニルの胴体を潜り、後ろ脚へと斬りつけようとした。しかし、そんなレウルスを嘲笑うようにヴァーニルはその場から姿を消す。


 トン、とその巨体と重量が嘘のように軽い音を残して上空に向かって跳躍するヴァーニル。軽く跳んだだけだというのに、一度の跳躍で五十メートル近く舞い上がったのはその巨体が成せる業か。

 ヴァーニルは跳躍時に巻き起こった風で体勢を崩しかけたレウルスに視線を向けると、体の周囲に火球を生み出していく。


 一つ、二つ、三つ――五つ、十、二十と数を増やし、気付けば瞬時には数えきれないほどの火球が空を覆いつくしていた。


 ――炎の雨が、地上へと降り注ぐ。


 一発一発の火球はそれほどの威力はないのだろう。だが、瀑布のように上空から叩きつけられる火球の群れは、一度捕まればそのまま焼き尽くしかねない勢いがあった。


「う……おおおおおおおぉぉぉっ!?」


 地面に着弾すると同時に爆発し、周囲に炎を撒き散らす火球の雨。レウルスは『熱量解放』による身体能力を限界まで発揮し、追うようにして降ってくる火球をひたすら回避していく。


 もしも草木が生えていたならば、今頃周囲は業火に飲み込まれていただろう。冷え固まった溶岩と噴石だけが転がる荒れ地のため引火することはないが、火球が爆発する際に周辺の石を吹き飛ばし、即席の散弾となってレウルスを襲う。


 マダロ廃棄街の冒険者達から譲られた防具の数々は、石の破片が命中してもきちんとレウルスの体を守ってくれた。だが、防具をつけていない部分はそうもいかない。

 防具の隙間や首から上に破片が掠める度に血が噴き出し、痛みと熱を伝えてくるのだ。飛んでくるのは細かい破片ばかりで、大剣で弾くのが難しいというのもレウルスを焦らせる。


 多少の傷ならばエリザとの『契約』で得られた強力な自己治癒力が働き、勝手に塞がってしまう。しかし数秒から数十秒とはいえ血が流れていることに変わりはなく、傷が増える度にじわじわと失血死に近づいていくのだ。


『どうした! 逃げ回るだけか!』

(くそっ! 逃げる以外にどうしろっていうんだよ!?)


 火球の雨を降らせながらも挑発するように叫ぶヴァーニルに対し、レウルスは内心で毒づくことしかできない。

 それでも火球を回避しながら拳大の岩を拾い上げると、振り向きざまに全力で投擲した。


 『熱量解放』による身体強化を活かした投擲は、前世でいうところの野球のピッチャーの剛速球を超える速度を叩き出す。

 直撃すれば角ウサギも即死するであろう剛球だが、ヴァーニルの腹部に命中するなり粉微塵に砕け散ってしまった。ヴァーニルは痛痒も感じていないらしく、鼻で笑い飛ばす。


『それだけか?』

(無茶言うな!)


 この場にシャロンがいれば、空中に氷の塊を撃ち出してもらって疑似的な空中戦もできたかもしれない。しかし、シャロンはこの場におらず、今はヴァーニルと一対一で戦っているのだ。


 上空から降り注ぐ火球をひたすら回避していくレウルスだが、このままでは遠距離から嬲り殺しにされるだけである。ヴァーニルとてこの程度で死ぬならばそれまでだと思うはずだ。


 レウルスは大剣を担いだままで地表を疾走すると、周囲に何か利用できるものはないか確認していく。

 だが、背の高い木もなければ大きな岩もなく、翼を広げて上空で滞空するヴァーニルの元まで辿り着くための助けになるようなものはなかった。全力で跳んでもヴァーニルが滞空する高さまでは届かず、空中で滅多打ちにされるだけだろう。

 火球を乱射してくるヴァーニルの魔力切れを狙おうにも、火龍というだけあって魔力も潤沢なはずである。現にヴァーニルから感じ取れる魔力は微塵も減っておらず、レウルスの方が先に力尽きるのは明白だった。


 そうである以上、レウルスは自力でどうにかするしかない。


 肩に担いだ大剣をしっかりと握り締めると、逃げ回っていた足を止めて上空を見上げる。そしてレウルスを追うようにして放たれていた火球を見据え、大剣を振り下ろした。


「オオオオオオオォォッ!」


 気合と共に咆哮し、降り注ぐ火球を叩き切る。その斬撃は軌道上に存在した火球をまとめて斬り裂き、爆音と共に空中で紅蓮の華を咲かせた。


『ほう……斬撃に魔力を乗せて刃状にして飛ばすか。中々に面白いことをするな。だが、我のもとには届かんぞ?』


 火の粉が舞い散る空で悠然と翼を羽ばたかせながら、ヴァーニルが言う。火球は斬り裂けたが、多数の火球を斬り裂いたことで最終的には相殺され、魔力の刃がヴァーニルに届くことはなかった。

 レウルスが持つ遠距離攻撃の手段といえば、石の投擲と魔力の刃しかないのである。その上、魔力の刃は完璧にコントロールできているわけではなく、その射程も短い。


(もっとだ……もっと遠くに……)


 体を駆け巡る、『熱量解放』による膨大な魔力。それをただ斬撃に乗せて飛ばすだけでなく、より鋭く、より遠くへ放たなければヴァーニルには届かない。


 こういう時に属性魔法が使えれば攻撃の手段にも困らないのだろう。だが、レウルスには属性魔法など使えない。手持ちのカードで勝負するしかなく、上空のヴァーニルを睨み付けながら大剣を握る両手に力を込める。


『フフフ……良い目だ。やはり人間はそうでないとな』


 睨むレウルスをどう思ったのか、ヴァーニルはどこか楽しげな声を零した。しかし、すぐにその雰囲気を引っ込めたかと思うと、大きく口を開く。


『下級の火炎魔法では物足りぬようだな。では、次は“コレ”だ』


 そう言うなり、ヴァーニルの口腔に紅蓮の輝きが宿った。それと同時にレウルスはこれまで以上に高まる魔力を感じ取る。


(っ!? あの鳥以上の魔力!?)


 レウルスの脳裏に過ぎったのは、ヒクイドリが放った中級の火炎魔法だ。城塞すらも穿ちそうな火炎の竜巻が思い起こされ、レウルスは大剣を構えながら全身の魔力を練り上げる。


 避けれるならば避けたいが、中途半端に回避したところで着弾の余波に巻き込まれて燃やされそうだ。

 そうである以上、正面から打ち破るしかない――そう考えたレウルスの視界の先で、ヴァーニルの周囲にも巨大な火球が複数生み出された。


「…………」


 中級規模の魔力が複数現れたことに、数瞬だけ絶句する。先ほどまで降り注いでいた火球の雨ほどではないが、五つの巨大な火球がヴァーニルの周囲に生み出されたのだ。


『この程度で死んでくれるなよ?』


 そんな言葉と共に、数メートルはある巨大な火球が放たれた。しかもその巨大さとは裏腹に砲弾のように速く、一秒とかけずにレウルスのもとへ飛来する。


「ガ――アアアアアアアアアアアアァァッ!」


 どう足掻いても避けられない。ならば、斬るしかない。


 レウルスは獣のように咆哮し、真正面から巨大な火球を迎え撃つ。全力で踏み込み、肩に担いだ大剣を真っ向から叩きつける。

 実体のない炎だというのに、硬質な岩でも斬り裂いたような手応えが両手に伝わった。それでもレウルスは火球を斬り裂って霧散させ――斬った先に、二発目の火球が飛んできている。


 最早無意識の内に大剣を切り上げ、魔力の刃を飛ばして火球を両断。その後ろにも続いていた三発目の火球もまとめて両断し、四発目の火球は切り上げた大剣を再び振り下ろすことで斬り裂く。


(五発目――っ!?)


 五発目の火球は、レウルスを狙っていなかった。レウルスから五メートルほど離れた地面に向かって放たれており、その狙いを思考する時間もない。

 火球は地面に命中したかと思うと、爆音と共に津波のような爆炎を周囲に撒き散らす。


「こん……のおおおおおおぉぉっ!」


 咄嗟に体を捻り、大剣を真横に薙ぐ。そして全身を飲み込もうとした爆炎の波を横一文字に斬り裂き、強引に吹き飛ばす。


『悪くない――が、獣のような剣だな』

「っ……づっ!?」


 爆炎を斬り裂いたレウルスは、自身のすぐ近くでヴァーニルの声を聞いた。気付けば大剣を振るったレウルスの背後にヴァーニルが降り立っており、埃でも払うような気軽さで前脚を振るってレウルスを殴り飛ばす。


 わざわざ攻撃の際に声をかけてきたのは、ヴァーニルなりの手加減なのか。レウルスは咄嗟に大剣を盾にしてヴァーニルの前脚を受けたが、地面から両足が浮いて弾き飛ばされる。


 かつてキマイラに殴り飛ばされた時は数十メートルほど空を飛んだが、キマイラとヴァーニルでは体格も膂力も違う。軽く殴られただけだというのに百メートル以上飛ばされ、レウルスの視界はグルグルと回転した。

 そして、回転する視界の中でレウルスは見る。先ほどの巨大な火球とは別に、放たれることなくヴァーニルの口腔内で輝きを増した紅蓮の炎を。


 その炎の色は真紅を超え、白色を帯びていく。それと同時に更なる魔力の高まりを見せ、レウルスの全身を粟立たせた。


「く……そっ!」


 目についた岩に大剣を叩き付け、強引に勢いを殺して地面へと着地するレウルス。そしてヴァーニルの打撃を受け止めたことで痺れを訴える両手を無視すると、大剣を握り締めて右肩に担いだ。

 背後にヴェオス火山を背負い、どっしりと腰を落として大剣を構える。そんなレウルスの迎撃の姿勢を見たヴァーニルは獰猛に笑う。


『逃げぬか! 怯えぬか! 良い、良いぞ! この一撃、防げるならば防いでみよ!』


 そんな言葉と共に放たれたのは、火球ではなかった。ヴァーニルの口腔内の白い炎が瞬いたかと思うと、一条の光線となって発射される。


「オオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 それはレーザーと評すべきか、あるいはビームと評すべきか。避ける暇もない速度で飛来する光線を、レウルスは真っ向から迎え撃つ。

 肩に担いだ大剣に魔力を乗せ、全力で振り下ろし、強引に斬り裂こうと試みる。


 ――だが、斬れない。


 振り下ろした大剣は膨大な熱を含んだ光線と真正面からぶつかり、信じ難いことに空中で拮抗した。

 炎を斬っても手応えなどないはずだが、火炎魔法と魔力を込めた大剣での打ち合いだからか、レウルスは正面からぶつかってくる光線の“重さ”に必死で抗う。


 押し切られれば、そのまま燃え尽きるだろう。それほどの熱量と魔力が感じられ、レウルスは決死の形相で大剣を押し込んでいく。

 それでもヴァーニルの火炎魔法の勢いはすさまじく、レウルスは徐々に自分が押されているのを感じ取った。


「ぐ、ぎぎぎ……んの、やろおおおおおおぉぉっ!」


 斬り裂けないのならば、逸らすしかない。レウルスは僅かに剣閃をずらし、押し寄せる白い光線を斜め上へと弾く。

 大剣に魔力を乗せているからか、全身の魔力が急速に消耗されていくのを感じる。レウルスは必死に光線を受け流すと、後方で轟音が響いた。


 レウルスが逸らした光線はヴェオス火山の山腹に直撃すると、冷えて固まった溶岩を蒸散させながら貫き、巨大な穴を開ける。


「はぁ……はぁ……洒落に、ならねえ……っと!?」


 今しがたの光線は、一体どれほどの威力があったのか。辛うじて逸らすことに成功したが、直撃していれば今頃塵も残らなかっただろう。

 それでも凌いだことに安堵するレウルスだったが、息を吐く暇もなくヴァーニルが眼前に迫っていた。


 ヴァーニルは勢いをつけ、真上から前脚を振り下ろす。そこには何の技術も感じ取れなかったが、“それだけ”で人間を叩き潰せるのだ。


「ぎ……ぎぎぎぎ……アアアアアアアァァッ!」


 レウルスは再び大剣を盾にすると、真上から叩きつけられる剛腕を受け止める。そして全身に力を入れて咆哮と共に押し返し、転がるようにしてその場から離脱した。


(休む暇もねえ……でも、この距離なら!)


 再び上空に逃げられる前に、接近戦で仕留める。


 レウルスはそう思い定めて大剣を両手で握り締め――ピシリ、とひび割れるような音が響いた。

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[一言] (っ!? あの鳥以上の魔力!?)は?当たり前だろ
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