表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/634

第80話:祭壇 その1

 ヴェオス火山の(ふもと)、冷えて固まった溶岩や噴石が転がる殺風景な平地に、その建物は存在した。


 遠目に見た限り、赤みがかった岩を建材として造られているらしい。柱や壁に使われている岩には大雑把ではあるが建材として加工された痕跡があり、明らかに何者かが何かの意図を持って造り上げたのだと思われた。

 円柱状の柱が何十本も建ち並び、壁には岩を直方体に削った建材が使用されている。色合いだけで見れば煉瓦を積み上げて壁を築いたように見えるが、岩の一つ一つが大きく、壁の建材一つが一メートルサイズなのだ。


 ラヴァルやマダロの城壁を除けば、レウルスが“この世界”に生まれて初めて見る大規模建造物である。


 朧げな前世の記憶の中から例えるならば、コロッセウムを角ばらせて“無骨”にしたような建物だろうか、とレウルスは内心で考えた。その建物の外観には装飾が一切なく、岩の柱と壁だけで造り上げられている。

 造られてから相当な時間が経っているのか、建材の一部は風化してボロボロになっていた。それでも頑丈に造られているのか建物が崩壊するような様子はない。


 マタロイかラパリか、あるいはベルリドが密かに造り上げた砦だろうか。レウルスはそう思考するものの、火龍の縄張りの中に建物を造るなど無謀も良いところだろう。


「なんだ、アレ……」


 結局、レウルスに言えたのはそんな意味もない言葉だけである。


 一辺百メートル弱、高さは二十メートル近い謎の建造物。屋根があるのかはさすがにわからないが、このような場所にこれだけの建造物が存在するのは違和感が強すぎる。


(ゲームならダンジョンの入口か、ボスキャラが待ち受けていそうな見た目だが……)


 実はヴェオス火山の地下には巨大なダンジョンがあり、遠目に見える建物はダンジョンの入口なのかもしれない。そんなことを考えるレウルスだが、この世界にダンジョンのようなものがあるとは聞いたことがなかった。

 火龍の縄張りとその周辺の森もある意味ダンジョンと言えるかもしれないが、宝箱などは落ちていなさそうである。


(いかんいかん……思考がおかしくなってやがる)


 突然発見した人工物に軽く混乱したレウルスは、頭を振って気を取り直す。

 たしかにレウルスは冒険者だが、こんな危険地帯で“冒険”をするつもりはないのだ。魔力などは感じないが、建物に入った途端火龍と御対面という可能性もあるのである。


「視線も気になりますけど、ここは一度退いた方が……ジルバさん?」


 ここまで来たのは何かの視線を感じたレウルスが原因だが、異質すぎる建物を見て即座に撤退を決断する。ジルバもそうだろうと思ってレウルスが視線を向けるものの、ジルバは目を見開いて驚愕を露にしていた。


「まさか……あの建物は……」


 そう呟きながら、フラフラと歩き出すジルバ。その行動に驚いたレウルスは慌ててジルバの肩を叩く。


「ジルバさん! どうしたんですか!?」

「っ……」


 レウルスの声を聞き、ジルバは我に返った様子で振り返る。ジルバの顔には相変わらず驚きの色が浮かんでおり、同時に興奮もしているようだった。


「あの建物が何なのか、知ってるんですか?」


 グレイゴ教徒が絡まなければ比較的常識人のジルバが、ここまで感情を露にするのだ。一体何なのかとレウルスは問う。


「……私も、確証があるわけではないのですが」


 そう言って、遠くにある建物に視線を向けるジルバ。火龍の縄張りの中だというのに、警戒心が吹き飛んだように笑う。


「あの建物は、もしかすると『祭壇』かもしれません」

「『祭壇』? ええっと……なんですか、それ」


 どうやらジルバが平静を失う程度には重要な場所らしいが、残念ながらレウルスには『祭壇』と言われても何なのかわからない。一応エリザに視線を向けてみるが、エリザも首を横に振った。


「特定の環境……例えば、ヴェオス火山のような場所には火炎魔法を扱う魔物が集まりやすい。そういった話を聞いたことはありますか?」

「え? あー……ダリオからそんな話を聞いたっけな」


 マダロ廃棄街の周辺に生息している中級の魔物に関して尋ねた際、火炎魔法を扱う魔物が多いためレウルスも疑問に思って聞いたことがあった。

 暑い場所には火炎魔法を扱う魔物が、寒い場所には氷魔法を扱う魔物が集まりやすいという話だったが、それがどうしたというのか。


「特定の環境には特定の魔物が集まる……それは、精霊様でも変わらないのです。火山の近くに建てられたということは、あの建物はおそらく火の精霊様を祭るためのもの……まさかこのような場所でお目にかかることができるとは!」


 話している間に興奮が高まってきたのか、ジルバは今にも『祭壇』に向かって突撃しそうだ。レウルスはジルバの肩を掴んだまま、必死にそれを押し留めようとする。


「お、落ち着いてくださいジルバさん! ここって火龍の縄張りの中なんでしょう!? 危険ですって!」

「火龍が何だというのですか!? 『祭壇』を見つけた以上、祈りを捧げなければ精霊教徒の名が廃ります!」

「いやでも危険だから……って滅茶苦茶力が強いっ!?」


 必死にジルバを止めようとするレウルスだが、膂力の差は歴然としていた。エリザを地面に下ろしてジルバを羽交い絞めにするものの、いくら踏ん張ってもズルズルと引きずられてしまう。


「やべぇ……エリザも手伝え!」

「無茶を言うなっ!? ワシが止めようとしても撥ね飛ばされるに決まっておるじゃろう!?」


 いくらなんでもジルバを止めるためだけに『熱量解放』を使うわけにもいかず、そのまま引きずられていくレウルス。


「私も文献で読んだことしかなかったのですが、かつての精霊教徒達が大精霊様や精霊様を祭るために造ったという『祭壇』……いやはや、胸が躍りますねぇ!」

「踊らせないでいいから! くっそ! こういう時は本気で話を聞かねえなぁ!」


 火龍の縄張りに足を踏み入れたという緊張感はどこに消えたのか、ズンズンと重い足音を立てながらジルバは直進していく。


「知っていますかレウルスさん!? ヴェオス火山に火龍が棲み付いたのは数百年前と言われているんです! そのような場所で『祭壇』を築くのは不可能でしょう! つまり、あの『祭壇』は何百年どころか千年以上前から存在しているかもしれないんですよ!?」

「初耳ですし今はどうでもいいです! あっ……無理だコレ……」


 ヒートアップするジルバとは対照的に、レウルスは全てを諦めた顔で羽交い絞めを解いた。精霊が絡んだ以上、どんなにレウルスが頑張ってもジルバが止まることはないのだと察したのだ。


「おそらくはヴェオス火山に火龍が棲み付いたことで、『祭壇』に近づく精霊教徒が途絶えてしまったんです! まさか魔物退治の最中に『祭壇』を見つけることができるとは……感謝します大精霊様!」


 最早ジルバは止まるまい。そう判断したレウルスはエリザを抱きかかえると、駆け出したジルバを必死に追いかけるのだった。








 ジルバが『祭壇』だと告げた建物は、近づいてみるとたしかに荘厳な雰囲気があった。年月の経過で一部の建材が風化しているものの、『祭壇』という言葉と相まってそれも一つの“味わい”に見える。


「おお……おおっ……」


 『祭壇』に近づいたジルバは、涙でも流すのではないかと思えるほど感動に打ち震えているようだった。小刻みに体が震えており、レウルスとエリザはジルバからそっと距離を取る。


「のう、レウルス……どうするんじゃ?」

「どうしようか……」


 マダロ廃棄街周辺に中級の魔物が現れている原因を調査していたはずが、『祭壇』の発見によって思い切り脇道に逸れた気がしてならない。かといって今のジルバには何を言っても通じるとは思えず、レウルスは途方に暮れてしまった。


 たしかに数百年前に――下手すれば千年以上前に造られた建物というのは、歴史的な価値があるのだろう。それが精霊教に関係するものならば、ジルバの感動も少しは理解できる。


(千年前、ねえ……人間と魔物が殺し合ってたけど劣勢で、コモナっていう大精霊が人間を助けたんだっけ?)


 精霊教師のエステルからそんな話を聞いた記憶があるが、その話が本当ならば目の前の『祭壇』も精霊教が興った頃に建てられたものかもしれない。

 人の手で造られたのだろうが、いくら魔法があったとしても重機もなしに巨大な建造物を造り上げた熱意は凄まじい。


 レウルスとしては、『祭壇』のことよりも火龍の縄張りに入り込んでいることの方が気にかかるのだが。


(そういえば……)


 そこでふと、先ほどまで感じていた視線が消えていることに気付いた。レウルスは周囲を見回すが、あの得体の知れない視線は感じられない。


「んー……どうするかなぁ」


 そう呟きつつ、レウルスは空を見上げる。


 マダロ廃棄街を出発してからそれなりに時間が経っており、太陽は既に中天を超えていた。夏場のため日が落ちるまで時間があるが、今すぐ引き返しても日没までにマダロ廃棄街に帰れるかどうか。


「ジルバさん、そろそろ正気に戻って……ジルバさん?」


 太陽の位置を確認してから視線を下げてみると、いつの間にかジルバの姿が消えていた。思わずぎょっとするレウルスだったが、エリザが困ったような顔をしながら指をさす。


「あっちじゃ……止める暇もなく駆け出しおった」

「ジルバさん……」


 これまではグレイゴ教徒さえ絡まなければ大丈夫だと思っていたが、思わぬ地雷が埋まっていたらしい。エリザが指さした先では、『祭壇』の入口らしき場所に立つジルバの姿があった。


 このままジルバを置いてマダロ廃棄街に戻っても良いのではないか。思わずそんな考えがレウルスの脳裏に過ぎったが、さすがにそれは不義理に過ぎる。

 頭を振って物騒な考えを追い出すと、エリザを伴ってジルバの後を追う。火龍の“餌場”ではなく縄張りの中だからか魔物の気配はないが、建物が崩落する危険性もゼロではないのだ。


「これまで歩いてきた方角的にラパリの……しかし道を整備すれば聖地として……そのためには周辺の魔物を根絶やしに……それと寄ってきたグレイゴ教徒は殺して……」

「やべぇ、なんか滅茶苦茶物騒なことを呟いてるぞ」

「マダロ廃棄街に帰っても許されるのではないか?」


 ジルバに追いついたものの、声をかけるのが戸惑われてしまう。エリザも匙を投げかけており、この場からの撤退を推奨する有様だった。


「ああ……失礼。年甲斐もなく興奮してしまいました」


 グルン、と首だけでジルバが振り返る。その顔には満面の笑みが浮かんでおり、レウルスはエリザを抱きかかえて逃げ出したい気持ちで一杯になった。


「ええと……おめでとうございます?」

「はい、ありがとうございます。これは我々精霊教徒にとって歴史的な発見ですよ……いやはや、レウルスさんを『客人』として招いて良かった。大精霊様のお導きに感謝します」


(この『客人の証』、今からでも返却できないかなぁ……)


 元日本人で今世においても無宗教だからか、レウルスにはジルバに共感し辛かった。それでもジルバの喜びようが凄まじいため、引きつった笑顔を浮かべて祝福する。


「見てください、『祭壇』の入口も無事です」

「そうみたいですね……」


 ジルバが示したのは、『祭壇』の入口である。扉はなく、直方体の岩で組まれた縦に細長いアーチ状の入口が造られていた。


「では入りましょうか」


 そう言って笑顔で入口を潜ろうとするジルバ。それを止めようもなく、レウルスとエリザは無言でその後ろに続く。


「おお……これは素晴らしい!」


 『祭壇』の中に入るなり、ジルバが感嘆の声を漏らす。


 入口から入って最初に目についたのは、『祭壇』の名に相応しい巨大な祈りの場だ。綺麗に研磨された石が床に張られ、石で造られた長椅子がいくつも並んでいる。

 『祭壇』の中には至る所に円柱状の柱があり、岩を切り出して造ったと思わしき天井を支えていた。さすがに長い年月の経過で天井が崩落している場所もあるが、穴が開いた場所から外の光が差し込んで荘厳な気配を醸し出している。


 そして、極めつけは『祭壇』の中央に置かれた石像だろう。大精霊の似姿とは別の、おそらくは火の精霊を模したと思わしき巨大な石像が置かれているのだ。

 その石像を見たジルバは即座に膝を突き、何やら祈り始める。


(ああして見ると敬虔な信者っぽいんだけど……まあいい、とりあえず周囲の安全確認だ)


 今のジルバは梃子でも動かないだろう。そう判断したレウルスは『祭壇』の中を探索し始める。


 外観の大きさ通り、『祭壇』の中は相応に広い。祈りの場だけでなく、参拝者、あるいは精霊教徒の住居としても使われていたのか、石の壁で仕切られた部屋も存在していた。

 部屋の中には家具などはない。風化して壊れたわけでもなく、全て運び出されてなくなったようだ。ヴェオス火山に火龍が棲み付いたことで引っ越しを余儀なくされたのだろうか。


「…………ん?」


 魔物の気配はないが、いつでも対応できるよう大剣を肩に担ぎながら見回り――レウルスは思わず鼻をひくつかせた。


 何かが腐ったような、不快な臭い。その臭いはレウルスの前世の記憶を刺激する臭いだったが、レウルスはひとまず隣を歩くエリザに視線を向ける。


(すかしっ……いや、ねえわ。デリカシーがないどころの話じゃねえわソレ)


 もしも一緒にいるのが同性だったならば、冗談交じりで躊躇なく聞けたであろう言葉。それを飲み込んで臭いが強まる方向へ足を向ける。


「なんじゃ、この臭い……」


 エリザもその臭いに気付いたのか、眉を寄せてしかめっ面になった。それでも確認せずに放置するわけにもいかず、慎重な足取りで近づいていく。


(この臭いは……ああ、そうか……火山だもんな)


 近づくにつれて強まる臭いに、レウルスは納得を覚える。それでも、もしかすると知らない魔物がいるかもしれないと思い、油断はしなかった。


 ないとは思うが、もしかすると肉体が腐ったゾンビのような魔物が徘徊しているかもしれないのだ。


 それでも『祭壇』の住居部分のさらに奥、石で造られた廊下を抜けた先に、“それ”はあった。


「……なんじゃ? 臭い水?」


 元々は木製の扉があったのか、風化した木片が転がっている石造りの一室。それは他の部屋よりも広く造られており、中を覗き込んだエリザが不思議そうな顔で呟いた。


 独特の臭いを漂わせ、水面から湯気が立ち昇る“それ”は――温泉だった。











どうも、作者の池崎数也です。

前回の更新分でご指摘をいただきましてありがとうございます。

2ヶ所修正がありますので、お知らせいたします。


Q.レウルス達の移動速度が遅くない?(意訳)

A.エリザの足の速度で計算していました。ジルバが抱えていたのですが、喋るシーンが少なくて頭から吹き飛んでいました……。

 移動した距離を20キロから40キロに修正しています。


Q.200万ユラゲットでお金持ちに!(意訳)

A.2万ユラ=日本円換算で約200万円というのが混ざっていました。

 討伐報酬+素材の売却で倍の約4万ユラ、それに依頼が達成できればさらに報酬上乗せでローンの完済+家具の購入もできるという状況です。


ご指摘いただきありがとうございました。作者の頭が煮詰まっていたようです。今後はいっそう注意いたします。

また何かありましたらご指摘いただけると非常に助かります。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ