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第79話:調査 その3

 中級の魔物が押し寄せる原因を探し始めて五日が経過した。


 その間レウルスはジルバ、エリザの二人と共に動き、マダロ廃棄街から見て南東の方角の調査を続けていた。


 足場を(なら)し、邪魔な木々を(はら)い、時に魔物を倒しながら前に進む。


 エリザがいるため下級の魔物は寄ってこない。だが、中級を超える魔物にはエリザの吸血種としての力も通用しないのか、化け熊やヒクイドリ、翼竜は襲ってくる。

 それぞれエリザの顔を見ては不思議そうな表情を浮かべ、エリザを襲うことはないものの、共にいるレウルスとジルバには容赦なく襲い掛かってくるのだ。


「ものすごい勢いで金が貯まるのは良いけど、さすがに数が多いんじゃねえかなぁ……」


 マダロ廃棄街の門前に立ち、出発前の腹ごしらえとして翼竜の骨付き肉を齧りつつ、レウルスが呟く。


 調査を始めて五日間――今日はまだ出発していないため四日間の調査になるが、出遭った魔物は中級ばかりで、数も多かった。


 マダロ廃棄街に来てから何度も遭遇しているため感覚がおかしくなりそうだが、“普通”ならば中級の魔物には滅多に遭遇しないものである。

 ジルバのかつての言葉が正しいのならば、中級の魔物は下級の魔物と比べて遭遇確率1%以下の存在のはずだ。それだというのに化け熊にヒクイドリ、さらには翼竜といった複数種類の魔物と毎日遭遇しているのである。


 さすがに下級の魔物のように大量に生息しているわけではないようだが、四日間で化け熊6匹、ヒクイドリ4匹、翼竜3匹に遭遇した。

 これはマダロ廃棄街に到着した直後に戦った分を除いており、調査中に遭遇した数だけである。


 既に討伐報酬だけで2万ユラを超えており、素材の売却分も含めればその倍近くまで増えるだろう。

 もちろん、その全額をレウルスが受け取るわけではない。同行しているエリザやジルバとの山分けである。


 当初はレウルスとエリザ、そしてジルバの半分ずつで分けるつもりだったが、これにはジルバが難色を示した。しかしながらレウルスとエリザからすれば、ジルバの戦闘力は非常に大きい。

 だが、ジルバから言わせればエリザは直接戦闘でこそ役に立たないものの、下級の魔物が寄ってこないのはエリザの力によるものだ。さすがに中級の魔物に加えて下級の魔物まで襲ってきていれば、調査も無事に進んではいなかっただろう。


 互いに報酬の減額を申し出た結果、ジルバの戦闘力を考慮してレウルス達が六割、ジルバが残り四割を報酬として手にする予定だった。頭割りにしつつも、ジルバの報酬に色を付けた形である。

 多少報酬が減ったとしても、レウルスからすれば依頼の達成報酬と合わせれば新築の家のローンを返すどころか、追加で家具一式を揃えられるほどの収入になる。


 ――このまま調査が進み、生きている間に騒動が片付くならば、だが。


 翼竜の骨付き肉を平らげ、レウルスは深々とため息を吐く。


 良かったことがあるとすれば、翼竜の肉が美味だったことぐらいか。買い取りの素材として高値がつくほどであり、少々硬いが滋味溢れる肉だった。

 ヒクイドリの肉が不味かっただけに期待していなかったが、野性味溢れる化け熊の肉よりも美味しいと思える味だった。新鮮な内に内臓も食べたが、倒し難さを差し引いても“美味しい”獲物と言える。


「最近、お肉ばかりで太りそうなんじゃが……」


 レウルスの傍にいたエリザも翼竜の肉を齧っていたが、どこか不安そうな様子で呟く。その呟きを拾ったレウルスは、鼻で笑った。


「ハッ……ガキがそんなこと気にしてんじゃねえ。まずはたくさん食べて少しでも大きくなれよ」


 前世でレウルスが知る女性と同様に、エリザも自分のスタイルが気になるらしい。だが、それは年齢相応に成長してからだとレウルスは笑い飛ばす。

 太れるほど食べられるのならば、それは結構なことだ。エリザを飢えさせているつもりはなかったが、太ることを気にするほど食べることができているのならば、レウルスとしてはむしろ誇らしい。


「準備はよろしいですね?」


 そうやってエリザと話していると、準備を整えたジルバが声をかけてくる。その背中には旅の最中にも使っていたリュックが背負われており、頷きを返すレウルスもまた同様だった。


 この四日間の調査により、ある程度ではあるが“道”もできた。一日ごとに歩く距離を伸ばして安全な経路を作り出してきたのだが、毎日のようにマダロ廃棄街まで戻っていては効率も悪い。


 そのため、今日は野営の道具を持って遠出するのだ。人が足を踏み入れる領域ではないため『駅』などもなく、下手をすると森の中で一晩を明かすことになる。

 もちろん状況次第では今日も帰ってくることになるだろうが、予定では一日かけて奥へと進み、何もなければ折り返して明日一日で戻ってくるつもりだった。


「すまねえな……町からも人手を出せれば良かったんだが」


 見送りとして声をかけてきたのはマダロ廃棄街の冒険者組合長であるロベルトだ。その後ろにはウェルナー達の姿もあり、申し訳なさそうな顔をしている。


「町の防衛にも人手が必要でしょうし、お気になさらず」


 そんなロベルト達の謝罪を受け入れた上でジルバは微笑む。


 レウルス達が調査に赴いていた間、彼らとてただ時間を潰していたわけではない。レウルス達に中級の魔物が寄ってきた影響なのか、わらわらと森から出てくる下級の魔物を退治するのに手を取られていたのである。

 中には化け熊も二匹ほど含まれていたらしく、町の総力を挙げて迎撃に当たっていたのだ。負傷を押して迎撃に当たるロベルト達の疲労は深く、そんな彼らを連れ出すわけにもいかない。


 言い方は悪いが、現状では足手まといにしかならないだろう。


「吉報を待っててくださいよ」

「すまねえな……上手いこと片付いたら町を挙げて歓迎させてもらうぜ」


 そんな言葉を交わし合い、レウルス達はマダロ廃棄街を出発するのだった。








「魔力の反応は?」

「ないです」

「それならばこのまま進みましょう」


 マダロ廃棄街を出発して一時間。


 レウルス達は四日間の調査で作り上げた道を駆け抜けていた。今回は調査の範囲を広げることを優先としており、まずは昨日到達した最終地点まで向かっている途中である。


 これまでの調査では周囲の警戒を優先していたため先頭をジルバ、殿をレウルス、そして間にエリザを挟んで歩いていたが、今回は違う。周囲の索敵をレウルスに任せ、速度優先で走っているのだ。


 体力が少ないエリザはジルバが抱きかかえて足の遅さを補っている。ジルバが抱きかかえる際にエリザは物言いたげな視線をレウルスに向けたが、さすがに『熱量解放』もなしではエリザを抱えたまま長時間走ることはできない。

 その点、ジルバならば『強化』が使える上に体力もレウルス以上だ。『強化』の魔法は『熱量解放』と異なり、魔力を全身に満たして循環させるだけのため魔力を消耗することもない。

 速度を優先するならば当然の布陣と言えるだろう。


『…………』

「っ! またか!」


 だが、走っている最中に視線を感じてレウルスが足を止める。それに合わせてジルバも足を止めて周囲を見回すが、ジルバの感覚に引っかかるものはなかった。


 調査を始めた初日に感じた視線。それは四日間の調査の合間でも時折感じたのである。

 その視線を感じ取れるのはレウルスだけであり、ジルバとエリザが周囲を確認しても何も感じ取れないらしい。


 その視線に殺意はなく、敵意もない。強いて“何か”があるとすれば、それは興味だろうか。まるでレウルスの行動を観察するような視線であり、レウルスとしては落ち着かないことこの上なかった。

 視線を感じる方向を睨むレウルスだが、睨んだ先は森の木々で遮られている。それだというのに見られていると確信できるのは、非常に気持ち悪い。


『…………』

「なんだってんだ……」


 そう呟き、レウルスは視線を持ち上げる。その視線の先にあったのは、森ではなく遠くに見える大きな山だ。


 ――ヴェオス火山。


 ジルバに教わったその火山を見上げたレウルスは心中だけでため息を吐く。


 遠くに見えるヴェオス火山は黄土色と灰色が目立ち、木々などはほとんど生えていないようだった。さすがのジルバも標高がどれぐらいなのかは知らないようだが、1000メートルは越えていそうである。

 レウルスが感じ取っている視線はヴェオス火山の方向から向けられており、その事実が余計にレウルスの心中を重苦しいものにしていた。


 マダロ廃棄街に滞在している時は視線を感じないが、ある程度ヴェオス火山に近づくと視線が飛んでくるのである。

 放置してラヴァル廃棄街に帰りたいと思わないでもないが、中級の魔物の出現頻度を見る限りラヴァル廃棄街に帰ればマダロ廃棄街が滅びそうだ。

 マダロ廃棄街とは短い付き合いだが、慣れさえすればラヴァル廃棄街と似たような雰囲気がある。そんな場所が滅ぶのはレウルスとしても看過できなかった。


(限度はあるけど、な……)


 単純に魔物の数が増えているだけならば、このまま狩り続ければいずれ事態も終息するかもしれない。一時しのぎでしかないが、依頼を達成したことにはなるだろう。

 今回の騒動の原因がわからない以上、一定数魔物を間引くことができれば十分に依頼達成と見做されるはずだ。


 遠くから向けられる視線に辟易としつつも、レウルスは再び駆け出す。四日間の調査で中級の魔物を狩り続けた影響か、今日は近寄ってくる魔物もいないようだった。

 そして、三時間も走れば四日間の調査で作った道の終端に到着する。そこはマダロ廃棄街の南東に広がる森の終端でもあり、マダロ廃棄街からの距離で考えれば四十キロ近く離れているだろう。


「ここから先は、いっそう気を引き締めるように……」


 エリザを地面に下ろして自分の足で立たせたジルバが先頭に立ち、レウルスに注意を促す。


 先ほどまでは遠くに見えていたヴェオス火山も、今では多少なり近く見える。

 レウルス達の目的は現状の調査のため、向かうつもりはない。それでも件の火龍と遭遇しないとも限らないため、注意を欠かすことはできなかった。


「……行きましょう」


 その言葉にレウルスとエリザが頷きを返すと、ジルバも頷いてから進み始める。そして途切れ途切れになりつつあった森をニ十分ほどかけて抜け――空気が変わった。


「……ひっ!」

「こりゃ、また、すごいな……」


 押し殺すような悲鳴を上げたのはエリザであり、レウルスは思わずといった様子で呟く。


 森を抜けると平地が広がっていたのだが、明らかにそれまでと空気が違う。圧し掛かるような威圧感が宙に漂っており、レウルスの肌を粟立たせるのだ。


 かつて火山が噴火して溶岩が流れたのか、平地のあちらこちらに黒い岩肌が見えた。噴石らしき小石なども転がっており、平和な世界ならば観光地にでもなりそうである。


 ただし、風景が変わったことはまだ良いとしても、空気の質まで変わった――変わり過ぎてエリザが怯えるほどだ。森を抜けた先に火龍が待ち構えていたわけでもないのだが、周囲に漂う威圧感だけで相手の強さが嫌でも知れる。


 魔物というわけではないが、亜人であるエリザにとって周囲の威圧感は堪えるのだろう。怯えたようにレウルスの服を握っており、それに気づいたレウルスは安心させるように頭を撫でる。


「ジルバさん……」

「いやはや……まさかこれほどまでとは」


 普段と比べて硬さを感じるジルバの声に視線を向けてみると、ジルバの頬を冷や汗が滑り落ちていた。さすがのジルバでも火龍の気配は恐ろしいようだ。


 ヴェオス火山まではまだまだ距離がある。直線距離で言えば十キロほどだろう。だが、レウルス達が足を踏み入れた場所は、正真正銘火龍の“縄張り”の中なのだ。


(この危険地帯の周囲にあのヒクイドリ達が棲んでたわけだけど、あの森は縄張りの外側……玄関というか庭みたいなものだったのか)


 周囲に視線を巡らせてみると、ヴェオス火山を中心として円状に平野が広がっているようだ。ただし木々はほとんど見えず、火龍の縄張りを境に森が広がっているようである。


「レウルスさん、魔力や視線は?」

「……ない、ですね。消えました」


 それまで感じていた視線は消えており、同時に魔物の魔力も感じ取れない。ジルバはしばらく考え込んでいたが、やがて進行方向を変えて森の中に引き返し始めた。


「この先は正真正銘火龍の縄張りです。極力足を踏み入れず、森の中を進みましょう」


 ヴェオス火山を中心として、縄張りの外縁部に広がる森。そこならば威圧感も感じられないため、安全を優先して進路を変えようというのだろう。

 中級の魔物が生息する森の中が安全というのもおかしな話だが、レウルスとしても拒否する気はない。威圧感漂う火龍の縄張りの中を歩くよりも、余程安全だと思えたのだ。


(縄張りに足を踏み入れただけでこの威圧感……グレイゴ教ってのは命知らずの集まりなのか?)


 ジルバの背中を追いながら歩くレウルスの胸中に過ぎったのは、以前交戦したグレイゴ教徒達の姿だった。


 強力な魔物を神として崇める傍ら、倒すことに血道を上げるグレイゴ教。そんな彼らに対して良い感情を抱いていなかったレウルスだが、自身の肌で火龍の脅威の一端に触れたことで確信する。


(あいつら頭のネジがまとめて吹っ飛んでるだろ……)


 レウルスとて、いざ殺し合いになれば躊躇はしない。躊躇する“余裕”などなく、殺さなければ殺されるという状況で四の五の言う趣味もないからだ。

 しかし、火龍の気配から感じ取れる強さはそんな次元の話ではない。災害が形を持って顕現しているような、人間ではどうしようもない隔絶とした差を覚えるのだ。


 殺し合う以前に、一方的に殺される。レウルスはそう直感したが故に、火龍などの強力な魔物を狙うグレイゴ教の正気を疑った。


 このような気配を持つ魔物と戦うなど、正気を疑うよりも自殺願望があるのではないかと疑った方が良いだろうか。そんなことを考えつつ、レウルスはジルバの先導に従って黙々と歩く。


 火龍の縄張りが近いからか、中級の魔物が襲ってくる気配もない。そんな場所を歩いているという非現実さにレウルスは嘆きたくなり、ラヴァル廃棄街に帰ってドミニクの塩スープが食べたいという気分が強くなった。


(でも原因がわからないと……いや、これ以上の危険を冒すのも……)


 火龍の気配に触れたレウルスは、このまま帰っても良いのではないかと思い始める。


 キマイラやヒクイドリ、さらには翼竜と中級上位の魔物ならば倒したが、上級の魔物である火龍と比べれば実力がどうこうという前に存在自体が違うのだと痛感したのだ。

 それでも逃げ出さないのは、新築の家のローンを返すため金に執着しているのか、マダロ廃棄街への義理か、あるいは命を救ってくれたジルバが帰ると言わないからか。


 レウルスは怯えているエリザを抱き上げると、背中を叩きながら歩き続ける。


「……このまま進んで、中級の魔物の動きを確認しますか?」

「そうですね……さすがに、どうすれば良いのか」


 レウルスの質問に対し、ジルバも困った様子で首を傾げた。さすがのジルバといえど、火龍の気配に“あてられて”いるらしい。


『…………』


 そうやって目的もなく歩き回っていると、再び視線が飛んでくる。しかし火龍の気配のインパクトが大きすぎたのか、先ほどまで抱いていた不快感がなかった。


「また視線が……」

「どちらの方向ですか?」


 ジルバに問われ、レウルスは無言で指をさす。示した方向は、火龍の縄張りである平地の方向だった。


「……縄張りの境界線付近まで進んでみますか」


 そう言って歩き出すジルバ。エリザを抱きかかえたままのレウルスもそれに続き、再び火龍の縄張りに近づいていく。


「必要以上に踏み込まないように……」

「ええ……わかってます」


 最初に足を踏み入れた場所からは移動しているからか、平地の景色も変わっているようだった。それでも相変わらず威圧感が漂っており、岩や僅かに生えた木の位置が変わった風景を眺めるレウルス。


「……ん?」


 だが、その風景の中におかしなものがあった。


 距離があるため細部までは見えないが、それは――。


「……建物?」


 岩で造られたと思わしき、巨大な建物が存在していたのである。

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