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第7話:恩返し その3

3話分更新していますのでご注意ください。

 渡された金属板と薪を手に持ち、さらには角兎を担いで歩きながらレウルスは首を傾げていた。税金として薪や角兎を取られなかったことは歓迎すべきだが、手の中の金属板の正体が不明過ぎる。


(金じゃないよな……ユラだっけ?)


 この国で使われている通貨に思考を向けるが、シェナ村にいた頃は遠目に見たことしかなかった。己の計算能力を売り込めればと考えて商人と接触しようとしたが、例の如く村の上層部に追い払われたのだ。

 そのため確信は持てないが、ユラと呼ばれる通貨ではないと思う。そうなると余計に金属板の存在が意味不明になってしまい、数十秒ほど頭を捻ったレウルスは一時棚上げすることにした。

 どの道ドミニクに会えばわかるだろう。知らないことは聞けば良いのである。


「…………?」


 手の中の金属板を弄りながら歩いていたレウルスだったが、周囲から視線を向けられていることに気付いて再度首を傾げた。昨日ラヴァル廃棄街に到着した時は野良犬でも見るような視線だったが、今は向けられる視線の色が変わっているように感じられたのだ。


(なんだ? 何か変なところが……)


 そこまで考えたところで、己の姿を思い出す。金属板や薪はともかく、今は角兎を背負っている。道行く人々からすれば注意を引いてもおかしくはない。むしろ不審者と思われないかを心配すべきだろう。


(いや……でもなんか、雰囲気が柔らかいような……)


 レウルスの主観だが、見知らぬ他人から顔見知り程度には距離が近くなっている気がした。その変化に戸惑いつつもドミニクの料理店へたどり着くと、呼吸を整えてから店の扉を開ける。


「こ、こんにちはー……」


 初めて客先訪問をする新人社員のような気分だった。ドミニクの料理店には再度訪れるつもりだったが、まさか半日と経たずに戻ってくることになるとは思わなかったレウルスである。


「店はまだ開いてな……」


 扉を開くと、厨房から今朝方別れたばかりのドミニクが顔を覗かせる。そしてレウルスの顔を見るなり言葉を途切れさせ、不快そうに眉を寄せた。


「……小僧、野垂れ死にするならうちの娘の視界に入らない場所で死ねと言っただろうが。それともまたメシを恵んでもらえるとでも思ったのか?」


 そう言って足音も荒く歩み寄ってくるドミニク。料理の仕込みの最中だったのか、相変わらず手には包丁を握っている。


「ここの美味い飯が食えるなら是非もないんですが……」


 タカリか乞食と思われているのだろう。その評価も仕方ないと苦笑したレウルスは最初に薪を床へ下ろし、次いで、背負っていた角兎をドミニクに見せる。


「昨晩のお礼をと思いまして。こんなものでは到底恩を返せたと思いませんが、薪と食べられるものを獲ってきました」


 ドミニクはレウルスが置いた薪を見ると片眉を上げ、続いて角兎の死体を見るとその目を見開く。


「小僧、お前がそれを獲ってきたっていうのか?」

「ええ……いや、俺としては薪だけ拾えれば良かったんですがね」


 角兎など元々仕留めるつもりはなかったのだ。安全に薪だけを集め、野草などの食べられそうな物があれば運が良い程度に考えていたのである。

 それが何の因果か命を賭けて角兎と戦い、石で撲殺する羽目に陥った。当初考えていた恩返しに“上乗せ”が出来たのは喜ぶべきことだが、その対価として死に掛けたのでは素直に喜べない。


「お前、武器は……魔法が使えたのか?」

「門番のトニーって人にも同じことを聞かれましたよ。まー、その、突っ込んでくるところを避けたら兎の角が木に食い込んだので、あとは石で殴り殺しまして……魔法なんて話に聞いたことがあるだけです」


 死の間際で角兎の動きがゆっくりに見えたが、火事場の馬鹿力のようなものだろうとレウルスは考えている。

 既に虫食い状態の前世で聞いた話だが、プロのアスリートの中にも似たようなことをできる人がいるらしい。避け切れなければ死ぬという状況で似たようなことができたのだとすれば、人間も捨てたものではないなとレウルスは思う。


「そうか……ん? その手に持ってる物は……」

「あ、これは門番のトニーって人からです。ドミニクさんに渡せと言われました」


 恐る恐る金属板を手渡すが、トニーの様子を見る限り悪い物ではないだろう。金属板を受け取ったドミニクはその表面に目を通し、レウルスに探るような視線を向ける。


「これをトニーの奴から渡されたんだな? その時何か言っていたか?」

「えっ? えーっと……何のことかわからないですけど、合格って言われました。ドミニクさんに渡せばわかる、今度はお仲間として会えることを祈っとくと……」


 トニーから言われたことを思い出しながら話すと、ドミニクはそれまで浮かべていた険しい表情を崩した。寄せられていた眉が元の位置に戻り、ほんの僅かだが口元を緩める。


「なるほどな……」


(何がなるほどなのか、できれば聞きたいんだけど……)


 聞いても良いのだろうか。それともドミニクの言葉を待つべきなのだろうか。レウルスが悩んでいる間にドミニクは己の中で何かしらの結論を出したらしく、レウルスに鋭い視線を向ける。


「おい小僧」

「な、なんですか?」


 前世では死ぬまで社畜として生き、シェナ村で辛酸を舐めるような生活を送ってきたレウルスと云えど、ドミニクほど威圧感を覚える眼差しを向けてくる相手はいなかった。そのため僅かに腰が引けたが、逃げ出すことなく言葉に応じる。


「この薪といい魔物といい、どうして集めてきた?」


 そう尋ねるドミニクの声色は真剣なものであり、向けられる視線は物理的な圧力すら伴っているように感じられた。


 どうしてというのは方法ではなく理由を尋ねているのだろう。そう判断したレウルスは腹に力を込め、気圧されないよう意識しつつ答える。


「一宿一飯の恩を返すためです。ドミニクさんにとっては大したことじゃなかったかもしれませんが、俺としては命を助けられたんですから」


 恩には相応の礼を以って返す。それがかつて日本で生まれ育ったレウルスに根付く、“当たり前”の感性だ。


 現在生きている世界はレウルスにとって色々と投げ出したくなる世界だが、だからといって前世で培った感性まで投げ出したいとは思わない。残飯を漁ろうとプライドは投げ捨てたが、それも生き延びようと思えばこそだ。

 プライドで腹は膨れない。しかし、与えられた恩に報いないというのはプライド以前の問題である。雑草を食み、泥水を啜ろうとも人間として忘れてはならない一線がある。


 だからこそレウルスは恩を返すべく自分にできることをしようとした。それが薪拾いであり、これは他の誰かに強制されたわけでもない。そうしたいと、しなければならないと思ったからだ――さすがに角兎と遭遇したのは予想外だったが。


「それで“コレ”を集めてきたのか……俺としてはうちの娘の目に留まる場所で死ななきゃそれで良かったんだがな」

「それってつまり、あのまま立ち去るだけで良かったと?」


 確認するようにレウルスが尋ねると、ドミニクは無言で首肯する。言葉にした通り、コロナの目につく場所で死にさえしなければどうでも良かったのだろう。


 聞く限りとても冷たい、娘であるコロナの精神衛生上の問題だけを気にしているようである。それを薄情と取るかレウルスに何の価値も見出していないだけと取るかは難しいが、レウルスは反射的に顔の前で手を振っていた。


「いやいや、恩を受けてそのまま逃げるなんて畜生にも劣るでしょうよ。たしかに俺は残飯を漁りに来た野良犬みたいなものですが、それ以下にまで落ちぶれたくないですから」


 ドミニクとしてはコロナに悪影響がなければそれで良い。レウルスからの恩返しなど最初から期待しておらず、言われた通りレウルスが立ち去ればそれだけで良かったのだろう。


「……恩返しのために命を賭けたってのか? あの程度のメシと一晩床の上で寝かせただけで?」

「命を助けてもらえたんです。ドミニクさんにとっては“その程度”だったのかもしれませんが、本当に美味かったんですよ……それに、嬉しかったんです。初めて他人の優しさってものを感じられました」


 ドミニクにとっては、行き倒れていた浮浪児に一食恵んでやった程度。


 レウルスにとっては、それが何よりも嬉しかった。


「……小僧、お前の親は?」

「三歳の時、死にました。村の外で畑仕事している最中、魔物に襲われたそうです。それ以来この歳になるまで村の連中に扱き使われましてね」


 平成の日本で生きていたレウルスとしては驚くべきことだが、シェナ村では自分と同じような境遇の子どもは珍しくなかった。両親が死んで村の上層部に扱き使われ、そのまま死んでいく子どもを何度も見てきたのである。


 レウルスも自分一人で生き延びるのが精一杯であり、そんな子ども達を助ける余裕はなかった。レウルスにできたのは農作業を終えてから村の共同墓地に穴を掘り、土葬して弔ってやることだけだったのである。

 もっとも、それも村の上層部に命じられたから行ったのだが。


 そんな環境で生きてきたレウルスからすれば、ドミニクから与えられた食事はまさに至高の逸品だった。極度の空腹と疲労に加えて、初めて他者から与えられた慈悲は涙が零れる程の美味さだったのである。


「命辛々逃げ出して、魔物に怯えながら森の中で過ごして、この町に辿り着いて行き倒れたところを救われたんです。売り物にもならない安い命ですが、救われた恩を返すだけの義理は持ち合わせているつもりですよ」


 こんなクソみたいな世界に生まれてしまったからこそ、道理と義理は守り抜きたい。それすらも忘れてしまえば、レウルスの前世で培った人間性は死んでしまう。


「恩と義理、か……」


 静かに語るレウルスに対し、ドミニクもまた静かに呟いた。そして真偽を見抜くようにレウルスを睨み付けていたドミニクだったが、しばらく経ってからその口元を笑みの形に変える。


「――気に入った」


 そして、その雰囲気が一気に和らいだ。ドミニクの変化に戸惑うレウルスだったが、ドミニクはレウルスから視線を外すと厨房に視線を向ける。

 今まで気付かなかったが、どうやら厨房にはコロナがいたようだ。コロナは不安と心配を混ぜたような顔を厨房から半分だけ覗かせていたが、ドミニクの視線を受けて表情を輝かせる。


「コロナ、この小僧の手当てをしてやれ。それと食い物と水だ」

「うんっ!」


 手当てというのは角兎の爪で切られた左肩のことだろう。そう悟るレウルスだったが、ドミニクの態度が変化した理由がわからず困惑してしまう。


「えっと……」


 相手が好意的な反応を見せたからといって、素直に受けて良いのだろうか。タダより怖いものはないのだが、と警戒の感情を抱いた。

 だが、そんなレウルスに構わずコロナがパタパタと足音を立てて近づいてくる。まずは治療をするつもりなのか、その手には小型の木箱を抱えていた。


「それじゃあそこの椅子に座ってください。手当てが終わったら水とご飯を持ってきますからね」

「え、あ、はぁ……ど、どうも?」


 角兎を倒してから空腹が酷いため、食事を取れるのは素直に嬉しい――が、やはり警戒が先立ってしまう。


「小僧……っと、お前、名前は?」

「れ、レウルスです」


 コロナに促されるまま椅子に座ると、表情から険しさを消したドミニクが尋ねてくる。強面という点では変わりがないが、それでも不思議と親しみを感じさせる顔だった。


「レウルスか……改めてになるが、俺はこの料理店を営むドミニク。そっちは娘のコロナだ」

「コロナです。よろしくお願いしますね、レウルスさん」


 改めてとなる自己紹介。それを聞きながらも困惑を深めるレウルスを他所に、コロナは予想外の手際の良さで傷口を消毒し、軟膏をつけた湿布を傷口に貼る。


「これなら一晩寝れば傷口も塞がりますよ」

「あ、うん……ありがとう。助かるよ」


 ひとまず礼を言うが、レウルスの頭の中では大量の疑問符が飛び交っていた。ドミニクの態度の変化もそうだが、見えない場所で野垂れ死ねと言っていたとは思えない接し方である。


「トニーの奴は甘いが、まあ、今回は悪くはなかったな」

「……何がです?」


 さすがに気になって尋ねると、ドミニクは厳つい顔を少しだけ緩めた。


「明日になればわかる。疲れてるだろ? 今日のところは腹いっぱい食って、ゆっくり休め」


 はぐらかしているわけではなく、明日になれば答えを教えてくれるらしい。レウルスは困惑したままだったが、それでも頷いてみせるのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

毎日一話ずつ更新していくつもりでしたが、世知辛いシーンを早めに抜けるべくまとめて3話分更新いたしました。感想欄でも異世界ファンタジーなのに世知辛いというご感想が多かったもので……。

明日以降の更新については一話ずつの更新になるかと思います。


ご感想や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。

ご感想やご指摘、評価ポイントをいただけると非常に嬉しく思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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[良い点] 容易に生きやすくならないところに魅力を感じました。 じっくりと話が運んでいくことを願っております。
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