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第78話:調査 その2

 翼竜――それは亜龍と呼ばれる魔物の一種であり、属性龍や白龍、黒龍といった“上位”の龍種には及ばない。


 成体でも中級上位に分類され、上級の魔物として数えられるには長い年月を生き延びる必要がある、龍種としては弱い魔物である。

 同じ成体でも属性龍は上級中位以上、白龍や黒龍ならば上級上位以上と考えられていた。長い年月を生き、幾多もの戦いを乗り越えてもなお、属性龍以上の龍種と亜龍では超えられない壁が存在するのだ。


 だが、しかし。


「か――てぇっ!?」


 中級に属するとはいえ、龍種というのは伊達ではない。


 正面から斬りかかったレウルスは、大剣の刃が鱗に弾かれて思わず声を上げていた。


 翼竜は全身が鱗に覆われているが、それに構わず首を叩き落とそうと振るった一撃。『熱量解放』こそ使っていないものの、化け熊ならば深手を負わせることができたであろう一撃も、翼竜には通じなかった。

 単純に鱗が硬いのか、レウルスの膂力が足りないのか。土色をした鱗の表面に浅く傷がついただけであり、斬り裂くには至らなかった。


 お返しと言わんばかりに振るわれる前腕を後方に跳んで回避しつつ、レウルスは内心で舌打ちする。


(なるべく魔力を使いたくないけど……どうするかね)


 ヒクイドリとの戦闘で減った魔力は、倒したヒクイドリを食べることである程度回復している。しかしながら回復量は消耗した分に届いておらず、このまま魔力を減らすのは戸惑われた。


 ある程度は自分の意志で発動できるようになった『熱量解放』だが、発動後には魔力の出力を絞ることもできず、強制的に大量の魔力を消耗するのだ。

 瞬間的に発動できれば使い勝手も増すのだろうが、そんな器用な真似はできそうにない。このままエリザからの魔力による『強化』だけで戦うか、『熱量解放』によって強引にでも勝負を決めに行くか。


「体の大きさから判断する限り、幼体と成体の中間といったところでしょう。ただ、亜龍といえど体が頑強で刃も通りにくいんです」


 そうやって悩むレウルスに追撃を仕掛けようとした翼竜だったが、それを遮るようにジルバが飛び出す。そして自身で頑強と評した翼竜の横っ面を右の拳で殴り飛ばして後退させると、拳を解いて右手を振る。


「打撃武器があればまだ戦いやすいのですが……あの鱗が邪魔で衝撃を“徹し”難いので、私としても相性が悪い相手なんですよね」

「その相性が悪い相手を殴り飛ばしてるんですが、それは……」


 どうやらジルバとしても翼竜は戦いにくい相手らしいが、問答無用と言わんばかりに殴り飛ばす姿を見ると本当なのかと疑ってしまう。


「こういった鱗や外殻が硬い魔物の場合、倒す方法はいくつかあります」


 そう言って、まるで旅の講義の続きとでも言わんばかりにジルバは翼竜を指さす。 


「一つ、鱗で覆われていると言っても体の前面は比較的柔らかいのでそこを狙う」


 言われて視線を向けるレウルスだったが、たしかに翼竜の前面――特に腹部などは土色の体の中でも特に色が薄かった。


「一つ、敢えて背中の鱗を狙う。この場合は、動きを阻害しないようにしている鱗と鱗の間……いわば関節部分を狙うようなものです。特に尻尾が狙い目ですね」


 鱗自体に伸縮性はないのか、翼竜は頑丈な鱗を鎧のように“つなぎ合わせて”纏っており、ジルバの言葉通りに鱗の隙間を狙えば斬ることもできそうだ。


 ――動き回る翼竜の、小さな鱗の継ぎ目を斬り裂ける器用さがあればの話だが。


「そして、最後に一つ」


 拳で殴るのは分が悪いと言ったはずだが、ジルバは右拳を再び握る。そして開いた左手を前に突き出して右拳を腰だめに構え、腰を落として重心を低くする。


『グルルルルルルッ! ガアアアアアアァァッ!』

「相手の頑丈さを上回る一撃を――叩き込む!」


 先の二つはレウルスにも納得できる対応策だったが、最後の一つはまさかの力技だった。


 咆哮しながら突っ込んでくる翼竜に向かって負けじと跳び込むジルバ。それを見た翼竜は、頭を叩き割らんと前腕を振り下ろす。


 直撃すれば人間の頭など容易く粉砕するであろう一撃。しかしジルバは微塵も恐れず正面から踏み込むと、振り下ろされる翼竜の前腕を掻い潜って懐に入り込む。


「ふんっ!」


 地面を砕かんばかりの勢いの踏み込みと共に繰り出されたのは、折りたたまれた肘だった。翼竜の打撃へのカウンターとして叩き込まれた右肘はジルバが薄いと言っていた体の前面――翼竜の左脇らしき場所にめり込む。


 バキン、と硬い板が割れるような音が響く。その音に目を見開いたレウルスの視界に映ったのは、蜘蛛の巣状に亀裂が走った翼竜の鱗だ。宣言通り、ジルバの一撃は翼竜の防御力を上回ったらしい。


(っと、見てる場合じゃねえな!)


 周囲の気配を探り、魔物の魔力が存在していないことを確認するなりレウルスは駆け出す。そして翼竜と正面から対峙するのはジルバに任せ、翼竜の背後へと回った。


(尻尾……鱗の隙間……狙う……狙う?)


 大剣を肩に担ぎ、ジルバの助言通り尻尾を狙おうと思ったレウルスだったが、二メートル近くある尻尾は蛇のように不規則な動きをしている。

 翼竜もレウルスが背後に回ったことに気付いており、近づけないよう尻尾で威嚇しているのだ。その尻尾の動きを見たレウルスは、“狙って斬れる”技量が自分に存在しないのだと痛感する。


 キマイラの時も、グレイゴ教徒達の時も、ヒクイドリの時も。レウルスにできたのは『熱量解放』による力押しであり、ジルバに言われたからと即座に動体目標を狙って斬れる技量はない。

 『熱量解放』を使っている間ならば、身体能力だけでなく動体視力も強化されているため狙って斬ることができるかもしれない。だが、現状では『熱量解放』を使っておらず、翼竜の尻尾を斬れる自信は微塵もなかった。


「おおおおおおぉっ!」


 そうこうしている内に、翼竜の懐に潜り込んでいたジルバが吼える。距離を開けようとしていた翼竜の動きを読んだように踏み込む。

 ただし、ジルバが放ったのは拳でも肘でもない。翼竜に背中を向けたかと思うと、自身の背面を使って翼竜の胴体に体当たりを繰り出したのだ。


 その勢いは凄まじく、踏み込んだジルバの両足が地面を踏み割るほどである。


 ――翼竜の巨体が、宙に浮く。


 五メートルを超える巨体は、重さで言えば数百キロどころか下手すると一トンを超えているかもしれない。そんな翼竜の体が浮き上がり、レウルスの方へと飛んできたのだ。


「っ!」


 ――『熱量解放』。


 咄嗟にというべきか、反射的にというべきか。レウルスは『熱量解放』によって強制的に身体能力を引き上げると、スローモーションになった視界の中で宙に浮く翼竜へ視線を向ける。

 自分よりも遥かに小さいジルバによって吹き飛ばされた翼竜の顔は、驚愕に歪んでいるようだった。その気持ちはレウルスにも理解できるが、容赦するつもりはない。


 レウルスは地面を蹴り、急加速して宙に浮く翼竜へ肉薄する。そして肩に担いだ大剣を振り下ろし、翼竜の首に斬撃を叩き込むのだった。








「あー……なんつーか、修行みたいなことをした方が良いのかな……」


 翼竜の首を刎ねたレウルスは、ジルバ指導のもとで解体に勤しみながらそんなことを呟く。


 短剣では時間がかかりすぎるため、大剣で翼竜の腹部を斬り裂きながらの発言だった。血の臭いで魔物が寄ってきそうだが、ジルバと組んでいれば何とかなるだろうと思ってしまう。


「修行ですか?」

「はい……ジルバさんを見てると、技術が大事なんだなぁと思って」


 とどめを刺したのはレウルスだが、ジルバ一人でも翼竜を殴り殺していただろう。さすがに一撃では仕留められないため時間はかかるだろうが、ジルバの戦いぶりを見る限り無傷で倒せそうである。


「たしかに技術は大事ですが、今回はレウルスさんが気を引いてくれたから楽に倒せたんです。カーズほどではないですが、翼竜は火炎魔法の扱いに長けていまして……レウルスさんの最初の攻撃で近接戦闘に切り替えたんでしょうね」

「それって火炎魔法なしで倒せると思われたんじゃ……」


 ジルバが一緒だったからか、昨日戦ったヒクイドリと比べるとかなり弱く感じられた。ジルバの言葉が正しいのならば成体の翼竜ではなかったようだが、厄介だったのは体の頑強さだけである。


 エリザの魔力による『強化』だけでは倒せないが、『熱量解放』を使えばレウルス単独でも倒せただろう。しかし、卓越した技術があれば『熱量解放』なしでも倒せたのではないか、とレウルスは考える。


(そういう意味じゃあ、昨日のあの鳥は本当に厄介だったな)


 昨日戦ったヒクイドリと、今しがた戦った翼竜。この二匹は中級上位に該当するだろうが、二匹で争った場合どちらが勝つのかレウルスにはわからない。それでも、レウルスからすればヒクイドリの方が圧倒的に強かったように感じられる。


(これがジルバさんの言う“相性”ってやつなのかねぇ……)


 結果として一撃で翼竜の首を刎ねたレウルスだが、ジルバでは一撃で翼竜を殺すことはできないらしい。ドミニクの大剣と『熱量解放』があるからこそできた芸当だが、レウルスがジルバよりも強いかと問われれば答えは否だろう。


(うーん……わからん)


 シェナ村から追い出され、ラヴァル廃棄街に到着してからは振り返る暇もなく駆け抜けてきた。今もマダロ廃棄街周辺の異常を探るべく動いているわけだが、ジルバの戦いぶりを見るとこのままで良いのかと不安に思ってしまう。


「ははっ……」


 言い様のない不安に首を傾げるが、そんなレウルスを見てジルバが小さく笑い声を漏らす。それはレウルスを馬鹿にしたものではなく、どこか温かみが感じられる笑い方だった。


「レウルスさんはまだまだ若いんです。これからいくらでも技術を磨いていけば良い……いえ、私としてはむしろ、今のレウルスさんの戦い方のほうが怖いですけどね」

「怖い? 俺の戦い方がですか?」


 ジルバにそのようなことを言われるのは予想外であり、レウルスは驚きから表情を歪める。


「ええ。気を悪くされないでほしいのですが、今のレウルスさんの戦い方は獰猛な獣のようです。たしかに技術があれば封殺できるかもしれませんが……その場合はどのように戦いますか?」

「相打ち覚悟で相手の首を刎ねます」


 敢えて敵の攻撃を受けながら組み付き、一撃で仕留めるしかない。大剣で無理ならば短剣で、短剣でも無理なら敵の首を食い千切ってでも仕留めるしか活路はないだろう。


 今の自分ならば、即死さえしなければエリザとの『契約』で何とかなるのではないか。そんな楽観があるからこそ選べる戦法である。


「ほら、それが怖いんです。そこで逃げるのではなく、相打ちに持ち込んででも敵を仕留めようとする。その姿勢は魔物でも中々持ち得ないものですから。むしろグレイゴ……いえ、これは妄言ですね」


 非常に気になる発言を途中で切るジルバだが、レウルスとしても最後まで聞きたいとは思えなかった。


「……自分の身も守れるよう、ある程度の技術は必要だと思うんです」

「それでレウルスさんの持ち味が死んでは本末転倒では? それに、技術といっても短期間で身につくものではありませんよ。レウルスさんの場合は、実戦の中で自分に合った戦い方を磨く方が良いと思います」


 そう言われて思考を巡らせてみるレウルス。実戦の中で戦い方を磨くと言われても、それでは“これまで”と変わらない。


「レウルスさんの場合、技術を学ぶとしても誰から学ぶのですか? 大剣を扱うことができて、なおかつ他者の指導もできる技量がある人物に心当たりは?」

「ど、ドミニクのおやっさん?」

「私の見立てでは、ドミニクさんも実戦で己を磨いたように見えましたが……」


 先輩冒険者のニコラに聞いた話でも、ラヴァル廃棄街には他者に指導できそうな者はいないらしい。誰もが実戦の中で腕を磨き、冒険者として生きてきたのだ。


「まあ、すぐに結論を出す必要もありません。まずは今回の騒動を収めましょう」

「そうですね……」


 技術と一口に言っても、一朝一夕で身につくものではない。むしろジルバの言う通り中途半端になる可能性が高く、技術を学ぶとしてもまずは指導者を見つけなければならないだろう。


「ちなみに、ジルバさんの戦い方を学ぶとしたらどれぐらいの時間がかかりますか?」

「レウルスさんは筋が良いように思えますし、私程度と同じで良ければ十年あれば十分かと」

「十年……」


 ジルバの年齢は聞いたことがないが、現在の技量に至るまでかけた年月は十年では済まないだろう。そういった意味ではレウルスを褒めているのだろうが、レウルスとしては素直に喜ぶことはできなかった。


(一歩一歩、地道に進むしかないか……)


 自分にできる戦い方を少しずつ磨いていこう。レウルスはそう結論付け――。


『…………』

「――ッ!?」


 “何か”からの視線を感じ取り、弾かれたように振り返った。翼竜を解体していた短剣を無意識の内に放り投げ、傍に置いていた大剣を握って体ごと背後へと向き直る。


「魔物ですか?」


 そんなレウルスの反応に、ジルバも油断なく周囲の気配を探った。


「いえ……視線? 誰かに見られていたような……」


 レウルスが感じ取れる範囲では、魔力の気配もない。それでも勘違いとは思えないほどにはっきりと、何者かに見られていた気がしたのだ。


「……翼竜の死体もありますし、一度マダロ廃棄街まで退きましょう」


 数十秒経っても警戒の姿勢を崩さないレウルスに対し、ジルバがそう提案する。


 それを聞いたレウルスは、無言で頷きを返すのだった。











ジルバが登場するとエリザの影が薄くなります……今回は一度も喋ってないぐらいに。

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