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第72話:危険地帯 その2

 夏季ということもあり、早朝でも快晴によって明るく照らされたマダロ廃棄街周辺。木の柵があちらこちらに置かれた平野で、レウルスは巨大な鳥の魔物と対峙していた。


 ドン、ドンと派手な足音を立てながら突進してくる鳥の魔物だが、その速度は非常に速い。遠目に見た限りでは三メートル前後だと思ったレウルスだが、近づいてみると三メートルの半ばほどの体躯だろうか。

 レウルスが駆け出していたというのもあるだろうが、それほどの巨体が百メートル以上開いていた距離をほんの数秒で詰めてくる。


 そして、あと十メートルほどでレウルスの間合いに入ると思われたその瞬間――鳥の姿が消えた。


(は――や――っ!?)


 肩に担いでいた大剣を両手で握り、真っすぐ突っ込んでくるならそのまま切り伏せようと思っていたレウルスだったが、相手の速度に合わせて踏み込もうとしていた右足を咄嗟に横へとずらす。


 同時に大剣を担いだままで上体を捻り――耳元で爆音が鳴った。


 鳥の魔物――ヒクイドリの放った前蹴りが耳元を通り過ぎのだ。その蹴りは大砲のような一撃であり、空気を貫き、開かれた五本の爪の内一本がレウルスの左頬を抉って鮮血を散らす。

 反応と回避が一瞬でも遅れていれば、レウルスの頭はそのまま爆散していただろう。後方に跳んで避けていても、胴体に直撃して上半身と下半身が泣き別れしていたに違いない。


(何が中級中位の魔物だ! コイツは――)


 辛うじて前蹴りを回避したレウルスだったが、息を吐く暇もなく二発目の蹴りが飛んでくる。一発目の蹴りを強引に回避したレウルスの体勢は悪く、回避する余裕がない。


(キマイラ並に強いだろ!?)


 ――『熱量解放』。


 直前に迫る、濃密な死の気配。それを感じ取った瞬間、脳裏でガキン、と歯車が噛み合うような音が響く。


 レウルスはエリザの魔力だけで強化されていた身体能力を強引に跳ね上げ、思考すら加速させる。ギアを一気にトップへ叩き込み、瞬時にその場から姿を消す。

 横にも後ろにも避けず、膝を折って顔面を狙った前蹴りを回避するレウルス。爆風を伴う蹴撃が頭上を通過し、その風圧だけで首が後ろへと倒れそうだった。


「シャアアアアアアアァァツ!」 


 担いでいた大剣を水平に構え、しゃがんだままで真横へと回転する。二本しかない足を斬り飛ばせばヒクイドリも動けなくなるだろう。そんな考えから放たれた斬撃を、ヒクイドリは足一本で跳躍して回避する。


 足一本だというのに、地面が揺れるような力強い跳躍だった。ヒクイドリは距離を取るように、レウルスの胴体よりも太い足一本で十メートル近く飛び跳ねて後方へ飛ぶ。

 それと同時に、ヒクイドリの魔力が高まった。追撃を仕掛けようとしたレウルスを睨み付け、嘴を開けて絶叫する。


『ヴォオオオオオオオオオォッ!』


 大気を震わせる咆哮。鼓膜を破りそうなその叫び声と同時に、ヒクイドリの喉奥から紅蓮の輝きが顔を覗かせる。


「ッ! オオオオオオオオォッ!」


 ヒクイドリの口から一メートルサイズの火球が放たれ、レウルスは全力で前へと踏み込んだ。両手で構えた大剣に力を込め、大きな魔力が込められた火球を真正面から真っ二つに切り裂く。


 二つに切り分けられた火球はそのまま後方へと飛び、地面に着弾すると同時に爆発した。巨大な火柱が吹き上がり、レウルスの背中に猛烈な熱を伝えてくる。

 下手すれば服が焼けそうな熱量だったが、それに構わずレウルスはヒクイドリへと肉薄した。すると、ヒクイドリは再び後方へと跳ぶ。


『ヴォオッ! ヴォオッ!』


 今度は連続で火球が放たれる。それも大小様々、込められた魔力の量も不規則な火の砲弾が次から次へと繰り出される。


「こ、のぉっ!」


 放たれた火球の数は十を超え、二十に届くだろうか。レウルスは大剣を縦横無尽に振るって火球を斬り飛ばし――炎の弾幕の先に、ヒクイドリの姿がなかった。


「どこに……っ!?」


 速度に物を言わせて姿を消したのか。そう思ったレウルスだったが、首筋に強烈な寒気を感じて咄嗟に大剣を真横へと振るう。

 炎を囮に、側面に回り込んでいたのだろう。当てずっぽうで振るった大剣の先には、レウルスの顔面目掛けて回し蹴りを放つヒクイドリの姿があった。


 大剣とヒクイドリの爪がぶつかり合い、押し負けたのはレウルスである。金属同士が衝突したような音と共に大剣が弾き返され、レウルスの体も浮き上がっていた。

 十分な勢いを付け、万全の体勢から繰り出されたヒクイドリの回し蹴りと、殺気に反応して咄嗟に振るったレウルスの大剣では前者が遥かに勝る。


「マジかよっ!?」


 打ち負けたこと自体はそれほど驚くことではない。レウルスが驚きの声を上げたのは、空中に蹴り上げたレウルスを追うようにヒクイドリも跳躍し、ぐるりと体を回転させて後ろ回し蹴りを放ってきたからだ。


 空中ではレウルスも踏ん張りが利かず、回避することもできない。それでもレウルスはヒクイドリに跳ね上げられた大剣を握る両手に力を込め、全身のバネだけで大剣を振り下ろす。


 轟音、そして衝撃。


「――――? っ、なっ!?」


 視界が“縦”に回転しているとレウルスが気づいたのは、ヒクイドリの蹴りに押し負けて強制的に後方宙返りをさせられている最中だった。

 二回、三回と天地が入れ替わり、ヒクイドリの蹴りに押されて三十メートルほど空中遊泳をしている自分に気付く。


『ヴォヴォオオオオオッ!』


 そして、景色が激しく入れ替わる視界の中で、咆哮と共に追撃の火球が放たれた。

 強制的に回転させられている最中で、飛来する火球を切り裂けるほどレウルスも人間を辞めていない。できたことはといえば、大剣を盾にして火球を受け止めることだけだ。


「ヅゥッ!?」


 身を焦がす熱と強烈な爆発が、空中にいたレウルスを再度吹き飛ばす。大剣を盾にしたため直撃はしていないが、至近距離で炸裂した爆炎はレウルスの体を木の葉のように吹き飛ばした。


「レウルスッ!?」


 遠くからエリザの声が響く。レウルスはその声の位置で自分がどこにいるのかを咄嗟に判断すると、盾にしていた大剣を地面に突き刺すことで強引に地面へと着地した。


「くっそ、あっちぃ!」


 ヒクイドリの攻撃は全てが辛うじて直撃しておらず、『熱量解放』を使っているレウルスが戦闘不能になるほどの傷は負っていない。

 だが、戦いの組み立て方といい、追撃の空中での回し蹴りといい、魔物とは思えないほど戦い慣れていると感じた。


 強力な魔物は知性も高い傾向にあると聞いてはいたが、それにも限度があるだろうとレウルスは内心で吐き捨てる。


「おいレウルス! 援護は!?」

「いらねえよ! 絶対に近づくな!」


 剣を抜いたダリオが声を上げるが、魔力を感じない以上ダリオは『強化』も使えないだろう。そんなダリオがヒクイドリとの戦いに割って入っても、一撃で殺されかねない。


『ヴォッ、ヴォッ……』


 そのヒクイドリはといえば、空中に蹴り上げて火球を叩き込んだにも関わらず生きているレウルスを見て警戒の体勢を取っている。

 いつでも動けるよう両足を小刻みに動かし、爪で地面を均しながらも、その視線はレウルスの一挙手一投足に注がれていた。


「レウルス! ワシが魔法で――」

「やめろっ! コイツの注意を引くな!」


 大剣を両手で握り直し、肩に担ぐようにして構えながらレウルスが叫ぶ。今はレウルスが相手をしているからこそ周囲に被害が及ばないが、その速力と魔法の広範囲さを活用して暴れられれば手に負えなくなるだろう。


『ヴォヴォッ……ヴォ?』


 だが、エリザの声に反応したのか、ヒクイドリの視線が僅かに逸れた。そしてエリザの姿を見るなり長い首を傾け、不思議そうに鳴く。


(今だっ!)


 それを好機と見たレウルスは瞬時に間合いを詰め、ヒクイドリの胴体目掛けて大剣を叩き込む――。


『ヴォッ!』


 それよりも速く、ヒクイドリが右足を跳ね上げていた。しかしそれは攻撃のためではない。鋭利かつ頑丈な爪で地面を抉り、掬い上げた土砂をレウルスの顔面目掛けて飛ばすためだった。


(目潰し!?)


 まさか魔物が土砂を使った目潰しをしてくるとは思わず、レウルスの顔面に土砂がぶつかる。咄嗟に目を瞑って庇ったものの、視界を塞がれたことに変わりはない。

 レウルスが頭を振って土砂を振り払うよりも、ヒクイドリが蹴りを放つ方が圧倒的に速いだろう。


「ッ……オオオオオオォッ!」


 視界を潰されはしたが、ヒクイドリの魔力は感じ取れる。目を閉じたことで消え失せた視界の中、ヒクイドリの魔力が動いたのを感じ取ったレウルスは踏み込んだ勢いのまま大剣を振り下ろした。


『ヴォヴォッ!?』


 視界を塞がれてもそのまま斬りかかってくるとは思わなかったのか、蹴りを繰り出そうとしたヒクイドリから驚きのような鳴き声が上がる。それと同時に、大剣の切っ先が何かを僅かに切り裂いた感触がレウルスの両手に伝わった。


(浅い! まだだ!)


 これまで何度も魔物を斬ってきたが、精々軽く皮を切り裂いて出血した程度だろう。そう判断したレウルスは追撃を仕掛けようとするものの、ヒクイドリの魔力が急速に遠ざかっていく。


 それに気付いたレウルスはすぐさま顔に付いていた土砂を拭うと、目を開けて視界を確保するなりヒクイドリを追うべく地面を蹴った。

 僅かとはいえ手傷を負ったことで警戒したのか、ヒクイドリは三十メートルほど距離を開けた場所にいる。毛羽の色でわかりにくいものの胴体から出血しており、地面に赤い斑点模様が浮かんでいた。


『ヴォオオ……』


 傷を負わされたことに怒っているのか、レウルスを睨みながらヒクイドリが唸り声を上げる。それでもむやみやたらと攻撃せずにレウルスの挙動を注視している辺り、冷静さは失っていないようだ。

 そんなヒクイドリの姿に、レウルスは突撃しようと駆け出していた足を止めた。そして大剣を一振りして構え直し、大きく深呼吸をする。


 最初の激突で抉られた左頬の出血も既に止まっており、皮膚が突っ張るような痛みが伝わってくるだけだ。エリザと『契約』を交わしたことで高まっている自己治癒力が働いたのだろう。

 魔力はまだまだ潤沢にあり、『熱量解放』もしばらくはもつ。『強化』の『魔法文字』が刻まれた大剣はヒクイドリの蹴りとぶつかり合い、火球の盾にしてもヒビ一つ入っていない。


 ほんの数十秒の戦いだったが、戦い自体はまだ始まったばかりと言える。だが、それでも――。


(自惚れていたつもりもないんだが、な……)


 内心だけで呟き、レウルスはヒクイドリの動きを注視した。


 当初の見立て通り、対峙しているヒクイドリはキマイラと同等かそれ以上の強さがあるだろう。それでも『熱量解放』を使えば勝てると、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。


(中級の魔物の中でも、強さのバラつきが大きすぎるだろ……)


 昨晩仕留めた化け熊ならば、『熱量解放』なしでも勝てる。エリザから送られる魔力によって身体能力が向上している現状、ドミニクの大剣の切れ味と頑丈さがあればそれは根拠のない自信でもない。


 しかし眼前のヒクイドリには勝てない。『熱量解放』を使ってもギリギリだ。三メートルを超える巨体だというのに、『熱量解放』を使っているレウルスよりも速度で勝っているのだ。


(魔力はずっと感じてるけど、もしかして『強化』を使ってるのか? もしそうなら厄介だな)


 属性魔法である火炎魔法にばかり気を取られていたが、補助魔法である『強化』が使えないと考えるのは無理があるだろう。

 ヒクイドリの速度と脚力、さらには爪の頑強さと鋭さに『強化』が加われば、一度直撃を許すだけで死にかねない。かといってダリオに加勢を頼んでも死体が増えるだけであり、下手に気を引いてそちらに向かわれては追い付けない。


(これで中級……“これ”が中級)


 前世で生きていた地球では、こんな生き物はいなかっただろう。最早化け物と評すべき相手と一対一で向かい合っている状況が、レウルスにはおかしく感じられた。


 そんな化け物でさえ上級に届いていないと思われる。それならば、上級の魔物とは化け物と言うより神か悪魔の類ではないか。


(グレイゴ教徒の気持ちが少しだけわかるなぁ、おい)


 常識の埒外にいそうな上級の魔物を狩って回っていると思わしきグレイゴ教徒。彼らが何を思ってそんなことをしているかはわからないが、人の身で上級の魔物を打倒できれば称賛されるのも理解できた。


 間違ってもグレイゴ教に入信したいとは思わないが。


『ヴォ……ヴォ……』


 無言で向かい合っていたレウルスとヒクイドリだが、先に焦れたのはヒクイドリだった。二本足の鳥類とは思えない軽やかなステップを踏み始めたかと思うと、レウルスとの距離を小刻みに詰め始める。


『ヴォオッ!』


 不意を突くような突撃。短い咆哮と共に踏み込むと、レウルスの胴体目掛けて前蹴りを繰り出してくる。


 その動きを読んでいたレウルスは余裕を持って回避し、前蹴りで突き出された足を引き戻すよりも先にヒクイドリの懐へ潜り込み――眼前に、回避したはずの足が迫っていた。


「な……っんのおおおぉっ!」


 下段に構えていた大剣を跳ね上げ、力任せに弾いてヒクイドリの前蹴りを逸らす。しかし足を弾かれたヒクイドリはすぐさま足を引き戻し、再び前蹴りを繰り出してきた。

 その動きを例えるならば、ボクサーのジャブだろうか。最初の一撃は大振りに見せかけたフェイントであり、レウルスが飛び込んでくるのを誘っていたらしい。


「ちっ! っと! おい! テメェ! 絶対中に人間が入ってるだろ!?」


 次々繰り出される前蹴りを大剣で弾きつつ、レウルスは驚愕を押し殺すように叫んだ。先ほどの目潰しもそうだが、まさか魔物がフェイントを仕掛けてくるとは思わなかったのだ。


 レウルスが振るう大剣と打ち合えるだけの強度を持つ、ヒクイドリの爪。それが鞭のようにしなり、槍のように突き出される。不規則に動かしながらも一撃一撃が必殺の威力で放たれ、レウルスは防戦一方だ。

 互いに決定打は与えられず、かといって膠着と呼ぶにはレウルスが押されつつある。そして、ヒクイドリはレウルスを防戦に追い込みながらも微塵も油断しない。


『ヴォオッ、ヴォッ……』


 元々体格が何倍も違うのだ。それでも食い下がるレウルスを疲労させようとしているのか、ヒクイドリは小刻みに前蹴りを繰り出しながらも魔力を集中させていく。


 一体何をするつもりなのか。仮に火炎魔法を使ってきても切り裂いてやろうと心中で構えるレウルスだったが、ヒクイドリは魔力の大部分を集中させたかと思うと口中に炎を生み出し――ゴクリと飲み込んだ。


『ヴォオオオオオオオオオオオオォォッ!』

「は?」


 ヒクイドリの“体全体”から炎が噴き出す。体積が何倍にも膨れ上がったように、轟々と燃え盛る紅蓮の炎を身に纏う。


『――ヴォオッ』


 己の勝利を確信したように、ヒクイドリが嗤った気がした。

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