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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
3章:火龍の山と火の精霊

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第69話:マダロ廃棄街 その2

 吸血種と呼ばれる種族のエリザには、レウルスとの間に『契約』という結び付きがある。


 その結び付きは目に見えるものではない。一種の魔法的な結び付きであり、契約者であるレウルスに吸血種としての特性である高い自己治癒力を与え、更にはエリザ自身の魔力を供給してレウルスの身体能力を引き上げてもいた。

 その点だけ見ると、レウルスだけに恩恵があってエリザには何の恩恵もないように思える。しかし、相応の恩恵がエリザにも与えられていた。


 一つは、レウルスが持つ『加護』を扱えることである。


 エリザはレウルスと『契約』を交わす際、レウルスの血を飲んだ。しかし、その時のレウルスはグレイゴ教徒の使う猛毒におかされており、レウルスの血にもその毒性が宿っていた。

 エリザがレウルスの血を飲んでも毒で死ななかったのは、レウルスが持つ『毒への耐性』が助けたからである。


 さらに、レウルスが使う『熱量解放』と似たようなこともできる。レウルスの場合は魔力を急速に消費する代わりに『強化』では及ばないほど身体能力を引き上げるが、エリザの場合は『魔力解放』とでも呼ぶべき現象を引き起こすのだ。


 レウルスの血を吸って魔力を補充してはいたが、自爆覚悟で『詠唱』を使っても“普通なら”雷魔法は使えない。『詠唱』に加えてレウルスの『熱量解放』と同様に、魔力を一気に放出することで雷魔法を発現させたのである。

 もっとも、『詠唱』の自爆で全身傷だらけになり、レウルスの血を吸って魔力を蓄えてもなお、威力は中級に辛うじて届く程度しか出せなかったのだが。


 そして、エリザにとっての恩恵は他にもあった。


 レウルスがエリザの魔力を感じ取って居場所を突き止められたように、エリザもまたレウルスの魔力を感じ取ることができるのだ。

 普段はエリザからレウルスへの一方通行で魔力を送っているが、これは“普段の魔力量”では勝っているからである。


 『熱量解放』を使うことで莫大な魔力を発現するレウルスだが、一体どこに魔力を蓄えているのか、通常の魔法使いとは異なる魔力の蓄え方をしていた。

 『熱量解放』を使っていない時は、魔力も感じないただの冒険者でしかない。この状態では魔力量で勝るエリザの方から魔力が送られる。


 だが、逆にレウルスの方から魔力が流れることもあった。それは――。








 ――『熱量解放』。


 レウルスの体から莫大な魔力が巻き起こる。突然発生したその魔力に、レウルスの肩を掴んでいた男は驚いたように手を離した。


「だからお主ら早く逃げるんじゃ! ……ああもう、魔力がこっちにきてる!? こうなったら『強化』で!」


 レウルスの体に飛びついていたエリザは、レウルスから流れてくる魔力と己の魔力を使って『強化』を試みる。


 ラヴァル廃棄街からマダロ廃棄街までの道中でジルバに『強化』をかけてもらい、コツ自体は掴んでいたのだ。足りなかったのは操る魔力であり、十分とは言えないものの『強化』を発現するには不足もない。


 魔力量に物を言わせて『強化』を発動し――『熱量解放』を発動したレウルスの手が、優しくエリザを引き剥がしていた。


「良い子だからちょっと離れてような? あと、机の上の物を避難させてくれるか?」

「……はい」


 いくら『強化』を使おうと、元々腕力で劣るエリザにはなす術がなかった。それでも最後の抵抗としてレウルスを見上げる。


「殺したら駄目だよ? この町の人も、ラヴァル廃棄街の人達と同じなんだから……」


 事態が事態だけに、“素”で語りかけるエリザ。レウルスはそんなエリザの言葉に笑みを深めた。


「“お仲間”を殺すわけないだろ? でも、な」


 満面の笑みを浮かべたまま、レウルスはエリザが片づけを始めたテーブルの端を右手で掴む。


「俺には大嫌いな……許せないものが三つある」


 テーブルは木製で、重さは軽く見積もっても数十キロ。しかしレウルスはその重さを気にせず、右手に力を込めていく。


「一つは生まれ故郷だ。あんな村は滅んじまえと常々思っている」


 慌ててエリザがテーブルに置かれた皿を持ち上げ、椅子の上に避難させ始めた。その間もゆっくり、ゆっくりと机が持ち上がっていく。


「一つは不味いメシを作る奴だ。例え不味くても全部食うしありがたく思うが、人を殺せるぐらい不味くて毒になる料理を作る奴は頼むから味見をしろ」


 ミシミシと、レウルスが握っている部分からテーブルの悲鳴が上がる。それでも頑丈な造りだったからかテーブルが壊れることはなく、レウルスの動きに連動して持ち上げられていく。


「そして最後の一つは」


 そしてついに、テーブルがレウルスの頭上に掲げられた。レウルスに絡んできた男は、料理店の天井ギリギリまで持ち上げられたテーブルを見て目と口を大きく開いている。


「――食い物を粗末にする奴だ」


 そう言って、レウルスは男の脳天目掛けてテーブルを振り下ろす。さすがに殺すつもりはないため、勢いはつけない。テーブルの重さに任せて、軽く“寝かしつけて”やろうと思っただけだ。


「う……うおおおおおおおおおおぉぉっ!」


 驚愕で固まっていた男だが、眼前にテーブルが迫っていることに気づいて声を張り上げた。それと同時に両手を突き出してテーブルを受け止め、必死になって押し返そうとする。


 魔法使いではないのか、魔力の気配は感じない。それでも冒険者らしく鍛えられた腕力でテーブルを受け止めていた。

 そんな男の首元に、レウルスの左手が伸びる。男がテーブルを受け止めるや否や、懐に潜り込んでいたのだ。


「がっ!? ひゅっ……ぐっ、ぶ……」


 レウルスは男の首を掴むと、そのままゆっくりと力を込めていく。レウルスは笑顔を浮かべたまま、唄うように言葉をかけた。


「なあ、おい……このままどうしてほしい?」


 真綿で首を締めるように、左手に少しずつ力を込めていく。男はテーブルから手を離してレウルスの左手を振りほどくべきか迷ったが、手を離せばそのままテーブルが落ちてくる。かといってこのままでは窒息しそうだ。


「ひっ、ぐ……や、やめっ!」

「聞こえ、ない」


 このまま左手で持ち上げれば“落ちる”のではないか。もしかすると男の自重だけで首の骨が折れるかもしれない。そう考えたレウルスは少しだけ迷ってから男の体を持ち上げ――その直前に、店の外から甲高い鐘の音が響いた。


 カンカンカンカン、と連続で響き渡る金属音。ラヴァル廃棄街と同じ方法を取っているのだとすれば、それは緊急事態を知らせる音である。

 キマイラが現れた時も、同じように鐘を鳴らして知らせていた。それまでレウルスの行動に驚いていた店の客達も、弾かれたように店の外へと視線を向けている。


「来たぞ! 迎撃しろ!」

「弓を持ってこい!」

「追い払えないなら怪我人を“外に”連れていけ! 引きずってでもだ!」


 遠くから聞こえる、怒号に近い声。やはり魔物が襲ってきたらしいが、同時に何やら不穏な言葉も聞こえた。


「れ、レウルス……そのくらいに……」


 背後から聞こえたエリザの声に、レウルスは振り返ることなくため息を吐く。そして男から手を離し、右手に持っていたテーブルをゆっくりと床に下ろした。


「――次はねぇぞ」


 男にそんな言葉を投げかけ、壁に立てかけていた大剣を手に取る。そして刀身を覆っていた布を解くと、肩に担いで料理店の扉に視線を向けた。


「エリザがいるのに襲ってきたってことは中級の魔物か? それとも町の中だから効果がないのかねぇ……ま、どっちでもいいや」

「げほっ! がっ……ふっ……て、テメェ……一体、何を……」


 レウルスの拘束から脱した男が、喉を押さえながらそんなことを聞いてくる。それを聞いたレウルスは、口の端を吊り上げて獰猛に笑った。


「憂さ晴らしだよ」


 そんな言葉を残して、レウルスは駆け出した。








 既に日が落ち、町のいたるところに焚かれた篝火が周囲を照らす。マダロ廃棄街の中は夕方の閑散とした空気が嘘のようにざわついており、冒険者らしき者達が右へ左へと駆けていた。

 そんな喧騒の中を、レウルスは無言で駆け抜けていく。


(あー……なんだろうな、この気持ち)


 『熱量解放』によって底上げされた身体能力はすさまじく、一歩で五メートル以上の距離を駆ける。レウルスは周囲から向けられる驚きの視線を無視すると、勢いを殺さずにマダロ廃棄街の外壁へと到達した。


(自分がこんなに短気な人間だとは思わなかったっつーか、十五年ぶりの米が不味く感じられてなんか凹んだっつーか……)


 力いっぱい地面を蹴り、大剣を担いだままで跳躍する。そして土壁の頂上に着地すると、そのまま再度跳躍した。


(今まで死にかけてた時にしか使えなかった『熱量解放』が使える辺り、どれだけ怒ってたんだか……“体”の方に意識が引っ張られてるのかねぇ)


 マダロ廃棄街の周囲では、町中と同じようにいくつもの篝火が焚かれていた。しかし、篝火とは別に、防衛用に設けられた木の柵が炎上している場所がある。


 燃え盛る炎に照らされて見えたのは、昨晩遭遇した熊の魔物――オルゾーだった。


 ジルバが倒したものよりも一回り以上小さく、遠目に見た限り二メートル少々といったところだろう。ただし化け熊らしい腕力は健在なのか、周囲の木の柵を薙ぎ倒しながら炎を巻き散らしている。


 そんな化け熊の周囲では、冒険者達がそれぞれを武器を構えながら包囲網を築いていた。どうやら一対一で倒せる者がおらず、数を頼みに立ち向かうつもりらしい。

 だが、火炎魔法を操る上に丸太のような腕で殴りつけてくる化け熊が相手なのだ。集団で立ち向かっても蹴散らされる可能性が非常に高い。それでも退かずに武器を構えているのは、彼らにとってマダロ廃棄街が大切な場所だからだろう。


『ガアアアアアアアアアアァァッ!』


 化け熊が咆哮し、大きく開いた口に紅蓮の輝きが宿る。それを見た冒険者達は顔面を蒼白とさせ、斬りかかるべきか撤退するべきか迷ってしまった。

 冒険者達の逡巡に構わず、化け熊が炎を吐き出す。それは昨晩見た火球ではなく、周囲を薙ぎ払うような帯状の炎だった。


「おおおおおおお――らああああああああああああぁぁっ!」


 跳躍し、進路上にあった木の柵を足場に更に跳躍。冒険者達の頭を飛び越えたレウルスは大剣を両手で握り、迫りくる炎の波に向かって全力で振り下ろす。


 手応えはない。しかしレウルスの魔力が“乗せられた”大剣は炎を切り裂き、勢い余った剣風がそのまま化け熊の右腕二本を刎ね飛ばす。


「はぁっ!? お、おい、一体誰だよお前!?」


 冒険者達からすれば、レウルスは突如背後から現れたのだ。そんなレウルスが火炎魔法を切り裂き、そのまま化け熊の腕を切り飛ばしたことに驚愕の視線を向ける。


「ラヴァル廃棄街所属、下級上位冒険者のレウルスだ。依頼により助太刀する……なんて格好つけたいところなんだが」


 切り飛ばした化け熊の右腕が、宙を舞って落ちてくる。レウルスは空中でその腕を掴むと、血が滴る切り口に噛みついて肉を食い千切り――笑った。


「今はただの憂さ晴らしだ。この獲物はもらうぞ」


 あとでしっかりと焼いて食べよう。そう思いながら化け熊の腕を地面に置き、大剣を構え直す。


『ガ、グルルゥ……』


 いきなり右腕を切り飛ばされた化け熊はというと、バランスを崩して地面に転がっていた。残った左腕と両足でなんとか動こうとはしているが、突然腕がなくなった影響で満足に動けないようだった。

 それでもレウルスの殺気を感じ取り、再び火炎魔法を発現しようと魔力を集中させ――全力で踏み込んだレウルスが大剣を真横へと薙ぎ払い、化け熊の首が宙を舞った。


「今日は熊に縁がある日だったなぁ、おい」


 化け熊の首が地面に落ち、残った体が音を立てて倒れる。油断せずに大剣を構え続けるレウルスは、思わずそんなことを呟いていた。


 ジルバが倒した化け熊は成体だったのだろうが、レウルスが倒した化け熊は小柄だった。それでもオルゾーと呼ばれる魔物に変わりはなく、違いがあるとすれば下級上位程度の力しかなかったことか。


(エリザが町の中にいたから寄ってきたのか……あっ)


 大暴れしたわけではないが、大剣を振るって少しはスッキリした。先ほどまでの怒りが多少は薄れたのを感じるものの、レウルスは心中だけで声を上げる。


(やべえ……エリザを置いてきちまったよ……)


 荷物も食堂に置きっぱなしである。短絡的に飛び出してしまった自分自身にレウルスはため息を吐くと、背後で固まったままだった冒険者達に視線を向けた。


「“コレ”は俺が持って行っても良いか?」

「あ、ああ……お前が仕留めたんだからお前の物だけど……どうするつもりだ?」

「毛皮と肝は売る。後はまあ……やけ食い?」


 残ったストレスは食事で解消するつもりだった。そして、エリザへの土産でもある。


(新鮮な熊の内臓を食べさせたらエリザも許してくれないかな……無理だよな……)


 討伐の報酬と素材を売った金で小物でもプレゼントしよう。


 そう考えたレウルスは、『熱量解放』を解除しながら深々とため息を吐くのだった。

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[気になる点] 自分の飯を床に捨てられて怒るのは普通だろ。これを短気なのかと疑問に思うのが意味わからん
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