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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
3章:火龍の山と火の精霊

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第67話:旅立ち その5

 月明かりの多くが木の葉で遮られた森の中。それでも完全に暗闇というわけではないその場所に、“その魔物”はいた。


 全長は目測で三メートルと少々。全身が頑丈そうな毛で覆われ、丸太のような太さがある腕が四本生えた熊の魔物。

 悲鳴が聞こえて駆けつけてはみたものの、前世で知る熊を大柄にして腕を増やしたような姿の魔物に、レウルスは久しぶりとなる悪寒を覚えていた。


(近づくとけっこうデカい魔力が……それになんだよあの四本腕。何がどうなればそんなに腕が生えるんだよ……)


 前世で熊という生き物を知っているからこそ、逆に怖い。


 そもそも巨体というのはそれだけで一つの武器になる。単純に人を圧死させるほど重たいだけでなく、その重量を動かせるだけの筋肉が備わっているのだ。

 熊の魔物の体重は軽く見ても数百キロはあるだろう。その重量が速度を増してぶつかってくれば、人間など容易く轢き殺されるに違いない。 


「あれはオルゾーですね。分類としては下級上位から中級下位の魔物ですが、あの大きさは成体なので中級下位でしょう。襲われているのは……外見だけで判断するならば野盗でしょうか」


 密かに戦慄するレウルスとは裏腹に、ジルバは落ち着いた様子で状況を観察していた。


 どうやら熊の魔物はオルゾーと呼ばれているらしく、魔物の階級は中級下位。たしかに下級の魔物にはない威圧感があるな、とレウルスは思った。

 この辺りは化け熊のテリトリーだったのか、あるいは野盗と思わしき連中が運悪く徘徊している化け熊に遭遇したのか。その辺りの事情はわからなかったが、街道傍ということを考えると後者なのだろう。


「中級の魔物について話をしていたら、向こうから来てくれるとは……いやはや、レウルスさんには大精霊様のお導きがあるとしか思えませんね」

(そんな導きはいらないんですが……)


 言葉にする度胸はなく、心中だけで呟くレウルス。話した通りのことが起こるのならば、今度は火龍でも襲ってきそうだ。


「……それで、どうします? 街道から逸れた場所で、火も焚かずに潜んでいた人たちが襲われたみたいですけど……助けます?」


 ひとまず話を逸らしてみるが、視線の先では化け熊から必死に逃げ回る人影があった。その数は三人ほどだが、風に乗って血の臭いもするため“元々の数”はもっと多かったのだろう。


「そうですねぇ……このまま放っておくわけにもいきませんし、助けるしかないでしょう。ただし、相手が野盗の場合こちらに襲い掛かってくる危険性もあります。レウルスさんはエリザさんの傍から離れては駄目ですよ?」

「後先考えずに戦う必要があるならともかく、普通に戦う分には役に立ちませんからねぇ……」

「ぬぅ……否定できんのじゃ」


 そう言って頬を膨らませるエリザだったが、『詠唱』して自爆覚悟で戦うならばともかく、それ以外の戦闘方法が乏しいのだ。魔物避けとしては優秀だが、化け熊にも通じるかはわからない。


 化け熊までの距離は三十メートルほどだが、そこまで近づいても逃げる気配がないのだ。エリザに気づいていないのか、気づいてはいるが目の前の獲物を追うことに夢中なのか、そもそもエリザの力が効いていないのか。

 とりあえず襲われている連中を助けよう。そう考えたレウルスは背中の大剣を握り、刀身を覆っていた布を取り払う。


「ふむ……それでは、ここまで魔物に遭うことなく連れてきていただいたお礼に、いくつかご教示するとしましょうか」


 すると、レウルスを制するようにジルバが前に出た。そして傍に落ちていた小石を拾い上げると化け熊に向かって投擲し、その意識を引く。


「中級以上の魔物となると、ほぼ確実に魔法を使います。それは補助魔法だったり属性魔法だったりと様々ですが、オルゾーは火炎魔法を使います」


 オルゾーは顔に当たった小石に気を引かれたのか、視線をジルバへと向けた。


『……ッ? ゴァァァア……ッ!?』


 続いてその視線をエリザに向け、レウルスに向け――そこで何故か再び驚いた様子でエリザを見る。


(あの熊、今二度見したぞ……)


 どうやら中級でも下位の魔物ならばエリザに何かしらの反応をするらしい。それでも下級の魔物ならば逃げ出すところを踏み止まり、小石を投げてきたジルバへと再び視線を向ける。


「オルゾーは肉と毛皮、手と肝が素材として買い取られています。特に肝は薬になるそうで、買い取り額も高いですね。それと手が珍味だとかで、肝ほどではないですがこちらも高値で買い取られます」


 化け熊の視線を意に介さず、ジルバはレウルスとエリザに“講義”を行う。そのあまりの余裕ぶりにレウルスはハラハラとしたが、化け熊は馬鹿にされたとでも思ったのか咆哮を上げながら二本足で立ち、上体を大きく後ろに逸らした。

 同時に高まる、化け熊の魔力。大きく開いた口に紅蓮の炎が生み出され、高まる魔力に合わせてその勢いを増していく。


『ガアアアアアアアアアアァァッ!』


 周囲に響き渡るような咆哮と共に、巨大な火球が放たれる。轟々と燃え盛る火球は人ひとりを飲み込んで余りある大きさであり、周囲を明るく照らしながらジルバへと飛来した。


 ――これはさすがにまずい。


 大剣を担いだレウルスは反射的に前傾姿勢を取り、火球に向かって駆け出そうとした。ただの人間に直撃すればそのまま燃やし尽くしてしまいそうな勢いと熱があるが、自分ならば斬れると判断したのだ。


「お気遣いいただきありがとうございます」


 だが、レウルスよりも先にジルバが動く。レウルスへの礼の言葉を残したかと思うとその姿が掻き消え、気が付けば火球の前に立っていたのだ。


「ふんっ!」


 迫りくる火球を物ともせずに踏み込み、弓のように引き絞った右拳が放たれる。そして、腰の入った拳は火球を貫くと、爆発させることもなくそのまま霧散させた。


「…………?」


 その光景を見たエリザは、きょとんとした顔つきで首を傾げる。一体何が起きたのか理解できなかったのだ。


「炎を殴って消した? いや、今のは……」


 拳を放った瞬間、ほんの一瞬だがジルバの魔力が膨れ上がったのをレウルスは感じ取っていた。『強化』ではなく、何かしらの魔法を使ったのだろう。


「……風魔法ですか?」


 炎を吹き散らすとなると、それぐらいしか思い浮かばない。そう思って尋ねるレウルスだったが、ジルバは火の粉を払いながら笑った。


「おや、魔力は隠したつもりでしたが……私もまだまだですね。今のは補助魔法ですよ」

「補助魔法!? そんなこともできるんですか!?」


 補助魔法とは一体何なのか。そんな疑問すら覚えるレウルスは思わず叫んでいた。


「ええ。補助魔法の『無効化』です。自分の魔力を使って相手の魔法を打ち消しました。魔力の量に大きな差があれば軽減するのが精々ですが、オルゾー程度の魔法なら完全に打ち消せます。そして――」


 言葉を置き去りにしてジルバの姿が消え、レウルスはその速度に目を見開く。ジルバは一秒とかけずに化け熊の懐に潜り込むと、先ほどと同じように右の拳を構えた。


『ッ!』


 化け熊もジルバが眼前に現れたことに気付き、丸太のような腕を振り下ろす。


 化け熊の腕は発達した筋肉と頑丈な毛皮に覆われ、手の先には鋭利な爪が生えていた。その一撃は重く、直撃すれば巨木さえ薙ぎ倒しそうである。


 その一撃を、ジルバは左腕で受け止めた。人間としては大柄なジルバだが、化け熊と比べれば二回りは小さいその体で化け熊の一撃を受け止めたのだ。


 化け熊の打撃を受け止めたジルバは揺らがない。それどころか左腕一本で押し返し、化け熊の体勢を強引に崩す。

 ジルバに押し返された化け熊は二本足で立っていたのが裏目に出た。バランスを崩してたたらを踏み、後ろに一歩下がり――“空いた隙間”にジルバが踏み込む。


 三十メートルは離れているレウルスの耳に届くほどの、強烈な踏み込み。それと同時にジルバの拳が放たれるが、踏み込みの勢いに反して拳は化け熊の胴体に軽くめり込むだけだった。


 ――ハンマーでタイヤでも叩いたような、重く鈍い音が響く。


 ジルバの拳が胴体に触れた瞬間、化け熊の体が大きく波打つ。一体何をしたのかレウルスにはわからなかったが、少なくとも魔法の気配は感じなかった。


「……嘘だろ、おい」


 ジルバが何をしたのかはわからない。それでもジルバの拳を受けた化け熊がそのまま仰向けに倒れたのを見て、レウルスはそう呟いていた。








「なんですか今の……魔力は感じませんでしたけど、アレも補助魔法を使ったんですか?」

「『強化』は使っていましたが、あとはそういった“技術”ですよ。毛皮を傷つけると買い取り額が下がるので、内部を破壊しました。ああ、もちろん肝は避けています。心臓を破壊しただけですから」

「すいません、コモナ語で説明してください」


 化け熊を一撃で仕留めたジルバを迎えたレウルスには、それ以外の言葉がない。言っていることは理解できたが、やったことは理解の外だった。


「オルゾーの処理は後々するとして……」


 ジルバはレウルスの疑問を受け流すと、化け熊に襲われていた者達へと視線を向ける。


 突然現れたかと思えば、化け熊を一撃で殺したのだ。彼らがジルバに向ける視線は恐怖に満ち溢れていた。


「三日前から我々を尾行していた方々ですね? 時折視線を感じましたよ」


 ニコリと微笑み、ジルバが言う。レウルスもエリザも気づかなかったが、どうやらずっと後をつけられていたらしい。


「……なんで言ってくれなかったんですか?」

「せっかくの旅ということで、襲ってきたらレウルスさんとエリザさんへの“教材”にしようと思いまして……魔物だけでなく、人の気配にも注意を払わないといけませんよ?」

「今後は気を付けます……」


 魔力による探知はできていても、それ以外が疎かになっているという忠告だった。ラヴァルを出発したその日に足跡の見分け方を教わったが、その時から尾行されていたらしい。


 もしもレウルスとエリザだけで旅をしていた場合、不意打ちを受けていたかもしれない。レウルスは今になって旅の危険性を痛感すると、エリザを抱え上げて地を蹴った。

 そして化け熊の恐怖から解放されたものの、ジルバの圧力に怯えている者達の背後へと回る。仮に逃げようとすれば、そのまま背中から斬るつもりだった。


 ジルバはそんなレウルスの判断に微笑むと、三日間尾行していたらしい野盗達へ視線を向ける。


「あなた方の背後に回った人は単独でキマイラを倒すことができます。私もまあ、見ての通り少しは腕に覚えがありまして……これからの質問には嘘を吐かないことをお勧めします」


 ドミニク達の奮戦によって多数の怪我を負ったキマイラならば倒したが、ジルバの口振りだと純粋に一対一でキマイラを倒したように聞こえた。それでも野盗達を脅すための方便なのだろうと納得し、レウルスはジルバが何を言うのか見守る。


「何故我々を尾行したんですか?」

「……年寄り一人に冒険者だが若い男が一人、それにガキと言っても女が一人だ。女のガキを攫って売るだけでも金になると思ってな」


 ジルバが目的を見抜いていると判断したのか、野盗の一人が観念したように呟く。


 この世界の平均寿命はわからなかったが、四十歳前後に見えるジルバが年寄りに含まれるようだった。そんなジルバとレウルス、エリザの組み合わせは野盗としても“狙い目”だと思ったのだろう。


「こうして取り囲まれた以上、こちらが生殺与奪を握っていることは理解していますね?」

「ああ……オルゾーに出遭っちまって仲間を殺されて、その上で助けられたんだ……抵抗はしねえよ」


 ここでジルバに逆らえる力があるのなら、化け熊も倒せていただろう。そもそも野盗に身を落とさず、冒険者としても大成できそうであうる。

 素直に目的を語った野盗に、ジルバはふむと頷く。そして野盗達の首元を確認すると、穏やかに微笑みながら口を開いた。


「あなた方は精霊教徒ですか? それならば悔い改めるまでこの私が“躾けて”差し上げましょう。無宗派ならこの土地の領主に突き出します。なあに、これも何かの縁。これまでの罪状次第ですが、死罪は極力免れるよう交渉いたします」


 一部物騒な言葉が混ざっていたが、聖職者らしく温情を見せるジルバ。領主相手にそんな交渉もできるのかとレウルスは驚いたが、これまでの正規軍とのやり取りを思い出す限りそのぐらいは容易く成し遂げそうだ。


 ジルバの発言に面食らっているのか、野盗達は互いに顔を見合わせている。この状況で信仰している宗教を聞かれても、普通は答えられないだろう。

 野盗達は無言でアイコンタクトを交わし合う。どう答えるのが一番良いのか、目線だけで相談しているのだろう。


 そんな野盗達の密談を遮るように、ジルバは傍に生えていた木に右手を伸ばす。


「ただ……もしもあなた方がグレイゴ教徒なら――」


 掴んだ木の幹に、ジルバの指が少しずつ食い込んでいく。バキバキと、木が圧し折れる音が周囲に響く。


 その音に身を竦める野盗達に対し、ジルバは獰猛に笑った。


「この世のありとあらゆる苦痛を味合わせ、グレイゴ教に入信したことを心の底から悔やませながら土に還らせてやる……さあ、心して答えろよぉ?」








 翌日、街道を通りかかった正規軍に野盗達は引き渡された。


 酷く怯えて憔悴している彼らの姿に兵士達は首を傾げたものの、捕まえたのがジルバであり、実際に尾行されていて襲撃の可能性があったことを伝えると縄で縛られて運ばれていく。


 正規軍を率いていたと思わしき人物に何事かを告げて戻ってきたジルバに、レウルスは恐る恐ると尋ねた。


「あの……ジルバさん? 昨晩の脅し文句って……」

「はっはっは、もちろん冗談ですよ。あれぐらい脅せば大抵の者は素直に捕まってくれますからね」


 化け熊の襲撃と野盗の捕縛で一晩徹夜したが、眠気が吹き飛ぶほどのインパクトがあった。エリザは眠気が限界に達したのかレウルスの傍で眠っているが、少なくともレウルスは眠る気になどなれない。


(嘘だ……絶対に嘘だ……アレは本気だったぞ。グレイゴ教徒って答えようものなら有言実行してたぞ……)


 思わず疑わしげな視線を向けてしまう。そんなレウルスの視線を受けたジルバは苦笑を返した。


「グレイゴ教徒と言っても、一般の信徒はグレイゴ教の武力を頼りにしているだけだったりします。グレイゴ教徒だから皆殺しにするわけではありませんよ」

「そこで皆殺しという言葉が出る時点で怖いんですが……いえ、もういいです」


 少なくとも、自分が殺されるわけではないのだ。そう必死に言い聞かせ、レウルスは街道の先に視線を向ける。


「色々と面倒が起きましたが……行きますか」

「ええ。出発が遅くなりましたが、日が暮れるまでには着くでしょう」


 さすがに野盗達を連れて歩く余裕はないため正規軍が通りかかるのを待っていたが、その分出発が遅れてしまった。それでも今日中にはマダロに到着すると聞き、レウルスは気合いを入れる。


「それではいきますか」

「はい……その熊、担いでいくんですね」


 眠っているエリザを抱き上げたレウルスだったが、昨晩仕留めた化け熊をジルバが抱え上げたのを見て思わずそう言ってしまった。

 レウルスとしても貴重な肉を手放す気はなかったが、自分の倍以上はある大きさの化け熊を持ち上げるジルバの姿に戦慄してしまう。


「血抜きは済ませましたし、この暑さで傷む前に運んでしまわないともったいないですからね……マダロの教会への土産にしますよ」

(教会の人も驚くだろうなぁ……)


 化け熊を丸々一匹土産にされたら誰でも驚くだろう。


「全部はさすがに無理ですが、良ければ腕の肉を一本ぐらい持っていきますか?」

「ありがとうございます!」


 ジルバが一人で仕留めたためレウルスも何も言わなかったが、ジルバが肉を分けてくれるらしい。それを聞いただけで昨晩の惨劇を忘れるレウルスである。


 そして、ラヴァル廃棄街を出発して四日目の夕方。


 レウルス達はようやくマダロへと到着するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーんおもしろい… ジルバさんもう自分の中ではアンデルセン神父なんですよね… 強い狂信者…すごくいい…
[一言] 初めて感想を書きます。とても楽しく読ませていただいています。 ジルバさん、好きだなぁと思っていましたが。 いつもの丁寧な口調が崩れた脅し文句に惚れました(笑 獰猛な笑顔が脳裏に浮かんでドキ…
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